【完結】愛する人を殺さなければならないので離れていただいてもよろしいですか? 〜呪われた不幸皇女と無表情なイケメン公爵〜

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第146話 シルヴィリーナの謝罪

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 エルドレッドとの面会を終えたアリアリーナは、ヴィルヘルムと共に城内を歩いていた。

「第二皇子殿下、かなり取り乱されていましたが大丈夫でしょうか?」
「さぁね。エルドレッドお兄様にとっては、かなり刺激が強かったかもしれないわ。まぁ、あなたが心配することではないわよ」

 ヴィルヘルムが首を縦に振る。
 彼の言う通り、エルドレッドはかなり荒れていた。生まれた時から傍にいて、長い年月を共に過ごしてきた双子の妹に裏切られていた可能性があるのだから。信じていた人に欺かれた時のショックはとてつもなく大きいだろう。だからと言って、エルドレッドを気遣う必要性は皆無だが。アリアリーナとヴィルヘルムは、自分たちにしかできないことをすればいい。ただ、それだけのこと。

「微塵も心配していません。俺が心配するのは自分の身と、第四皇女殿下だけです」

 アリアリーナは立ち止まり、隣を歩くヴィルヘルムの顔を見上げる。頭上にクエスチョンマークを散らす彼は、相変わらず美しい。
 よくもまぁ、恥ずかしい言葉をサラッと言って除けてしまうものだ。アリアリーナは理解に苦しむと嘆息して歩き出そうとする。

「アリアリーナ!」

 呼び止められた。面倒な人物に捕まったと思いながら振り向く。そこには、ほんの少し息を切らしたシルヴィリーナがいた。

「呼び止めてしまってすまない。少し、話がしたいのだが、時間はあるか?」
「時間がないと言えば諦めてくださるのですか?」
「……それは、また日を改めて……時間を作ってもらうしかないな」

 アリアリーナは軽くかぶりを振った。

「手短にお願いします」

 そう告げると、シルヴィリーナは真剣な面貌で首肯した。ヴィルヘルムが気を利かせて立ち去ろうとしたため、アリアリーナが彼の手を掴んで引き止める。「あなたもここにいて」と目で訴えると、ヴィルヘルムは瞑目したのであった。

「この間は、疑ってしまって悪かった」

 シルヴィリーナは頭を垂れる。
 第一皇妃ニーナが収容された地下牢に向かった時、たまたま鉢合わせたシルヴィリーナに、ニーナを陥れ皇后を間接的に殺害した犯人なのではないか、とあらぬ疑いをかけられた。シルヴィリーナはその時のことを謝罪しているのだ。

「大した証拠もないのに、憶測だけでお前を真犯人だと疑ってしまった自分の愚かさを恨んでいる。本当に、申し訳ない。お前からの信頼を失っても、何も文句は言えないな」

 シルヴィリーナは面を上げ、心底申し訳なさそうな表情をする。

「ご心配なさらず。もとより、心からの信頼は寄せておりませんから」
「っ……。それも、そうだな。とにかく、すまなかった。皇太女として、いずれ女帝となる者としてあるまじき行為をしてしまったこと、心から謝罪しよう」

 アリアリーナはシルヴィリーナからそっと目を逸らす。謝罪されたところでなんだというのか、と思うが、堅苦しい性格のシルヴィリーナのことだ。自分の非を認め謝罪しなければ気が済まないのだろう。彼女の自己満足に付き合されるこちらの身にもなってほしいものだ。

「素直に受け取らせていただきます。私のほうこそ、好き勝手言ってしまい、申し訳ございません」

 シルヴィリーナは小さく頷く。
 アリアリーナに謝罪を受け入れてもらえなかったらどうするつもりだったのだろうか。許してもらえるまで、宮に通ってきそうな勢いでもある。その場面を想像したアリアリーナは、静かに身震いをしたのであった。

「今は大変な時期だが、いずれは必ず平穏な日々が訪れるはずだ。アリアリーナ、お互いに、生き抜こう」

 太陽光に照らされたカーネーションピンクの瞳が瞬く。生への欲求が表された意志の強い目に、アリアリーナは尊い気持ちを覚えた。
 ヴィルヘルムにも……本音を言えば、シルヴィリーナにも生きていてほしい。いいや、きっと、彼らは生きるはずだ。アリアリーナを、ひとり置いて――。

「生きてもらいますよ、絶対に」

 アリアリーナはそれだけ告げると踵を返す。シルヴィリーナはもう呼び止めてこなかった。その代わりに、ヴィルヘルムに手を握られる。右手にじんわりとした温かさが広がった。

「第四皇女殿下、あなたにも、必ず生きてもらいますから」
「……口うるさい奥様みたいね」

 冗談交じりに告げると、ヴィルヘルムが小首を傾げる。とっくの昔に成人した男性が似合う仕草ではないというのに、彼はその仕草があまりにも様になっていた。一言で言えば、可愛いのだ。

「それを言うなら、旦那様ではないですか? 俺は第四皇女殿下の旦那さ、」
「言うことは可愛くないわね」

 ヴィルヘルムの危険な言葉を即座に遮断する。彼は何度か瞬きしたあと、憮然ぶぜんたる面持ちとなる。そのムスッとした感じがまた可愛く見えてしまったアリアリーナは、末期だと自身の症状を診断しながらも、繋いだ手の温もりを堪能し続けたのであった。
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