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第132話 母のような

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 ニーナを訪ねた次の日。彼女は皇后殺害の大罪により処刑。彼女の生家は没落、一族諸共処刑された。
 本格的な夏が到来する。ツィンクラウン皇城のアリアリーナの宮には、アデリンがいた。皇族が次々と暗殺される中、アデリンが危険だと判断したアリアリーナが呼び寄せたのだ。ディオレント王城にいるよりも、自身の傍にいたほうが何かと安全なのではないかと。

「第四皇女殿下、大丈夫ですか?」

 アデリンは、優雅に紅茶を飲んでいるアリアリーナに問いかけた。

「何がですか?」
「……兄君や姉君、母君までお亡くなりになったのですから……精神的に苦痛を覚えているのではないかと思いまして」

 アリアリーナはカップをソーサーの上に戻す。
 第一皇子のアルベルト、レヴィソン公爵夫人のマリー、そして皇后までも亡くなってしまった。憶測の段階に過ぎないが、その全てが〝愛の聖人サンタムール〟と関連があるかもしれない。
 アリアリーナの頭の中は今、そういった考えに占められている。偽の家族の死を悲しむ余裕はないし、悲しむ気もない。

「少し、お顔がお疲れのように見えましたから。余計なお世話でしたらごめんなさい」

 アデリンの指摘に、アリアリーナは自身の顔に触れる。
 家族の死を悲しんでいないことは事実だが、精神的に苦痛を覚えていないと言えば、嘘になる。この身にかけられた呪いを解く未来を放棄し、自身のためではなく、この世に取り残されるヴィルヘルムたちのことを思って動いている。それは、アリアリーナが望むこと。だが、まだ〝死〟を享受するという恐怖から、抜けきれていない自分もいるのだ。
 それに加え、〝愛の聖人サンタムール〟やクライドの情報が未だ入ってきていない。
 様々な悩みが重圧となって降りかかってくるため、精神的に疲弊しているのだ。

「ご心配いただきありがとうございます。最近、少し寝不足なのです」

 できるだけ自然な笑みを浮かべる。

「そうでしたか……」
「王妃殿下は、いつもとお変わりないですか?」
「……え?」
「皇族が次々と暗殺される中、王妃殿下も身の危険を感じておられるのではないかと思ったのですが」

 アデリンは図星を突かれたのか、ゴクリと息を呑んだ。

「実は……皇城に向かう際、何者かの襲撃を受けたのです」
「襲撃、ですか?」

 まさか、皇城までの道のりで、アデリンが危険な目に遭っていたとは。黒幕、または黒幕の手下の仕業……クライドたち〝愛の聖人サンタムール〟の仕業かもしれない。

「はい。ですが、事なきを得ました。私は既に、ツィンクラウンの姓を返上した身にございます。しかしながら、皇族を暗殺している反逆者共のリストに……私も載っているのかと思うと……気が気ではありません。ディオレント王城では夜も眠れない日々を過ごしておりました。皇城までの道のりで襲われたことは今も恐ろしいですが……無事に第四皇女殿下とお会いできて、心配や不安も少しはなくなりました」

 アデリンは胸元に手を添えながら、息を漏らす。
 彼女の言葉は決して嘘ではない。しかし殺されるかもしれないという恐怖や不安は、完全になくなったわけではないだろう。

「あの、第四皇女殿下……。ひとつ、聞きたいことがあるのです」
「なんでしょうか?」
「アードリアンと〝新月ヌーヴェルリュンヌ〟という暗殺組織が処刑されても、皇族は暗殺されています。彼らは、皇族暗殺の件に関してだけ言えば、無実だったのですか?」

 アデリンは感情を押し殺しながら、アリアリーナを見つめる。
 もしかしたら彼女は、帝国中に広まる噂を耳にしたのかもしれない。元第一王子アードリアンと〝新月ヌーヴェルリュンヌ〟は皇族を暗殺していない。つまり何者かに罪を被せられたのではないか、という噂だ。
 アリアリーナは首を横に振る。

「残念ながら、その可能性は低いかと。反逆者たちは、実際に皇族を手にかけたと私は考えております」
「……そう、ですか」
「しかしそれは、何者かに唆され実行した可能性が高いでしょう」

 その言葉に、アデリンが顔を上げる。僅かながらの希望を見出した瞳だ。

「まだ証拠はありませんが……真の黒幕は別にいると踏んでいます」
「なるほど……」

 アデリンは頷く。

「必ず、真の黒幕を突き止めてみせます。ディオレント王妃殿下は、この宮でお好きなように過ごしていただければと思います」
「……ありがとうございます」

 柔らかな笑みを向けてくるアデリンに、アリアリーナも微笑み返したのであった。

「本当に、たくましく、なられましたね」

 ファイアーオパール色の瞳は、慈愛に満ちる。見たことのないアデリンの目に、アリアリーナは驚いた。母から向けられるような眼差しに、全身が震える感覚を覚えた。なんと答えていいか分からないが不思議と涙腺が緩むのを感じたアリアリーナは、アデリンから目を逸らし涙を堪えたのであった。
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