157 / 185
第157話 ヒントを探しに
しおりを挟む
おもむろに目を開けると、視界いっぱいに見慣れない景色が広がった。ヴィルヘルムの部屋だ。
昨晩、地下牢から救出されたアリアリーナは、彼の城に一時的に身を隠していた。
上体を起こそうとするが、腰から腹にかけてがっしりと何かに固定されているため、身動きが取れない。おずおずと後ろを見ると、そこにはヴィルヘルムがいる。彼の腕に抱きしめられているせいでまったく動けないのだ。
「ちょっと……ヴィルヘルム」
「……ん、」
「起きて」
心地よさそうに眠るヴィルヘルムの体を軽く叩いてみる。瞼の幕が上がり、太陽の光に反射するブルーダイヤモンド色の眸子が現れた。
「アリアリーナ……」
舌っ足らずに名を呼ばれ、腰が震える。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
ヴィルヘルムはそう言いながら、腕の力を緩めた。アリアリーナは隙を見て彼の腕の中から脱出すると、今度は正面から彼の胸に飛び込んだ。
「えぇ。誰かさんのおかげでよく眠れたわ」
ヴィルヘルムの胸筋に息を吹きかけながら囁くと、彼がビクッと反応を示す。
お互いに全裸の状態。昨晩、熱いキスをした直後、ふたりしてベッドに雪崩込み、忘れられない夜を過ごしたのだ。前世と今世を通して、一度も体を許したことがなかったアリアリーナだが、思いのほか上手く応えて与えることができた。ずっと想ってきたヴィルヘルムと一晩を過ごせたことに、アリアリーナは感極まっていた。都合いい夢でしかないが、この先もずっと続けばいいと本気で思ったのであった。
「脱出できたからには、真の黒幕を見つけ出さないといけないわ」
「……何か手がかりはありますか?」
「エナヴェリーナお姉様は黒幕と繋がりがあったと話していたわ。そのあと急に意識を失ってしまって、目が覚めた時にはお姉様は倒れていた……。亡くなるまでたった数分だったけれど……私やあなたが知っている、もとのお姉様に戻っていたの」
「もしや、何者かに洗脳されていたのですか?」
察しの良いヴィルヘルムに、頷いて見せる。
クライドや金髪の男が言うには、黒幕は近くにいると言っていた。それを信じるならば、皇城の中にいるはず。アリアリーナも顔見知りかもしれない。
「黒幕はお姉様の近くにいるはずよ、絶対に」
そう、エナヴェリーナの近くにいた人物が怪しい。皇帝やシルヴィリーナ、エルドレッド、それから侍女や執事も。怪しい人物は調べなければならないが、時間に余裕はない。黒幕の巣窟であるツィンクラウン皇城に近いグリエンド公爵城に潜むことができるのも、短期間だろうから。アリアリーナが逃亡したとなれば、ヴィルヘルムも必然的に疑われる。共犯者だとバレないために、彼に迷惑をかけないためにも、一分一秒が惜しい。
アリアリーナはヴィルヘルムの腕の中から抜け出して、上体を起こす。
「私が忽然と消えたと大騒ぎになっているかしら」
「……昨晩は、レイやアリアリーナを慕っていた方々の力を借りて、地下牢の番人の目を欺き、アリアリーナを地下牢から救出できましたが……間違いなく脱獄したことはバレるでしょう」
ヴィルヘルムも体を起こしながらそう言った。
「情報収集をしなければならないわね……」
限られた時間の中で、なんとか真の黒幕を発見しなければならない。たとえ脱獄犯として再び捕らえられたとしても、それまでに黒幕を発見、もしくは黒幕に繋がる有力な情報を集めるべきだ。
「先日、レイから報告を受けたのですが、生存している皇族の方々に特に怪しいところは見られなかったそうです」
「……皇帝陛下やシルヴィリーナお姉様、エルドレッドお兄様は黒幕ではないと?」
「現時点の調査では可能性は低いと思われます。特に皇太女殿下に関しては、限りなくゼロに近いかと」
ヴィルヘルムの口から飛び出た事実に、アリアリーナは首を傾げる。
「皇太女殿下は、アリアリーナの救出を手助けしてくださったおひとりですから」
愕然とした。シルヴィリーナがアリアリーナの脱獄に手を貸した共犯者だとは。皇帝にバレてしまったらどうなることやら。
「シルヴィリーナお姉様には……今度生きて会えたらお礼を言うわ……。レイの言う通り、皇族が真の黒幕ではないとするならば、ほかにいるということね。エナヴェリーナお姉様の宮にいるかしら」
アリアリーナは顎に手を当てて思案する。
「レイは私の側近だったから、共犯者として疑われて安易に動けないでしょうし、ゼルと一緒に謹慎させられている可能性もあるわ。どうにかして皇城に侵入したいのに困ったわね……」
「俺が手助けを、」
「あなたも疑われているでしょうから、下手な動きはしないで。私が、自分で行くわ」
アリアリーナの決意に、ヴィルヘルムは血相を変える。
「その潜入だけで黒幕を発見できなかったとしても、何かしらのヒントは得られるはずだわ。シルヴィリーナお姉様にもできれば協力を……」
アリアリーナは喋るのを止める。
『ヒントを探すならば下を見ろ』
エナヴェリーナが亡くなる直前、意識を失った時に、金髪の男の言葉を唐突に思い出す。
「下を、見ろ」
地下だ――。
「早く、皇城に行かなきゃ」
アリアリーナはベッドから下り立ち、太陽の光を見つめながらひとり呟いた。
昨晩、地下牢から救出されたアリアリーナは、彼の城に一時的に身を隠していた。
上体を起こそうとするが、腰から腹にかけてがっしりと何かに固定されているため、身動きが取れない。おずおずと後ろを見ると、そこにはヴィルヘルムがいる。彼の腕に抱きしめられているせいでまったく動けないのだ。
「ちょっと……ヴィルヘルム」
「……ん、」
「起きて」
心地よさそうに眠るヴィルヘルムの体を軽く叩いてみる。瞼の幕が上がり、太陽の光に反射するブルーダイヤモンド色の眸子が現れた。
「アリアリーナ……」
舌っ足らずに名を呼ばれ、腰が震える。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
ヴィルヘルムはそう言いながら、腕の力を緩めた。アリアリーナは隙を見て彼の腕の中から脱出すると、今度は正面から彼の胸に飛び込んだ。
「えぇ。誰かさんのおかげでよく眠れたわ」
ヴィルヘルムの胸筋に息を吹きかけながら囁くと、彼がビクッと反応を示す。
お互いに全裸の状態。昨晩、熱いキスをした直後、ふたりしてベッドに雪崩込み、忘れられない夜を過ごしたのだ。前世と今世を通して、一度も体を許したことがなかったアリアリーナだが、思いのほか上手く応えて与えることができた。ずっと想ってきたヴィルヘルムと一晩を過ごせたことに、アリアリーナは感極まっていた。都合いい夢でしかないが、この先もずっと続けばいいと本気で思ったのであった。
「脱出できたからには、真の黒幕を見つけ出さないといけないわ」
「……何か手がかりはありますか?」
「エナヴェリーナお姉様は黒幕と繋がりがあったと話していたわ。そのあと急に意識を失ってしまって、目が覚めた時にはお姉様は倒れていた……。亡くなるまでたった数分だったけれど……私やあなたが知っている、もとのお姉様に戻っていたの」
「もしや、何者かに洗脳されていたのですか?」
察しの良いヴィルヘルムに、頷いて見せる。
クライドや金髪の男が言うには、黒幕は近くにいると言っていた。それを信じるならば、皇城の中にいるはず。アリアリーナも顔見知りかもしれない。
「黒幕はお姉様の近くにいるはずよ、絶対に」
そう、エナヴェリーナの近くにいた人物が怪しい。皇帝やシルヴィリーナ、エルドレッド、それから侍女や執事も。怪しい人物は調べなければならないが、時間に余裕はない。黒幕の巣窟であるツィンクラウン皇城に近いグリエンド公爵城に潜むことができるのも、短期間だろうから。アリアリーナが逃亡したとなれば、ヴィルヘルムも必然的に疑われる。共犯者だとバレないために、彼に迷惑をかけないためにも、一分一秒が惜しい。
アリアリーナはヴィルヘルムの腕の中から抜け出して、上体を起こす。
「私が忽然と消えたと大騒ぎになっているかしら」
「……昨晩は、レイやアリアリーナを慕っていた方々の力を借りて、地下牢の番人の目を欺き、アリアリーナを地下牢から救出できましたが……間違いなく脱獄したことはバレるでしょう」
ヴィルヘルムも体を起こしながらそう言った。
「情報収集をしなければならないわね……」
限られた時間の中で、なんとか真の黒幕を発見しなければならない。たとえ脱獄犯として再び捕らえられたとしても、それまでに黒幕を発見、もしくは黒幕に繋がる有力な情報を集めるべきだ。
「先日、レイから報告を受けたのですが、生存している皇族の方々に特に怪しいところは見られなかったそうです」
「……皇帝陛下やシルヴィリーナお姉様、エルドレッドお兄様は黒幕ではないと?」
「現時点の調査では可能性は低いと思われます。特に皇太女殿下に関しては、限りなくゼロに近いかと」
ヴィルヘルムの口から飛び出た事実に、アリアリーナは首を傾げる。
「皇太女殿下は、アリアリーナの救出を手助けしてくださったおひとりですから」
愕然とした。シルヴィリーナがアリアリーナの脱獄に手を貸した共犯者だとは。皇帝にバレてしまったらどうなることやら。
「シルヴィリーナお姉様には……今度生きて会えたらお礼を言うわ……。レイの言う通り、皇族が真の黒幕ではないとするならば、ほかにいるということね。エナヴェリーナお姉様の宮にいるかしら」
アリアリーナは顎に手を当てて思案する。
「レイは私の側近だったから、共犯者として疑われて安易に動けないでしょうし、ゼルと一緒に謹慎させられている可能性もあるわ。どうにかして皇城に侵入したいのに困ったわね……」
「俺が手助けを、」
「あなたも疑われているでしょうから、下手な動きはしないで。私が、自分で行くわ」
アリアリーナの決意に、ヴィルヘルムは血相を変える。
「その潜入だけで黒幕を発見できなかったとしても、何かしらのヒントは得られるはずだわ。シルヴィリーナお姉様にもできれば協力を……」
アリアリーナは喋るのを止める。
『ヒントを探すならば下を見ろ』
エナヴェリーナが亡くなる直前、意識を失った時に、金髪の男の言葉を唐突に思い出す。
「下を、見ろ」
地下だ――。
「早く、皇城に行かなきゃ」
アリアリーナはベッドから下り立ち、太陽の光を見つめながらひとり呟いた。
29
お気に入りに追加
303
あなたにおすすめの小説
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
死に戻り王妃はふたりの婚約者に愛される。
豆狸
恋愛
形だけの王妃だった私が死に戻ったのは魔術学院の一学年だったころ。
なんのために戻ったの? あの未来はどうやったら変わっていくの?
どうして王太子殿下の婚約者だった私が、大公殿下の婚約者に変わったの?
なろう様でも公開中です。
・1/21タイトル変更しました。旧『死に戻り王妃とふたりの婚約者』
今日は私の結婚式
豆狸
恋愛
ベッドの上には、幼いころからの婚約者だったレーナと同じ色の髪をした女性の腐り爛れた死体があった。
彼女が着ているドレスも、二日前僕とレーナの父が結婚を拒むレーナを屋根裏部屋へ放り込んだときに着ていたものと同じである。
初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。
豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」
「はあ?」
初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた?
脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ?
なろう様でも公開中です。
初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。
貴方が側妃を望んだのです
cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。
「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。
誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。
※2022年6月12日。一部書き足しました。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
史実などに基づいたものではない事をご理解ください。
※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。
表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。
※更新していくうえでタグは幾つか増えます。
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる