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本編
第1話 炎
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星屑が燦然と輝く夜空は、悲哀に塗られる。涙を落とすように流れ星が降り注ぐ中、深い森の中心に存在する巨城が凛と聳え立つ。美しい夜空の下、輝きを放つ巨城からは、血の香りが漂っていた。
王たる者しか座ることを許されぬ玉座は血で染まる。微小な光しか侵入できないその間には、夥しい血液が流れていた。多くの屍が何重にも折り重なり至るところに散らばるその中心には、両膝をつき項垂れる女性がいた。
艶のあるストロベリーブロンドの長い髪は、癖のひとつも見当たらない。滝の如く、まっすぐと地面に滴り落ちる。青紫と白を基調としたドレスは、血色に染まっていた。
そんな女性の腕の中で眠るのは、先程まで人であった骸。もう二度と、動くことはない。
「どうして、こんな、惨いことを」
鈴の転がる音色が紡ぐ。その疑問に答えたのは、女性の目の前、堂々と鎮座する血の玉座に座るひとりの男であった。
「ダリアを殺した大罪人がいるかもしれんからな。念のため殺しておくのがオレの流儀だろ? ロゼ」
ラピスラズリ色の髪に、一族の者であることを示すブラッドレッドの双眸。紛うことなき美丈夫。最も畏怖すべき人間、否、悪魔である。
彼の名は、リディオ・ハルヴァン・リーネ・ドルトディチェ。ルティレータ帝国ドルトディチェ大公一族の当主だ。
「ロゼ」と呼ばれた女性は、緩徐に顔を上げる。ストロベリーブロンドの髪の隙間から現れたのは、夜空をはめ込んだアジュライト色の瞳。髪色と同色の長い睫毛が震えた。瞳から放たれる光は、神聖なものを感じさせる。高く小さな鼻の下には、厚めの桃色に染まる唇が真一文字に結ばれる。全てのパーツが完璧な配置で輝く。まさに神が織り成した造形美を携える女性の名は、ロゼ・ヴィレメイン・リーネ・ドルトディチェ。ドルトディチェ大公の義娘。天使。女神。聖女。どんな言葉も当てはまらない。唯一無二の美貌は、神々に愛された証拠でもあった。
「お母様を守りきれなかったのは、あなたの……ドルトディチェ大公の責任でしょう?」
「口を慎め、ロゼ。ダリアの実の娘だからと言って、容赦はしない。その男は自らの身を守れたのにも関わらず、なんの取り柄もないお前をわざわざ庇って死んだんだからな」
ロゼは絶望に打ちひしがれる。腕の中で眠るのは、ドルトディチェ大公が振りかざした剣によって命を亡くした男性であった。ドルトディチェ大公に殺されそうになっていたロゼを庇ったのだ。血塗られた手に触れても、既に温もりはない。その顔を覗き込もうにも、視界が霧がかり、叶わない。
「私は、あなたが言うように、なんの取り柄もない。ドルトディチェ大公家の血を引いているわけでもないのだから」
アジュライト色の目から放たれる眼光は、神が振り下ろす鉄槌よりも輝かしく美しい。
人形さながら、人間とは言い難かったロゼの人間らしい一面を目の当たりにしたドルトディチェ大公は、狂気に満ちた笑みを浮かべる。
ロゼはそんなドルトディチェ大公に気がつかず、「でも」と話を続ける。
「二回目の人生があるのなら、あなたの思うようにはいかない。今度こそ、最期、この方が、立ちはだかるでしょう」
桃色の唇から紡がれる言葉は、不思議と説得力があった。背中を駆け上がる恐怖を感じ取ったドルトディチェ大公は、ロゼの命の灯火を消し去らなければならない衝動に襲われる。玉座から立ち上がり、赤い絨毯が敷かれた階段を一段、一段と下りる。ロゼとの距離を詰め、血色の剣を天高く掲げた。その瞬間、ロゼの背後で、重厚な扉が開く音が聞こえる。甘味のようにほんのりと甘く優しい匂いが近くで香った刹那――。間は、赫々たる炎に支配される。肉が焼ける臭いが漂い、肌が焼ける熱さと苦痛を覚える。だがなぜか、恐怖は感じなかった。
ロゼは、燃え滾る炎に身を委ねた。燃やし尽くされるがまま、瞳を伏せた時、世界の時は止まる。
王たる者しか座ることを許されぬ玉座は血で染まる。微小な光しか侵入できないその間には、夥しい血液が流れていた。多くの屍が何重にも折り重なり至るところに散らばるその中心には、両膝をつき項垂れる女性がいた。
艶のあるストロベリーブロンドの長い髪は、癖のひとつも見当たらない。滝の如く、まっすぐと地面に滴り落ちる。青紫と白を基調としたドレスは、血色に染まっていた。
そんな女性の腕の中で眠るのは、先程まで人であった骸。もう二度と、動くことはない。
「どうして、こんな、惨いことを」
鈴の転がる音色が紡ぐ。その疑問に答えたのは、女性の目の前、堂々と鎮座する血の玉座に座るひとりの男であった。
「ダリアを殺した大罪人がいるかもしれんからな。念のため殺しておくのがオレの流儀だろ? ロゼ」
ラピスラズリ色の髪に、一族の者であることを示すブラッドレッドの双眸。紛うことなき美丈夫。最も畏怖すべき人間、否、悪魔である。
彼の名は、リディオ・ハルヴァン・リーネ・ドルトディチェ。ルティレータ帝国ドルトディチェ大公一族の当主だ。
「ロゼ」と呼ばれた女性は、緩徐に顔を上げる。ストロベリーブロンドの髪の隙間から現れたのは、夜空をはめ込んだアジュライト色の瞳。髪色と同色の長い睫毛が震えた。瞳から放たれる光は、神聖なものを感じさせる。高く小さな鼻の下には、厚めの桃色に染まる唇が真一文字に結ばれる。全てのパーツが完璧な配置で輝く。まさに神が織り成した造形美を携える女性の名は、ロゼ・ヴィレメイン・リーネ・ドルトディチェ。ドルトディチェ大公の義娘。天使。女神。聖女。どんな言葉も当てはまらない。唯一無二の美貌は、神々に愛された証拠でもあった。
「お母様を守りきれなかったのは、あなたの……ドルトディチェ大公の責任でしょう?」
「口を慎め、ロゼ。ダリアの実の娘だからと言って、容赦はしない。その男は自らの身を守れたのにも関わらず、なんの取り柄もないお前をわざわざ庇って死んだんだからな」
ロゼは絶望に打ちひしがれる。腕の中で眠るのは、ドルトディチェ大公が振りかざした剣によって命を亡くした男性であった。ドルトディチェ大公に殺されそうになっていたロゼを庇ったのだ。血塗られた手に触れても、既に温もりはない。その顔を覗き込もうにも、視界が霧がかり、叶わない。
「私は、あなたが言うように、なんの取り柄もない。ドルトディチェ大公家の血を引いているわけでもないのだから」
アジュライト色の目から放たれる眼光は、神が振り下ろす鉄槌よりも輝かしく美しい。
人形さながら、人間とは言い難かったロゼの人間らしい一面を目の当たりにしたドルトディチェ大公は、狂気に満ちた笑みを浮かべる。
ロゼはそんなドルトディチェ大公に気がつかず、「でも」と話を続ける。
「二回目の人生があるのなら、あなたの思うようにはいかない。今度こそ、最期、この方が、立ちはだかるでしょう」
桃色の唇から紡がれる言葉は、不思議と説得力があった。背中を駆け上がる恐怖を感じ取ったドルトディチェ大公は、ロゼの命の灯火を消し去らなければならない衝動に襲われる。玉座から立ち上がり、赤い絨毯が敷かれた階段を一段、一段と下りる。ロゼとの距離を詰め、血色の剣を天高く掲げた。その瞬間、ロゼの背後で、重厚な扉が開く音が聞こえる。甘味のようにほんのりと甘く優しい匂いが近くで香った刹那――。間は、赫々たる炎に支配される。肉が焼ける臭いが漂い、肌が焼ける熱さと苦痛を覚える。だがなぜか、恐怖は感じなかった。
ロゼは、燃え滾る炎に身を委ねた。燃やし尽くされるがまま、瞳を伏せた時、世界の時は止まる。
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