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第128話 ふたつの報告
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「………………」
「………………」
部屋に重たい沈黙が流れる。アリアリーナとヴィルヘルムは、頬を赤らめ決して互いを見ようとしない。そんなふたりに挟まれているレイは、ふたりを交互に見遣る。
「何かあったのですか?」
レイの問いに、アリアリーナは首を左右に振る。いたって普通です、といった表情をするが、長年一緒にいるレイには通じない。ジト目を向けてくる彼に、アリアリーナは冷や汗を流したのであった。
「あえて追求はいたしませんが、本題に入らせていただいてもよろしいですか?」
気まずさが抜けていない状態のまま、静かに首肯した。
「まずひとつ目のご報告です。先日、皇后陛下が暗殺されました」
アリアリーナは息を呑む。その拍子に喉がヒュッと鳴ってしまった。
ツィンクラウン帝国皇后であるエレノア・ドロシア・リゼス・ツィンクラウンが暗殺された。皇帝の私生児であるアリアリーナを酷く嫌悪し、執拗に攻撃してきたあの人が。一度目の人生でも、二度目の人生でも、悲惨な末路を辿ってしまったのだ。
「皇后陛下を手にかけた犯人として、第一皇妃殿下が捕らえられました。明日、処刑される予定です」
レイの淡々とした報告を受けたアリアリーナは、嘆息する。
第一皇子、第二皇女、さらには皇后が亡くなり、第一皇妃も捕らえられた。ツィンクラウン皇城は今、地獄の空気が立ち込めているだろう。
「ふたつ目のご報告です。暗殺事件について、皇帝陛下に私とグリエンド公爵様からお話をさせていただきました」
「話?」
「はい。皇帝陛下が第一皇子殿下、レヴィソン公爵夫人の暗殺の真相を確かめるべく調査団を結成されたということはご存じかと思います。その調査の材料にしていただければ、と皇帝陛下にお話をしたのです。裏世界でも上位の暗殺組織〝愛の聖人〟の存在が怪しいと」
レイとヴィルヘルムは、裏世界でも名を馳せた裏組織、〝愛の聖人〟が此度の暗殺事件と繋がっている可能性があることを皇帝に話したという。アリアリーナの許可も得ずに、だ。それを咎めるべく口を開きかけた時、ヴィルヘルムに遮られる。
「申し訳ございません、皇女殿下。ですが、話さざるを得なかったのです」
「……どういうこと?」
アリアリーナがヴィルヘルムを睨みつけると、レイがすかさず彼のフォローに入った。
「先日、グリエンド公爵様が皇女殿下を訪問された際、姫様がお倒れになった事情をお話いたしました。その時、たまたま姫様をお訪ねになった皇帝陛下にその話を聞かれてしまっていたのです。無理に誤魔化して墓穴を掘るわけにもいかず、皇帝陛下にも事情をお話いたしました……。私の不徳の致すところです。申し訳ございません」
アリアリーナが倒れた事情をヴィルヘルムと皇帝に打ち明けたということは、〝愛の聖人〟に接触を図ったこと、なぜ〝愛の聖人〟に用事があったのか、なども全て話したという意味だ。
アリアリーナは仕方がないと溜息を吐く。しかしヴィルヘルムとの会話を皇帝に聞かれたという点には疑問が残る。暗殺に特化した一族、エルンドレ家の一流暗殺者であるレイがそんな失敗をするか、と。
「皇帝陛下に本当に……聞かれたの……?」
「はい。聞かれてしまいました。実は姫様が痛手を負って宮に帰って来られた夜、皇帝陛下の配下の方が姫様の姿を目撃していたようなのです。皇帝陛下自ら、夜更けに、それも変装して出歩いていた理由を姫様に問うため、姫様をお訪ねになったと仰っておられました」
レイは、満面の笑みを浮かべてそう話した。
恐らく、あの晩、皇帝の配下に姿を目撃されたという話は事実だろう。一応ローブを纏い、変装まがいのものを施していたはずだが、レイや見張りの騎士に出迎えられたところを見られていたのであれば、アリアリーナなのではないかと疑われた可能性がある。それを確かめるべく、わざわざ皇帝自らアリアリーナの宮に足を運んだというわけだ。その時に、たまたまレイとヴィルヘルムの話を耳にしてしまったのか。たまたまではなさそうだが。レイはあえて、皇帝に聞こえるよう話をしていたのではないか。アリアリーナはそう踏んでいた。
「そう。皇帝陛下の協力が得られるのであれば、結果オーライと言いたいわね」
アリアリーナがレイを横目で見た。
基本的に、調査の件に関しては、レイに一任している。皇族暗殺の黒幕、もしくは黒幕と繋がっている可能性が高い〝愛の聖人〟のクライドと接触するため、レイやエルンドレ家に協力を仰いだ。そしてさらに協力を仰ぐため、表世界からもアプローチしたり正攻法で近づく選択肢も得るため、レイは皇帝やヴィルヘルムに一連の話をしたのかもしれない。
アリアリーナが〝新月〟の本拠地に乗り込んだ際にも皇帝に話をしたため、いずれは必要な過程だったのかもしれないが……。アリアリーナは何度目か分からない溜息を吐く。レイの行動力に恐れ入ったのであった。
「………………」
部屋に重たい沈黙が流れる。アリアリーナとヴィルヘルムは、頬を赤らめ決して互いを見ようとしない。そんなふたりに挟まれているレイは、ふたりを交互に見遣る。
「何かあったのですか?」
レイの問いに、アリアリーナは首を左右に振る。いたって普通です、といった表情をするが、長年一緒にいるレイには通じない。ジト目を向けてくる彼に、アリアリーナは冷や汗を流したのであった。
「あえて追求はいたしませんが、本題に入らせていただいてもよろしいですか?」
気まずさが抜けていない状態のまま、静かに首肯した。
「まずひとつ目のご報告です。先日、皇后陛下が暗殺されました」
アリアリーナは息を呑む。その拍子に喉がヒュッと鳴ってしまった。
ツィンクラウン帝国皇后であるエレノア・ドロシア・リゼス・ツィンクラウンが暗殺された。皇帝の私生児であるアリアリーナを酷く嫌悪し、執拗に攻撃してきたあの人が。一度目の人生でも、二度目の人生でも、悲惨な末路を辿ってしまったのだ。
「皇后陛下を手にかけた犯人として、第一皇妃殿下が捕らえられました。明日、処刑される予定です」
レイの淡々とした報告を受けたアリアリーナは、嘆息する。
第一皇子、第二皇女、さらには皇后が亡くなり、第一皇妃も捕らえられた。ツィンクラウン皇城は今、地獄の空気が立ち込めているだろう。
「ふたつ目のご報告です。暗殺事件について、皇帝陛下に私とグリエンド公爵様からお話をさせていただきました」
「話?」
「はい。皇帝陛下が第一皇子殿下、レヴィソン公爵夫人の暗殺の真相を確かめるべく調査団を結成されたということはご存じかと思います。その調査の材料にしていただければ、と皇帝陛下にお話をしたのです。裏世界でも上位の暗殺組織〝愛の聖人〟の存在が怪しいと」
レイとヴィルヘルムは、裏世界でも名を馳せた裏組織、〝愛の聖人〟が此度の暗殺事件と繋がっている可能性があることを皇帝に話したという。アリアリーナの許可も得ずに、だ。それを咎めるべく口を開きかけた時、ヴィルヘルムに遮られる。
「申し訳ございません、皇女殿下。ですが、話さざるを得なかったのです」
「……どういうこと?」
アリアリーナがヴィルヘルムを睨みつけると、レイがすかさず彼のフォローに入った。
「先日、グリエンド公爵様が皇女殿下を訪問された際、姫様がお倒れになった事情をお話いたしました。その時、たまたま姫様をお訪ねになった皇帝陛下にその話を聞かれてしまっていたのです。無理に誤魔化して墓穴を掘るわけにもいかず、皇帝陛下にも事情をお話いたしました……。私の不徳の致すところです。申し訳ございません」
アリアリーナが倒れた事情をヴィルヘルムと皇帝に打ち明けたということは、〝愛の聖人〟に接触を図ったこと、なぜ〝愛の聖人〟に用事があったのか、なども全て話したという意味だ。
アリアリーナは仕方がないと溜息を吐く。しかしヴィルヘルムとの会話を皇帝に聞かれたという点には疑問が残る。暗殺に特化した一族、エルンドレ家の一流暗殺者であるレイがそんな失敗をするか、と。
「皇帝陛下に本当に……聞かれたの……?」
「はい。聞かれてしまいました。実は姫様が痛手を負って宮に帰って来られた夜、皇帝陛下の配下の方が姫様の姿を目撃していたようなのです。皇帝陛下自ら、夜更けに、それも変装して出歩いていた理由を姫様に問うため、姫様をお訪ねになったと仰っておられました」
レイは、満面の笑みを浮かべてそう話した。
恐らく、あの晩、皇帝の配下に姿を目撃されたという話は事実だろう。一応ローブを纏い、変装まがいのものを施していたはずだが、レイや見張りの騎士に出迎えられたところを見られていたのであれば、アリアリーナなのではないかと疑われた可能性がある。それを確かめるべく、わざわざ皇帝自らアリアリーナの宮に足を運んだというわけだ。その時に、たまたまレイとヴィルヘルムの話を耳にしてしまったのか。たまたまではなさそうだが。レイはあえて、皇帝に聞こえるよう話をしていたのではないか。アリアリーナはそう踏んでいた。
「そう。皇帝陛下の協力が得られるのであれば、結果オーライと言いたいわね」
アリアリーナがレイを横目で見た。
基本的に、調査の件に関しては、レイに一任している。皇族暗殺の黒幕、もしくは黒幕と繋がっている可能性が高い〝愛の聖人〟のクライドと接触するため、レイやエルンドレ家に協力を仰いだ。そしてさらに協力を仰ぐため、表世界からもアプローチしたり正攻法で近づく選択肢も得るため、レイは皇帝やヴィルヘルムに一連の話をしたのかもしれない。
アリアリーナが〝新月〟の本拠地に乗り込んだ際にも皇帝に話をしたため、いずれは必要な過程だったのかもしれないが……。アリアリーナは何度目か分からない溜息を吐く。レイの行動力に恐れ入ったのであった。
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