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第155話 私がいない世界で
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アリアリーナはヴィルヘルムと地下牢を抜け出し、グリエンド公爵城に来ていた。
時刻は深夜。人々が寝静まった時間帯だ。入浴を終え腹拵えしたアリアリーナは、ヴィルヘルムの自室にいた。豪華絢爛だが、落ち着いた雰囲気に包まれる彼の部屋は、細かいところまで整理整頓されている。
部屋の中を見て回っていると、洗面室のほうで音がして扉が開かれる。黒色のバスローブを纏っただけのヴィルヘルムが近づいてきた。
「グリエンド公爵、今ふと思ったのだけど」
「なんでしょうか?」
「処刑される可能性の高い大罪人を地下牢から逃がすなんて、あなたバカね」
ヴィルヘルムは瞠目した直後、静かに笑った。逃がしてもらっておいて今さらか、とでも言いたげな笑顔だ。
段々と距離を詰めてくる。後退りたくはなかった。真っ向から、彼と向き合いた思ったから。
「愛する人のためなら馬鹿にもなれますよ」
首を傾げて冗談めいた口調でそう言ったヴィルヘルム。
「皇女殿下には黒幕を捜すという役目があり、それをまだ諦めてはいない。それならば、俺も皇女殿下の協力者として最後までお付き合いいたしましょう」
「たとえその末路が、死であったとしても?」
ヴィルヘルムの首元に手を伸ばし、掴む。息の根を止めるようゆっくりと力を込めると、手首を取られ引き寄せられる。
「俺が死を怖がっているとお思いですか?」
ブルーダイヤモンド色の双眸が暗闇の世界で輝く。美しい目に釘付けになっていると、唇に熱い感触を感じた。一度、触れるだけのキスは、ヴィルヘルムの僅かな恐怖心を感じだ。
「あなたがいない世界で生きていくほうが、よっぽど怖い」
その言葉は、アリアリーナの心を穿つ。
ヴィルヘルムにとって、死は怖くない。アリアリーナがいない世界でひとり生きていくほうがずっと怖いのだ。
アリアリーナは、ヴィルヘルムを愛している。解呪のために彼を殺すことはできないし、彼の安寧のため皇族殺しの黒幕を見つけ出さなければならないと考えている。しかしそれは、ただのアリアリーナの自己満足にしか過ぎないのだ。彼からしたら、取り残された世界で生きていくことのほうがずっと辛い。
(あなたを殺さなければ私は死ぬ運命にあると打ち明けたら、きっとあなたは、どうぞ殺してくださいと言うのでしょうね。ゼルもそうだったから、あなたも……)
アリアリーナは唇を噛みしめる。
やはり、できない。たとえ殺されることをヴィルヘルムが望んだとしても、絶対にできない。自己満足かもしれないが、彼には生きていてほしいのだ――。
「ねぇ、ヴィルヘルム。今から伝えることは、さすがのあなたも信じられないかもしれない。それでも、聞いてほしいの」
名を呼びながら、ヴィルヘルムに語りかける。
「私は、アリアリーナとして、二回目の人生を生きているわ」
ヴィルヘルムの手を強く握る。
「この人生を生きるのは二度目なの。一度目の人生は、皇族の血縁であり、過去にツィンクラウン姓を名乗ったことがある、もしくは現在名乗っている人間を全滅させなければ、自らが死ぬという呪いを受けていた。自分が生き残るために、レイと一緒に皇族を殺した。呪いが解かれた暁には、女帝として君臨して、愛するあなたを夫に迎えられるものとばかり思っていたわ」
瞑目して過去を懐かしむように語る。
「でも、それは幻想だった。結局待ち構えていたのは、絶望と死。私も皇族の血縁者、そしてツィンクラウン姓を名乗る皇女だから、殺害リストに入るのに……そんな大事なことも忘れてバカみたいにこの手を汚し続けたの。最期は……エナヴェリーナお姉様を腕に抱いたあなたの前で、」
開眼。
「自死したわ」
柔らかな声色で告げる。ヴィルヘルムはただただ衝撃を受けた表情をしており、消魂していた。
「だけどとある人に、人生をやり直す機会を与えてもらったの。そして目覚めたら、建国記念祭の夜だった。ヴィルヘルムに対して、飽きたからと拒絶し始めた頃よ」
「……あの頃、本当に……俺に飽きていたのですか?」
ヴィルヘルムの問いかけに、アリアリーナは微笑しながらかぶりを振る。
「いいえ、あの頃も変わらず、あなたが好きだった」
真実を伝えると、ヴィルヘルムの目が微かに潤む。
「一度目の人生では、あなたはエナヴェリーナお姉様と結婚して幸せな毎日を送っていたわ。あなたたちは愛し合っていたのよ、私が心底恨むくらいに。そんなあなたたちの幸せな日常を、私情と解呪のために壊した。だから、二度目の人生こそは、あなたたちを邪魔したくなかったのよ」
そう、ヴィルヘルムとエナヴェリーナの日常を木端微塵に破壊したのは、アリアリーナだ。だからこそ二度目の人生では、ふたりの邪魔をしたくなかった。
「だから皇女殿下は、俺が亡き第三皇女殿下と結ばれるのだと……信じて疑わなかったのですね」
アリアリーナは頷く。
「ヴィルヘルム。あなたとエナヴェリーナお姉様を散々苦しめて、最後にはあなたの大切なお姉様を殺した私には……」
視界が霞む。じわりと目尻に滲んだ涙が、こぼれ落ちた。
「あなたと幸せになる資格は、ないのよ」
時刻は深夜。人々が寝静まった時間帯だ。入浴を終え腹拵えしたアリアリーナは、ヴィルヘルムの自室にいた。豪華絢爛だが、落ち着いた雰囲気に包まれる彼の部屋は、細かいところまで整理整頓されている。
部屋の中を見て回っていると、洗面室のほうで音がして扉が開かれる。黒色のバスローブを纏っただけのヴィルヘルムが近づいてきた。
「グリエンド公爵、今ふと思ったのだけど」
「なんでしょうか?」
「処刑される可能性の高い大罪人を地下牢から逃がすなんて、あなたバカね」
ヴィルヘルムは瞠目した直後、静かに笑った。逃がしてもらっておいて今さらか、とでも言いたげな笑顔だ。
段々と距離を詰めてくる。後退りたくはなかった。真っ向から、彼と向き合いた思ったから。
「愛する人のためなら馬鹿にもなれますよ」
首を傾げて冗談めいた口調でそう言ったヴィルヘルム。
「皇女殿下には黒幕を捜すという役目があり、それをまだ諦めてはいない。それならば、俺も皇女殿下の協力者として最後までお付き合いいたしましょう」
「たとえその末路が、死であったとしても?」
ヴィルヘルムの首元に手を伸ばし、掴む。息の根を止めるようゆっくりと力を込めると、手首を取られ引き寄せられる。
「俺が死を怖がっているとお思いですか?」
ブルーダイヤモンド色の双眸が暗闇の世界で輝く。美しい目に釘付けになっていると、唇に熱い感触を感じた。一度、触れるだけのキスは、ヴィルヘルムの僅かな恐怖心を感じだ。
「あなたがいない世界で生きていくほうが、よっぽど怖い」
その言葉は、アリアリーナの心を穿つ。
ヴィルヘルムにとって、死は怖くない。アリアリーナがいない世界でひとり生きていくほうがずっと怖いのだ。
アリアリーナは、ヴィルヘルムを愛している。解呪のために彼を殺すことはできないし、彼の安寧のため皇族殺しの黒幕を見つけ出さなければならないと考えている。しかしそれは、ただのアリアリーナの自己満足にしか過ぎないのだ。彼からしたら、取り残された世界で生きていくことのほうがずっと辛い。
(あなたを殺さなければ私は死ぬ運命にあると打ち明けたら、きっとあなたは、どうぞ殺してくださいと言うのでしょうね。ゼルもそうだったから、あなたも……)
アリアリーナは唇を噛みしめる。
やはり、できない。たとえ殺されることをヴィルヘルムが望んだとしても、絶対にできない。自己満足かもしれないが、彼には生きていてほしいのだ――。
「ねぇ、ヴィルヘルム。今から伝えることは、さすがのあなたも信じられないかもしれない。それでも、聞いてほしいの」
名を呼びながら、ヴィルヘルムに語りかける。
「私は、アリアリーナとして、二回目の人生を生きているわ」
ヴィルヘルムの手を強く握る。
「この人生を生きるのは二度目なの。一度目の人生は、皇族の血縁であり、過去にツィンクラウン姓を名乗ったことがある、もしくは現在名乗っている人間を全滅させなければ、自らが死ぬという呪いを受けていた。自分が生き残るために、レイと一緒に皇族を殺した。呪いが解かれた暁には、女帝として君臨して、愛するあなたを夫に迎えられるものとばかり思っていたわ」
瞑目して過去を懐かしむように語る。
「でも、それは幻想だった。結局待ち構えていたのは、絶望と死。私も皇族の血縁者、そしてツィンクラウン姓を名乗る皇女だから、殺害リストに入るのに……そんな大事なことも忘れてバカみたいにこの手を汚し続けたの。最期は……エナヴェリーナお姉様を腕に抱いたあなたの前で、」
開眼。
「自死したわ」
柔らかな声色で告げる。ヴィルヘルムはただただ衝撃を受けた表情をしており、消魂していた。
「だけどとある人に、人生をやり直す機会を与えてもらったの。そして目覚めたら、建国記念祭の夜だった。ヴィルヘルムに対して、飽きたからと拒絶し始めた頃よ」
「……あの頃、本当に……俺に飽きていたのですか?」
ヴィルヘルムの問いかけに、アリアリーナは微笑しながらかぶりを振る。
「いいえ、あの頃も変わらず、あなたが好きだった」
真実を伝えると、ヴィルヘルムの目が微かに潤む。
「一度目の人生では、あなたはエナヴェリーナお姉様と結婚して幸せな毎日を送っていたわ。あなたたちは愛し合っていたのよ、私が心底恨むくらいに。そんなあなたたちの幸せな日常を、私情と解呪のために壊した。だから、二度目の人生こそは、あなたたちを邪魔したくなかったのよ」
そう、ヴィルヘルムとエナヴェリーナの日常を木端微塵に破壊したのは、アリアリーナだ。だからこそ二度目の人生では、ふたりの邪魔をしたくなかった。
「だから皇女殿下は、俺が亡き第三皇女殿下と結ばれるのだと……信じて疑わなかったのですね」
アリアリーナは頷く。
「ヴィルヘルム。あなたとエナヴェリーナお姉様を散々苦しめて、最後にはあなたの大切なお姉様を殺した私には……」
視界が霞む。じわりと目尻に滲んだ涙が、こぼれ落ちた。
「あなたと幸せになる資格は、ないのよ」
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