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第151話 私は黒幕じゃない
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エナヴェリーナの屈託ない笑顔。
「本当は、弱くて、優しい、アリア。わたしの、妹」
消え入りそうな声が紡いだ言の葉。
アリアリーナとエナヴェリーナは、異母姉妹のため、完全に血が繋がっているわけではない。だが、誰かを思う気持ちに、血の繋がりも損得勘定も必要ないだろう。
「アリア……ごめんね……。わたしは、確かに、ヴィルヘルム様のことを慕っていたけれど、ヴィルヘルム様や、あなたを陥れてまで、一緒になりたいとは、思っていなかった……」
エナヴェリーナは、ヴィルヘルムを愛していた。彼と婚約し、結婚して温かい家庭を築くことこそ、彼女が思い描いた一生だったはず。それが叶いそうになくても、彼女は決してヴィルヘルムやアリアリーナを陥れたり、あからさまな愚行に走ったりはしなかった。一度目の人生や過去の彼女と大きく違ったのは、ルイドの言った通り皇族殺しの黒幕の傀儡になっていたからだろう。ヴィルヘルムの婚約者になれないのではないかと危機感を抱いて幾度となく奇行に走ったのは、決してエナヴェリーナの本性ではなかった。
「今さら、何を言っても、遅い、よね。ヴィルヘルム様と、あなたが幸せなら、わたしは、それで……いいわ」
エナヴェリーナの顔は、これまで見た彼女の表情の中で、最も美しかった。どこからか入り込んだ風が彼女の髪を揺らす。
「来世は、わたしたち、こんどこそ、なかのいい、しまい、に……」
目が徐々に虚ろになっていく。
「なれる、かな」
一際、強い風が吹く。
それは、今にも消えそうな魂の灯火を消し、彼女の命を奪い去っていった。
温もりが、消える。
エナヴェリーナは、今この瞬間、何者かの手によって亡くなってしまった。
誰に操られていたのか、黒幕の正体を聞かなければならなかったのに、できなかった。死に行く彼女に、自身の後悔に気を取られ、直接聞かなければならないことを忘れていた。
アリアリーナは虚脱状態となる。全てを諦めたいと心の底から感じた。
「お姉様……」
エナヴェリーナの死に顔は、美しかった。何者かの手により殺されたというのに、どうして笑っているのか。無駄に優しすぎる彼女のことだ。その「何者か」のことさえ、許してしまうのだろう。
アリアリーナが意識を失う前、酷く取り乱していたエナヴェリーナは偽物だった。
『だって、アリアが、黒幕じゃない』
『アリアが皇族殺しの本当の黒幕だから。あなたは、ツィンクラウン帝国にとっての反逆者になるんだよ』
『あなたが、黒幕なんだから……』
生前のエナヴェリーナの言葉を思い出した時、全身に激震が走る。
なぜ、傀儡の彼女はそんなことを口にしたのだろうか。アリアリーナが黒幕だなんて、今世ではありえるはずがないのに。それなのに、震えが止まらない。嫌な予感が、体中を渦巻く。
(何かが、おかしい)
アリアリーナは心の中で呟く。その瞬間、ひとつの可能性に辿り着いた。
(まさ、か……)
逃げなければならない。すぐにでも、この場所から。一度目の人生でも感じたことのない恐怖に襲われたアリアリーナは、震える足をなんとか立たせる。それと同時に、背後で扉が開いた。
「第三皇女殿下っ!?」
騎士が声を上げ死したエナヴェリーナに駆け寄り、侍女たちが慟哭する。
「第四皇女殿下をっ……反逆者を捕らえろ!!!」
アリアリーナはその場で取り押さえられた。一連の流れがスローモーションに映る。彼女はしばらく自分が捕らえられたのだと分からなかった。
はめられた。はめられたのだ。エナヴェリーナを操っていた、皇族を暗殺し続けている黒幕に。
アリアリーナが意識を失った感覚は、エナヴェリーナとエルドレッドの誕生パーティーでの皇族暗殺の大事件で意識を奪われた時と酷似していた。〝新月〟の魔術師により、催眠魔術がかけられたものとばかり思い込んでいたが、もしかしたら勘違いだったのだろうか。皇族の直接的な暗殺が〝新月〟に忍び込んだ〝愛の聖人〟のスパイによる仕業だったとして、間にいた人々を一斉に眠らせたアレは、ほかの何者かによる仕業だったとしたら……。今、アリアリーナが意識を失ったのも、その何者かによる仕業かもしれない。
意識を失っている隙に、エナヴェリーナが暗殺された。全ては、その罪をアリアリーナに被せるため。その罪だけではない、ほかの皇族暗殺の件もアリアリーナに被せるつもりなのかもしれない。
「今すぐ地下牢に連れて行け!!!」
騎士たちにより拘束されたアリアリーナは、無理やり立たされる。引き摺られるようにして、エナヴェリーナの部屋をあとにし、彼女の宮を出る。
「皇女殿下?」
大人しく宮の前でアリアリーナの帰りを待っていたヴィルヘルムと目が合う。
「グリエンド公爵、」
「大罪人が口を開くな!!!」
怒鳴りつけられ、思わず黙り込む。ヴィルヘルムが拘束されているアリアリーナを助けようと駆け寄ってくるが、アリアリーナは首を左右に振った。
ヴィルヘルムがこの場で問題を起こしてしまえば、彼も同罪だとあらぬ疑いをかけられてしまう可能性が否めない。彼のためにも、ここは我慢をしてもらわなければ。
アリアリーナはズタボロに傷ついた心に応急処置を施し、地下牢までの道のりにおいてなんとか「自分」を保ち続けたのであった。
「本当は、弱くて、優しい、アリア。わたしの、妹」
消え入りそうな声が紡いだ言の葉。
アリアリーナとエナヴェリーナは、異母姉妹のため、完全に血が繋がっているわけではない。だが、誰かを思う気持ちに、血の繋がりも損得勘定も必要ないだろう。
「アリア……ごめんね……。わたしは、確かに、ヴィルヘルム様のことを慕っていたけれど、ヴィルヘルム様や、あなたを陥れてまで、一緒になりたいとは、思っていなかった……」
エナヴェリーナは、ヴィルヘルムを愛していた。彼と婚約し、結婚して温かい家庭を築くことこそ、彼女が思い描いた一生だったはず。それが叶いそうになくても、彼女は決してヴィルヘルムやアリアリーナを陥れたり、あからさまな愚行に走ったりはしなかった。一度目の人生や過去の彼女と大きく違ったのは、ルイドの言った通り皇族殺しの黒幕の傀儡になっていたからだろう。ヴィルヘルムの婚約者になれないのではないかと危機感を抱いて幾度となく奇行に走ったのは、決してエナヴェリーナの本性ではなかった。
「今さら、何を言っても、遅い、よね。ヴィルヘルム様と、あなたが幸せなら、わたしは、それで……いいわ」
エナヴェリーナの顔は、これまで見た彼女の表情の中で、最も美しかった。どこからか入り込んだ風が彼女の髪を揺らす。
「来世は、わたしたち、こんどこそ、なかのいい、しまい、に……」
目が徐々に虚ろになっていく。
「なれる、かな」
一際、強い風が吹く。
それは、今にも消えそうな魂の灯火を消し、彼女の命を奪い去っていった。
温もりが、消える。
エナヴェリーナは、今この瞬間、何者かの手によって亡くなってしまった。
誰に操られていたのか、黒幕の正体を聞かなければならなかったのに、できなかった。死に行く彼女に、自身の後悔に気を取られ、直接聞かなければならないことを忘れていた。
アリアリーナは虚脱状態となる。全てを諦めたいと心の底から感じた。
「お姉様……」
エナヴェリーナの死に顔は、美しかった。何者かの手により殺されたというのに、どうして笑っているのか。無駄に優しすぎる彼女のことだ。その「何者か」のことさえ、許してしまうのだろう。
アリアリーナが意識を失う前、酷く取り乱していたエナヴェリーナは偽物だった。
『だって、アリアが、黒幕じゃない』
『アリアが皇族殺しの本当の黒幕だから。あなたは、ツィンクラウン帝国にとっての反逆者になるんだよ』
『あなたが、黒幕なんだから……』
生前のエナヴェリーナの言葉を思い出した時、全身に激震が走る。
なぜ、傀儡の彼女はそんなことを口にしたのだろうか。アリアリーナが黒幕だなんて、今世ではありえるはずがないのに。それなのに、震えが止まらない。嫌な予感が、体中を渦巻く。
(何かが、おかしい)
アリアリーナは心の中で呟く。その瞬間、ひとつの可能性に辿り着いた。
(まさ、か……)
逃げなければならない。すぐにでも、この場所から。一度目の人生でも感じたことのない恐怖に襲われたアリアリーナは、震える足をなんとか立たせる。それと同時に、背後で扉が開いた。
「第三皇女殿下っ!?」
騎士が声を上げ死したエナヴェリーナに駆け寄り、侍女たちが慟哭する。
「第四皇女殿下をっ……反逆者を捕らえろ!!!」
アリアリーナはその場で取り押さえられた。一連の流れがスローモーションに映る。彼女はしばらく自分が捕らえられたのだと分からなかった。
はめられた。はめられたのだ。エナヴェリーナを操っていた、皇族を暗殺し続けている黒幕に。
アリアリーナが意識を失った感覚は、エナヴェリーナとエルドレッドの誕生パーティーでの皇族暗殺の大事件で意識を奪われた時と酷似していた。〝新月〟の魔術師により、催眠魔術がかけられたものとばかり思い込んでいたが、もしかしたら勘違いだったのだろうか。皇族の直接的な暗殺が〝新月〟に忍び込んだ〝愛の聖人〟のスパイによる仕業だったとして、間にいた人々を一斉に眠らせたアレは、ほかの何者かによる仕業だったとしたら……。今、アリアリーナが意識を失ったのも、その何者かによる仕業かもしれない。
意識を失っている隙に、エナヴェリーナが暗殺された。全ては、その罪をアリアリーナに被せるため。その罪だけではない、ほかの皇族暗殺の件もアリアリーナに被せるつもりなのかもしれない。
「今すぐ地下牢に連れて行け!!!」
騎士たちにより拘束されたアリアリーナは、無理やり立たされる。引き摺られるようにして、エナヴェリーナの部屋をあとにし、彼女の宮を出る。
「皇女殿下?」
大人しく宮の前でアリアリーナの帰りを待っていたヴィルヘルムと目が合う。
「グリエンド公爵、」
「大罪人が口を開くな!!!」
怒鳴りつけられ、思わず黙り込む。ヴィルヘルムが拘束されているアリアリーナを助けようと駆け寄ってくるが、アリアリーナは首を左右に振った。
ヴィルヘルムがこの場で問題を起こしてしまえば、彼も同罪だとあらぬ疑いをかけられてしまう可能性が否めない。彼のためにも、ここは我慢をしてもらわなければ。
アリアリーナはズタボロに傷ついた心に応急処置を施し、地下牢までの道のりにおいてなんとか「自分」を保ち続けたのであった。
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