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第138話 立ち止まるな
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「クライド……」
呆然と呟く。
「………………」
腕の中の温もりが消える。回想を終えたアリアリーナは、クライドの顔に視線を落とした。
「あなた、だったのね、クライド」
涙が溢れる。友人を思って流す純粋な涙は、クライドの顔を濡らした。彼の口角は緩やかに上がっている。美しい、死に顔だった――。
夜雨は止み、朝日が射し込む。本来ならば自然光が届かない地下にも、空へと続く空間のおかげで、太陽の恩恵が降り注いだ。クライドの死を弔っているかのようだった。
「皇女殿下……」
背後から、ヴィルヘルムに声をかけられる。
「クライドは、私の友人よ。幼い頃のね」
クライドとアリアリーナは、友人だった。しかし、会ったのはたったの数回だけ。深い仲にあるとは言えなかったが、幼いアリアリーナにとっては彼と過ごす時間は確かに至福のひとときだった。きっと、彼にとってもアリアリーナの存在が支えとなっていたのだろう。
「どうして、忘れていたのかしら……。いいえ、忘れるのも無理ないわよ。だってあなた、こんなに……かっこよくなってるもの」
クライドの頬をそっと撫でる。手のひらに伝わる温もりは、ない。もう既に、彼の魂が、ここにはないことを意味していた。
クライドは、友人であるアリアリーナを助けるために、組織を裏切った。彼が奴隷闘技大会にいたのも、もしかしたら皇族であるアリアリーナを殺害するためだったのかもしれない。
『お前、第四皇女……アリアリーナか?』
再会した時、クライドは唖然としていた。アリアリーナの顔を見て、自身の初めての友人だと認識し、暗殺を中止したのだろうか。
彼は初めから、アリアリーナも組織も裏切るつもりはなかった。しかし、組織の目的と自分の気持ちの板挟みになり、結果的にアリアリーナも組織も裏切る羽目となってしまったのだ。
「あなたは私を助けてくれたのに……私はあなたのことを疑ってばかりいたわね……。ごめんなさい、クライド。ごめんなさい……」
謝罪を繰り返し、涙を流し続けた。
一頻り泣いたあと、眠るクライドの顔にキスをする。震える手で、魂の抜けた彼の体をそっと地面に下ろした。そして、彼が自分に遺した手紙を開く。手汗で濡れてしまっているが、読めないことはない。アリアリーナは脳内にて、クライドの声でその文を再生した。
『アリアリーナ。
お前がこの手紙を読む頃には、オレはもうこの世にはいないだろう。だが最期に、オレが知り得る全てをお前に遺す。
オレは〝愛の聖人〟の幹部ではなく、ボスだ。〝愛の聖人〟は、〝カラミティー教〟という気味の悪い宗教の下部組織。オレたち組織と〝カラミティー教〟は、皇族の滅亡を目論む黒幕と切っても切れない縁がある。宗教や組織が発足した当初から深く繋がっているわけだ。黒幕が何者かは分からないが、思ったより近くにいる可能性がある。気をつけろ。
ディオレント王国元王子アードリアンには、皇族を殺害すれば莫大な権力を得ることができると、オレたち組織と宗教が唆した。また、ヤツと深い関係があった〝新月〟にスパイを送り込んで、双子の誕生パーティーでわざと事件を起こすよう促した。
騙していて悪かった。だが、オレがアリアリーナに協力を申し出たのには理由がある。いつでもお前を殺せるのだと組織や宗教に誇示することで、お前を守りたかった、またお前に会いたかった。言い訳にしか聞こえないかもしれないが、本当だ。ディオレントの元王子や〝新月〟を売ったのも、オレが皇族殺しの黒幕に関与する組織のトップだと知られるのを、遅らせるためだった。まぁどの道、オレたち〝愛の聖人〟が事件に関与していることはバレていただろう。オレとしても、もうお前を欺くことが辛くなったしな。
いろいろやり方を間違えて……終いには、ディオレント王国王妃を暗殺から咄嗟に守ったせいで、オレは今お前の目の前で死んでいるわけだ。
もっとやり方があったんだろうが、オレは頭もよくないし、グリエンド公爵みたいに正しい守り方も知らない。
しかしオレはアリアリーナを、心から友人だと思っている。だからお前には、幸せでいてほしい。どんな形であれ、お前の幸運を祈っている。
クライド』
長文の手紙を読み終えたアリアリーナは、またも涙腺が緩むのを感じる。上を向いて、必死に涙を堪えた。
クライドは、アリアリーナを裏切りたくて裏切ったわけではない。組織と宗教というしがらみに囚われ、最終的には自分諸共全てを壊滅させることでしか、解決できなかったのだ。
ディオレント王国元王子アードリアンと〝新月〟は、クライドたち〝愛の聖人〟と謎の宗教〝カラミティー教〟によって、皇族を殺害するよう唆された。しかし、唆された側であるアードリアンが、クライドたちを売らなかった理由が明らかになっていない。黒幕も不明だ。真相はまだ解明されていない。
「グリエンド公爵。ここはレイたちに任せて、城に戻りましょう」
「……はい」
アリアリーナは歩を進める。
戦いはまだ、終わっていない。友人であるクライドの死を無駄にしないためにも、ここで立ち止まって泣くわけにはいかないのだ。絶望するのには、慣れているはず。
まだ、アリアリーナは歩ける――。
呆然と呟く。
「………………」
腕の中の温もりが消える。回想を終えたアリアリーナは、クライドの顔に視線を落とした。
「あなた、だったのね、クライド」
涙が溢れる。友人を思って流す純粋な涙は、クライドの顔を濡らした。彼の口角は緩やかに上がっている。美しい、死に顔だった――。
夜雨は止み、朝日が射し込む。本来ならば自然光が届かない地下にも、空へと続く空間のおかげで、太陽の恩恵が降り注いだ。クライドの死を弔っているかのようだった。
「皇女殿下……」
背後から、ヴィルヘルムに声をかけられる。
「クライドは、私の友人よ。幼い頃のね」
クライドとアリアリーナは、友人だった。しかし、会ったのはたったの数回だけ。深い仲にあるとは言えなかったが、幼いアリアリーナにとっては彼と過ごす時間は確かに至福のひとときだった。きっと、彼にとってもアリアリーナの存在が支えとなっていたのだろう。
「どうして、忘れていたのかしら……。いいえ、忘れるのも無理ないわよ。だってあなた、こんなに……かっこよくなってるもの」
クライドの頬をそっと撫でる。手のひらに伝わる温もりは、ない。もう既に、彼の魂が、ここにはないことを意味していた。
クライドは、友人であるアリアリーナを助けるために、組織を裏切った。彼が奴隷闘技大会にいたのも、もしかしたら皇族であるアリアリーナを殺害するためだったのかもしれない。
『お前、第四皇女……アリアリーナか?』
再会した時、クライドは唖然としていた。アリアリーナの顔を見て、自身の初めての友人だと認識し、暗殺を中止したのだろうか。
彼は初めから、アリアリーナも組織も裏切るつもりはなかった。しかし、組織の目的と自分の気持ちの板挟みになり、結果的にアリアリーナも組織も裏切る羽目となってしまったのだ。
「あなたは私を助けてくれたのに……私はあなたのことを疑ってばかりいたわね……。ごめんなさい、クライド。ごめんなさい……」
謝罪を繰り返し、涙を流し続けた。
一頻り泣いたあと、眠るクライドの顔にキスをする。震える手で、魂の抜けた彼の体をそっと地面に下ろした。そして、彼が自分に遺した手紙を開く。手汗で濡れてしまっているが、読めないことはない。アリアリーナは脳内にて、クライドの声でその文を再生した。
『アリアリーナ。
お前がこの手紙を読む頃には、オレはもうこの世にはいないだろう。だが最期に、オレが知り得る全てをお前に遺す。
オレは〝愛の聖人〟の幹部ではなく、ボスだ。〝愛の聖人〟は、〝カラミティー教〟という気味の悪い宗教の下部組織。オレたち組織と〝カラミティー教〟は、皇族の滅亡を目論む黒幕と切っても切れない縁がある。宗教や組織が発足した当初から深く繋がっているわけだ。黒幕が何者かは分からないが、思ったより近くにいる可能性がある。気をつけろ。
ディオレント王国元王子アードリアンには、皇族を殺害すれば莫大な権力を得ることができると、オレたち組織と宗教が唆した。また、ヤツと深い関係があった〝新月〟にスパイを送り込んで、双子の誕生パーティーでわざと事件を起こすよう促した。
騙していて悪かった。だが、オレがアリアリーナに協力を申し出たのには理由がある。いつでもお前を殺せるのだと組織や宗教に誇示することで、お前を守りたかった、またお前に会いたかった。言い訳にしか聞こえないかもしれないが、本当だ。ディオレントの元王子や〝新月〟を売ったのも、オレが皇族殺しの黒幕に関与する組織のトップだと知られるのを、遅らせるためだった。まぁどの道、オレたち〝愛の聖人〟が事件に関与していることはバレていただろう。オレとしても、もうお前を欺くことが辛くなったしな。
いろいろやり方を間違えて……終いには、ディオレント王国王妃を暗殺から咄嗟に守ったせいで、オレは今お前の目の前で死んでいるわけだ。
もっとやり方があったんだろうが、オレは頭もよくないし、グリエンド公爵みたいに正しい守り方も知らない。
しかしオレはアリアリーナを、心から友人だと思っている。だからお前には、幸せでいてほしい。どんな形であれ、お前の幸運を祈っている。
クライド』
長文の手紙を読み終えたアリアリーナは、またも涙腺が緩むのを感じる。上を向いて、必死に涙を堪えた。
クライドは、アリアリーナを裏切りたくて裏切ったわけではない。組織と宗教というしがらみに囚われ、最終的には自分諸共全てを壊滅させることでしか、解決できなかったのだ。
ディオレント王国元王子アードリアンと〝新月〟は、クライドたち〝愛の聖人〟と謎の宗教〝カラミティー教〟によって、皇族を殺害するよう唆された。しかし、唆された側であるアードリアンが、クライドたちを売らなかった理由が明らかになっていない。黒幕も不明だ。真相はまだ解明されていない。
「グリエンド公爵。ここはレイたちに任せて、城に戻りましょう」
「……はい」
アリアリーナは歩を進める。
戦いはまだ、終わっていない。友人であるクライドの死を無駄にしないためにも、ここで立ち止まって泣くわけにはいかないのだ。絶望するのには、慣れているはず。
まだ、アリアリーナは歩ける――。
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