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第171話 独擅場

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 悲劇の呪術師は魅惑的な笑みを浮かべながら、振り返ると、一歩、二歩と近づいてくる。逃げなければいけない、と思うのに、体がまったく動かない。このまま彼女に呑まれて死ぬのか、と危惧した瞬間、目の前に大きな影がかかった。見上げると、マントに包まれた大きな背中と黄金に輝く金髪が。

「それ以上、皇女殿下に近づくな」

 アリアリーナを守ったのは、ヴィルヘルムだった。彼だって怖いはずなのに、それでも守ろうとしてくれるなんて。愛する人の献身的な姿に、アリアリーナの涙腺が緩んだ。

「あら、騎士ナイト様のご登場だわ。前世ではアリアリーナを愛さなかったのに、今世では彼女を選んだのね。素晴らしい判断よ。でもね……」

 悲劇の呪術師の美貌から、笑顔が消え去る。

「私は美しい愛情というものが嫌いなの」

 深紅の唇が吐き捨てた言葉は、アリアリーナを震え上がらせた。
 悲劇の呪術師は、かつての第二皇子レッドルと深く愛し合っていた。しかし、レッドルの裏切りによって、その愛は破綻してしまった。彼女からしたら、「美しい愛情」というものは、皇族と同様に憎い対象なのだろう。

「美しい愛情の裏側には、穢らわしい感情が込められているもの。私を裏切った男もそうだった」

 悲劇の呪術師は、ドレスを引き摺りながら歩く。

「そんな裏切り者の末裔を滅亡させるためにわざわざ子孫に呪術をかけたのに、まさかその子孫が過去に回帰するなんて……。せっかく復活したのに、無駄足になるところだったわ。でもまぁ、私の意識下で皇族を殺せたし、復活を待っていた宗教の人間とその下部組織を従わせることができたから、特別に許してあげるわ、アリアリーナ」

 悲劇の呪術師が、アリアリーナの横で立ち止まる。
 アリアリーナの心臓が嫌な音を立てて軋む。全身から汗が噴き出し、呼吸が荒くなった。
 悲劇の呪術師の話は、その場にいる人々を混乱させるが、アリアリーナとヴィルヘルムだけは彼女の話を理解していた。
 悲劇の呪術師は、知っている。アリアリーナが二度目の人生を歩んでいることを。
 悲劇の呪術師の話から推測すると、一度目の人生でアリアリーナが自死を遂げたあと、呪術により悲劇の呪術師が復活を遂げた。しかし、アリアリーナが人間の生死に介入できるルイドの力を借りて二度目の人生を歩み始めたため、悲劇の呪術師の復活は……はならなかった。彼女は、自らの肉体を捨て、アリアリーナと共に今世にやって来たのだ。なんらかの呪術を使い、ハンナの体を依代として復活を遂げたと言うよりかは、なんらかの呪術で復活を遂げ、アリアリーナと共に時間を超えてハンナの体に入り込んだというほうが正しい。そして、災厄の存在を信仰していたカラミティー教とその下部組織〝愛の聖人サンタムール〟を従わせ、今度は彼女の意思下において皇族殺害の計画を実行した。
 〝踊る夜〟の交渉部屋や〝新月ヌーヴェルリュンヌ〟の本拠地で見かけた不気味の女神像は、悲劇の呪術師のことを表していたのかもしれない。
 
「一体、どうやって私と一緒に回帰したの? どうして……ここで正体を明かしたの?」

 アリアリーナは周囲には聞こえないよう、小声で問いかけた。

「特別に答えてあげるわ、可愛いアリアリーナ。この肉体と私の怨念を代償にして時間を超えたの。ここで正体を明かした理由は、単純に遊び飽きたからよ」

 悲劇の呪術師は、唇に指を押し当てながら微笑んだ。
 肉体と怨念を代償に捧げてもなお、二度目の人生ではハンナの魂や体ごと取り込むことで自らの肉体を取り戻しているし、皇族への恨みも残っているではないか。この1500年もの間で、どれほどの怨念が積もっていたのだろう……。皇族なら一度目の人生でアリアリーナが滅ぼしたというのに、悲劇の呪術師はそれでは飽き足らず、再び己の手で皇族を滅ぼそうとしている。しかし「遊び飽きた」と言っている辺り、そろそろ皇族への執着や怨念も手放しつつあるのではないだろうか。

(だからと言って、私たちを逃がしてくれるわけでは、なさそうね)

 アリアリーナは悲劇の呪術師を睥睨する。睨みつけられた悲劇の呪術師は、「ふふ」と少女のような笑い声をこぼした。

「皇族は、あなたを入れてあと四人。ここで一斉に始末できるもの」

 悲劇の呪術師は、両手を大きく広げる。その頬は微かに赤らんでいた。
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