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第157話 ヒントを探しに

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 おもむろに目を開けると、視界いっぱいに見慣れない景色が広がった。ヴィルヘルムの部屋だ。
 昨晩、地下牢から救出されたアリアリーナは、彼の城に一時的に身を隠していた。
 上体を起こそうとするが、腰から腹にかけてがっしりと何かに固定されているため、身動きが取れない。おずおずと後ろを見ると、そこにはヴィルヘルムがいる。彼の腕に抱きしめられているせいでまったく動けないのだ。

「ちょっと……ヴィルヘルム」
「……ん、」
「起きて」

 心地よさそうに眠るヴィルヘルムの体を軽く叩いてみる。瞼の幕が上がり、太陽の光に反射するブルーダイヤモンド色の眸子が現れた。

「アリアリーナ……」

 舌っ足らずに名を呼ばれ、腰が震える。

「おはようございます。よく眠れましたか?」

 ヴィルヘルムはそう言いながら、腕の力を緩めた。アリアリーナは隙を見て彼の腕の中から脱出すると、今度は正面から彼の胸に飛び込んだ。

「えぇ。誰かさんのおかげでよく眠れたわ」

 ヴィルヘルムの胸筋に息を吹きかけながら囁くと、彼がビクッと反応を示す。
 お互いに全裸の状態。昨晩、熱いキスをした直後、ふたりしてベッドに雪崩込み、忘れられない夜を過ごしたのだ。前世と今世を通して、一度も体を許したことがなかったアリアリーナだが、思いのほか上手く応えて与えることができた。ずっと想ってきたヴィルヘルムと一晩を過ごせたことに、アリアリーナは感極まっていた。都合いい夢でしかないが、この先もずっと続けばいいと本気で思ったのであった。

「脱出できたからには、真の黒幕を見つけ出さないといけないわ」
「……何か手がかりはありますか?」
「エナヴェリーナお姉様は黒幕と繋がりがあったと話していたわ。そのあと急に意識を失ってしまって、目が覚めた時にはお姉様は倒れていた……。亡くなるまでたった数分だったけれど……私やあなたが知っている、もとのお姉様に戻っていたの」
「もしや、何者かに洗脳されていたのですか?」

 察しの良いヴィルヘルムに、頷いて見せる。
 クライドや金髪の男が言うには、黒幕は近くにいると言っていた。それを信じるならば、皇城の中にいるはず。アリアリーナも顔見知りかもしれない。

「黒幕はお姉様の近くにいるはずよ、絶対に」

 そう、エナヴェリーナの近くにいた人物が怪しい。皇帝やシルヴィリーナ、エルドレッド、それから侍女や執事も。怪しい人物は調べなければならないが、時間に余裕はない。黒幕の巣窟であるツィンクラウン皇城に近いグリエンド公爵城に潜むことができるのも、短期間だろうから。アリアリーナが逃亡したとなれば、ヴィルヘルムも必然的に疑われる。共犯者だとバレないために、彼に迷惑をかけないためにも、一分一秒が惜しい。
 アリアリーナはヴィルヘルムの腕の中から抜け出して、上体を起こす。

「私が忽然と消えたと大騒ぎになっているかしら」
「……昨晩は、レイやアリアリーナを慕っていた方々の力を借りて、地下牢の番人の目を欺き、アリアリーナを地下牢から救出できましたが……間違いなく脱獄したことはバレるでしょう」

 ヴィルヘルムも体を起こしながらそう言った。

「情報収集をしなければならないわね……」

 限られた時間の中で、なんとか真の黒幕を発見しなければならない。たとえ脱獄犯として再び捕らえられたとしても、それまでに黒幕を発見、もしくは黒幕に繋がる有力な情報を集めるべきだ。

「先日、レイから報告を受けたのですが、生存している皇族の方々に特に怪しいところは見られなかったそうです」
「……皇帝陛下やシルヴィリーナお姉様、エルドレッドお兄様は黒幕ではないと?」
「現時点の調査では可能性は低いと思われます。特に皇太女殿下に関しては、限りなくゼロに近いかと」

 ヴィルヘルムの口から飛び出た事実に、アリアリーナは首を傾げる。

「皇太女殿下は、アリアリーナの救出を手助けしてくださったおひとりですから」

 愕然とした。シルヴィリーナがアリアリーナの脱獄に手を貸した共犯者だとは。皇帝にバレてしまったらどうなることやら。

「シルヴィリーナお姉様には……今度生きて会えたらお礼を言うわ……。レイの言う通り、皇族が真の黒幕ではないとするならば、ほかにいるということね。エナヴェリーナお姉様の宮にいるかしら」

 アリアリーナは顎に手を当てて思案する。

「レイは私の側近だったから、共犯者として疑われて安易に動けないでしょうし、ゼルと一緒に謹慎させられている可能性もあるわ。どうにかして皇城に侵入したいのに困ったわね……」
「俺が手助けを、」
「あなたも疑われているでしょうから、下手な動きはしないで。私が、自分で行くわ」

 アリアリーナの決意に、ヴィルヘルムは血相を変える。

「その潜入だけで黒幕を発見できなかったとしても、何かしらのヒントは得られるはずだわ。シルヴィリーナお姉様にもできれば協力を……」

 アリアリーナは喋るのを止める。

『ヒントを探すならば下を見ろ』

 エナヴェリーナが亡くなる直前、意識を失った時に、金髪の男の言葉を唐突に思い出す。

「下を、見ろ」

 地下だ――。

「早く、皇城に行かなきゃ」

 アリアリーナはベッドから下り立ち、太陽の光を見つめながらひとり呟いた。
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