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第137話 初めての友達
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アリアリーナは、クライドから手紙を受け取る。
「オレが知っていることは、ここに全部書いた……。質問には、もう、答えられそうにねぇ」
クライドの息が段々と薄れていく。
「最後に、教えなさい、クライド。どうして、組織を裏切ってまで私を失いたくなかったの?」
アリアリーナは、震える声で問いかける。
『お前がいなければ、クライド様は疑われることもなかった! 完璧に任務を遂行できていた!!!』
パラディカジノにて。クライドの側近であるエリクは、悲痛にそう叫んでいた。アリアリーナは、自分がクライドを疑ってせいで、クライドが皇族殺害の任務を完璧に遂行できなくなったのだと解釈した。しかしそれは、恐らく違う。「アリアリーナを失いたくない」というクライドの言葉が真実で、組織を裏切った事実があるならば、クライドはアリアリーナをなんとか助けようとした結果、仲間に疑われてしまったのだ。そして、任務を遂行できなくなった。エリクが言いたかったのは、そういうことなのではないか。
幼い頃から共に過ごした仲間を、組織ごと裏切ってまで、なぜアリアリーナを失いたくなかったのか。
クライドが震える唇をゆっくりと開いた。
「お前が、オレの、初めての友達だからだ」
頭上から降り注ぐ朝日。その尊い光に照らされたクライドの美しい笑み。それに釘付けになる。
クライドが最後の力を振り絞り、胸元を漁り始めた。黒い紐を掴み、何かを引っ張り出す。
「覚えて、るか? アリア……」
紐に吊るされていたのは、黄色をした変哲なキャラクターだった。それを見たアリアリーナの脳内に、記憶が蘇る。以前、アンティーク棚の一番下の引き出しを開けた際、宝箱から出てきた緑色の謎のキャラクター。子供の頃にどこぞの雑貨屋で購入した物だと思っていた物と瓜二つのキャラクターが、クライドの手に握られていたのだ。
「アリア」
約十二年前。
アリアリーナ・コルデリア・リゼス・ツィンクラウンは、暗殺一族エルンドレ家に住み込みで修行していた。
ツィンクラウン帝国の外れ。豊かな自然と温暖な気候が特徴的な地域に、エルンドレ家の別邸は存在していた。毎日、同世代の子供たちが過酷な訓練に耐え切れず息を引き取る中、アリアリーナは自身の役目のため懸命に生き抜いていた。そんな彼女にも、唯一の息抜きと言える時間があった。それは、山の中にあるエルンドレ家から最も近い街に出ることだった。
春の穏やかな日、アリアリーナは訓練を密かに抜け出し、街にやって来た。市場は、大勢の人で賑わっている。どの人もそこまで裕福とは言えない風貌であったが、不思議と幸せそうだ。
アリアリーナは近くの雑貨店で目についたキーホルダーを購入する。黄色と緑色、対になった不細工なキーホルダー。前に、エルンドレ家の子供たちにいじめられていたところを助けてくれたレイに、プレゼントしようと思って買った物だ。
「待てっ!!!」
男性の怒鳴り声が聞こえる。
「子供の盗人を捕まえろ!!!」
「このクソガキ!!!」
立て続けに聞こえる怒鳴り声。アリアリーナは、人々の間を上手く掻い潜って走る子供の存在に気がつく。髪や体は洗われていないのか、薄汚れている。酷く見窄らしい見た目をした男の子だ。男の子の手には、一切れのパンが握られている。それを見たアリアリーナは咄嗟に、男の子の手首を掴んで引き寄せた。
「こっち!」
路地裏に男の子を連れ込み、ひたすらに走る。抜け道を使いながら、市場の裏側の道に出た。男性たちは追ってきていない。上手く逃げ切れたみたいだ。
「よかった……」
アリアリーナは安堵の溜息を漏らした。手を握ったままの男の子に視線を向ける。
「だいじょうぶ?」
男の子を顔を覗き込むと、彼は思いっきり顔を背けた。手足は、小刻みに震えている。
「どうして……どうしてオレを助けた……」
「どうして? お腹が空いてそうだったからよ」
アリアリーナはさも当たり前かの如く答える。男の子は顔を上げ、彼女をまっすぐに見つめた。ローズマダーの前髪の隙間、黄金の双眸が光り輝く。
「わぁ! あなた、キレイな目をしてるわね!」
アリアリーナが男の子の目に手を伸ばすと、彼は瞬時に後退った。避けられたことに、アリアリーナは愕然とする。
「あなたも、私のこと、きらいなの?」
目の前の男の子に向かって、純粋な疑問をぶつける。エルンドレ家の子供たちに意地悪されるように、目の前の男の子も自分のことが嫌いなのか。アリアリーナは酷くショックを受けていた。
「そ、そういうわけじゃないっ! ただ……びっくりしただけだ……」
男の子は痣ができている頬を擦り、俯いた。
避けられた理由が嫌いという意味ではないのだと理解したアリアリーナは、満面の笑みを浮かべ、先程購入したばかりの黄色のキーホルダーを男の子に差し出した。
「どうぞ!」
「……?」
「友達の印よ!」
友達という単語に、男の子は目を輝かせた。アリアリーナの手からキーホルダーを受け取ると、一切れのパンと共に大事そうに抱えた。
「私はアリア。あなたは?」
男の子の頬がほんのりと色づく。そして、人生で初めての友達に向かって、笑った。
「……オレは、」
「オレが知っていることは、ここに全部書いた……。質問には、もう、答えられそうにねぇ」
クライドの息が段々と薄れていく。
「最後に、教えなさい、クライド。どうして、組織を裏切ってまで私を失いたくなかったの?」
アリアリーナは、震える声で問いかける。
『お前がいなければ、クライド様は疑われることもなかった! 完璧に任務を遂行できていた!!!』
パラディカジノにて。クライドの側近であるエリクは、悲痛にそう叫んでいた。アリアリーナは、自分がクライドを疑ってせいで、クライドが皇族殺害の任務を完璧に遂行できなくなったのだと解釈した。しかしそれは、恐らく違う。「アリアリーナを失いたくない」というクライドの言葉が真実で、組織を裏切った事実があるならば、クライドはアリアリーナをなんとか助けようとした結果、仲間に疑われてしまったのだ。そして、任務を遂行できなくなった。エリクが言いたかったのは、そういうことなのではないか。
幼い頃から共に過ごした仲間を、組織ごと裏切ってまで、なぜアリアリーナを失いたくなかったのか。
クライドが震える唇をゆっくりと開いた。
「お前が、オレの、初めての友達だからだ」
頭上から降り注ぐ朝日。その尊い光に照らされたクライドの美しい笑み。それに釘付けになる。
クライドが最後の力を振り絞り、胸元を漁り始めた。黒い紐を掴み、何かを引っ張り出す。
「覚えて、るか? アリア……」
紐に吊るされていたのは、黄色をした変哲なキャラクターだった。それを見たアリアリーナの脳内に、記憶が蘇る。以前、アンティーク棚の一番下の引き出しを開けた際、宝箱から出てきた緑色の謎のキャラクター。子供の頃にどこぞの雑貨屋で購入した物だと思っていた物と瓜二つのキャラクターが、クライドの手に握られていたのだ。
「アリア」
約十二年前。
アリアリーナ・コルデリア・リゼス・ツィンクラウンは、暗殺一族エルンドレ家に住み込みで修行していた。
ツィンクラウン帝国の外れ。豊かな自然と温暖な気候が特徴的な地域に、エルンドレ家の別邸は存在していた。毎日、同世代の子供たちが過酷な訓練に耐え切れず息を引き取る中、アリアリーナは自身の役目のため懸命に生き抜いていた。そんな彼女にも、唯一の息抜きと言える時間があった。それは、山の中にあるエルンドレ家から最も近い街に出ることだった。
春の穏やかな日、アリアリーナは訓練を密かに抜け出し、街にやって来た。市場は、大勢の人で賑わっている。どの人もそこまで裕福とは言えない風貌であったが、不思議と幸せそうだ。
アリアリーナは近くの雑貨店で目についたキーホルダーを購入する。黄色と緑色、対になった不細工なキーホルダー。前に、エルンドレ家の子供たちにいじめられていたところを助けてくれたレイに、プレゼントしようと思って買った物だ。
「待てっ!!!」
男性の怒鳴り声が聞こえる。
「子供の盗人を捕まえろ!!!」
「このクソガキ!!!」
立て続けに聞こえる怒鳴り声。アリアリーナは、人々の間を上手く掻い潜って走る子供の存在に気がつく。髪や体は洗われていないのか、薄汚れている。酷く見窄らしい見た目をした男の子だ。男の子の手には、一切れのパンが握られている。それを見たアリアリーナは咄嗟に、男の子の手首を掴んで引き寄せた。
「こっち!」
路地裏に男の子を連れ込み、ひたすらに走る。抜け道を使いながら、市場の裏側の道に出た。男性たちは追ってきていない。上手く逃げ切れたみたいだ。
「よかった……」
アリアリーナは安堵の溜息を漏らした。手を握ったままの男の子に視線を向ける。
「だいじょうぶ?」
男の子を顔を覗き込むと、彼は思いっきり顔を背けた。手足は、小刻みに震えている。
「どうして……どうしてオレを助けた……」
「どうして? お腹が空いてそうだったからよ」
アリアリーナはさも当たり前かの如く答える。男の子は顔を上げ、彼女をまっすぐに見つめた。ローズマダーの前髪の隙間、黄金の双眸が光り輝く。
「わぁ! あなた、キレイな目をしてるわね!」
アリアリーナが男の子の目に手を伸ばすと、彼は瞬時に後退った。避けられたことに、アリアリーナは愕然とする。
「あなたも、私のこと、きらいなの?」
目の前の男の子に向かって、純粋な疑問をぶつける。エルンドレ家の子供たちに意地悪されるように、目の前の男の子も自分のことが嫌いなのか。アリアリーナは酷くショックを受けていた。
「そ、そういうわけじゃないっ! ただ……びっくりしただけだ……」
男の子は痣ができている頬を擦り、俯いた。
避けられた理由が嫌いという意味ではないのだと理解したアリアリーナは、満面の笑みを浮かべ、先程購入したばかりの黄色のキーホルダーを男の子に差し出した。
「どうぞ!」
「……?」
「友達の印よ!」
友達という単語に、男の子は目を輝かせた。アリアリーナの手からキーホルダーを受け取ると、一切れのパンと共に大事そうに抱えた。
「私はアリア。あなたは?」
男の子の頬がほんのりと色づく。そして、人生で初めての友達に向かって、笑った。
「……オレは、」
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