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第134話 救世主ヴィルヘルム
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逢魔時。沈みゆく太陽が禍々しく光る。夕日の赤と夜空の青が空を蠢いているように見えた。
「なんだか、今日の夕焼けは、恐ろしいですね」
アリアリーナに寄り添っていたアンゼルムが儚げに呟く。いつもなら美しく見えるはずの夕焼けは、恐ろしい何かを予兆しているかに思えた。
「そうね。まるで何かを暗示しているみたいだわ」
「暗示、ですか?」
「例えば……私が捜している人間が見つかった、とか」
アンゼルムの耳元で囁く。耳が弱い彼は、肩を小刻みに震わせた。
「もし本当にそうだったら良いですね。その人が見つかった暁には、僕を殺してくれますか?」
アンゼルムはアリアリーナを見上げる。尊く気高い青色の瞳が燦々と煌めいた。
「さぁ、どうかしら」
「ご主人様……。僕は真面目に、」
「はいはい」
アンゼルムの頭を胸元に抱え込み、黙らせる。
解呪のためにアンゼルムを殺す気はない。それに彼を殺しても、呪いは解かれない。自らが死ぬその瞬間まで、彼には隣にいてもらおうか。
「ゼル、私、やっぱりあなたに生きていてほしいの。ゼルが私の生を望むように、私もあなたが生きることを望むわ」
指に絡みついてくるビスケット色の癖毛を弄びながらアンゼルムに言い聞かせた。腕の中に閉じ込めた彼が、僅かにピクッと反応を示す。モゾモゾと動いたと思ったら、顔を上げた。
「では、一緒に、死にますか?」
可愛い顔でとんでもないことを口にしたアンゼルム。呆気に取られたアリアリーナはすぐに我に返ると、彼の額を軽く叩く。
「いっ……!」
「馬鹿なこと言わないの」
「ご、ご主人様っ……僕はっ」
アンゼルムが抗議しようとした時、ノックもなしに扉が開かれた。
「アリアっ!」
切羽詰まった様子のレイが現れる。
「〝愛の聖人〟のクライドの居場所を突き止めた! 今すぐ向かうぞ!」
アリアリーナは強く頷き、アンゼルムに軽くキスを落とすと、立ち上がる。
「いい子で待ってるのよ、ゼル」
それだけ告げると、すぐさま着替えるべく侍女を呼び寄せ衣装室に向かったのであった。
「どうか、神様。ご主人様に……アリアリーナ様に大いなるご加護を」
アリアリーナの背を見送ったアンゼルムは、禍々しい夕日に向けて静かに祈りを捧げたのであった。
レイと、皇帝により結成された調査団の活躍により、〝愛の聖人〟幹部クライドの居場所を突き止めることに成功した。
宮廷魔法師たちの力を借りて、クライドがいるという場所に転移魔法で飛ぼうとしたが、どうやら宮廷魔法師たちの多くが、今夜傘下国で行われる魔法の一大イベントに出席予定らしい。
「はぁ? こんな大事な時に不在なんて……。何考えてるのよ」
動きやすい服装に着替えたアリアリーナは、腕を組み苛立ちをあらわにしていた。辛うじて残っている宮廷魔法師たちは皆、荒ぶる神の如く怒る彼女に恐怖する。
「も、申し訳ございません」
「それで? できるの? できないの?」
「い、今の時点では不可能ですが、さ、最大限尽力をっ」
「話にならないわね」
アリアリーナは踵を打ち鳴らす。宮廷魔法師たちはとうとう何も喋らなくなってしまった。
「姫様。時間がありません。馬で参りましょう」
「………………」
レイの提案に、アリアリーナは熟考の末、頷いた。馬をすぐさま用意するよう指示を出そうとした刹那――。薄暗い闇の中で光り輝く何かが現れた。伝説上にしか存在しない、あの天馬か。アリアリーナは確かに幻覚を見た。
「第四皇女殿下。お乗りください」
天馬のように光り輝く毛並みを持つ馬に乗って颯爽と登場したのは、ヴィルヘルムだった。こちらに手を差し伸ばしている。救世主の如く登場した彼に、アリアリーナは小さな笑みをこぼした。
(あなたはいつだって、私の王子様なのね)
否定できない事実を受け止めて、ヴィルヘルムの手を掴む。信じられない力で引っ張り上げられ、馬に乗った。後ろから、自然に抱きしめられる。
「先に行くぞ、レイ」
「かしこまりました。グリエンド公爵様、姫様を何卒よろしくお願いいたします」
レイがヴィルヘルムに頭を下げたと同時に、ヴィルヘルムは手綱を引っ張る。馬は、一気に駆け出した。皇城の門を潜り、徐々に加速していく。できるだけ人通りが少ない道を選びながら、走り続ける。馬と呼吸を合わせ、巧みに合図を送るヴィルヘルムに、アリアリーナは話しかけた。
「グリエンド公爵、ありがとう」
「……当たり前のことをしているまでです」
「当たり前ですって? こんな夜に仕事で疲れた体を酷使して……下手したら暗殺組織と全面戦争になるかもしれないというのに、迷わず馬を走らせていることが当たり前なわけがないでしょう」
アリアリーナは短く嘆息する。
「俺は、あなたのことならば、どんな苦難であっても迷わず飛び込みます」
背後から聞こえた言葉に、心臓が跳ね上がる。さらりと恥ずかしいことを言ってのけてしまったヴィルヘルムの手を叩いて、羞恥心をまぎらわせた。
今はクライドのことに集中しなければならない。そう自分に言い聞かせながら、風に乗ったのであった。
「なんだか、今日の夕焼けは、恐ろしいですね」
アリアリーナに寄り添っていたアンゼルムが儚げに呟く。いつもなら美しく見えるはずの夕焼けは、恐ろしい何かを予兆しているかに思えた。
「そうね。まるで何かを暗示しているみたいだわ」
「暗示、ですか?」
「例えば……私が捜している人間が見つかった、とか」
アンゼルムの耳元で囁く。耳が弱い彼は、肩を小刻みに震わせた。
「もし本当にそうだったら良いですね。その人が見つかった暁には、僕を殺してくれますか?」
アンゼルムはアリアリーナを見上げる。尊く気高い青色の瞳が燦々と煌めいた。
「さぁ、どうかしら」
「ご主人様……。僕は真面目に、」
「はいはい」
アンゼルムの頭を胸元に抱え込み、黙らせる。
解呪のためにアンゼルムを殺す気はない。それに彼を殺しても、呪いは解かれない。自らが死ぬその瞬間まで、彼には隣にいてもらおうか。
「ゼル、私、やっぱりあなたに生きていてほしいの。ゼルが私の生を望むように、私もあなたが生きることを望むわ」
指に絡みついてくるビスケット色の癖毛を弄びながらアンゼルムに言い聞かせた。腕の中に閉じ込めた彼が、僅かにピクッと反応を示す。モゾモゾと動いたと思ったら、顔を上げた。
「では、一緒に、死にますか?」
可愛い顔でとんでもないことを口にしたアンゼルム。呆気に取られたアリアリーナはすぐに我に返ると、彼の額を軽く叩く。
「いっ……!」
「馬鹿なこと言わないの」
「ご、ご主人様っ……僕はっ」
アンゼルムが抗議しようとした時、ノックもなしに扉が開かれた。
「アリアっ!」
切羽詰まった様子のレイが現れる。
「〝愛の聖人〟のクライドの居場所を突き止めた! 今すぐ向かうぞ!」
アリアリーナは強く頷き、アンゼルムに軽くキスを落とすと、立ち上がる。
「いい子で待ってるのよ、ゼル」
それだけ告げると、すぐさま着替えるべく侍女を呼び寄せ衣装室に向かったのであった。
「どうか、神様。ご主人様に……アリアリーナ様に大いなるご加護を」
アリアリーナの背を見送ったアンゼルムは、禍々しい夕日に向けて静かに祈りを捧げたのであった。
レイと、皇帝により結成された調査団の活躍により、〝愛の聖人〟幹部クライドの居場所を突き止めることに成功した。
宮廷魔法師たちの力を借りて、クライドがいるという場所に転移魔法で飛ぼうとしたが、どうやら宮廷魔法師たちの多くが、今夜傘下国で行われる魔法の一大イベントに出席予定らしい。
「はぁ? こんな大事な時に不在なんて……。何考えてるのよ」
動きやすい服装に着替えたアリアリーナは、腕を組み苛立ちをあらわにしていた。辛うじて残っている宮廷魔法師たちは皆、荒ぶる神の如く怒る彼女に恐怖する。
「も、申し訳ございません」
「それで? できるの? できないの?」
「い、今の時点では不可能ですが、さ、最大限尽力をっ」
「話にならないわね」
アリアリーナは踵を打ち鳴らす。宮廷魔法師たちはとうとう何も喋らなくなってしまった。
「姫様。時間がありません。馬で参りましょう」
「………………」
レイの提案に、アリアリーナは熟考の末、頷いた。馬をすぐさま用意するよう指示を出そうとした刹那――。薄暗い闇の中で光り輝く何かが現れた。伝説上にしか存在しない、あの天馬か。アリアリーナは確かに幻覚を見た。
「第四皇女殿下。お乗りください」
天馬のように光り輝く毛並みを持つ馬に乗って颯爽と登場したのは、ヴィルヘルムだった。こちらに手を差し伸ばしている。救世主の如く登場した彼に、アリアリーナは小さな笑みをこぼした。
(あなたはいつだって、私の王子様なのね)
否定できない事実を受け止めて、ヴィルヘルムの手を掴む。信じられない力で引っ張り上げられ、馬に乗った。後ろから、自然に抱きしめられる。
「先に行くぞ、レイ」
「かしこまりました。グリエンド公爵様、姫様を何卒よろしくお願いいたします」
レイがヴィルヘルムに頭を下げたと同時に、ヴィルヘルムは手綱を引っ張る。馬は、一気に駆け出した。皇城の門を潜り、徐々に加速していく。できるだけ人通りが少ない道を選びながら、走り続ける。馬と呼吸を合わせ、巧みに合図を送るヴィルヘルムに、アリアリーナは話しかけた。
「グリエンド公爵、ありがとう」
「……当たり前のことをしているまでです」
「当たり前ですって? こんな夜に仕事で疲れた体を酷使して……下手したら暗殺組織と全面戦争になるかもしれないというのに、迷わず馬を走らせていることが当たり前なわけがないでしょう」
アリアリーナは短く嘆息する。
「俺は、あなたのことならば、どんな苦難であっても迷わず飛び込みます」
背後から聞こえた言葉に、心臓が跳ね上がる。さらりと恥ずかしいことを言ってのけてしまったヴィルヘルムの手を叩いて、羞恥心をまぎらわせた。
今はクライドのことに集中しなければならない。そう自分に言い聞かせながら、風に乗ったのであった。
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