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第162話 さらなるヒントを探して
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リンドル家の嫡女を裏切ったレッドル・バーン・リゼス・ツィンクラウンは、皇帝の冠を被ることなく、すぐに亡くなった。衝撃的な事実に、アリアリーナは暫し息をするのも忘れて固まっていた。
「ほら、次のページに書いてある。レッドル・バーン・リゼス・ツィンクラウンは病死。皇位継承権第二位であった第一皇子が皇帝になった」
シルヴィリーナは本に書かれた文を読み上げた。
レッドルは死亡。リンドル家の嫡女を直接手にかけた第一皇子が皇帝の座についたのだ。それに、何かしらの違和感を覚える。
「何か、おかしいわ」
アリアリーナが唖然と呟くと、ヴィルヘルムが口を開く。
「皇太女殿下、裏切られた呪術師……リンドル家の嫡女のことは記されていないのですか?」
「リンドル家にまつわる資料は、この城では見かけたことがない。没落、滅亡した呪術師一族のため、恐らく全て燃やされたのだろう」
違う。後ろめたいことがあるから、燃やし尽くして、なかったことにしたのだ。
そもそも、歴史が記された本が地下の書庫のさらに下、秘密の部屋に保管されている理由もよく分からない。裏切りの事実や病死の事実は、当時も帝国民の間で話題になっただろうから、特段隠すことでもないのに。全てをなかったことにしたいという誰かの意志を感じる。
「リンドル家の資料は皇城に残されていないのですね。一体、どうして……」
ヴィルヘルムが思案し始めたと同時に、アリアリーナが前に出る。
「シルヴィリーナお姉様。私の部屋に行きたいのですが」
「……アリアリーナ、それは危険だ。さすがの私も了承は、」
「お願いいたします。私の部屋にお母様の形見……リンドル家の本があるのです。そこからも何かしらヒントが得られるかもしれません」
アリアリーナの切実な頼みを受け、シルヴィリーナは顰めっ面となりながらも渋々頷いたのであった。
金髪の男が言っていたヒントが、リンドル家が皆殺しされた裏切りの事件のこと、もしくはそれと関連があるならば、アリアリーナの部屋の地下にある書庫からも何かしらヒントがあるかもしれない。
アリアリーナは深呼吸したあと、気持ちを新たに秘密の部屋を立ち去った。
アリアリーナの宮までの道のり。シルヴィリーナ、ヴィルヘルムの後ろをアリアリーナが歩く。すると前方から歩いてきた人物と目が合った。アリアリーナは瞠若する。
「お前は、エナヴェリーナの……」
シルヴィリーナが足を止める。
「ハンナと申します。エナヴェリーナ第三皇女殿下の専属侍女を務めておりました。今は、エルドレッド第二皇子殿下の宮で働かせていただいております」
前方から歩いてきたのは、エナヴェリーナの侍女を勤めていたハンナだった。アイボリーホワイトの髪はあまり手入れされていないのか、少しパサついてしまっている。フクシャピンクの眼も、生気がなく、酷く濁っていた。一番傍で仕えていた主人を亡くしたのだ。無理もないだろう。
「そうか。あまり無理はするな。必要ならば、休暇を申し出るといい」
「お心遣い感謝いたします。ですが、私にはお役目がありますので、お休みをいただくわけにはいきません。この命尽きるまで、皇族の皆様に誠心誠意お仕えいたします」
ハンナはその場で両膝をつき、深々と頭を垂れた。彼女の忠誠心を前にしたアリアリーナは、息を呑む。本来ならば褒めるべき彼女の忠義を、不気味に感じたのだ。
「ありがとう、ハンナ。皇族が亡くなり続けている今、お前のような人がひとりでもいてくれるだけで……心強い。これからも役目に励むといい」
「はい、皇太女殿下」
ハンナが頭を上げる。太陽光の影響か、フクシャピンクの瞳が赤く染まった。
歩みを始めたシルヴィリーナに続き、ヴィルヘルムとアリアリーナも歩を進める。気づかれぬよう、アリアリーナが振り向いた時、再び視線がかち合った。ハンナは引き攣った笑みを浮かべて、軽く会釈し、踵を返したのであった。
「難攻不落のツィンクラウン帝国を治める我々の信用度落ちている中、ハンナのような者がひとりいるだけでありがたいな」
「……そうですね。敬愛する主人が亡くなられたというのに、一介の侍女があそこまで強くなれるものでしょうか」
ヴィルヘルムの疑問に、シルヴィリーナは笑みを湛えた。
「さぁな、分からない。大切な人を亡くした悲しみは、途方もない。私も現にそうだった……。だが、いつまでも立ち止まっているわけにはいかないだろう? 強く在らなければならないと前を見据えて歩き出せた者は、前よりもずっと強くなっているはずだ」
シルヴィリーナの見解に納得したヴィルヘルムは、頷いた。
「もちろん、たまには泣いてもいいけどな」
シルヴィリーナはそう呟いて、青い空を見上げたのであった。
「ほら、次のページに書いてある。レッドル・バーン・リゼス・ツィンクラウンは病死。皇位継承権第二位であった第一皇子が皇帝になった」
シルヴィリーナは本に書かれた文を読み上げた。
レッドルは死亡。リンドル家の嫡女を直接手にかけた第一皇子が皇帝の座についたのだ。それに、何かしらの違和感を覚える。
「何か、おかしいわ」
アリアリーナが唖然と呟くと、ヴィルヘルムが口を開く。
「皇太女殿下、裏切られた呪術師……リンドル家の嫡女のことは記されていないのですか?」
「リンドル家にまつわる資料は、この城では見かけたことがない。没落、滅亡した呪術師一族のため、恐らく全て燃やされたのだろう」
違う。後ろめたいことがあるから、燃やし尽くして、なかったことにしたのだ。
そもそも、歴史が記された本が地下の書庫のさらに下、秘密の部屋に保管されている理由もよく分からない。裏切りの事実や病死の事実は、当時も帝国民の間で話題になっただろうから、特段隠すことでもないのに。全てをなかったことにしたいという誰かの意志を感じる。
「リンドル家の資料は皇城に残されていないのですね。一体、どうして……」
ヴィルヘルムが思案し始めたと同時に、アリアリーナが前に出る。
「シルヴィリーナお姉様。私の部屋に行きたいのですが」
「……アリアリーナ、それは危険だ。さすがの私も了承は、」
「お願いいたします。私の部屋にお母様の形見……リンドル家の本があるのです。そこからも何かしらヒントが得られるかもしれません」
アリアリーナの切実な頼みを受け、シルヴィリーナは顰めっ面となりながらも渋々頷いたのであった。
金髪の男が言っていたヒントが、リンドル家が皆殺しされた裏切りの事件のこと、もしくはそれと関連があるならば、アリアリーナの部屋の地下にある書庫からも何かしらヒントがあるかもしれない。
アリアリーナは深呼吸したあと、気持ちを新たに秘密の部屋を立ち去った。
アリアリーナの宮までの道のり。シルヴィリーナ、ヴィルヘルムの後ろをアリアリーナが歩く。すると前方から歩いてきた人物と目が合った。アリアリーナは瞠若する。
「お前は、エナヴェリーナの……」
シルヴィリーナが足を止める。
「ハンナと申します。エナヴェリーナ第三皇女殿下の専属侍女を務めておりました。今は、エルドレッド第二皇子殿下の宮で働かせていただいております」
前方から歩いてきたのは、エナヴェリーナの侍女を勤めていたハンナだった。アイボリーホワイトの髪はあまり手入れされていないのか、少しパサついてしまっている。フクシャピンクの眼も、生気がなく、酷く濁っていた。一番傍で仕えていた主人を亡くしたのだ。無理もないだろう。
「そうか。あまり無理はするな。必要ならば、休暇を申し出るといい」
「お心遣い感謝いたします。ですが、私にはお役目がありますので、お休みをいただくわけにはいきません。この命尽きるまで、皇族の皆様に誠心誠意お仕えいたします」
ハンナはその場で両膝をつき、深々と頭を垂れた。彼女の忠誠心を前にしたアリアリーナは、息を呑む。本来ならば褒めるべき彼女の忠義を、不気味に感じたのだ。
「ありがとう、ハンナ。皇族が亡くなり続けている今、お前のような人がひとりでもいてくれるだけで……心強い。これからも役目に励むといい」
「はい、皇太女殿下」
ハンナが頭を上げる。太陽光の影響か、フクシャピンクの瞳が赤く染まった。
歩みを始めたシルヴィリーナに続き、ヴィルヘルムとアリアリーナも歩を進める。気づかれぬよう、アリアリーナが振り向いた時、再び視線がかち合った。ハンナは引き攣った笑みを浮かべて、軽く会釈し、踵を返したのであった。
「難攻不落のツィンクラウン帝国を治める我々の信用度落ちている中、ハンナのような者がひとりいるだけでありがたいな」
「……そうですね。敬愛する主人が亡くなられたというのに、一介の侍女があそこまで強くなれるものでしょうか」
ヴィルヘルムの疑問に、シルヴィリーナは笑みを湛えた。
「さぁな、分からない。大切な人を亡くした悲しみは、途方もない。私も現にそうだった……。だが、いつまでも立ち止まっているわけにはいかないだろう? 強く在らなければならないと前を見据えて歩き出せた者は、前よりもずっと強くなっているはずだ」
シルヴィリーナの見解に納得したヴィルヘルムは、頷いた。
「もちろん、たまには泣いてもいいけどな」
シルヴィリーナはそう呟いて、青い空を見上げたのであった。
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