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本編

第31話 酒に酔う

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 夕食を食べ終わったフリードリヒとロゼは、庭園に出た。夏の空気が漂う中、まるで秘密基地のようにひっそりと佇む白塗りのベンチにふたりは腰掛ける。フリードリヒによって注いでもらったワインは、絶品の美味しさを誇っていた。

「以前はお茶を楽しんだけど、今回はワインだね」

 フリードリヒは、そう言ってつつましく笑う。キラキラと光がこぼれる笑顔も魅力的だが、小さな花弁が散る控えめな笑顔も負けていない。彼にお熱な令嬢方が見たら、卒倒そっとうしてしまいそうだ。
 ロゼが以前、メルドレール公爵城に来た時は、紅茶を一緒に飲み可愛らしいお茶会をしたが、二度目である今回はワインを飲むという大人の会を楽しんでいる。とっくの昔に成人年齢を迎えているため立派な大人であるが、それでもさらに大人となった気分になる。ロゼは透明なグラスを彩るワインを一気に飲み干した。巷で有名な酒豪しゅごうも思わず脱帽だつぼうするロゼの素晴らしい飲みっぷりは、フリードリヒを圧倒する。フリードリヒは、少しずつワインを楽しんでいた。ロゼはグラスを空にする度に、止まることなくワインを注ぎ入れる。フリードリヒはそれを見て、このまま行けばワインボトルのワインを全て飲み干してしまうのではないかと危惧した。

「ア、アルコールには強いのかい?」
「……強いほうだと思うわ」

 ロゼは毒が効かない特別な体質だ。恐らくアルコールも体内に入った時点で解毒されているのだろう。よって彼女はいくら酒を飲んでも泥酔でいすいすることはない。ルティレータ帝国一の酒豪を決めるならば、名だたる男や女を退いて間違いなくロゼのひとり勝ちだ。フリードリヒはたるごと酒を飲もうとするロゼを思い浮かべ、震え上がった。

「僕はそんなに強くはないから……」
「そうなの? 悪酔いしないよう気をつけて」
「き、気をつけるよ」

 フリードリヒは苦笑いをしたあと、ワインを呷る。悪酔いしないよう気をつけてと忠告をしたそばから、ワインを飲み干す彼に、ロゼは呆れ返る。優しそうな顔をしておきながら、意外と人の言うことを聞かない性質なのだろうか。ロゼがそんなことを考えながら、ワインを口に含むと、フリードリヒが咳払いをして話しかけてくる。

「以前、僕がロゼを守ると約束しただろう? だけど……僕はあまりにも無力だ」

 急激にセンチメンタルになったフリードリヒ。ロゼは眉を顰めて、彼を見つめる。フリードリヒは、男らしく長い指で透明のワイングラスを転がす。赤い睫毛が儚げに風に揺れた。

「最も危険な大公城にて、君を守ることができていないから……」
「それは仕方がないわ」

 ロゼは肩を竦めてそう言った。彼女の言う通り、フリードリヒの悩みはどうしようもないことだ。ドルトディチェ大公城にて、フリードリヒに守ってもらうことなど不可能だからだ。フリードリヒは不満らしく、ムッと唇を歪める。

「騎士として忠義ちゅうぎに反する」
大袈裟おおげさよ。それにドルトディチェ大公城は比較的安全なの。確かに危険はあるけれど、ユークリッドが守ってくれるから」

 ロゼの唇から飛び出した名に、フリードリヒは動きを止める。タンザナイト色の双眸が大きく見開く。衝撃に染まる目に見つめられ、ロゼはいたたまれない気持ちとなり、顔を背けた。

「……何?」
「妙に君に執着しゅうちゃくをしているあの男が、君を守ってると言うのか?」
「……執着しているかは知らないけど、そうよ」
「そう、か」

 フリードリヒは乾いた笑いをこぼしながら、ワイングラスを手放す。ガラスがぶつかる音が夜に反響する。額を押さえる彼の美貌には、しゅが注がれていた。ロゼはフリードリヒの腕にそっと手を添え、顔を覗き込む。さすがはルティレータの最強の騎士。腕を少し触っただけでも、はがねの肉体であることが分かった。ロゼはそれに驚愕し手を引くと、突然手首を掴まれる。間近に迫る甘い美貌に、ロゼは恐れ慄く。

「ちょっと、顔が赤いわよ……」
「ロゼ」

 普段のフリードリヒからは想像もできない低い声。人を簡単に黙らせることができる声色だ。瞬間、寒々とした風が吹き荒れ、フリードリヒから噎せ返る甘い匂いが舞う。ロゼは足先から背筋にかけて駆け巡る電流を感じた。フリードリヒは驚きでものも言えないにロゼに、覆い被さる。癖のついたふわふわなヴァーミリオンの前髪がロゼの顔に触れる。あまりの距離の近さに、ロゼは息をするのも忘れ、黙り込む。心臓が嫌な音を立てて軋んだ気がした。
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