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第176話 初代当主と災厄
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呑気に笑みを浮かべているルイドは、なんとリンドル家の初代当主。あのツィンクラウン初代女帝に仕えた呪術師だったのだ。そしてアリアリーナ、悲劇の呪術師の先祖でもある。
「久しぶりだね。元気にしていたかい?」
ルイドからの質問に、悲劇の呪術師は酷く冷めた目を向けた。
「アリアリーナのおかげでなぜ君が僕の助けを拒絶したのか、理解できたよ。誰だって愛する人に裏切られたら辛いし、その人に復讐できる機会を与えられたとしても……もう二度と顔も見たくないほどショックを受けていたのだとしたら、せっかくの機会も拒絶したくなってしまう」
アリアリーナと悲劇の呪術師の会話を聞いていたのだろうか。ルイドは悲劇の呪術師の全てを理解したかの如く、そっと瞑目した。
「この子の言うことを全て信じるなんて、初代当主様もバカね。過去に戻りたくても戻れない理由があったとは考えないの? 私は死ぬ直前に、一族の末裔に呪いをかけて、その呪いが果たされた時には自身を復活させる禁術を唱えたわ。二度目の人生を歩むというあなたの助けを受け入れてしまえば……その呪いはどうなるわけ?」
悲劇の呪術師が腕を組みながら、首を傾げる。
「何を言ってるんだ……。術者である君なら呪文を書き換えて解呪できるだろう」
「………………」
急所を突かれた悲劇の呪術師は、黙然とする。
『呪いをかけた張本人に呪文を書き換えさせたら解呪できると思うけど、これは現実的ではないと伝えておくよ』
以前、雪白の世界でルイドと会った時、彼はそんなことを口にしていた。呪いをかけた術者である悲劇の呪術師ならば、呪文を書き換えて解呪することができる。愛する人を殺さなければ自らが死ぬという忌々しい呪いも、彼女が解呪できるというわけだ。しかし、既に限りなく死に近い領域に達してしまった、あとは死ぬだけというアリアリーナにとっては、もはや必要のない情報であるが。
「君の気持ちは理解しよう。だけど、血という制約で繋がっているだけで、君や皇族の裏切りの件と関係のないアリアリーナに対して呪いをかけるのは、愚案だ」
シーブルーの双眸が研ぎ澄まれた剣の切っ先のように光る。風が吹き荒れ、湖が揺れる。雪白の世界が、創造主であるルイドの感情に呼応しているのだ。滅多に感情を取り乱さない彼が、珍しく怒りをあらわにしているのを目の当たりにして、アリアリーナは恐れ慄く。
「さすがは初代当主様。私と良い勝負ね?」
「全盛期の僕なら、君とは勝負にならないさ」
悲劇の呪術師の煽りをルイドは倍にして跳ね返した。悲劇の呪術師の顔から一瞬で笑顔が消滅する。
「私のこと、なめてるの?」
クリムゾンの目が禍々しく光った。
リンドル家の栄光を築き上げた初代当主。
歴代呪術師の中でもトップクラスの悲劇の呪術師。
本来ならば出会うことのないふたりが対峙しているその光景に、アリアリーナは恐れを抱く。
「君こそ、僕の力を見誤っているようだ」
悲劇の呪術師の殺気に、同等、もしくはそれ以上の殺気をぶつけるルイド。一触即発となる空気だ。あの温厚なルイドを怒らせる悲劇の呪術師も相当だが、悲劇の呪術師を本気にさせようとしているルイドも恐ろしい。彼らが争っている場面を見るのも一興だが、巻き込まれたら面倒だ。そう思ったアリアリーナは、ふたりを止めるべく口を開く。
「くだらない争いをしてないで、私をここに連れ出した理由を教えて」
「……そうだね。ごめんね、アリアリーナ。久々にこの子を見たら怒りを抑えられなくなって」
ルイドは殺気を霧散させ、温厚な笑みを湛える。先程の怒りをあらわにする彼とは違う、いつもの彼に、アリアリーナは愁眉を開く。
悲劇の呪術師も愛する人に裏切られた被害者の立場であるが、血を分けた子孫と裏切り者とは関係のない現代の皇族を巻き込んだ。ルイドからしたら、いくら被害者として加害者に恨みを抱くのは当然だとしても、関係のない人物を復讐に巻き込むのは違うだろうというわけだ。
「あら、奇遇ね。私も久々にあなたの顔を見たら、苛立ちが抑えられなかったわ。1500年前、二度目の人生を歩むチャンスを与えると言われた時も、今と同じくらい腹が立ったのよ」
「とりあえず黙ってくれる? あなたのせいで話が進まないわ」
アリアリーナは、悲劇の呪術師を睨みつける。
「本題に入ろうか。アリアリーナをここに呼び出した理由は、君を生かすため。そして災厄の呪術師、君を呼び出した理由は、拗れてしまった誤解を解くためだ」
ルイドの言葉に、悲劇の呪術師は眉間に皺を寄せる。
「いろいろ説明するより、このほうが分かりやすい」
ルイドがそう言うとアリアリーナと悲劇の呪術師の背後で、ぽちゃんという水滴の音が響いた。
クリーミーブロンドの髪がなびく。アリアリーナと同じ、オパールグリーンの眼が光り輝いた。
「久しぶりだね。元気にしていたかい?」
ルイドからの質問に、悲劇の呪術師は酷く冷めた目を向けた。
「アリアリーナのおかげでなぜ君が僕の助けを拒絶したのか、理解できたよ。誰だって愛する人に裏切られたら辛いし、その人に復讐できる機会を与えられたとしても……もう二度と顔も見たくないほどショックを受けていたのだとしたら、せっかくの機会も拒絶したくなってしまう」
アリアリーナと悲劇の呪術師の会話を聞いていたのだろうか。ルイドは悲劇の呪術師の全てを理解したかの如く、そっと瞑目した。
「この子の言うことを全て信じるなんて、初代当主様もバカね。過去に戻りたくても戻れない理由があったとは考えないの? 私は死ぬ直前に、一族の末裔に呪いをかけて、その呪いが果たされた時には自身を復活させる禁術を唱えたわ。二度目の人生を歩むというあなたの助けを受け入れてしまえば……その呪いはどうなるわけ?」
悲劇の呪術師が腕を組みながら、首を傾げる。
「何を言ってるんだ……。術者である君なら呪文を書き換えて解呪できるだろう」
「………………」
急所を突かれた悲劇の呪術師は、黙然とする。
『呪いをかけた張本人に呪文を書き換えさせたら解呪できると思うけど、これは現実的ではないと伝えておくよ』
以前、雪白の世界でルイドと会った時、彼はそんなことを口にしていた。呪いをかけた術者である悲劇の呪術師ならば、呪文を書き換えて解呪することができる。愛する人を殺さなければ自らが死ぬという忌々しい呪いも、彼女が解呪できるというわけだ。しかし、既に限りなく死に近い領域に達してしまった、あとは死ぬだけというアリアリーナにとっては、もはや必要のない情報であるが。
「君の気持ちは理解しよう。だけど、血という制約で繋がっているだけで、君や皇族の裏切りの件と関係のないアリアリーナに対して呪いをかけるのは、愚案だ」
シーブルーの双眸が研ぎ澄まれた剣の切っ先のように光る。風が吹き荒れ、湖が揺れる。雪白の世界が、創造主であるルイドの感情に呼応しているのだ。滅多に感情を取り乱さない彼が、珍しく怒りをあらわにしているのを目の当たりにして、アリアリーナは恐れ慄く。
「さすがは初代当主様。私と良い勝負ね?」
「全盛期の僕なら、君とは勝負にならないさ」
悲劇の呪術師の煽りをルイドは倍にして跳ね返した。悲劇の呪術師の顔から一瞬で笑顔が消滅する。
「私のこと、なめてるの?」
クリムゾンの目が禍々しく光った。
リンドル家の栄光を築き上げた初代当主。
歴代呪術師の中でもトップクラスの悲劇の呪術師。
本来ならば出会うことのないふたりが対峙しているその光景に、アリアリーナは恐れを抱く。
「君こそ、僕の力を見誤っているようだ」
悲劇の呪術師の殺気に、同等、もしくはそれ以上の殺気をぶつけるルイド。一触即発となる空気だ。あの温厚なルイドを怒らせる悲劇の呪術師も相当だが、悲劇の呪術師を本気にさせようとしているルイドも恐ろしい。彼らが争っている場面を見るのも一興だが、巻き込まれたら面倒だ。そう思ったアリアリーナは、ふたりを止めるべく口を開く。
「くだらない争いをしてないで、私をここに連れ出した理由を教えて」
「……そうだね。ごめんね、アリアリーナ。久々にこの子を見たら怒りを抑えられなくなって」
ルイドは殺気を霧散させ、温厚な笑みを湛える。先程の怒りをあらわにする彼とは違う、いつもの彼に、アリアリーナは愁眉を開く。
悲劇の呪術師も愛する人に裏切られた被害者の立場であるが、血を分けた子孫と裏切り者とは関係のない現代の皇族を巻き込んだ。ルイドからしたら、いくら被害者として加害者に恨みを抱くのは当然だとしても、関係のない人物を復讐に巻き込むのは違うだろうというわけだ。
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ルイドがそう言うとアリアリーナと悲劇の呪術師の背後で、ぽちゃんという水滴の音が響いた。
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