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第175話 本当は……
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約1500年前、悲劇の呪術師もこの雪白の世界でルイドに会ったらしい。
「生きたいかどうか、問われたわ」
「……断ったのね」
悲劇の呪術師は頷く。
彼女も二度目の人生を生きるチャンスをルイドから与えられたのだ。しかし、彼女はそのチャンスを自ら拒絶した。
「今思えば、それを受け入れればよかったかしら。そうすれば、私の手でめちゃくちゃにできたのに」
悲劇の呪術師は、赤い唇を歪めてそう言った。
二度目の人生のチャンスを享受していれば、彼女は自らの手で復讐を果たすことができたはず。しかし、彼女はそれを選択しなかった。全てを破壊するチャンスを与えられておきながら、自らそれを放棄した。
「どうして、男の提案を受け入れなかったの?」
「……さぁ、そこまで覚えていないわ。あの時は怒りで頭がいっぱいだったから」
アリアリーナに笑いかけるが、クリムゾンの目はまったく笑っていない。
「受け入れたくなかったのね」
「……は?」
「また苦しむ羽目になるから。復讐を成し遂げた先には、悲愴感と虚無感しか残らないと、あなたも心のどこかで分かっていたんじゃないの?」
悲劇の呪術師は、また苦しんでまで、二度目の人生を歩みたくなかったのだ。復讐が成功しても、過去の本当の栄光は戻ってこない、愛する人が戻って来るわけでもない。彼女の中には、達成感ではなく、悲壮感と虚無感しか残らない。彼女はそれをどこかで分かっていた。だからこそ、自ら二度目の人生を歩むという選択をしたくなかったのだ。
「それと、愛する人に裏切られた事実を受け入れられなかったんでしょ」
悲劇の呪術師は、図星を突かれたらしく、目を大きく開いた。
「過去に戻れば、嫌でも愛する人と顔を合わせることになる。それが堪えられなかったのよね。全部幻だったんじゃないか、本当は裏切られていなかったんじゃないか、そう信じたくなってしまうから。だけどあなたは頭が良い人よ。現実は残酷だということも分かってる。愛する人が自分を裏切る現実をもう一度体験するなんて、今度こそ悲しみに支配されて、どうなってしまうか分からないもの」
悲劇の呪術師の感情を丸裸にしていくアリアリーナ。
当時の悲劇の呪術師は、自分を裏切った皇族への憤怒や復讐心と共に、巨大な悲哀を抱いた。裏切られて一族を皆殺しにされてもなお、愛する人への想いを捨てられなかった。それが自分でも許せなくて、悲しみを無理やり憤怒と復讐心で覆い隠したのだ。その結果がこれ。悲劇の呪術師は二度目の人生を歩むことを、恐怖から拒絶し、代わりに1500年の時を超えて、アリアリーナが彼女の怨念を果たす羽目になった。
悲劇の呪術師は両手で頭を抱え、「違う……違う……」と呟いている。そしてアリアリーナは限界に達しそうな彼女の地雷を容赦なく踏み抜く。
「自分を裏切った張本人、当時の皇族相手に、冷静に復讐を成し遂げる勇気がなかった?」
悲劇の呪術師は赤い目を見開きながら、アリアリーナに掴みかかった。彼女の病的なまでに白い手がアリアリーナの首をしめつけ、爪が食い込む。
「黙って聞いていれば好き勝手言ってくれるわね……。そんなに死にたいの? いくら私のお気に入りだからって容赦はしないわ!!!」
アリアリーナは悲劇の呪術師の胸倉を掴み、引き寄せる。唇が触れる至近距離で優しく囁いた。
「本当のことでしょう? 彼らの血を引く今の皇族だからこそ、まだ冷静でいられただけ。当時の皇族を前にしたら、きっとあなたは今以上に狂ってたわ」
アリアリーナの言葉に、悲劇の呪術師は唇を噛みしめる。赤い唇に、じわりと滲むどす黒い血。アリアリーナは彼女の唇をそっと撫でる。
「お気に入りだから容赦はしないのよね? いいわ。受けて立ってあげる」
アリアリーナが笑いながら鋭く睨みつけたところで、ぽちゃん、という水滴の音が聞こえた。直後、第三者の気配を感じ取る。アリアリーナと悲劇の呪術師は、同時に音がした方向に目を向けた。
「喧嘩をさせるためにここに呼んだんじゃないよ」
呆れた表情で肩を竦めたのは、ルイドだった。風が彼の黒髪を、そして水面を揺らす。
「ルイド……」
アリアリーナは悲劇の呪術師から離れ、懐かしむようにルイドの名を呼んだ。
「アリアリーナ。極端な選択だったけれど、彼女相手によくここまで頑張ったね」
ルイドの労いの言葉を受けたアリアリーナは、思わず泣きそうになった。立ち止まることなく、無我夢中で走ってきた自分を、もう全身ズタボロで走れない自分を、救ってくれる一言だった。
「さすがは、僕の子孫だ」
ルイドが放った一言に、アリアリーナは緩慢に顔を上げる。
「改めて、僕の名は、ルイド。ルイド・リンドル。リンドル家の初代当主だ。ふたりの先祖として、君たちを歓迎するよ」
ルイドは、莞爾して笑ったのであった。
「生きたいかどうか、問われたわ」
「……断ったのね」
悲劇の呪術師は頷く。
彼女も二度目の人生を生きるチャンスをルイドから与えられたのだ。しかし、彼女はそのチャンスを自ら拒絶した。
「今思えば、それを受け入れればよかったかしら。そうすれば、私の手でめちゃくちゃにできたのに」
悲劇の呪術師は、赤い唇を歪めてそう言った。
二度目の人生のチャンスを享受していれば、彼女は自らの手で復讐を果たすことができたはず。しかし、彼女はそれを選択しなかった。全てを破壊するチャンスを与えられておきながら、自らそれを放棄した。
「どうして、男の提案を受け入れなかったの?」
「……さぁ、そこまで覚えていないわ。あの時は怒りで頭がいっぱいだったから」
アリアリーナに笑いかけるが、クリムゾンの目はまったく笑っていない。
「受け入れたくなかったのね」
「……は?」
「また苦しむ羽目になるから。復讐を成し遂げた先には、悲愴感と虚無感しか残らないと、あなたも心のどこかで分かっていたんじゃないの?」
悲劇の呪術師は、また苦しんでまで、二度目の人生を歩みたくなかったのだ。復讐が成功しても、過去の本当の栄光は戻ってこない、愛する人が戻って来るわけでもない。彼女の中には、達成感ではなく、悲壮感と虚無感しか残らない。彼女はそれをどこかで分かっていた。だからこそ、自ら二度目の人生を歩むという選択をしたくなかったのだ。
「それと、愛する人に裏切られた事実を受け入れられなかったんでしょ」
悲劇の呪術師は、図星を突かれたらしく、目を大きく開いた。
「過去に戻れば、嫌でも愛する人と顔を合わせることになる。それが堪えられなかったのよね。全部幻だったんじゃないか、本当は裏切られていなかったんじゃないか、そう信じたくなってしまうから。だけどあなたは頭が良い人よ。現実は残酷だということも分かってる。愛する人が自分を裏切る現実をもう一度体験するなんて、今度こそ悲しみに支配されて、どうなってしまうか分からないもの」
悲劇の呪術師の感情を丸裸にしていくアリアリーナ。
当時の悲劇の呪術師は、自分を裏切った皇族への憤怒や復讐心と共に、巨大な悲哀を抱いた。裏切られて一族を皆殺しにされてもなお、愛する人への想いを捨てられなかった。それが自分でも許せなくて、悲しみを無理やり憤怒と復讐心で覆い隠したのだ。その結果がこれ。悲劇の呪術師は二度目の人生を歩むことを、恐怖から拒絶し、代わりに1500年の時を超えて、アリアリーナが彼女の怨念を果たす羽目になった。
悲劇の呪術師は両手で頭を抱え、「違う……違う……」と呟いている。そしてアリアリーナは限界に達しそうな彼女の地雷を容赦なく踏み抜く。
「自分を裏切った張本人、当時の皇族相手に、冷静に復讐を成し遂げる勇気がなかった?」
悲劇の呪術師は赤い目を見開きながら、アリアリーナに掴みかかった。彼女の病的なまでに白い手がアリアリーナの首をしめつけ、爪が食い込む。
「黙って聞いていれば好き勝手言ってくれるわね……。そんなに死にたいの? いくら私のお気に入りだからって容赦はしないわ!!!」
アリアリーナは悲劇の呪術師の胸倉を掴み、引き寄せる。唇が触れる至近距離で優しく囁いた。
「本当のことでしょう? 彼らの血を引く今の皇族だからこそ、まだ冷静でいられただけ。当時の皇族を前にしたら、きっとあなたは今以上に狂ってたわ」
アリアリーナの言葉に、悲劇の呪術師は唇を噛みしめる。赤い唇に、じわりと滲むどす黒い血。アリアリーナは彼女の唇をそっと撫でる。
「お気に入りだから容赦はしないのよね? いいわ。受けて立ってあげる」
アリアリーナが笑いながら鋭く睨みつけたところで、ぽちゃん、という水滴の音が聞こえた。直後、第三者の気配を感じ取る。アリアリーナと悲劇の呪術師は、同時に音がした方向に目を向けた。
「喧嘩をさせるためにここに呼んだんじゃないよ」
呆れた表情で肩を竦めたのは、ルイドだった。風が彼の黒髪を、そして水面を揺らす。
「ルイド……」
アリアリーナは悲劇の呪術師から離れ、懐かしむようにルイドの名を呼んだ。
「アリアリーナ。極端な選択だったけれど、彼女相手によくここまで頑張ったね」
ルイドの労いの言葉を受けたアリアリーナは、思わず泣きそうになった。立ち止まることなく、無我夢中で走ってきた自分を、もう全身ズタボロで走れない自分を、救ってくれる一言だった。
「さすがは、僕の子孫だ」
ルイドが放った一言に、アリアリーナは緩慢に顔を上げる。
「改めて、僕の名は、ルイド。ルイド・リンドル。リンドル家の初代当主だ。ふたりの先祖として、君たちを歓迎するよ」
ルイドは、莞爾して笑ったのであった。
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