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第160話 秘密の部屋へ
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「私は、アリアリーナを心から愛しておる」
皇帝が突然発した言葉に、場が静まり返る。
「父親である私の知らぬところで勝手に死ぬなど、この私が許さない」
重々しい空気の中に反響する声。アリアリーナは皇帝の言葉が信じられなかった。アイーダを愛していることまでは理解できるが、その子である自分までも愛しているとは到底思えなかったからだ。
皇帝がアリアリーナに向ける感情と、普通の父親が子に向ける愛情とは違いがあるのかもしれない。皇帝とアリアリーナは、その辺の親子で片付けられない、皇族という繋がりがあるのだから。皇帝は親としてではなく、帝国の君主として接しなければならない故に、その愛情が酷く霞んでしまうのかもしれない。
「陛下の御前でも、皇女殿下は死なせません」
ヴィルヘルムは一歩前に出て、アリアリーナを庇うようにそう言った。
「皇帝陛下やエルドレッドも心のどこかで分かっているのではないですか? 黒幕はアリアリーナではない、と」
シルヴィリーナが冷静に語りかけると、皇帝は眉をピクリと動かす。エルドレッドは思い当たる節があるのか、歯噛みした。
「ここにいる皆のためにも宣言しましょう。私は、皇族殺害の事件を起こした本当の黒幕は、アリアリーナではないという証拠をグリエンド公爵と共に探します」
不撓不屈の精神を持つシルヴィリーナの昂然たる姿。アリアリーナは彼女の背中に、女帝の威厳を垣間見た気がした。
「よろしいですよね? 皇帝陛下」
「………………」
シルヴィリーナの有無を言わさぬ問いかけに、皇帝は瞑目して頷いた。
「今、ここに集まっている人間の中に、黒幕がいる可能性もあります。お気をつけください」
ヴィルヘルムが意味深長な発言を残すと、遠巻きにいた人々は騒然とする。シルヴィリーナとヴィルヘルム、そしてアリアリーナは、皇帝に頭を下げると、踵を返しその場を立ち去ったのであった。
三人は、目的地である地下にやって来た。シルヴィリーナが見張りの騎士たちに労いの言葉をかけて警戒心を解きつつ、自然な流れで地下の書庫に足を踏み入れた。
地下の書庫は貴重な書物が揃っているため、手入れが施されているが、若干埃が舞っている。アリアリーナは軽く咳き込みながら、貴重な本がズラリと並ぶ本棚を見て回る。
「アリアリーナ。書庫に行きたいと言っていたが……一体何を探してるんだ?」
「……ヒントです。とある人がヒントを探すならば下を見ろと仰っていました」
アリアリーナの説明に、シルヴィリーナは無言になってしまった。
「途方もない作業となりそうですね」
「そんなに時間は残されていないわ。急がないと」
ヴィルヘルムは頷くと、アリアリーナとは反対側から本棚を見て回り始める。シルヴィリーナは小さく溜息を吐いた。
「より貴重な書物は、さらに地下にある」
「さらに地下、ですか?」
シルヴィリーナは書庫の奥に進む。アリアリーナとヴィルヘルムは互いに顔を見合せてから、彼女の頼もしい背中を追った。
「一般的な歴史が記されている書物はここにあるが、隠された歴史……要は、あまり公然にはされていない秘密の過去が記された書物が眠っている場所がある」
書庫の一番奥にある一際大きな本棚の本を、何冊か抜いていくシルヴィリーナ。十冊の本を順番に抜いた時、轟音と共に本棚が左右に分かれる。暗闇に続く階段が現れたのだ。
「皇帝陛下と、皇太女である私、そして書庫の管理を務める者しか知らない秘密の部屋だ」
秘密の部屋。地下の書庫から続くさらに地下にある。明かされていない過去が眠る場所だ。
「三人しか知らない部屋の存在を、私とヴィルヘルムに明かしていいのですか?」
「処罰ならば、私が受ける。今は一刻も早く、ヒントを見つけ出してアリアリーナは無実だという証拠を発見しなければならない。つまり、背に腹はかえられない状況だ」
「私が、それを悪用するとは考えないのですか?」
「……私はお前を信頼している。皇族としてではない。姉として、だ」
アリアリーナは小さな笑みをこぼしながら嘆息した。
「シルヴィリーナお姉様の熱量には毎度負けてしまいます。参りましょう、お姉様」
そう促すと、シルヴィリーナが手を差し出してくる。階段を下りるため、エスコートしてくれるみたいだ。その厚意に甘えようとした瞬間、隣から手を取られる。
「皇太女殿下、アリアリーナを……失礼。第四皇女殿下をエスコートするのは俺の役目ですので」
「………………そう、か。気が利かなくて悪かった」
アリアリーナを熱量で負かしたシルヴィリーナが、ヴィルヘルムの熱量に負けてしまった。気まずそうに手を引くと、地下に続く階段を下り始める。
「ヴィルヘルム。お姉様に謝るべきよ」
「俺は事実を述べたまでです」
何も悪いことはしていないと言いたげな愛しい人の横顔を見たアリアリーナは、肩を竦めた。
皇帝が突然発した言葉に、場が静まり返る。
「父親である私の知らぬところで勝手に死ぬなど、この私が許さない」
重々しい空気の中に反響する声。アリアリーナは皇帝の言葉が信じられなかった。アイーダを愛していることまでは理解できるが、その子である自分までも愛しているとは到底思えなかったからだ。
皇帝がアリアリーナに向ける感情と、普通の父親が子に向ける愛情とは違いがあるのかもしれない。皇帝とアリアリーナは、その辺の親子で片付けられない、皇族という繋がりがあるのだから。皇帝は親としてではなく、帝国の君主として接しなければならない故に、その愛情が酷く霞んでしまうのかもしれない。
「陛下の御前でも、皇女殿下は死なせません」
ヴィルヘルムは一歩前に出て、アリアリーナを庇うようにそう言った。
「皇帝陛下やエルドレッドも心のどこかで分かっているのではないですか? 黒幕はアリアリーナではない、と」
シルヴィリーナが冷静に語りかけると、皇帝は眉をピクリと動かす。エルドレッドは思い当たる節があるのか、歯噛みした。
「ここにいる皆のためにも宣言しましょう。私は、皇族殺害の事件を起こした本当の黒幕は、アリアリーナではないという証拠をグリエンド公爵と共に探します」
不撓不屈の精神を持つシルヴィリーナの昂然たる姿。アリアリーナは彼女の背中に、女帝の威厳を垣間見た気がした。
「よろしいですよね? 皇帝陛下」
「………………」
シルヴィリーナの有無を言わさぬ問いかけに、皇帝は瞑目して頷いた。
「今、ここに集まっている人間の中に、黒幕がいる可能性もあります。お気をつけください」
ヴィルヘルムが意味深長な発言を残すと、遠巻きにいた人々は騒然とする。シルヴィリーナとヴィルヘルム、そしてアリアリーナは、皇帝に頭を下げると、踵を返しその場を立ち去ったのであった。
三人は、目的地である地下にやって来た。シルヴィリーナが見張りの騎士たちに労いの言葉をかけて警戒心を解きつつ、自然な流れで地下の書庫に足を踏み入れた。
地下の書庫は貴重な書物が揃っているため、手入れが施されているが、若干埃が舞っている。アリアリーナは軽く咳き込みながら、貴重な本がズラリと並ぶ本棚を見て回る。
「アリアリーナ。書庫に行きたいと言っていたが……一体何を探してるんだ?」
「……ヒントです。とある人がヒントを探すならば下を見ろと仰っていました」
アリアリーナの説明に、シルヴィリーナは無言になってしまった。
「途方もない作業となりそうですね」
「そんなに時間は残されていないわ。急がないと」
ヴィルヘルムは頷くと、アリアリーナとは反対側から本棚を見て回り始める。シルヴィリーナは小さく溜息を吐いた。
「より貴重な書物は、さらに地下にある」
「さらに地下、ですか?」
シルヴィリーナは書庫の奥に進む。アリアリーナとヴィルヘルムは互いに顔を見合せてから、彼女の頼もしい背中を追った。
「一般的な歴史が記されている書物はここにあるが、隠された歴史……要は、あまり公然にはされていない秘密の過去が記された書物が眠っている場所がある」
書庫の一番奥にある一際大きな本棚の本を、何冊か抜いていくシルヴィリーナ。十冊の本を順番に抜いた時、轟音と共に本棚が左右に分かれる。暗闇に続く階段が現れたのだ。
「皇帝陛下と、皇太女である私、そして書庫の管理を務める者しか知らない秘密の部屋だ」
秘密の部屋。地下の書庫から続くさらに地下にある。明かされていない過去が眠る場所だ。
「三人しか知らない部屋の存在を、私とヴィルヘルムに明かしていいのですか?」
「処罰ならば、私が受ける。今は一刻も早く、ヒントを見つけ出してアリアリーナは無実だという証拠を発見しなければならない。つまり、背に腹はかえられない状況だ」
「私が、それを悪用するとは考えないのですか?」
「……私はお前を信頼している。皇族としてではない。姉として、だ」
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「シルヴィリーナお姉様の熱量には毎度負けてしまいます。参りましょう、お姉様」
そう促すと、シルヴィリーナが手を差し出してくる。階段を下りるため、エスコートしてくれるみたいだ。その厚意に甘えようとした瞬間、隣から手を取られる。
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アリアリーナを熱量で負かしたシルヴィリーナが、ヴィルヘルムの熱量に負けてしまった。気まずそうに手を引くと、地下に続く階段を下り始める。
「ヴィルヘルム。お姉様に謝るべきよ」
「俺は事実を述べたまでです」
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