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第136話 憫然たる景色
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ヴィルヘルムの手を頼りに、地下への階段を下りる。気が遠くなりそうなほど長い螺旋階段だ。彼が傍にいなければ、気をおかしくさせていただろう。ヴィルヘルムの手をより一層強く握りしめた。その瞬間、アリアリーナは不快な臭いに気がつく。
「なんか、変な臭いしない?」
「言われてみれば、確かに血腥いですね」
そう、血腥いのだ。それは、地下の奥深くから臭う。アリアリーナは嫌な予感を察知する。そんなはずはないと思いつつも、胸の中を占める不安は一向に消えない。
「クライド……」
アリアリーナはクライドの名を口にする。ヴィルヘルムが僅かながらに反応を見せた。
「あの詐欺男に早く会って真相を確かめなければなりません」
「えぇ、そうね」
強く首を縦に振った。
さらに地下に潜ること、数分。徐々に薄明るい光が見えてきた。ようやく階段を下るだけの地獄から解放されると期待を膨らませたのと同時に、血の臭いが濃くなる。アリアリーナはヴィルヘルムの手を放し、残りの階段を一気に駆け下りた。開けっ放しになった扉を抜けた先には、憫然たる光景が広がっていた。
死体。死体。死体。見渡す限り、地下室は亡骸で埋め尽くされていた。天井の中央部分には、巨大な穴が空いている。メインホールで見た穴の正体だ。そこから薄らとした光が射し込んでいた。もうすぐ、夜明けの時間だ。
「これは……一体何が起こって……」
ヴィルヘルムは呆然と呟く。アリアリーナは無惨に転がる死体の間を歩く。
「クライド」
クライドの名を呼ぶが、返事はない。そもそもここにはいないのか。それとも死体の山の一部となっているのか。お願いだから前者であってほしいと祈る。
「クライド!」
もう一度、呼んでみる。やはり返事はない。重なり合うようにして転がる死体を順番に見ながら、クライドらしき男を探す。いつの間にか、巨大な穴の真下まで来ていた。頭上を見上げると、朝焼けに染まりつつある空が見えた。魔法師や魔術師の仕業だろうか。
「クライド……」
拳を作り悔しげに歯を食いしばった時、何かが足に触れる。アリアリーナはすぐさま足元を見下ろす。
「クライドっ!」
足に触れてきたのは、クライドだった。その場に座り込み、仰向けに倒れる彼の頭を支え、膝に乗せた。
「姫様……」
血塗れた唇から掠れた声が聞こえる。まだ、息がある。ゆっくりと上がる瞼。ゴールデンイエローの瞳が現れる。アリアリーナはクライドの頬に手を添えた。恐ろしいくらい、冷たかった。
「ひとまず治療が先ね」
アリアリーナが動こうとすると、クライドに手首を掴まれてしまった。クライドは緩慢に首を左右に振る。治療は必要ない、と言っているのだ。そこまで重傷ではないのか、と思案しながら彼の体に目を向ける。胸元と腹部、太腿に突き刺さる刃物。無数の切り傷と、彼の真下に薄らと浮かび上がる魔法陣。彼の命を急速に蝕む毒の魔法だった。あらゆる傷から、夥しい血が流れている。重傷すぎる。治療するにしても、まずは早急に魔法陣を解かなければならない。呪術師の技では不可能。彼に魔法をかけた魔法師、もしくは宮廷魔法師などの実力者を連れて来なければならない。あまりにも、時間がかかり過ぎる――。
アリアリーナは、唇を噛みしめた。
「誰が……誰がこんなこと……」
「オレが、組織を裏切った。コイツらは、オレが、殺した」
途切れ途切れに話すクライド。その言葉に、瞠目する。
彼は、〝愛の聖人〟を裏切ったのだ。裏世界の組織においての裏切り行為は、死を意味する。彼はそれを分かっていて、仲間を手にかけたのだ。
「どうして、そんなことをしたの……。こんな状態になってまでっ、どうしてっ!?」
「お前を、失いたくなかった」
クライドの顔を見つめる。慈愛に溢れた彼の表情に、アリアリーナは心を打たれた。
「お前が、探している、真の黒幕と、オレたち〝愛の聖人〟は繋がっている」
「っ!?」
皇族殺しの黒幕とクライドたちは繋がっている。〝愛の聖人〟は黒幕ではなく、黒幕の協力者だったというわけだ。アリアリーナは、最初からクライドによって裏切られていた。彼の手のひらの上で踊らされ、翻弄されてしまった。
「ディオレントの元王子や〝新月〟は、オレたちが騙した。ほかの皇族殺害の事件も、全部、オレたちがやった」
「………………」
「真の黒幕が、何者かは知らない。だが、もしかしたら……お前の近くにいる可能性も、ある……。気をつけろ」
クライドはそこまで言い終えると、激しく咳き込み血を吐いた。限界が、近づいているのだ。彼は懐からぐしゃぐしゃになった手紙を取り出し、渡してきた。
「なんか、変な臭いしない?」
「言われてみれば、確かに血腥いですね」
そう、血腥いのだ。それは、地下の奥深くから臭う。アリアリーナは嫌な予感を察知する。そんなはずはないと思いつつも、胸の中を占める不安は一向に消えない。
「クライド……」
アリアリーナはクライドの名を口にする。ヴィルヘルムが僅かながらに反応を見せた。
「あの詐欺男に早く会って真相を確かめなければなりません」
「えぇ、そうね」
強く首を縦に振った。
さらに地下に潜ること、数分。徐々に薄明るい光が見えてきた。ようやく階段を下るだけの地獄から解放されると期待を膨らませたのと同時に、血の臭いが濃くなる。アリアリーナはヴィルヘルムの手を放し、残りの階段を一気に駆け下りた。開けっ放しになった扉を抜けた先には、憫然たる光景が広がっていた。
死体。死体。死体。見渡す限り、地下室は亡骸で埋め尽くされていた。天井の中央部分には、巨大な穴が空いている。メインホールで見た穴の正体だ。そこから薄らとした光が射し込んでいた。もうすぐ、夜明けの時間だ。
「これは……一体何が起こって……」
ヴィルヘルムは呆然と呟く。アリアリーナは無惨に転がる死体の間を歩く。
「クライド」
クライドの名を呼ぶが、返事はない。そもそもここにはいないのか。それとも死体の山の一部となっているのか。お願いだから前者であってほしいと祈る。
「クライド!」
もう一度、呼んでみる。やはり返事はない。重なり合うようにして転がる死体を順番に見ながら、クライドらしき男を探す。いつの間にか、巨大な穴の真下まで来ていた。頭上を見上げると、朝焼けに染まりつつある空が見えた。魔法師や魔術師の仕業だろうか。
「クライド……」
拳を作り悔しげに歯を食いしばった時、何かが足に触れる。アリアリーナはすぐさま足元を見下ろす。
「クライドっ!」
足に触れてきたのは、クライドだった。その場に座り込み、仰向けに倒れる彼の頭を支え、膝に乗せた。
「姫様……」
血塗れた唇から掠れた声が聞こえる。まだ、息がある。ゆっくりと上がる瞼。ゴールデンイエローの瞳が現れる。アリアリーナはクライドの頬に手を添えた。恐ろしいくらい、冷たかった。
「ひとまず治療が先ね」
アリアリーナが動こうとすると、クライドに手首を掴まれてしまった。クライドは緩慢に首を左右に振る。治療は必要ない、と言っているのだ。そこまで重傷ではないのか、と思案しながら彼の体に目を向ける。胸元と腹部、太腿に突き刺さる刃物。無数の切り傷と、彼の真下に薄らと浮かび上がる魔法陣。彼の命を急速に蝕む毒の魔法だった。あらゆる傷から、夥しい血が流れている。重傷すぎる。治療するにしても、まずは早急に魔法陣を解かなければならない。呪術師の技では不可能。彼に魔法をかけた魔法師、もしくは宮廷魔法師などの実力者を連れて来なければならない。あまりにも、時間がかかり過ぎる――。
アリアリーナは、唇を噛みしめた。
「誰が……誰がこんなこと……」
「オレが、組織を裏切った。コイツらは、オレが、殺した」
途切れ途切れに話すクライド。その言葉に、瞠目する。
彼は、〝愛の聖人〟を裏切ったのだ。裏世界の組織においての裏切り行為は、死を意味する。彼はそれを分かっていて、仲間を手にかけたのだ。
「どうして、そんなことをしたの……。こんな状態になってまでっ、どうしてっ!?」
「お前を、失いたくなかった」
クライドの顔を見つめる。慈愛に溢れた彼の表情に、アリアリーナは心を打たれた。
「お前が、探している、真の黒幕と、オレたち〝愛の聖人〟は繋がっている」
「っ!?」
皇族殺しの黒幕とクライドたちは繋がっている。〝愛の聖人〟は黒幕ではなく、黒幕の協力者だったというわけだ。アリアリーナは、最初からクライドによって裏切られていた。彼の手のひらの上で踊らされ、翻弄されてしまった。
「ディオレントの元王子や〝新月〟は、オレたちが騙した。ほかの皇族殺害の事件も、全部、オレたちがやった」
「………………」
「真の黒幕が、何者かは知らない。だが、もしかしたら……お前の近くにいる可能性も、ある……。気をつけろ」
クライドはそこまで言い終えると、激しく咳き込み血を吐いた。限界が、近づいているのだ。彼は懐からぐしゃぐしゃになった手紙を取り出し、渡してきた。
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