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第121話 帰らなきゃ
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背筋が凍る。他人の心配をしている暇はない。まずは生きて、このカジノを出なければならない。
太腿をするりと撫で、ナイフの柄を握りしめる。手が激しく震えている。敵を前に怖気付いてはいけない。ほかの物事に気を取られるなど言語道断。エルンドレ家にて耳に胼胝ができるほど聞かされた言葉だ。アリアリーナは基礎の基礎とも言えるその言葉を思い出し、精神統一する。徐々に呼吸が落ち着いてきた。震えも先程よりはマシになっている。脳内や心は相変わらず、不安に塗れているが、戦える状況ではある。
アリアリーナは緩慢に振り返る。エリク含め、部屋にいた暗殺者たちがこちらに武器を向けていた。数は、四人。呪術により身の安全は保証されているが、魔法師や魔術師がいたら……厄介だ。
「お前がいなければ、クライド様は疑われることもなかった! 完璧に任務を遂行できていた!!!」
エリクが悲痛に叫ぶ。
疑われることもなかった、完璧に任務を遂行できていたとは、どういうことか。やはりクライドは、皇族の命を狙っている真の黒幕なのか、はたまた真の黒幕と繋がりがあるのかもしれない。
アードリアンや〝新月〟に罪を被せた、反逆するよう唆した、または彼らとはなんの関係性もないのか。その点に関しては未だ不明だが、クライドたちが真の黒幕と何かしらの関連があることは現実味を帯びてきている。
アリアリーナは目を閉じて深呼吸する。覚悟を決めて、開眼する。オパールグリーンの瞳がエリクの姿を中心に捉えた――。
目を覚ます。霞む視界に映し出されたのは、血に染まった自身の両手だった。ゆっくりと顔を上げ、周囲を見渡す。エリクを含む暗殺者四人が地面に突っ伏している。全員絶命していた。壁には、ローブを纏った女性が何かに心臓を貫かれた状態で吊るされている。隠れていた魔法師だ。それは、アリアリーナの呪術によりもたらされた死だった。
血の臭いが充満する、悲惨な現場だった。アリアリーナは思わずその場で嘔吐してしまった。いつもなら、気分が悪くなることはないのに。精神的に不安定な現状を静かに呪う。
「っ……」
脇腹に激痛が走り、手で押さえる。怖々と視線を向けると、脇腹が裂かれてしまっていた。結界が破られたと同時に、できた傷だ。魔法師相手に強大な呪術を使ってしまった影響で、もう力は残っていないし、眠気にも襲われる。
「早く、早く……城に帰らなきゃ……。なんとしてでも……」
アリアリーナは魔法師の死体まで歩み寄り、ローブを剥ぎ取る。それを身に纏うと窓辺に向かい、力を振り絞って窓を開く。既に日は沈み、夜になっている。カジノが繁盛し始める時間帯だ。誰にも見つからないよう、城に帰らなければならない。激痛に堪えながら窓に足をかけ、闇夜へと落下した。着地を試みるが、足を挫いてしまう。二階から飛び降りたくらいで、怪我を負うとは。レイに話したら、鼻で笑われるだろう。
痛手を負ったアリアリーナは、足音を殺しながらカジノの敷地を歩く。やっとの思いで裏口を発見。足を引き摺りながら、裏口の取っ手に手をかけた。どうか開いてくれ、と祈りを込める。
(開かない……)
鍵がかかっている。あいにくピッキングのための道具は持っていない。呪術を使ってしまえば、途中で倒れてしまい城には帰れなくなる。
迷ったアリアリーナは、鍵ごと破壊する手段を選ぶ。脇腹を左手で押さえながら、右手で血塗れたナイフを取り出す。ナイフで鍵の部分を切断すると、扉が開いた。ナイフをしまってから、扉を通る。
「?」
門番の男と目が合ってしまった。裏口にも門番がいるとは知らなかったアリアリーナは、すぐさまフードを目深に被る。
「何者だ?」
騒ぎを起こしてしまえば、ほかのスタッフを呼ばれてしまうかもしれない。
「私を知らないの?」
「……なんだと?」
「ここで働く人間なら、知っていて当然だと思うのだけど」
アリアリーナの言葉に、門番の男は不審な目を向けてくる。何者か探っている様子だ。
「〝愛の聖人〟と言えば分かる?」
「っ!?」
「私はそこの魔法師よ」
「も、申し訳ございません! 〝愛の聖人〟の魔法師様、サリー様とは知らず! ご無礼をお許しください!」
「しっ! 誰が聞いてるかも分からないんだから、大声でその名を口にしないで!」
「あっ、申し訳ございません……」
門番の男はアリアリーナに向かって何度も頭を下げる。
「……私はもう行くわね、仕事に励みなさい」
震えを抑えながらそう言うと、ゆっくりと歩き始める。急いではいけないと言い聞かせて、一歩一歩地面を踏みしめる。
「魔法師様!」
アリアリーナは立ち止まる。
「血の臭いがするのですが、どこかお怪我でも……? よろしければ医務室に行かれてはいかがですか?」
「〝愛の聖人〟の魔法師たる者、治癒魔法くらい使えるわ。だけど今は、優先すべきことがあるの」
「そ、そうでしたか。出過ぎたことを申しました。お許しください。お気をつけて」
門番の男に軽く手を振り、再び歩き出す。
魔法師と告げただけで、門番の男は本物の魔法師と思わしき名前まで口にした。先程アリアリーナが呪術で殺害した魔法師の名前だろう。
〝愛の聖人〟に所属している魔法師がひとりしかいないのか、もしくはパティカジノに出入りしている魔法師がひとりなのか。
朦朧とする中、アリアリーナは意識を失わないためにも必死に思考を巡らせながら、足を前に進めたのであった。
太腿をするりと撫で、ナイフの柄を握りしめる。手が激しく震えている。敵を前に怖気付いてはいけない。ほかの物事に気を取られるなど言語道断。エルンドレ家にて耳に胼胝ができるほど聞かされた言葉だ。アリアリーナは基礎の基礎とも言えるその言葉を思い出し、精神統一する。徐々に呼吸が落ち着いてきた。震えも先程よりはマシになっている。脳内や心は相変わらず、不安に塗れているが、戦える状況ではある。
アリアリーナは緩慢に振り返る。エリク含め、部屋にいた暗殺者たちがこちらに武器を向けていた。数は、四人。呪術により身の安全は保証されているが、魔法師や魔術師がいたら……厄介だ。
「お前がいなければ、クライド様は疑われることもなかった! 完璧に任務を遂行できていた!!!」
エリクが悲痛に叫ぶ。
疑われることもなかった、完璧に任務を遂行できていたとは、どういうことか。やはりクライドは、皇族の命を狙っている真の黒幕なのか、はたまた真の黒幕と繋がりがあるのかもしれない。
アードリアンや〝新月〟に罪を被せた、反逆するよう唆した、または彼らとはなんの関係性もないのか。その点に関しては未だ不明だが、クライドたちが真の黒幕と何かしらの関連があることは現実味を帯びてきている。
アリアリーナは目を閉じて深呼吸する。覚悟を決めて、開眼する。オパールグリーンの瞳がエリクの姿を中心に捉えた――。
目を覚ます。霞む視界に映し出されたのは、血に染まった自身の両手だった。ゆっくりと顔を上げ、周囲を見渡す。エリクを含む暗殺者四人が地面に突っ伏している。全員絶命していた。壁には、ローブを纏った女性が何かに心臓を貫かれた状態で吊るされている。隠れていた魔法師だ。それは、アリアリーナの呪術によりもたらされた死だった。
血の臭いが充満する、悲惨な現場だった。アリアリーナは思わずその場で嘔吐してしまった。いつもなら、気分が悪くなることはないのに。精神的に不安定な現状を静かに呪う。
「っ……」
脇腹に激痛が走り、手で押さえる。怖々と視線を向けると、脇腹が裂かれてしまっていた。結界が破られたと同時に、できた傷だ。魔法師相手に強大な呪術を使ってしまった影響で、もう力は残っていないし、眠気にも襲われる。
「早く、早く……城に帰らなきゃ……。なんとしてでも……」
アリアリーナは魔法師の死体まで歩み寄り、ローブを剥ぎ取る。それを身に纏うと窓辺に向かい、力を振り絞って窓を開く。既に日は沈み、夜になっている。カジノが繁盛し始める時間帯だ。誰にも見つからないよう、城に帰らなければならない。激痛に堪えながら窓に足をかけ、闇夜へと落下した。着地を試みるが、足を挫いてしまう。二階から飛び降りたくらいで、怪我を負うとは。レイに話したら、鼻で笑われるだろう。
痛手を負ったアリアリーナは、足音を殺しながらカジノの敷地を歩く。やっとの思いで裏口を発見。足を引き摺りながら、裏口の取っ手に手をかけた。どうか開いてくれ、と祈りを込める。
(開かない……)
鍵がかかっている。あいにくピッキングのための道具は持っていない。呪術を使ってしまえば、途中で倒れてしまい城には帰れなくなる。
迷ったアリアリーナは、鍵ごと破壊する手段を選ぶ。脇腹を左手で押さえながら、右手で血塗れたナイフを取り出す。ナイフで鍵の部分を切断すると、扉が開いた。ナイフをしまってから、扉を通る。
「?」
門番の男と目が合ってしまった。裏口にも門番がいるとは知らなかったアリアリーナは、すぐさまフードを目深に被る。
「何者だ?」
騒ぎを起こしてしまえば、ほかのスタッフを呼ばれてしまうかもしれない。
「私を知らないの?」
「……なんだと?」
「ここで働く人間なら、知っていて当然だと思うのだけど」
アリアリーナの言葉に、門番の男は不審な目を向けてくる。何者か探っている様子だ。
「〝愛の聖人〟と言えば分かる?」
「っ!?」
「私はそこの魔法師よ」
「も、申し訳ございません! 〝愛の聖人〟の魔法師様、サリー様とは知らず! ご無礼をお許しください!」
「しっ! 誰が聞いてるかも分からないんだから、大声でその名を口にしないで!」
「あっ、申し訳ございません……」
門番の男はアリアリーナに向かって何度も頭を下げる。
「……私はもう行くわね、仕事に励みなさい」
震えを抑えながらそう言うと、ゆっくりと歩き始める。急いではいけないと言い聞かせて、一歩一歩地面を踏みしめる。
「魔法師様!」
アリアリーナは立ち止まる。
「血の臭いがするのですが、どこかお怪我でも……? よろしければ医務室に行かれてはいかがですか?」
「〝愛の聖人〟の魔法師たる者、治癒魔法くらい使えるわ。だけど今は、優先すべきことがあるの」
「そ、そうでしたか。出過ぎたことを申しました。お許しください。お気をつけて」
門番の男に軽く手を振り、再び歩き出す。
魔法師と告げただけで、門番の男は本物の魔法師と思わしき名前まで口にした。先程アリアリーナが呪術で殺害した魔法師の名前だろう。
〝愛の聖人〟に所属している魔法師がひとりしかいないのか、もしくはパティカジノに出入りしている魔法師がひとりなのか。
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