173 / 185
第173話 ずっと
しおりを挟む
「ヴィルヘルム!」
愛する人の名を呼び、駆け出す。瞠目するヴィルヘルムに必死に手を伸ばし、彼の腕の中に飛び込んだ。身を守るための結界と、悲劇の呪術師が放った呪術がぶつかり合う音が反響する。次の瞬間、アリアリーナの背中から腹部にかけて、何かが貫通した。
衝撃が、走る。
全身に激痛が広がる。
アリアリーナはヴィルヘルムに寄りかかった。
「アリア、リーナ……」
ヴィルヘルムが名を呼びながら、アリアリーナを支える。彼女の腹部から大量の血が流れていることに気がついたヴィルヘルムは、彼女をそっとその場に横たえた。
「どうして……」
ヴィルヘルムは未だ、目の前で起こっている現実が受け入れられないのか、呆然としている。アリアリーナは、そんな彼の手をなけなしの力で握った。全身が冷えていく感覚がして、命の灯火が薄れていくのを感じる。
(こんな形で、死ぬことに、なるなんて……)
自分の命があと数分もないことを理解した。
死とは、突然訪れるものである。いつ死んでもおかしくないと分かっていても、その瞬間が来るまで、死を最も間近に感じることはない。
「愛する人を殺さなければ自らが死ぬ。あなたにその呪いをかけたのは私だけど……愛する人に抱かれて死ねるなんて、羨ましいわね」
悲劇の呪術師は、髪を掻き毟りながら冷たく吐き捨てた。
「どういう、ことだ……」
「あら? 愛する人には言ってなかったの? 私はアリアリーナにね、愛する人を殺さなければ自分が死ぬという呪いをかけたのよ。だからアリアリーナは今ここで死ぬの。あなたを殺せなかったから」
狂ったように笑う悲劇の呪術師に、ヴィルヘルムが殺気をあらわにする。今すぐにでも彼女に襲いかかろうとするヴィルヘルムの手をさらに強く握った。
「ヴィル、ヘルム……。これは私が、選んだ道よ。だから、あなたは……気にしないで……」
か細い声でヴィルヘルムに伝える。ブルーダイヤモンド色の眼から、雨のように降り注ぐ涙。アリアリーナは、彼の涙を拭うことができないもどかしさを覚える。彼の頬に手を伸ばしたいのに、その力がもう残されてはいないみたいだ。
愛する人を殺さなければ自らが死ぬ。その呪いが生み出す結末を享受したのは、アリアリーナ自身。ヴィルヘルムを殺すくらいなら自分が死んだほうがいい。本気でそう思ったし、今でもその思いは変わらない。
最悪の一生を歩んだ一回目の人生と比べれば、二回目の人生は幸せだった。平穏な日常を感じるには短すぎたがその中でも、ヴィルヘルムに愛され、そして彼を再び愛することを決めた。彼との一生を歩むことはできないが、それはまた、次の機会に取っておこうか。
『ツィンクラウン帝国を出て、どこか遠い地に逃げましょう。一から全てを築いて、平凡な暮らしをしましょう』
『アリアリーナが不幸になった分、俺が幸せにして見せます。全てのしがらみから逃れられた暁には……取ってください。迷いなく。俺の手を』
これまでの出来事が走馬灯のように蘇る。その中で、ヴィルヘルムの言葉を思い出した。
しがらみから逃れられないが故、もう間もなく呼吸を止めるが、最期の瞬間はヴィルヘルムの手を握っていたい――。
「どうして、どうして……そんな大事なことっ……!」
打ち明けていたら、アンゼルムと同じように、自分を殺せと言ったはずだから。アリアリーナはヴィルヘルムを殺してまで、生きたくはないと思ってしまった。
死が徐々に近づいてくる。ヴィルヘルムの手をギュッと握り、その恐怖に堪える。あとは命の灯火が消えたと同時に、悲劇の呪術師にかけた呪術が正常に発動することを祈るだけ。こめかみを撃ち抜かれて死ぬかは不明だが、致命傷を与えることはできる、もしくは一瞬の隙を生むことができるはずだ。そのうちに、捕らえれば問題ない。
「アリアリーナ……!」
シルヴィリーナが駆け寄ってくる。彼女の後ろには皇帝とアデリンの姿も。アリアリーナは霞みゆく視界の中で、いつの間に自分が惜しまれて死ぬような人間になったのかと思案した。
「逝かないで、ください……アリアリーナ……」
ヴィルヘルムに縋られる。死なないでほしいという彼の願いとは裏腹に、アリアリーナの命の灯火は小さくなっていく。
(ごめんね、ヴィルヘルム……)
「愛してる」
一度目の人生から、ずっと。
あなただけを想っている。
溢れんばかりの愛を告げたアリアリーナは、そっと目を瞑る。そして、漆黒に染まる世界に、自ら進んでいったのであった。
愛する人の名を呼び、駆け出す。瞠目するヴィルヘルムに必死に手を伸ばし、彼の腕の中に飛び込んだ。身を守るための結界と、悲劇の呪術師が放った呪術がぶつかり合う音が反響する。次の瞬間、アリアリーナの背中から腹部にかけて、何かが貫通した。
衝撃が、走る。
全身に激痛が広がる。
アリアリーナはヴィルヘルムに寄りかかった。
「アリア、リーナ……」
ヴィルヘルムが名を呼びながら、アリアリーナを支える。彼女の腹部から大量の血が流れていることに気がついたヴィルヘルムは、彼女をそっとその場に横たえた。
「どうして……」
ヴィルヘルムは未だ、目の前で起こっている現実が受け入れられないのか、呆然としている。アリアリーナは、そんな彼の手をなけなしの力で握った。全身が冷えていく感覚がして、命の灯火が薄れていくのを感じる。
(こんな形で、死ぬことに、なるなんて……)
自分の命があと数分もないことを理解した。
死とは、突然訪れるものである。いつ死んでもおかしくないと分かっていても、その瞬間が来るまで、死を最も間近に感じることはない。
「愛する人を殺さなければ自らが死ぬ。あなたにその呪いをかけたのは私だけど……愛する人に抱かれて死ねるなんて、羨ましいわね」
悲劇の呪術師は、髪を掻き毟りながら冷たく吐き捨てた。
「どういう、ことだ……」
「あら? 愛する人には言ってなかったの? 私はアリアリーナにね、愛する人を殺さなければ自分が死ぬという呪いをかけたのよ。だからアリアリーナは今ここで死ぬの。あなたを殺せなかったから」
狂ったように笑う悲劇の呪術師に、ヴィルヘルムが殺気をあらわにする。今すぐにでも彼女に襲いかかろうとするヴィルヘルムの手をさらに強く握った。
「ヴィル、ヘルム……。これは私が、選んだ道よ。だから、あなたは……気にしないで……」
か細い声でヴィルヘルムに伝える。ブルーダイヤモンド色の眼から、雨のように降り注ぐ涙。アリアリーナは、彼の涙を拭うことができないもどかしさを覚える。彼の頬に手を伸ばしたいのに、その力がもう残されてはいないみたいだ。
愛する人を殺さなければ自らが死ぬ。その呪いが生み出す結末を享受したのは、アリアリーナ自身。ヴィルヘルムを殺すくらいなら自分が死んだほうがいい。本気でそう思ったし、今でもその思いは変わらない。
最悪の一生を歩んだ一回目の人生と比べれば、二回目の人生は幸せだった。平穏な日常を感じるには短すぎたがその中でも、ヴィルヘルムに愛され、そして彼を再び愛することを決めた。彼との一生を歩むことはできないが、それはまた、次の機会に取っておこうか。
『ツィンクラウン帝国を出て、どこか遠い地に逃げましょう。一から全てを築いて、平凡な暮らしをしましょう』
『アリアリーナが不幸になった分、俺が幸せにして見せます。全てのしがらみから逃れられた暁には……取ってください。迷いなく。俺の手を』
これまでの出来事が走馬灯のように蘇る。その中で、ヴィルヘルムの言葉を思い出した。
しがらみから逃れられないが故、もう間もなく呼吸を止めるが、最期の瞬間はヴィルヘルムの手を握っていたい――。
「どうして、どうして……そんな大事なことっ……!」
打ち明けていたら、アンゼルムと同じように、自分を殺せと言ったはずだから。アリアリーナはヴィルヘルムを殺してまで、生きたくはないと思ってしまった。
死が徐々に近づいてくる。ヴィルヘルムの手をギュッと握り、その恐怖に堪える。あとは命の灯火が消えたと同時に、悲劇の呪術師にかけた呪術が正常に発動することを祈るだけ。こめかみを撃ち抜かれて死ぬかは不明だが、致命傷を与えることはできる、もしくは一瞬の隙を生むことができるはずだ。そのうちに、捕らえれば問題ない。
「アリアリーナ……!」
シルヴィリーナが駆け寄ってくる。彼女の後ろには皇帝とアデリンの姿も。アリアリーナは霞みゆく視界の中で、いつの間に自分が惜しまれて死ぬような人間になったのかと思案した。
「逝かないで、ください……アリアリーナ……」
ヴィルヘルムに縋られる。死なないでほしいという彼の願いとは裏腹に、アリアリーナの命の灯火は小さくなっていく。
(ごめんね、ヴィルヘルム……)
「愛してる」
一度目の人生から、ずっと。
あなただけを想っている。
溢れんばかりの愛を告げたアリアリーナは、そっと目を瞑る。そして、漆黒に染まる世界に、自ら進んでいったのであった。
46
お気に入りに追加
304
あなたにおすすめの小説
忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】
雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。
誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。
ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。
彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。
※読んでくださりありがとうございます。
ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
三度目の嘘つき
豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」
「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」
なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。
[完結]私を巻き込まないで下さい
シマ
恋愛
私、イリーナ15歳。賊に襲われているのを助けられた8歳の時から、師匠と一緒に暮らしている。
魔力持ちと分かって魔法を教えて貰ったけど、何故か全然発動しなかった。
でも、魔物を倒した時に採れる魔石。石の魔力が無くなると使えなくなるけど、その魔石に魔力を注いで甦らせる事が出来た。
その力を生かして、師匠と装具や魔道具の修理の仕事をしながら、のんびり暮らしていた。
ある日、師匠を訪ねて来た、お客さんから生活が変わっていく。
え?今、話題の勇者様が兄弟子?師匠が王族?ナニそれ私、知らないよ。
平凡で普通の生活がしたいの。
私を巻き込まないで下さい!
恋愛要素は、中盤以降から出てきます
9月28日 本編完結
10月4日 番外編完結
長い間、お付き合い頂きありがとうございました。
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる