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本編

第24話 誕生パーティーの招待状

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 ユークリッドの言う通り、ロゼの元にはディモン伯爵令嬢からお茶会の招待状が届いていた。出席をすると手紙を出し、ついにお茶会の日がやって来た。
 ドルトディチェ大公城をあとにして、深い森を抜ける。割と皇都の中心部のほうに位置しているディモン伯爵邸に到着すると、豪奢な白銀の馬車から降りた。馬車と同色の白を基調としたドレス。プリンセスラインのスカートのドレスの裾には、繊細なレースがあしらわれている。ストロベリーブロンドの長髪は、後頭部で結われ、夏らしい清涼さを漂わせていた。ロゼは背筋を伸ばし、まっすぐに歩く。様々な階級の令嬢方は、皆ロゼに釘付けであった。誰も声をかけられない、かけてはならない。暗黙の了解が令嬢方を包み込む中、ロゼはお茶会の会場である庭園に足を踏み入れた。その刹那。
 
「きゃあっ!!!」

 甲高かんだかい悲鳴がこだまする。ロゼに注がれていた視線の数々は、一気に悲鳴がした方向へ向けられる。居心地の悪さから脱却することに成功したロゼは、密かに悲鳴を上げた女性に心の中にて礼を言いながら、悲鳴が聞こえた方向に注目する。

「ふざけないで……。私とドレスの色が被ってるだなんて……許せない!!!」
「いや……!」

 ロゼの慣れ親しんだ人物が、とある令嬢をなぎ倒し、髪を思いっきり引っ張っている。戦慄が走る光景は、ほかの令嬢方を沈黙の渦に叩き落とした。
 ロゼの慣れ親しんだ人物とは、ドルトディチェ大公家五女、序列第7位のリアナのことである。ロゼの義妹ぎまいにあたる令嬢だ。よく見ると、リアナがまとう深青のドレスとなぎ倒された令嬢が着ているドレスは、比較的色味が似ていた。リアナは、自分とほぼ同色のドレスを着た令嬢のことが許せなかったのだろう。そんな彼女の背後では、ドルトディチェ大公家六女、序列第8位のレアナがいた。双子の姉であるリアナを止めるどころか、静観している。小さな口元には、小さな小さな笑みが浮かんでいた。修羅場しゅらばと化した状況を楽しんでいるらしい。そんな修羅場を近い位置から見守っていたひとりの令嬢が、声をかけようかかけまいか迷っている様子で、周章狼狽しゅうしょうろうばいしていた。ロゼの推測が正しければ、彼女こそディモン伯爵家の令嬢だろう。
 ロゼは周囲に気づかれないよう、溜息をつく。そして誰もが立ち止まり、修羅場を見守る中、一歩、また一歩と歩みを進める。リアナとレアナは、ようやくロゼの存在を目に入れる。

「な、なんでアンタがここにいんのよ……!?」

 リアナは掴んでいた令嬢の髪を放しながらわめいた。レアナは、可愛らしい顔を恐怖に染め、リアナの背に身を隠す。ロゼはどうでもいいと無視を決め込み、空いていた椅子に腰を下ろす。

「私にも紅茶をいただけますか?」
「あっ……も、もちろん、です!」

 隣に座っていた令嬢がすぐさま反応をし、ティーポットの紅茶をカップに注ぎ入れる。そして震慴しんしょうしながら、ソーサーに乗せたティーカップをロゼへと捧げた。ロゼは一言礼を告げると、優雅に紅茶を飲み始める。混沌こんとんとした状況で、たったひとり、リアナとレアナには目もくれずマイペースに過ごす彼女に対して、令嬢方は尊敬と畏怖が入り交じった眼差しを向けた。余裕の表情を崩さないロゼを気に食わないと思ったリアナは、テーブルを叩く。ガシャン、と食器が擦れる音が響き渡ると共に、紅茶がこぼれて雪白のテーブルクロスを汚れてしまった。ロゼはリアナを見上げる。アジュライト色の瞳が美しく光を放つ。

「私がここにいてはいけない理由でも、あるのでしょうか」

 ロゼは、傍に控えていたディモン伯爵家の侍女に視線を送る。侍女はすぐにその意図を察して、たまたま所持していた布巾を彼女に差し出した。ロゼはそれを受け取り、テーブルクロスを拭き始める。まったく相手にしてもらえないことに痺れを切らしたリアナは、彼女の手から布巾を奪い上げて、地面に叩きつけた。たっぷりと水分を含んだ布がベシャッと潰れる音がする。

「お行儀ぎょうぎが悪いわね……。ここはドルトディチェの城ではありません。おのれの言動を弁えてはいかがでしょう」
「うるさいっ!!! ドルトディチェの正当な血筋じゃない出来損ないが偉そうな口聞いてんじゃないわよっ!!!」

 ヒステリックに絶叫したリアナがついにロゼに殴りかかろうとする。しかし、夜の瞳と視線がかち合った瞬間、リアナは動きを止める。彼女は、出ることも叶わない永遠の深淵に招かれている気分に陥ったのだ。

「偉そう? 面白いことを言うのね。偉そうなのは、果たしてどちらかしら」

 雪が降り積もったかのような白いドレスによく映える赤い唇が、不自然な三日月を描く。リアナは一歩ずつ後退り、人目も憚らず無様に走って逃げていってしまった。レアナもロゼを一瞥いちべつしたあと、リアナに続く。悪魔のふたりがいなくなり、お茶会には平穏が訪れる。皆が唖然とする中、一足先に意識を取り戻した令嬢が、ロゼに駆け寄ってきた。

「お、お初にお目にかかります! ドルトディチェ大公令嬢! 私はディモン伯爵家の令嬢。此度は、お茶会に出席してくださり、そしてこの場をしずめてくださり、心よりお礼申し上げます」

 ロゼがディモン伯爵家の令嬢なのではないか、と目をつけていた女性は、やはりそうであった。彼女の名は、テーリア・ラヤ・メラル・ディモンである。
 ロゼは、静かに「お構いなく」と告げる。

「ドルトディチェ大公令嬢、何かお礼をさせてくださいませんか?」

 ディモン伯爵令嬢の申し出に、ロゼは人形の如く静止する。まさか、こんなにも早くチャンスが訪れるとは。無を表す面様のロゼが内心ほくそ笑んでいるとは知らず、ディモン伯爵令嬢は彼女の言葉を心待ちにする。

「では、ディモン伯爵令嬢の誕生パーティーに私を招待してくださいな」
「そ、そんなことでよろしいのですか?」
「えぇ」

 ロゼの頼みにいい意味で拍子抜ひょうしぬけしたディモン伯爵令嬢は、「今すぐ招待状を持ってきますわ!」と眩いほどの満面の笑顔を浮かべたのであった。
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