【完結】愛する人を殺さなければならないので離れていただいてもよろしいですか? 〜呪われた不幸皇女と無表情なイケメン公爵〜

I.Y

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第167話 最後の願い

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 地下牢に収容されてから、気の遠くなるほどの時間が経った。
 水滴が滴り落ちる音と常に薄暗い独房は、アリアリーナを孤独に追いやった。
 そんなある日、神経をすり減らしながらも自我を保つ彼女のもとに、皇帝が訪ねてきた。彼の背後には、エルドレッド、アデリンもいた。

「シルヴィリーナとグリエンド公爵は、罪人を城に招き入れた罰として拘束した上で、謹慎処分を下した」

 皇帝からの報告を受けたアリアリーナは、深く安堵する。地下牢に収容されていないだけマシだ、と。しかし、同時にひとつの疑問を抱く。レイ率いるエルンドレ家がヴィルヘルムを連れ出したのであれば、突如行方不明となったヴィルヘルムの件で、今頃皇城は騒ぎとなっているはず。彼を連れ出すことに失敗したのか、もしくは皇帝がアリアリーナに嘘をついているか、そのどちらかだろう。後者であってほしいと祈りつつも、あの頑固なヴィルヘルムが自分を置いて逃げるのかという疑問も残っていた。

(ヴィルヘルム……。お願いだから、逃げて……)

 心の中でヴィルヘルムに語りかけた。

「約1500年前に滅亡したあの呪術師一族、リンドル家の末裔であることに間違いはないか?」

 その問いかけに、アリアリーナは俯きながら目を見張った。
 彼女は、自室から通じる秘密の部屋から出た瞬間に捕らえられた。貴重な書物が眠るあの部屋を調査されたのだ。または、ヴィルヘルムが尋問の末、アリアリーナの情報を吐いたか。忠誠心が強くアリアリーナを一心に愛している彼がそんなことをするだろうか。
 アリアリーナは顔を上げ、堂々と笑って見せる。

「だったらなんでしょうか?」
「……皇城では、とある噂が流れておる。1500年前、リンドル家が滅びるきっかけを作った裏切り。その際、我々の祖先により裏切られたリンドル家の嫡女、貴様がその嫡女の生まれ変わりだという噂だ」

 皇城には、アリアリーナが悲劇の呪術師の生まれ変わりだという噂が流れているという。つまり、アリアリーナが皇族滅亡の計画を企てた黒幕だと言いたいのだ。

「まさか、忘れられた呪術師一族が細々と生活していたとはな。〝死んだ概念〟である気味の悪い呪術を使うとは、まさに悪女であるお前らしい!」

 エルドレッドが気持ち悪く笑いながら、アリアリーナを煽る。そんなエルドレッドの前に出たのは、アデリンだった。

「第四皇女殿下。私は、あなたが黒幕であるとは思っておりません」

 アデリンの言葉に、皇帝とエルドレッドは静かに驚く。

「あなた様が本当に黒幕であり、かつての呪術師の生まれ変わりとするなら……私を助ける必要など、存在しないはずだからです。何度だって私を殺せたのに、あなた様はそうしなかった。むしろ、守ってくださりました。そのご恩を、私は決して忘れません」
「叔母様……」
「黒幕を第一線で捜しているからこそ、周囲に疑われやすくなり……今回もあらぬ容疑をかけられているのでしょう。皇女殿下が何人か皇族を手にかけたことは皇帝陛下から聞きましたが……一連の計画を企てた黒幕ではない。私はそう、信じております」

 アデリンの顔は、とても穏やかだった。
 現段階において、アリアリーナは黒幕ではないと言い切ることで、アデリンも危険に晒されるかもしれないのに。彼女は迷いなく、はっきりと告げたのだ。
 アリアリーナの荒みきった心が、癒されていく。

「我が妹はこう言っておるが、現時点において貴様が皇族暗殺の黒幕だと疑われていることに変わりない。私は、ツィンクラウン帝国の皇帝として……貴様を罰さねばならぬ」

 皇帝の顔つきは、険しいものだった。
 皇帝は、愛する女性との子であるアリアリーナを愛している。だがツィンクラウンの君主として、心を鬼にして、アリアリーナを処刑しなければならない。それを分かっているアリアリーナは、小さく笑った。

「どうぞ」

 たった、一言。そう告げると、皇帝は愕然とした。エルドレッドもアデリンも、喫驚していた。

「命乞いをすると思いましたか? リンドルの末裔であり、呪われた私が、助けてくださいと縋りつくとでも? 

 皇帝が息を呑む音が地下牢に響く。

「私を処刑しても、どうせ悪夢は続きますから」

 凛と澄んだ声で放った言葉は、皇帝やエルドレッド、アデリンをより一層不安にさせた。

「私が死んだ次は、一体誰が亡くなるのでしょうか。シルヴィリーナお姉様? エルドレッドお兄様? 叔母様でしょうか、それとも案外……皇帝陛下かもしれませんね」
「……何が言いたい?」
「皇族が滅亡した暁には、帝国が終わります。約3000年続いた輝かしい歴史が、終わりを迎えるのです。皇帝陛下の、判断の間違いによって」

 アリアリーナは、莞爾として笑う。皇帝の過ちによってツィンクラウン帝国が終わりを迎えることが嬉しいと言わんばかりの彼女を前に、その場は慄然とした。
 永遠の時間とも思える沈黙を破ったのは、皇帝だった。

「貴様の裁判を開く。弁明があれば、そこで聞こう」
「ち、父上! この女の話術に乗せられてはいけませんっ!」
「黙れ、エルドレッド。私はもとより、アリアリーナの裁判を開くつもりだった。今日ここへ来たのも、それを伝えるためだ」

 皇帝の不安を煽るまでもなく、そして裁判を開いてほしいと頼むまでもなかったらしい。

「でしたら皇城の人間をできるだけ、裁判が開催される場所に集めてください。エナヴェリーナお姉様と親交のあった方々は特に……」

 アリアリーナの頼みに、皇帝は瞑目したのであった。
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