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本編
第12話 友人
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ロゼとフリードリヒは、並んで庭園を歩いていた。アーチ状の花々に迎えられながら、甘くも爽やかな香りを嗅ぐ。
フリードリヒは隣のロゼを盗み見る。清純な雰囲気を漂わせながらも、纏うドレスの影響で妖艶なオーラも醸し出していた。フリードリヒの胸は大きく高鳴る。それを紛らわすため、彼は咳払いをした。
「ロゼ嬢。なぜ、僕と仲良くなりたいのですか?」
カツン、とヒールの音が鳴り響くと共に、木々に潜んでいた夜行性の鳥が飛び立つ。羽と草木が擦れる音が聞こえた。フリードリヒも足を止め、振り返る。ギュッと閉ざされていたロゼの赤い唇がゆっくりと開いた。
「匂いです」
「に、匂い?」
「あなたの匂いが、懐かしいと感じたのです」
予想の斜め上。思いもよらぬロゼの言葉に、フリードリヒは目を見張る。
容貌は、光。眩い美貌である。だが、どこか影がある。アンナベルのように、清廉さと優美さだけを兼ね備えているのではない。誰も知り得ない。一度呑まれてしまえば息の根を自ら止めたい衝動に駆られる、一種の洗脳のような、暗闇が立ち込めている。そんなロゼに、フリードリヒは急速に引き寄せられていく。
ロゼは、フリードリヒの匂いが懐かしいと言った。フリードリヒは香水などといったものには疎い。恐らくロゼは、彼本来の香りのことを言っているのだろう。フリードリヒは、それを嬉しく思う。だがこれ以上、自分では匂わない自身の香りの話をするのは、羞恥を感じる。フリードリヒは、別の話を振った。
「ドルトディチェ大公家は、その……ロゼ嬢にとって、恐ろしくはありませんか?」
咄嗟に振った話に深い後悔を抱くフリードリヒ。仲良くなりたいと胸の内を明かしてくれたロゼに対して、なんてデリカシーのない言葉をかけてしまったのだろうか、と。
フリードリヒは恐る恐るロゼを見遣る。ロゼは一切の動揺も見せない。ただまっすぐと風に揺れる花々を見ている。
「このままでは、ドルトディチェ大公家は滅びます」
「滅びる?」
「はい。大公家は私にとって恐ろしい一族ですが、滅亡させるわけには参りません。ジンクスが叶えられるまで、大公家は滅びてはならないのです」
ロゼの意味深長の言葉に対して、フリードリヒは眉を顰める。
「ドルトディチェ大公一族に神獣の愛が降り注ぎし時、呪いは解け、一族はさらなる進化を遂げる」というのは、ドルトディチェ大公家に伝わるジンクスである。ロゼはこのジンクスを叶えなければならないと、謎の使命感に駆られている。滅びの道である元凶の母を殺させない、「この方」と出会う。これらは全て、ロゼが生きる道であると共に、結果的にドルトディチェ大公家の存続を願うことに繋がるのだ。そしてジンクスは、最終的な目的を達成するためのヒント、もしくは必要不可欠な事項であるのかもしれない。恐らく神獣というのは、ドルトディチェ大公家に加護を授けるアウリウスのことであろうが、いつどのタイミングで、何がきっかけとなってジンクスが叶うのか、謎が多い。ジンクスの真相はよく分かっていない。
ロゼは話を続ける。
「ドルトディチェ大公家の存続を願うと同時に、私は大公家で死を迎えたくないのです」
それまで無であったはずのアジュライト色の瞳が、悲しみに震えた。
ロゼはドルトディチェ大公家の血の力が効かない特異体質であるが、狂人と化した兄や姉、弟や妹が、いつ彼女を直接手にかけようとするか分からない。現状では、畏怖される存在だが、危ない立ち位置であることに変わりはないのだ。
「ロゼ嬢はつまり、大公家を救いたいけれど、そこで死にたくはないのですね?」
「はい」
ロゼは頷いた。フリードリヒは思考を巡らせたすえ、彼女の造形美である顔を真っ向から見つめる。
「では僕が、それに協力します」
フリードリヒの足元に落とされていた視線は、そっと上がる。風に前髪が揺れて、アジュライト色の双眸が煌めく。花々を咲かせた草木の隙間からこぼれる月光は、ロゼの端麗な顔立ちを照らした。フリードリヒは一歩、また一歩とロゼに近寄り、衣装が汚れることも気に留めず、跪く。
「あなたを、死なせはしません」
宿命を背負うひとりの姫君とそれに感化された騎士。ルティレータ帝国を代表する画家が、ぜひこの景色を描かせてくれと懇願するほどの神々しさが溢れ出る。
フリードリヒ自らが協力関係の提案をしてきたことにロゼは内心、仰天する。やはり彼は、一回目の人生の最期、ロゼが口にした「この方」なのだろう。
「私のことはロゼとお呼びください。大公家の血を正式に引くわけではありませんので、平民と言っても過言ではございません。敬語も不要です」
「な、ならば僕のこともフリードリヒとお呼びください。それで、対等な関係でしょう」
フリードリヒの思わぬ提案に、ロゼは三回瞬きをする。
「分かりました。よろしくお願い、フリードリヒ」
「よろしく、ロゼ」
フリードリヒは手を差し出す。ロゼは彼の大きな手を握る。優しい温もりを、布越しに感じた。
フリードリヒは隣のロゼを盗み見る。清純な雰囲気を漂わせながらも、纏うドレスの影響で妖艶なオーラも醸し出していた。フリードリヒの胸は大きく高鳴る。それを紛らわすため、彼は咳払いをした。
「ロゼ嬢。なぜ、僕と仲良くなりたいのですか?」
カツン、とヒールの音が鳴り響くと共に、木々に潜んでいた夜行性の鳥が飛び立つ。羽と草木が擦れる音が聞こえた。フリードリヒも足を止め、振り返る。ギュッと閉ざされていたロゼの赤い唇がゆっくりと開いた。
「匂いです」
「に、匂い?」
「あなたの匂いが、懐かしいと感じたのです」
予想の斜め上。思いもよらぬロゼの言葉に、フリードリヒは目を見張る。
容貌は、光。眩い美貌である。だが、どこか影がある。アンナベルのように、清廉さと優美さだけを兼ね備えているのではない。誰も知り得ない。一度呑まれてしまえば息の根を自ら止めたい衝動に駆られる、一種の洗脳のような、暗闇が立ち込めている。そんなロゼに、フリードリヒは急速に引き寄せられていく。
ロゼは、フリードリヒの匂いが懐かしいと言った。フリードリヒは香水などといったものには疎い。恐らくロゼは、彼本来の香りのことを言っているのだろう。フリードリヒは、それを嬉しく思う。だがこれ以上、自分では匂わない自身の香りの話をするのは、羞恥を感じる。フリードリヒは、別の話を振った。
「ドルトディチェ大公家は、その……ロゼ嬢にとって、恐ろしくはありませんか?」
咄嗟に振った話に深い後悔を抱くフリードリヒ。仲良くなりたいと胸の内を明かしてくれたロゼに対して、なんてデリカシーのない言葉をかけてしまったのだろうか、と。
フリードリヒは恐る恐るロゼを見遣る。ロゼは一切の動揺も見せない。ただまっすぐと風に揺れる花々を見ている。
「このままでは、ドルトディチェ大公家は滅びます」
「滅びる?」
「はい。大公家は私にとって恐ろしい一族ですが、滅亡させるわけには参りません。ジンクスが叶えられるまで、大公家は滅びてはならないのです」
ロゼの意味深長の言葉に対して、フリードリヒは眉を顰める。
「ドルトディチェ大公一族に神獣の愛が降り注ぎし時、呪いは解け、一族はさらなる進化を遂げる」というのは、ドルトディチェ大公家に伝わるジンクスである。ロゼはこのジンクスを叶えなければならないと、謎の使命感に駆られている。滅びの道である元凶の母を殺させない、「この方」と出会う。これらは全て、ロゼが生きる道であると共に、結果的にドルトディチェ大公家の存続を願うことに繋がるのだ。そしてジンクスは、最終的な目的を達成するためのヒント、もしくは必要不可欠な事項であるのかもしれない。恐らく神獣というのは、ドルトディチェ大公家に加護を授けるアウリウスのことであろうが、いつどのタイミングで、何がきっかけとなってジンクスが叶うのか、謎が多い。ジンクスの真相はよく分かっていない。
ロゼは話を続ける。
「ドルトディチェ大公家の存続を願うと同時に、私は大公家で死を迎えたくないのです」
それまで無であったはずのアジュライト色の瞳が、悲しみに震えた。
ロゼはドルトディチェ大公家の血の力が効かない特異体質であるが、狂人と化した兄や姉、弟や妹が、いつ彼女を直接手にかけようとするか分からない。現状では、畏怖される存在だが、危ない立ち位置であることに変わりはないのだ。
「ロゼ嬢はつまり、大公家を救いたいけれど、そこで死にたくはないのですね?」
「はい」
ロゼは頷いた。フリードリヒは思考を巡らせたすえ、彼女の造形美である顔を真っ向から見つめる。
「では僕が、それに協力します」
フリードリヒの足元に落とされていた視線は、そっと上がる。風に前髪が揺れて、アジュライト色の双眸が煌めく。花々を咲かせた草木の隙間からこぼれる月光は、ロゼの端麗な顔立ちを照らした。フリードリヒは一歩、また一歩とロゼに近寄り、衣装が汚れることも気に留めず、跪く。
「あなたを、死なせはしません」
宿命を背負うひとりの姫君とそれに感化された騎士。ルティレータ帝国を代表する画家が、ぜひこの景色を描かせてくれと懇願するほどの神々しさが溢れ出る。
フリードリヒ自らが協力関係の提案をしてきたことにロゼは内心、仰天する。やはり彼は、一回目の人生の最期、ロゼが口にした「この方」なのだろう。
「私のことはロゼとお呼びください。大公家の血を正式に引くわけではありませんので、平民と言っても過言ではございません。敬語も不要です」
「な、ならば僕のこともフリードリヒとお呼びください。それで、対等な関係でしょう」
フリードリヒの思わぬ提案に、ロゼは三回瞬きをする。
「分かりました。よろしくお願い、フリードリヒ」
「よろしく、ロゼ」
フリードリヒは手を差し出す。ロゼは彼の大きな手を握る。優しい温もりを、布越しに感じた。
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