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第123話 あなたのためなら喜んで
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「まぁ、こんなところだね。傷が塞がるまでは安静にしてろよ、アリア」
「分かってるわ。ありがとう」
レイの手により、脇腹の傷の治療を受けたアリアリーナは礼を告げる。レイは治療の道具を片すと、部屋を出ていった。そんな彼と入れ違いに現れたのは、アンゼルムだった。扉から可愛い顔を覗かせている彼に向かって手招きする。
「失礼します」
アンゼルムが後ろ手に扉を閉める。ベッド脇に灯る小さな光を頼りに、彼が歩み寄ってきた。
「ご主人様。いつもより顔色が悪く見えます。体調がよろしくないのですか?」
「少し、怪我をしたの。体調も思わしくないわ」
「だ、大丈夫ですか!? もしかして、ご迷惑でしたか? 今すぐ下がったほうが、」
アリアリーナはアンゼルムに手を伸ばし、ビスケット色のふわふわした髪を撫でる。
「いいのよ、ここにいて……。ゼル」
恥ずかしいことに、声が酷く震えてしまった。アリアリーナの弱々しい姿を見たアンゼルムはベッドに乗り上げる。そしてアリアリーナをギュッと抱きしめた。
「いつでも、あなた様のお傍にいます」
柔らかな一声。それは、アリアリーナの冷えきった心ごと、包み込んでくれた。同時に彼女の心に芽生えたのは、強い罪悪感。アンゼルムを騙している状況に、堪えがたい苦痛を覚えた。
愛する人を殺さなければ自らが死ぬという呪い。迫り来る死の危険、その芽を摘んでおかなければならないと思い、アンゼルムとの仲を深めつつ、解呪よりも皇族暗殺の黒幕捜しに注力していた。その判断は、間違いではなかったはず。
しかし、真の黒幕がいる事実を知り、次に殺されるのは自分かもしれないという恐怖を以前よりも間近に感じている今、そしてアンゼルムとの仲も深まり彼を愛していると実感している今、以前とは明らかに状況が違う。皇族暗殺の真の黒幕を滅することよりも、今は呪いの解呪を優先すきなのではないかという思いに駆られてしまうのだ。
前よりも、はっきりと感じる。喉元に突きつけられている死神の鎌の冷たさを――。
焦りと不安、死の恐怖に支配されたアリアリーナは、全てを吐露するべく口火を切った。
「ゼル、あなたに言わなきゃいけないことがある」
「? なんでしょうか……?」
「私の身には、とある呪いがかけられているの」
アリアリーナが打ち明けた真実に、アンゼルムは瞬きを繰り返した。
「愛する人を殺さなければ、自らが死ぬ。そんな呪いがかけられているわ」
「愛する人を、殺さなきゃ……ご主人様が亡くなってしまう……」
アンゼルムは呆然と呟く。泣いてしまうかもしれない、とアリアリーナは身構えるが、いつまで経っても美しいロイヤルブルーの瞳から涙がこぼれ落ちることはなかった。
「皇族を殺害した反逆者を吊るし上げてもなお、何者かによる皇族殺しが起きている。皇族の直系が順番に殺されている今、次は、私の番かもしれない……」
「そんなっ!」
「そんなことないとは言いきれないわ!」
感情が爆発するまま、叫ぶ。
「これまでは黒幕捜しに徹していたけど、今は少しでも生き残る確率を上げるために、呪いを解いたほうがいいのと思うの……」
アリアリーナ自身も、滅茶苦茶なことを言っているのは分かっていた。結局のところ、どんな理由を並べても、彼女の勝手な都合、愛する人の殺害を正当化するための材料でしかないのだから。
「愛する人、ということは……もしかして、グリエンド公爵様を……?」
かぶりを振る。
「なら、レイ様でしょうか……」
もう一度、首を横に振る。
「それ、なら……僕、でしょうか……」
今度は、頷いた。
アンゼルムの腕の力が、僅かに弱まる。抱擁が弱くなっていくのが、とてつもなく怖く感じた。
「ご主人様。以前、僕がお伝えしたことを覚えていますか?」
アンゼルムの声色は、優しかった。
「ご主人様になら殺されてもいいです、ご主人様の綺麗な手で命を終わらせられるなら、本望ですと、お伝えしたことです」
アリアリーナは瞳を伏せて、回想する。約一年前、エナヴェリーナとエルドレッドの誕生パーティーがあった日の夜。眠るアンゼルムの首を絞めたことを思い出した。忘れもしない。健気に擦り寄ってくる彼に対して、途方もない罪悪感を抱いたことを。
「もしかしてただの戯言だと思っていましたか?」
顔を上げる。アンゼルムは、微笑んでいた。
「あの時お伝えしたことは、僕の本心です」
「っ!?」
アリアリーナはアンゼルムから勢いよく距離を取った。腕の中の温もりが瞬時に消え去ったことに、アンゼルムは驚愕しつつもどこか困ったように笑った。
「街に出かけた際、ご主人様は僕に問いかけましたよね。もしあなたを殺しても、あなたはそれで恩を返したと言えるのか、と。僕の答えは、とっくの昔から決まっています」
(やめて、)
心の制止の声は届かない。
アンゼルムは薄桃色の唇をゆっくりと開いた。
「あなたのためなら、喜んで」
「分かってるわ。ありがとう」
レイの手により、脇腹の傷の治療を受けたアリアリーナは礼を告げる。レイは治療の道具を片すと、部屋を出ていった。そんな彼と入れ違いに現れたのは、アンゼルムだった。扉から可愛い顔を覗かせている彼に向かって手招きする。
「失礼します」
アンゼルムが後ろ手に扉を閉める。ベッド脇に灯る小さな光を頼りに、彼が歩み寄ってきた。
「ご主人様。いつもより顔色が悪く見えます。体調がよろしくないのですか?」
「少し、怪我をしたの。体調も思わしくないわ」
「だ、大丈夫ですか!? もしかして、ご迷惑でしたか? 今すぐ下がったほうが、」
アリアリーナはアンゼルムに手を伸ばし、ビスケット色のふわふわした髪を撫でる。
「いいのよ、ここにいて……。ゼル」
恥ずかしいことに、声が酷く震えてしまった。アリアリーナの弱々しい姿を見たアンゼルムはベッドに乗り上げる。そしてアリアリーナをギュッと抱きしめた。
「いつでも、あなた様のお傍にいます」
柔らかな一声。それは、アリアリーナの冷えきった心ごと、包み込んでくれた。同時に彼女の心に芽生えたのは、強い罪悪感。アンゼルムを騙している状況に、堪えがたい苦痛を覚えた。
愛する人を殺さなければ自らが死ぬという呪い。迫り来る死の危険、その芽を摘んでおかなければならないと思い、アンゼルムとの仲を深めつつ、解呪よりも皇族暗殺の黒幕捜しに注力していた。その判断は、間違いではなかったはず。
しかし、真の黒幕がいる事実を知り、次に殺されるのは自分かもしれないという恐怖を以前よりも間近に感じている今、そしてアンゼルムとの仲も深まり彼を愛していると実感している今、以前とは明らかに状況が違う。皇族暗殺の真の黒幕を滅することよりも、今は呪いの解呪を優先すきなのではないかという思いに駆られてしまうのだ。
前よりも、はっきりと感じる。喉元に突きつけられている死神の鎌の冷たさを――。
焦りと不安、死の恐怖に支配されたアリアリーナは、全てを吐露するべく口火を切った。
「ゼル、あなたに言わなきゃいけないことがある」
「? なんでしょうか……?」
「私の身には、とある呪いがかけられているの」
アリアリーナが打ち明けた真実に、アンゼルムは瞬きを繰り返した。
「愛する人を殺さなければ、自らが死ぬ。そんな呪いがかけられているわ」
「愛する人を、殺さなきゃ……ご主人様が亡くなってしまう……」
アンゼルムは呆然と呟く。泣いてしまうかもしれない、とアリアリーナは身構えるが、いつまで経っても美しいロイヤルブルーの瞳から涙がこぼれ落ちることはなかった。
「皇族を殺害した反逆者を吊るし上げてもなお、何者かによる皇族殺しが起きている。皇族の直系が順番に殺されている今、次は、私の番かもしれない……」
「そんなっ!」
「そんなことないとは言いきれないわ!」
感情が爆発するまま、叫ぶ。
「これまでは黒幕捜しに徹していたけど、今は少しでも生き残る確率を上げるために、呪いを解いたほうがいいのと思うの……」
アリアリーナ自身も、滅茶苦茶なことを言っているのは分かっていた。結局のところ、どんな理由を並べても、彼女の勝手な都合、愛する人の殺害を正当化するための材料でしかないのだから。
「愛する人、ということは……もしかして、グリエンド公爵様を……?」
かぶりを振る。
「なら、レイ様でしょうか……」
もう一度、首を横に振る。
「それ、なら……僕、でしょうか……」
今度は、頷いた。
アンゼルムの腕の力が、僅かに弱まる。抱擁が弱くなっていくのが、とてつもなく怖く感じた。
「ご主人様。以前、僕がお伝えしたことを覚えていますか?」
アンゼルムの声色は、優しかった。
「ご主人様になら殺されてもいいです、ご主人様の綺麗な手で命を終わらせられるなら、本望ですと、お伝えしたことです」
アリアリーナは瞳を伏せて、回想する。約一年前、エナヴェリーナとエルドレッドの誕生パーティーがあった日の夜。眠るアンゼルムの首を絞めたことを思い出した。忘れもしない。健気に擦り寄ってくる彼に対して、途方もない罪悪感を抱いたことを。
「もしかしてただの戯言だと思っていましたか?」
顔を上げる。アンゼルムは、微笑んでいた。
「あの時お伝えしたことは、僕の本心です」
「っ!?」
アリアリーナはアンゼルムから勢いよく距離を取った。腕の中の温もりが瞬時に消え去ったことに、アンゼルムは驚愕しつつもどこか困ったように笑った。
「街に出かけた際、ご主人様は僕に問いかけましたよね。もしあなたを殺しても、あなたはそれで恩を返したと言えるのか、と。僕の答えは、とっくの昔から決まっています」
(やめて、)
心の制止の声は届かない。
アンゼルムは薄桃色の唇をゆっくりと開いた。
「あなたのためなら、喜んで」
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