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本編
第4話 畏怖の対象
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長い睫毛のカーテンを開けて現れたのは、鋭いブラッドレッドの眼。鴉の羽のように青みがかったブルーブラックの髪は、一切の癖がない。前髪はきっちり上に上げられ、病人じみた色白な額があらわとなっている。白い肌と対比となる赤い唇は、薄い。首の上までかっちりとしめられた服は、少しの隙も見せてはくれない。
誰がどう見ても、完璧なる美貌。上座から最も遠い椅子に座る女性と横に並べば、神々も驚愕する美と美の共演を見られることだろう。
絶世の美青年の名は、ユークリッド・オラヴィル・リーネ・ドルトディチェ。大公家の六男。17歳にして、序列第1位という次期大公に最も近しい存在である。今は亡きドルトディチェ大公夫人の唯一の令息だ。そして、ドルトディチェ大公一族において、歴代最強と謳われる。より少量の血で、殺人することが可能だ。
「あらぁ♡ ユークリッドくんったら、今日もハンサムですわね~。あの子とすっごくお似合いですわ」
ユーラルアの面様から笑顔が消え去る。チラリと視線を向けた先には、人形の如く表情が変わらない美しいロゼがいた。
ロゼは、大公家の四女。つい最近、20歳になったばかり。序列は第9位の末席だ。
血色のブラッドレッドの目を持つことで有名なドルトディチェ大公家だが、ロゼの瞳の色はアジュライト色。彼女は、ドルトディチェ大公家の血筋ではなく、彼女の母が違う男性との間に生んだ子。彼女の母がドルトディチェ大公と再婚をしてから、正式にドルトディチェの本家に名を連ねることとなったのだ。そのため、正統な血筋ではないロゼは周囲から疎まれ、出来損ないと噂される嫌われ者である。
「ふん……ユークリッドお兄様とはまったく釣り合っていないわよ!」
リアナはロゼを睨みつけ、そう言った。ロゼはリアナをチラリとも見ない。それどころか、リアナの声が聞こえていないように振る舞っている。それが気に食わなかったのか、リアナは激昂し再び立ち上がる。そこでようやく、ロゼは彼女を見上げた。深みのある吸い込まれてしまいそうなアジュライト色の瞳。一度その視線に捕まってしまえば、深淵から抜けられない錯覚に陥る。
リアナはゴクリと生唾を飲み込み、額を汗が流れる生々しい感覚を覚える。震えを抑えながら、席に着いた。
再度、冷えきった静寂が訪れる。これがロゼを一族の人々が遠巻きにする理由であった。一族の血を引かないよそ者という肩書きに加え、人間離れした美顔と気味の悪い雰囲気。そして、一族の呪いが効かない抗体を持つ特異体質。ロゼから感じるのは、言葉で説明できる単純な恐怖ではない。言葉では説明できない、まるで忘れた頃にやって来るヒヤリと冷たい恐怖なのだ。
現在進行形でそんな恐怖と接触したリアナは、ロゼの隣で微かに震えていた。もちろんロゼは、それをわざわざ指摘したりはしない。彼女からしたら、どうでもいいことであるのだから。
「テメェ……。相変わらず気持ち悪ぃ目してんな。さっさと死ねばいいのによ。のこのこと生き残りやがって」
ジルがそう吐き捨て、沈黙を突き破った。
さっさと死ねばいいのに。ならばさっさと殺せばいいではないか。そう言いたくなるが、ドルトディチェ大公家の直系たちには、ロゼを殺せない理由がふたつあった。
彼女の母親はドルトディチェ大公の最も新しい妻、つまりドルトディチェ大公の寵愛を一心に受けている。ロゼを殺してしまえば、ドルトディチェ大公の反感を大いに買うことになる。そうなれば、命は助からない。序列が高かろうとも、一族の当主に逆らえば地獄に堕ちるしか道は残されていないのだから。これがひとつ目の理由だ。
ふたつ目の理由は、ロゼの特異体質にある。どういうわけか、一族の者の血を飲ませたり触れさせたりしても、ロゼは狂ったように自死をしないのだ。それは、彼女の摩訶不思議な炎による治癒能力からくるものなのだが、それを知る者は一族にはいないため、特異体質として結論づけられている。以前、直系の誰かが彼女の寝床に忍び込み、嫌がらせの意味で致死量に達さない毒を飲ませたのだが、ロゼは体調を悪化させるどころか、むしろ平然としていた。また毒に加え、血も飲まされたことがあるのだが、彼女は次の日、一族の会合の場に堂々と姿を見せた。何食わぬ顔で。その時の兄弟たちの表情と言ったら、滑稽以外の何物でもなかった。彼女は、ドルトディチェ大公家の血も、一般的な毒も効かない特別な体を持っている。
以上、ふたつの理由から、ロゼは末席という立場ながら序列上位の人間と同等に恐れられているのである。
再び間に沈黙の時間が訪れた瞬間、扉が開かれた。
「待たせたな、子供たちよ」
暗闇から現れた圧倒的な強者は、不気味な笑みを浮かべた。
誰がどう見ても、完璧なる美貌。上座から最も遠い椅子に座る女性と横に並べば、神々も驚愕する美と美の共演を見られることだろう。
絶世の美青年の名は、ユークリッド・オラヴィル・リーネ・ドルトディチェ。大公家の六男。17歳にして、序列第1位という次期大公に最も近しい存在である。今は亡きドルトディチェ大公夫人の唯一の令息だ。そして、ドルトディチェ大公一族において、歴代最強と謳われる。より少量の血で、殺人することが可能だ。
「あらぁ♡ ユークリッドくんったら、今日もハンサムですわね~。あの子とすっごくお似合いですわ」
ユーラルアの面様から笑顔が消え去る。チラリと視線を向けた先には、人形の如く表情が変わらない美しいロゼがいた。
ロゼは、大公家の四女。つい最近、20歳になったばかり。序列は第9位の末席だ。
血色のブラッドレッドの目を持つことで有名なドルトディチェ大公家だが、ロゼの瞳の色はアジュライト色。彼女は、ドルトディチェ大公家の血筋ではなく、彼女の母が違う男性との間に生んだ子。彼女の母がドルトディチェ大公と再婚をしてから、正式にドルトディチェの本家に名を連ねることとなったのだ。そのため、正統な血筋ではないロゼは周囲から疎まれ、出来損ないと噂される嫌われ者である。
「ふん……ユークリッドお兄様とはまったく釣り合っていないわよ!」
リアナはロゼを睨みつけ、そう言った。ロゼはリアナをチラリとも見ない。それどころか、リアナの声が聞こえていないように振る舞っている。それが気に食わなかったのか、リアナは激昂し再び立ち上がる。そこでようやく、ロゼは彼女を見上げた。深みのある吸い込まれてしまいそうなアジュライト色の瞳。一度その視線に捕まってしまえば、深淵から抜けられない錯覚に陥る。
リアナはゴクリと生唾を飲み込み、額を汗が流れる生々しい感覚を覚える。震えを抑えながら、席に着いた。
再度、冷えきった静寂が訪れる。これがロゼを一族の人々が遠巻きにする理由であった。一族の血を引かないよそ者という肩書きに加え、人間離れした美顔と気味の悪い雰囲気。そして、一族の呪いが効かない抗体を持つ特異体質。ロゼから感じるのは、言葉で説明できる単純な恐怖ではない。言葉では説明できない、まるで忘れた頃にやって来るヒヤリと冷たい恐怖なのだ。
現在進行形でそんな恐怖と接触したリアナは、ロゼの隣で微かに震えていた。もちろんロゼは、それをわざわざ指摘したりはしない。彼女からしたら、どうでもいいことであるのだから。
「テメェ……。相変わらず気持ち悪ぃ目してんな。さっさと死ねばいいのによ。のこのこと生き残りやがって」
ジルがそう吐き捨て、沈黙を突き破った。
さっさと死ねばいいのに。ならばさっさと殺せばいいではないか。そう言いたくなるが、ドルトディチェ大公家の直系たちには、ロゼを殺せない理由がふたつあった。
彼女の母親はドルトディチェ大公の最も新しい妻、つまりドルトディチェ大公の寵愛を一心に受けている。ロゼを殺してしまえば、ドルトディチェ大公の反感を大いに買うことになる。そうなれば、命は助からない。序列が高かろうとも、一族の当主に逆らえば地獄に堕ちるしか道は残されていないのだから。これがひとつ目の理由だ。
ふたつ目の理由は、ロゼの特異体質にある。どういうわけか、一族の者の血を飲ませたり触れさせたりしても、ロゼは狂ったように自死をしないのだ。それは、彼女の摩訶不思議な炎による治癒能力からくるものなのだが、それを知る者は一族にはいないため、特異体質として結論づけられている。以前、直系の誰かが彼女の寝床に忍び込み、嫌がらせの意味で致死量に達さない毒を飲ませたのだが、ロゼは体調を悪化させるどころか、むしろ平然としていた。また毒に加え、血も飲まされたことがあるのだが、彼女は次の日、一族の会合の場に堂々と姿を見せた。何食わぬ顔で。その時の兄弟たちの表情と言ったら、滑稽以外の何物でもなかった。彼女は、ドルトディチェ大公家の血も、一般的な毒も効かない特別な体を持っている。
以上、ふたつの理由から、ロゼは末席という立場ながら序列上位の人間と同等に恐れられているのである。
再び間に沈黙の時間が訪れた瞬間、扉が開かれた。
「待たせたな、子供たちよ」
暗闇から現れた圧倒的な強者は、不気味な笑みを浮かべた。
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