上 下
175 / 185

第175話 本当は……

しおりを挟む
 約1500年前、悲劇の呪術師もこの雪白の世界でルイドに会ったらしい。

「生きたいかどうか、問われたわ」
「……断ったのね」

 悲劇の呪術師は頷く。
 彼女も二度目の人生を生きるチャンスをルイドから与えられたのだ。しかし、彼女はそのチャンスを自ら拒絶した。

「今思えば、それを受け入れればよかったかしら。そうすれば、私の手でめちゃくちゃにできたのに」

 悲劇の呪術師は、赤い唇を歪めてそう言った。
 二度目の人生のチャンスを享受していれば、彼女は自らの手で復讐を果たすことができたはず。しかし、彼女はそれを選択しなかった。全てを破壊するチャンスを与えられておきながら、自らそれを放棄した。

「どうして、男の提案を受け入れなかったの?」
「……さぁ、そこまで覚えていないわ。あの時は怒りで頭がいっぱいだったから」

 アリアリーナに笑いかけるが、クリムゾンの目はまったく笑っていない。
 
「受け入れたくなかったのね」
「……は?」
「また苦しむ羽目になるから。復讐を成し遂げた先には、悲愴感と虚無感しか残らないと、あなたも心のどこかで分かっていたんじゃないの?」

 悲劇の呪術師は、また苦しんでまで、二度目の人生を歩みたくなかったのだ。復讐が成功しても、過去の本当の栄光は戻ってこない、愛する人が戻って来るわけでもない。彼女の中には、達成感ではなく、悲壮感と虚無感しか残らない。彼女はそれをどこかで分かっていた。だからこそ、自ら二度目の人生を歩むという選択をしたくなかったのだ。

「それと、愛する人に裏切られた事実を受け入れられなかったんでしょ」

 悲劇の呪術師は、図星を突かれたらしく、目を大きく開いた。

「過去に戻れば、嫌でも愛する人と顔を合わせることになる。それが堪えられなかったのよね。全部幻だったんじゃないか、本当は裏切られていなかったんじゃないか、そう信じたくなってしまうから。だけどあなたは頭が良い人よ。現実は残酷だということも分かってる。愛する人が自分を裏切る現実をもう一度体験するなんて、今度こそ悲しみに支配されて、どうなってしまうか分からないもの」

 悲劇の呪術師の感情を丸裸にしていくアリアリーナ。
 当時の悲劇の呪術師は、自分を裏切った皇族への憤怒や復讐心と共に、巨大な悲哀を抱いた。裏切られて一族を皆殺しにされてもなお、愛する人への想いを捨てられなかった。それが自分でも許せなくて、悲しみを無理やり憤怒と復讐心で覆い隠したのだ。その結果がこれ。悲劇の呪術師は二度目の人生を歩むことを、恐怖から拒絶し、代わりに1500年の時を超えて、アリアリーナが彼女の怨念を果たす羽目になった。
 悲劇の呪術師は両手で頭を抱え、「違う……違う……」と呟いている。そしてアリアリーナは限界に達しそうな彼女の地雷を容赦なく踏み抜く。


「自分を裏切った張本人、当時の皇族相手に、冷静に復讐を成し遂げる勇気がなかった?」


 悲劇の呪術師は赤い目を見開きながら、アリアリーナに掴みかかった。彼女の病的なまでに白い手がアリアリーナの首をしめつけ、爪が食い込む。

「黙って聞いていれば好き勝手言ってくれるわね……。そんなに死にたいの? いくら私のお気に入りだからって容赦はしないわ!!!」

 アリアリーナは悲劇の呪術師の胸倉を掴み、引き寄せる。唇が触れる至近距離で優しく囁いた。

「本当のことでしょう? 彼らの血を引く今の皇族だからこそ、まだ冷静でいられただけ。当時の皇族を前にしたら、きっとあなたは今以上に狂ってたわ」

 アリアリーナの言葉に、悲劇の呪術師は唇を噛みしめる。赤い唇に、じわりと滲むどす黒い血。アリアリーナは彼女の唇をそっと撫でる。

「お気に入りだから容赦はしないのよね? いいわ。受けて立ってあげる」

 アリアリーナが笑いながら鋭く睨みつけたところで、ぽちゃん、という水滴の音が聞こえた。直後、第三者の気配を感じ取る。アリアリーナと悲劇の呪術師は、同時に音がした方向に目を向けた。

「喧嘩をさせるためにここに呼んだんじゃないよ」

 呆れた表情で肩を竦めたのは、ルイドだった。風が彼の黒髪を、そして水面を揺らす。

「ルイド……」

 アリアリーナは悲劇の呪術師から離れ、懐かしむようにルイドの名を呼んだ。

「アリアリーナ。極端な選択だったけれど、彼女相手によくここまで頑張ったね」

 ルイドの労いの言葉を受けたアリアリーナは、思わず泣きそうになった。立ち止まることなく、無我夢中で走ってきた自分を、もう全身ズタボロで走れない自分を、救ってくれる一言だった。


「さすがは、僕の子孫だ」


 ルイドが放った一言に、アリアリーナは緩慢に顔を上げる。

「改めて、僕の名は、ルイド。ルイド・リンドル。リンドル家の初代当主だ。ふたりの先祖として、君たちを歓迎するよ」

 ルイドは、莞爾して笑ったのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

死に戻り王妃はふたりの婚約者に愛される。

豆狸
恋愛
形だけの王妃だった私が死に戻ったのは魔術学院の一学年だったころ。 なんのために戻ったの? あの未来はどうやったら変わっていくの? どうして王太子殿下の婚約者だった私が、大公殿下の婚約者に変わったの? なろう様でも公開中です。 ・1/21タイトル変更しました。旧『死に戻り王妃とふたりの婚約者』

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

今日は私の結婚式

豆狸
恋愛
ベッドの上には、幼いころからの婚約者だったレーナと同じ色の髪をした女性の腐り爛れた死体があった。 彼女が着ているドレスも、二日前僕とレーナの父が結婚を拒むレーナを屋根裏部屋へ放り込んだときに着ていたものと同じである。

初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。

豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」 「はあ?」 初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた? 脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ? なろう様でも公開中です。

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

貴方が側妃を望んだのです

cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。 「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。 誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。 ※2022年6月12日。一部書き足しました。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。  史実などに基づいたものではない事をご理解ください。 ※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。  表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。 ※更新していくうえでタグは幾つか増えます。 ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

処理中です...