【完結】今世こそは一族を存続させ、生き残ってみせます 〜厭われ姫は愛を知る〜

本編

第13話 直接対決

　フリードリヒと友人になったロゼは、天にも昇る気持ちであった。表情には、その気持ちはまったく表れていないが。だが足元を見れば、一目瞭然いちもくりょうぜん。いつもよりも軽快に歩いているため、ロゼをよく知る人物ならば彼女の機嫌がいいことに気づくだろう。
　舞踏会の会場である間へと戻る道中のこと、フリードリヒによってエスコートを受けるロゼは、壁にもたれかかる男の存在に気がついた。フリードリヒも同様に気づいたらしく、足を止める。男はふたりの姿を視野に入れた途端、組んでいた腕を解き、壁から離れる。そしてふたりに歩み寄ってきた。薄暗い廊下に射す一筋の月明かり。月光が織り成す舞台に上がった男は、ユークリッドであった。

「やっと見つけましたよ」

　桃色の唇は潤いを増す。肌は病人を想起させるほどに白く、瞳は血の色。月光の効果も相まってか、ますます神秘的に見える。吸血鬼きゅうけつきであると言っても過言ではないが。
　ユークリッドは、フリードリヒには目を向けない。ルティレータ帝国唯一の大公家の証であるブラッドレッドの瞳に映るのは、ロゼただひとりである。ロゼとの距離を詰め、フリードリヒの腕に回された彼女の手をそっと取り、甲にキスを落とす。黒く長い睫毛が震え、赤いふたつの月が間近で煌めいた。

「俺の傍から離れないでくださいとあれほどお伝えしたはずですのに、姉上は思いのほか、お転婆てんばな姫君のようだ……」

　腰を砕くだき、脳内を痺しびれさせ錯乱させる、甘ったるい声。ロゼは大人しくユークリッドに従うことにした。
　フリードリヒは、ユークリッドが危険であるということを察知する。前に踏み出し、ロゼとユークリッドの間に体を差し込む。ふたりの手は自然と放れ、ユークリッドは一歩後退った。ロゼに甘い声で言葉を囁いていた彼の顔から、表情がなくなる。

「メルドレール公爵。皇女殿下が捜しておられました。今すぐ向かわれることを推奨すいしょういたします」
「お心遣い感謝いたします」

　ユークリッドとフリードリヒは対峙する。大公家の有力後継者、最強の騎士の称号を持つ公爵。ルティレータ帝国人気の一、二を争う男同士の対決に、ロゼは現実逃避をするため瞳を伏せた。世の貴族令嬢からすれば、現在のロゼの立ち位置がどれほど羨ましいことか。ロゼは、代わってあげられるものならいくらでも代わって差し上げたいと内心思うのであった。
　双方の睨み合いは決着がつかず、今日のところは引き分けに終わったらしい。フリードリヒはロゼに向き合う。

「ロゼ。今度、手紙を送ってもいいかな？」
「……待ってるわ」

　フリードリヒは綺麗に破顔する。ヴァーミリオンの癖毛がふわりと揺れ、甘い香りがロゼの鼻を刺激した。フリードリヒは踵を返して、ユークリッドを軽く睨んだあと、去っていった。
　できれば行ってほしくなかった。ユークリッドとふたりきりにしてほしくなかった。ロゼは絶望的な状況の中、既に豆粒のサイズとなってしまったフリードリヒの背中を名残惜しむ。

「姉上」

　地を這う声。ロゼがユークリッドを見上げた瞬間、ユークリッドは彼女を壁に追い詰める。ロゼが壁に背をぶつけると共に、ユークリッドは彼女の横に手を添えた。

「あの男と親しいのですか？」
「……先程、親しくなったばかりです」

　端厳たんげんとした姿は崩さないが、声色から動揺が読み取れる。ユークリッドは、そんなロゼの後れ毛を手に取り、指先で遊ぶ。そして形の整った耳に唇を寄せ、囁く。

「外部の人間と親しくすることは勧めません。近いうちに関係を絶ってください」

　甘い声なのに、吐く言の葉には毒がある。その毒に冒されたロゼは、思わず頷いてしまいそうになった。だが彼女はありとあらゆる毒を弾き返す特異体質を持つ。解毒に成功したロゼは、我に戻り首を左右に振った。

「交友関係まであなたに指図されたくはありません」
「……ドルトディチェ大公家の人間、特に姉上は、社交界にて好奇な目で見られています。あの男が信用に足る人間かどうか、判断をしてから、」
「フリードリヒは最強の騎士とも名高い方です。信用度を確かめる必要はないのでは？」

　ロゼはユークリッドの分厚い胸板に両手を添えて、トンッと軽く押す。ユークリッドは彼女から離れる。

「心配は不要です」

　ロゼは堂々と宣言して、背を向ける。ユークリッドは溜息を吐いて彼女のあとを追おうとする。その時、ロゼが突然振り向いた。

「そのクリームのような、気持ちが悪いほどに甘ったるい匂い、どうにかしてくださいな」

　呆気に取られたユークリッドは、袖口辺りをスンッと嗅ぐ。ロゼの言う通り、胸焼けを覚える甘い香りが彼の嗅覚を襲った。ユークリッドはアンナベルの香水かと推測し、密かに舌を鳴らしたのであった。