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第161話 皇子とリンドル家の娘
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長い階段を下り秘密の部屋に入るなり、シルヴィリーナが明かりを灯す。
「秘密の過去が記された書物が眠っている部屋だ。ヒントとなりそうな物なら、ここにある確率のほうが高い」
「ありがとうございます、シルヴィリーナお姉様」
礼を言うと、ヒントとなりそうな書物を漁り始める。貴重な書物が眠る場所を堂々と荒らしていく彼女に、シルヴィリーナは冷や汗を流した。そんなシルヴィリーナをよそに、アリアリーナは調べ物を続ける。すると一際大きな本が目に留まった。それに手を伸ばすと、背後から長い手が伸びてくる。白い手袋に包まれたその手がお目当ての本を取った。振り返ると、本を手にしたヴィルヘルムが。
「ヴィルヘルム、ありがとう」
「礼には及びません」
ヴィルヘルムから大きな本を受け取り、その場で開く。
「歴史、ですか?」
「みたいね。ツィンクラウン帝国と皇族の歴史よ」
ツィンクラウン帝国は、約3000年前、偉大なる女性により建国された。東のレヴィソン。西のサラベルト。南のダゼロラ。北のシュタルテイン。中央のグリエンド。呪術師一族、影のリンドル。初代女帝に仕えた側近、六家により、ツィンクラウン帝国は次々と他国を制圧、領土を拡大し、世界有数の大国へと成長を遂げた。
「輝かしい歴史ね」
そう呟きながら、読み進めていく。
本には、ツィンクラウン帝国や皇族の数々の歴史が記されている。世には出ていない、またはとうの昔に忘れられた、痛ましい事故や悲惨な事件なども書かれていた。
特にヒントになりそうなものはないか、と嘆息して紙を捲った時。
「これは……」
アリアリーナは目を見開く。
1500年前に起きた事件。皇位継承権争いに参加していたひとりの皇子の陰謀により、呪術師一族のリンドル家が裏切られた事件が記されていたのだ。
「とっくの昔に忘れ去られたのに、ここに、残っていたのね」
絶対的な六家から平民へと転落した呪術師一族リンドル家、アリアリーナの先祖が没落した過去が未だ皇城に残されていたのだ。
「皇子がリンドル家を裏切らなければ、皇女殿下は、こんなにも辛い思いをすることはなかったかもしれない……」
「やめて、ヴィルヘルム。リンドル家が今も六家の立ち位置にいたならば、私は生まれていなかったかもしれない。それに、〝たられば〟の話をしても無駄よ。今が変わるわけじゃないわ」
アリアリーナの諦念を感じさせる声に、ヴィルヘルムは俯きながら口を噤んだ。
かつての皇子は、なぜリンドル家を裏切ったのだろうか。不思議に思ったアリアリーナは、さらに本を読み進める。そこにはリンドル家末裔である彼女も知らない事実が記されていた。
当時の第二皇子は、リンドル家の嫡女と深い恋仲にあった。ふたりは将来を誓うほど、互いを愛し合っていた。しかしながら当時、影で皇族を支えていたリンドル家の娘が身も魂も神々しい皇子と正式に結ばれることは許されなかった。皇子は仕方なく、ほかの女性、由緒正しき家柄の令嬢を妻にし、リンドル家の娘とは愛人関係になった。皇子とリンドル家の娘の間には子ができたが、流産。次も、その次も、リンドル家の娘は流産を繰り返してしまった。皇子とリンドル家の娘の間に子が生まれることはなく、皇子はリンドル家の後ろ楯を得つつ皇位継承権第一位の座に座り皇太子となる。呪術師である娘の力を借りて、恐怖政治を行っていた当時の皇帝を暗殺、皇帝の座を目の前にしたところで、皇子は娘を裏切った。そう、皇子は最初から娘を裏切るつもりだったのだ。全ては自身が皇帝になるため、己の私利私欲のためにリンドル家を利用して捨てた。娘は最期、途方もない絶望と消えることのない怨念と共に、皇子の兄、第一皇子によって残酷に殺されてしまった。また、リンドル家も皆殺しにされる。裏切りが発生した瞬間から、リンドル家の娘が骸となるまで、皇子は娘の前に姿を現さなかった。
リンドル家を地へと落とした第二皇子の名は、レッドル・バーン・リゼス・ツィンクラウン――。
「裏切りがあってリンドル家が没落したのは知っていたけど、まさかこんなにも、詳細に記されているなんて……」
アリアリーナは裏切りの目に遭った悲劇の呪術師、先祖を憐れむ。そして、リンドル家の末裔であり、リンドル家が恨みを向ける皇族である自分を憎たらしく思った。
『皇族を殺せ。緑の瞳を持つ子は一族の怨念を果たす。さもなければ一族は滅びる』
1500年前のリンドル家没落の事件を境に、皇子に裏切られた悲劇の呪術師が、末裔の身に施した呪い。呪いをかけた当事者は、皇族を滅したいという思いに駆られながら亡くなったのだろう。一度目の人生で自死したアリアリーナと同様に、悲劇の呪術師は絶望を覚えたはずだ。
「愛していた人に裏切られるなんて……。呪うのも、仕方ないのかもしれないわ」
「何か手がかりは見つかったか?」
アリアリーナとヴィルヘルムのもとに、何冊かの本を抱えたシルヴィリーナがやって来る。彼女は机に本を置いた。
「手がかりかどうかは分かりませんが、興味深い物を発見しました」
「見せてくれ」
シルヴィリーナに本を差し出す。
「レッドル・バーン・リゼス・ツィンクラウン。1500年前の事件を起こした皇族の方か……。結局この方は皇帝にはなれず、すぐに病死してしまっているがな。お前は知らないかもしれないが……かつての呪術師一族、リンドル家による呪いだと噂されたらしい」
「……え?」
アリアリーナは絶句する。
リンドル家の嫡女を裏切った第二皇子レッドル・バーン・リゼス・ツィンクラウン。彼は皇帝になることなく、すぐに病死したのだ――。
「秘密の過去が記された書物が眠っている部屋だ。ヒントとなりそうな物なら、ここにある確率のほうが高い」
「ありがとうございます、シルヴィリーナお姉様」
礼を言うと、ヒントとなりそうな書物を漁り始める。貴重な書物が眠る場所を堂々と荒らしていく彼女に、シルヴィリーナは冷や汗を流した。そんなシルヴィリーナをよそに、アリアリーナは調べ物を続ける。すると一際大きな本が目に留まった。それに手を伸ばすと、背後から長い手が伸びてくる。白い手袋に包まれたその手がお目当ての本を取った。振り返ると、本を手にしたヴィルヘルムが。
「ヴィルヘルム、ありがとう」
「礼には及びません」
ヴィルヘルムから大きな本を受け取り、その場で開く。
「歴史、ですか?」
「みたいね。ツィンクラウン帝国と皇族の歴史よ」
ツィンクラウン帝国は、約3000年前、偉大なる女性により建国された。東のレヴィソン。西のサラベルト。南のダゼロラ。北のシュタルテイン。中央のグリエンド。呪術師一族、影のリンドル。初代女帝に仕えた側近、六家により、ツィンクラウン帝国は次々と他国を制圧、領土を拡大し、世界有数の大国へと成長を遂げた。
「輝かしい歴史ね」
そう呟きながら、読み進めていく。
本には、ツィンクラウン帝国や皇族の数々の歴史が記されている。世には出ていない、またはとうの昔に忘れられた、痛ましい事故や悲惨な事件なども書かれていた。
特にヒントになりそうなものはないか、と嘆息して紙を捲った時。
「これは……」
アリアリーナは目を見開く。
1500年前に起きた事件。皇位継承権争いに参加していたひとりの皇子の陰謀により、呪術師一族のリンドル家が裏切られた事件が記されていたのだ。
「とっくの昔に忘れ去られたのに、ここに、残っていたのね」
絶対的な六家から平民へと転落した呪術師一族リンドル家、アリアリーナの先祖が没落した過去が未だ皇城に残されていたのだ。
「皇子がリンドル家を裏切らなければ、皇女殿下は、こんなにも辛い思いをすることはなかったかもしれない……」
「やめて、ヴィルヘルム。リンドル家が今も六家の立ち位置にいたならば、私は生まれていなかったかもしれない。それに、〝たられば〟の話をしても無駄よ。今が変わるわけじゃないわ」
アリアリーナの諦念を感じさせる声に、ヴィルヘルムは俯きながら口を噤んだ。
かつての皇子は、なぜリンドル家を裏切ったのだろうか。不思議に思ったアリアリーナは、さらに本を読み進める。そこにはリンドル家末裔である彼女も知らない事実が記されていた。
当時の第二皇子は、リンドル家の嫡女と深い恋仲にあった。ふたりは将来を誓うほど、互いを愛し合っていた。しかしながら当時、影で皇族を支えていたリンドル家の娘が身も魂も神々しい皇子と正式に結ばれることは許されなかった。皇子は仕方なく、ほかの女性、由緒正しき家柄の令嬢を妻にし、リンドル家の娘とは愛人関係になった。皇子とリンドル家の娘の間には子ができたが、流産。次も、その次も、リンドル家の娘は流産を繰り返してしまった。皇子とリンドル家の娘の間に子が生まれることはなく、皇子はリンドル家の後ろ楯を得つつ皇位継承権第一位の座に座り皇太子となる。呪術師である娘の力を借りて、恐怖政治を行っていた当時の皇帝を暗殺、皇帝の座を目の前にしたところで、皇子は娘を裏切った。そう、皇子は最初から娘を裏切るつもりだったのだ。全ては自身が皇帝になるため、己の私利私欲のためにリンドル家を利用して捨てた。娘は最期、途方もない絶望と消えることのない怨念と共に、皇子の兄、第一皇子によって残酷に殺されてしまった。また、リンドル家も皆殺しにされる。裏切りが発生した瞬間から、リンドル家の娘が骸となるまで、皇子は娘の前に姿を現さなかった。
リンドル家を地へと落とした第二皇子の名は、レッドル・バーン・リゼス・ツィンクラウン――。
「裏切りがあってリンドル家が没落したのは知っていたけど、まさかこんなにも、詳細に記されているなんて……」
アリアリーナは裏切りの目に遭った悲劇の呪術師、先祖を憐れむ。そして、リンドル家の末裔であり、リンドル家が恨みを向ける皇族である自分を憎たらしく思った。
『皇族を殺せ。緑の瞳を持つ子は一族の怨念を果たす。さもなければ一族は滅びる』
1500年前のリンドル家没落の事件を境に、皇子に裏切られた悲劇の呪術師が、末裔の身に施した呪い。呪いをかけた当事者は、皇族を滅したいという思いに駆られながら亡くなったのだろう。一度目の人生で自死したアリアリーナと同様に、悲劇の呪術師は絶望を覚えたはずだ。
「愛していた人に裏切られるなんて……。呪うのも、仕方ないのかもしれないわ」
「何か手がかりは見つかったか?」
アリアリーナとヴィルヘルムのもとに、何冊かの本を抱えたシルヴィリーナがやって来る。彼女は机に本を置いた。
「手がかりかどうかは分かりませんが、興味深い物を発見しました」
「見せてくれ」
シルヴィリーナに本を差し出す。
「レッドル・バーン・リゼス・ツィンクラウン。1500年前の事件を起こした皇族の方か……。結局この方は皇帝にはなれず、すぐに病死してしまっているがな。お前は知らないかもしれないが……かつての呪術師一族、リンドル家による呪いだと噂されたらしい」
「……え?」
アリアリーナは絶句する。
リンドル家の嫡女を裏切った第二皇子レッドル・バーン・リゼス・ツィンクラウン。彼は皇帝になることなく、すぐに病死したのだ――。
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