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第165話 生への渇望と死への恐怖

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 一体、何日経っただろうか。それとも、数ヶ月は経っているのだろうか。アリアリーナはそれさえも、分からなかった。

「湯を持ってくる人、今日は遅いわね……」

 罪人、脱獄犯といえど、一応まだ皇女である。鎖はつけられているものの、皇帝の命令があるのかアリアリーナは毎日体を清めることができていた。と、言っても、お湯に浸したタオルで体を拭う程度だが。
 彼女に湯とタオルを持ってきてくれる人が、今日はなかなか来ない。毎日顔ぶれが変わるのだが、今日の担当者は忘れてしまったのだろうか。

「一日くらいいいわよ、別に」

 アリアリーナは独りでに呟くと、そっと目を閉じる。
 皇族の一連の殺害事件を裏で糸引いていたのは、悲劇の呪術師である可能性がある。彼女は、時を超え依代を通して復活を遂げるという不可能に近い呪術を成功させたのかもしれない。呪力の量も質も、知っている呪術の数も、アリアリーナでは足元にも及ばない彼女が、本当に現世に復活を遂げていたのなら、雪白の世界のルイドと金髪の男が言っていた通り、帝国は危険に晒される。皇族はアリアリーナ含め皆殺し、帝国民も無慈悲に殺戮され、ツィンクラウン帝国自体最初からにされる。

「せめて、ヴィルヘルムとレイ、ゼルだけ、逃がしてほしいものだわ……」

 アリアリーナの呟きは、虚しく虚空へ消える。それに苛立ったアリアリーナは、声を大にして言う。

「黒幕が、先祖だなんて聞いてないわよ。馬鹿みたいに必死になって、なんとか黒幕を見つけ出してヴィルヘルムたちだけでも生かさなければならないと奮闘した私の時間はなんだったわけ?」

 答えてくれる者は、いない。

「最初から、勝負はついていたじゃない」

 項垂れる。地下牢に閉じ込められてもなお、艶を失わない白銀色の髪が弧を描く。

「勝負はついているかもしれないけど、私、諦めが悪いのよ。きっと、諦めの悪さだけは、あなたに匹敵するわ」

 緩慢に顔を上げる。

「どこに潜んでいるのか、見つけてあげる」

 オパールグリーンの双眸が燦然と輝く。
 悲劇の呪術師が依代としている人物を見つけてみせる。彼女が依代としている肉体は、皇城の中、今は亡き第三皇女エナヴェリーナの近くにいた恐れがある。皇族を滅亡する瞬間を見届けるため、今も滞在しているはず。大罪人であるアリアリーナが悲劇の呪術師の依代を見つけられる、最も可能性ある方法は……。

「裁判、かしら」

 皇帝が許可を下した場合のみ、開かれる裁判。弁明するのが目的ではなく、黒幕を見つけることが目的。なんとか皇帝に取り合って、裁判を開いてもらわなければならない。もしくは、生前のエナヴェリーナの近くにいた人々を順番に地下牢に連れてきてもらうか。

「どの道、皇帝陛下に会わないと難しそうね」

 アリアリーナは大息を吐く。
 黒幕を捜し出す前に、ヴィルヘルムとレイ、アンゼルムをどうにかして他国に逃がさなければならない。そのためには、彼らにも接触しなければならないが、アリアリーナが地下牢に収容されている現時点では難しい。向こうから何かしら接触して来るのを待つのが現実的だが……これも期待できない。

「どうすればいいのよ、もう……」

 立ち上がり、鎖を引きずりながら牢の中を徘徊する。
 いっそのこと、どうせ処刑されるなら、何度脱獄しても同じだ。呪術を使って地下牢を脱出してヴィルヘルムたちを逃がしてから、また地下牢へ戻って、皇帝が来るのを待つか。
 思案するアリアリーナは突如、花が綻ぶように笑った。

(不思議なものね。あんなに怖かった死が、今ではそんなに怖くない。どうしてかしら)

 前世でも今世でも死を回避するために、解呪しようと奮闘した。今思えば、生きることへの渇望もあったが、死への恐怖が最も大きかっただろう。しかし今では、死への恐怖は、薄れてきている。解呪のためにヴィルヘルムやアンゼルムを殺せないと自覚し、彼らを殺すくらいなら自らが死ぬと覚悟を決めてから、不思議と生への渇望と死への恐怖はなくなった。
 死なないためにどう動くかという軸ではなく、生きているうちに何を遺すか、守るかという軸で考えるようになったからだろうか。
 アリアリーナは微笑みながら、その場に座る。そして足枷に触れた。呪術を唱え、足枷を外そうとしたその時――。

「第四皇女殿下」

 地下牢の外、気配なく現れた黒い靄がアリアリーナを呼んだ。
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