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第168話 裁判の幕開け
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裁判当日。
裁判前に身を清め、罪人の服へと着替えたアリアリーナは、足枷と手枷を装着した状態で、皇城内を歩いていた。
太陽の光を全身に浴びたのは、いつぶりだろうか。体も心も喜んでいるのが分かる。
(今日、黒幕が日の下に晒される)
そう、皇族殺しの黒幕、悲劇の呪術師の依代が何者か明らかになる。明らかに、させなければならない。
極度の疲労感と緊張感の中、アリアリーナはふと、ヴィルヘルムを思い出した。牢屋に入れられてから、あえて考えないようにしていた。深く考えてしまえば、ヴィルヘルムが恋しくなってしまうから。彼と愛の言葉を交わし、体を繋げることができただけでも、十分に幸せだ。一度目の人生の自分は、きっと報われたはず。
(ヴィルヘルム……。あなたがレイとゼルと一緒に逃げてくれたのなら、もうあなたに会うことは叶わないでしょうけど……また、来世があるなら、あなたとふたりで幸せに生きてみたいわ)
アリアリーナは空を見上げながら感傷に浸る。
来世は、アリアリーナとヴィルヘルムとしてではなく、また別の名を持つ人間、平民として巡り会いたい。そうすれば、呪いや身分に翻弄されることはないはずだから。
ヴィルヘルムに思いを馳せていると、いつの間にか裁判の会場である間に到着していたようだ。重厚感のある扉が騎士たちによって開かれる。アリアリーナは鎖を引きずりながら、一歩ずつ、歩を進めた。彼女を出迎えたのは、皇城に務める大勢の人間と、選ばれた貴族たち。その全員が、蔑む目を向けてきた。常人であらばその視線に堪えきれず、蹲って動けなくなってしまいそうだが、アリアリーナは威風堂々としていた。
間の中央、罪人の場所で足を止める。顔を上げた先には、皇帝、エルドレッド、アデリンがいる。全員の顔を流し見たアリアリーナは、続いて右側に視線を向けた。
「っ!?」
息を呑む。
視線の右側には、シルヴィリーナ、そしてヴィルヘルムがいたのだから。
(逃げてなかったのね……!)
誰にも見られないよう、小さく歯噛みする。
ヴィルヘルムは、レイやアンゼルムと共に逃げなかった。その事実に、アリアリーナは頭を抱えたくなった。
罪人であるアリアリーナを城に招き入れた人物として、シルヴィリーナとヴィルヘルムも罪人扱いされてしまっている。アリアリーナは心底申し訳ない気持ちになった。
「皇女殿下……」
ヴィルヘルムの呟きに、顔を上げる。こんな時だというのに、愛しいと伝えてくる彼の瞳に、アリアリーナは呆れ混じりに笑う。「にげて」と口の形だけで伝えてみるが、ヴィルヘルムは首を左右に振った。
アリアリーナが愛した人は、本当にどうしようもない人間だ。どうしてこうも思い通りにいかないのだろうか。前世でも今世でもそうだ。ヴィルヘルムがアリアリーナの思い通りになったことなど、一度としてない。だからこそ、好きなのだと、魅力的なのだと、理解したアリアリーナは皇帝へと視線を戻した。
「罪人、アリアリーナ・コルデリア・リゼス・ツィンクラウンの裁判を始める!」
皇帝の合図で、歴史的な裁判が幕を開ける――。
アリアリーナにかけられた容疑が全て、読み上げられていく。長ったらしい話の間、アリアリーナは会場を見渡し、怪しい人物がいないか確かめる。
「最後に、罪人の身でありながら呪術で変化して無断で皇城に侵入した罪。今は亡き第三皇女エナヴェリーナの専属侍女の働きによって、この罪は明らかになった……。罪人アリアリーナよ、これらの容疑は全て、事実であるか?」
皇帝の問いかけに、アリアリーナはかぶりを振る。
「最初に読み上げられた皇族殺害事件の四件、そして〝愛の聖人〟の人間と頻繁に会っていたこと、〝愛の聖人〟の人間を城に招いたこと、脱獄したこと、呪術を使い皇城に無断で立ち入ったことを除き、そのほかの容疑は、私がやったものではありません」
アリアリーナの堂々たる宣言に、会場中がざわめき始める。汚い野次を飛ばしてくる者もいるが、アリアリーナは無視を決め込んだ。
「はっ! 呪術師の罪人ごときが……。貴様がやっていないという証拠はあるのか? いい加減認めろよ。貴様が呪術師であるということだけで……貴様が全ての罪を犯したという証拠になっているだろ?」
エルドレッドの言う通り。アリアリーナにかけられた容疑は、彼女が〝死んだ概念〟である呪術を扱えるということが証拠になっている。どんな場面においても、どんな容疑にしても、「呪術を使った」と言われてしまえばそれで終わりなのだから。
「それでも、私はやっていない。自信を持って言いましょう」
アリアリーナは莞爾として笑った。
裁判前に身を清め、罪人の服へと着替えたアリアリーナは、足枷と手枷を装着した状態で、皇城内を歩いていた。
太陽の光を全身に浴びたのは、いつぶりだろうか。体も心も喜んでいるのが分かる。
(今日、黒幕が日の下に晒される)
そう、皇族殺しの黒幕、悲劇の呪術師の依代が何者か明らかになる。明らかに、させなければならない。
極度の疲労感と緊張感の中、アリアリーナはふと、ヴィルヘルムを思い出した。牢屋に入れられてから、あえて考えないようにしていた。深く考えてしまえば、ヴィルヘルムが恋しくなってしまうから。彼と愛の言葉を交わし、体を繋げることができただけでも、十分に幸せだ。一度目の人生の自分は、きっと報われたはず。
(ヴィルヘルム……。あなたがレイとゼルと一緒に逃げてくれたのなら、もうあなたに会うことは叶わないでしょうけど……また、来世があるなら、あなたとふたりで幸せに生きてみたいわ)
アリアリーナは空を見上げながら感傷に浸る。
来世は、アリアリーナとヴィルヘルムとしてではなく、また別の名を持つ人間、平民として巡り会いたい。そうすれば、呪いや身分に翻弄されることはないはずだから。
ヴィルヘルムに思いを馳せていると、いつの間にか裁判の会場である間に到着していたようだ。重厚感のある扉が騎士たちによって開かれる。アリアリーナは鎖を引きずりながら、一歩ずつ、歩を進めた。彼女を出迎えたのは、皇城に務める大勢の人間と、選ばれた貴族たち。その全員が、蔑む目を向けてきた。常人であらばその視線に堪えきれず、蹲って動けなくなってしまいそうだが、アリアリーナは威風堂々としていた。
間の中央、罪人の場所で足を止める。顔を上げた先には、皇帝、エルドレッド、アデリンがいる。全員の顔を流し見たアリアリーナは、続いて右側に視線を向けた。
「っ!?」
息を呑む。
視線の右側には、シルヴィリーナ、そしてヴィルヘルムがいたのだから。
(逃げてなかったのね……!)
誰にも見られないよう、小さく歯噛みする。
ヴィルヘルムは、レイやアンゼルムと共に逃げなかった。その事実に、アリアリーナは頭を抱えたくなった。
罪人であるアリアリーナを城に招き入れた人物として、シルヴィリーナとヴィルヘルムも罪人扱いされてしまっている。アリアリーナは心底申し訳ない気持ちになった。
「皇女殿下……」
ヴィルヘルムの呟きに、顔を上げる。こんな時だというのに、愛しいと伝えてくる彼の瞳に、アリアリーナは呆れ混じりに笑う。「にげて」と口の形だけで伝えてみるが、ヴィルヘルムは首を左右に振った。
アリアリーナが愛した人は、本当にどうしようもない人間だ。どうしてこうも思い通りにいかないのだろうか。前世でも今世でもそうだ。ヴィルヘルムがアリアリーナの思い通りになったことなど、一度としてない。だからこそ、好きなのだと、魅力的なのだと、理解したアリアリーナは皇帝へと視線を戻した。
「罪人、アリアリーナ・コルデリア・リゼス・ツィンクラウンの裁判を始める!」
皇帝の合図で、歴史的な裁判が幕を開ける――。
アリアリーナにかけられた容疑が全て、読み上げられていく。長ったらしい話の間、アリアリーナは会場を見渡し、怪しい人物がいないか確かめる。
「最後に、罪人の身でありながら呪術で変化して無断で皇城に侵入した罪。今は亡き第三皇女エナヴェリーナの専属侍女の働きによって、この罪は明らかになった……。罪人アリアリーナよ、これらの容疑は全て、事実であるか?」
皇帝の問いかけに、アリアリーナはかぶりを振る。
「最初に読み上げられた皇族殺害事件の四件、そして〝愛の聖人〟の人間と頻繁に会っていたこと、〝愛の聖人〟の人間を城に招いたこと、脱獄したこと、呪術を使い皇城に無断で立ち入ったことを除き、そのほかの容疑は、私がやったものではありません」
アリアリーナの堂々たる宣言に、会場中がざわめき始める。汚い野次を飛ばしてくる者もいるが、アリアリーナは無視を決め込んだ。
「はっ! 呪術師の罪人ごときが……。貴様がやっていないという証拠はあるのか? いい加減認めろよ。貴様が呪術師であるということだけで……貴様が全ての罪を犯したという証拠になっているだろ?」
エルドレッドの言う通り。アリアリーナにかけられた容疑は、彼女が〝死んだ概念〟である呪術を扱えるということが証拠になっている。どんな場面においても、どんな容疑にしても、「呪術を使った」と言われてしまえばそれで終わりなのだから。
「それでも、私はやっていない。自信を持って言いましょう」
アリアリーナは莞爾として笑った。
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