上 下
120 / 185

第120話 死の空間へ招かれる

しおりを挟む
 〝愛の聖人サンタムール〟への接触の仕方はいくつか方法があるらしい。しかしレイによると、パラディカジノでの接触が最も手っ取り早いんだとか。
 一番右の扉の検問にて、メンバーズカードも身分を証明できる物も持っていないことを伝える。メンバーズカードに登録しろと言われたら、強制かと問う。そして最終的に、「ルーレットだけをしに来た」と伝える。その流れこそ、カジノに入るための最初の段階を突破する方法だ。
 アリアリーナはルーレットがある場所に向かう。ルーレットのテーブルは四つある。左から二番目のテーブルに足を運び、手を挙げて男性のディーラーに合図をする。男性のディーラーは、小さく頷き目の前の席に座るよう促した。アリアリーナを何者か、把握しているみたいだ。先程の検問の男から、魔法具などで瞬時に報告を受けているのだろう。
 ディーラーの目の前に腰掛け、現金を緑色のチップに変換。ほかの客が次々と賭けていく中、アリアリーナは何も賭けない。ディーラーの男と目配せしたあと、最後の最後、緑色のチップ十枚を全て「4」に賭ける。ほかの客が一斉にアリアリーナを注視してくる。アリアリーナは色気たっぷりに微笑んだ。

「この賭けはもらったわ。4は死を意味するもの」

 ディーラーの男が瞬きをひとつ。そして、ホイールにボールを投入する。ホイールをクルクルと回るボールの行方をアリアリーナ含め、ほかの客も凝視する。アリアリーナの予測通り、ボールは「4」のくぼみに入った。

「おめでとうございます」

 ディーラーの男が大量のチップをアリアリーナに差し出した。

「続けますか?」
「いいえ。聖人はここでリタイアするのが鉄則よ」

 ほかの客の視線を集めるアリアリーナは、なまめかしく立ち上がる。

「承知いたしました。またお待ちしております」

 チップを片手で抱え、華麗に手を振り、立ち去る。ディーラーの男が話しかけてきたこと、そして「またお待ちしております」という言葉は、合格を意味する。使用するルーレットテーブル、賭けるチップの色や数、賭ける数字、ゲーム中や後の台詞、全てが〝愛の聖人サンタムール〟に会うための手順だ。レイの指示通り、今のところ上手くいっている。
 アリアリーナは階段を上る。二階、階段の傍に立っているスタッフにチップを四枚手渡した。

「案内してくれる?」

 スタッフは首肯すると、歩き始める。スタッフの背中を追うと、最奥の部屋に到着した。扉が開かれる直前。

「よろしいですか?」
「あなた方に愛を」

 最後の手順を踏むと、スタッフが一気に扉を開いた。アリアリーナが入室すると、背後で扉が閉められる。部屋の中には、何人かの気配を感じた。

「ようこそ、〝愛の聖人サンタムール〟へ」

 ソファーに深く腰掛けていた人物は、見覚えのある人間だった。

「あなた……」
「おや、どこかでお会いしたことがありますか?」

 首を傾げたのは、確かエリクという名だった気がする。クライドの側近だ。セルリアンブルーの長髪。レンズの向こうに輝くライトレモンの瞳は鋭い。アリアリーナをじっと眺めている。

「クライドという男に会いたいのだけど、彼は不在かしら?」
「……っ……。貴様、何者だ?」

 クライドの名を出したことに、エリクは驚愕する。眉間に皺を寄せ、低い声で問うてきた。アリアリーナは指を鳴らし、呪術を解く。色気溢れる美女から、一瞬で本来の姿に戻った。白銀色の長髪、オパールグリーンの瞳は、エリクも見覚えがあるはずだ。

「久しぶりね、エリクと言ったかしら。私のことは覚えてる?」
「っ!? あなたはっ……」
「アリアリーナ・コルデリア・リゼス・ツィンクラウン。ツィンクラウン第四皇女よ。クライドに会いに来たの。彼を呼んでくれる?」

 莞爾として笑う。エリクはただただ瞠目していた。

「ちょっと聞こえてるの? クライドを呼んでほしいのだけど」
「……それは、できません」
「どうして? クライドと私が顔見知りなことくらい、側近のあなたなら知ってるでしょう? 彼と仲良い私を無下に扱っていいとでも?」

 アリアリーナは腕を組み、エリクを睨みつける。脅しとも取れる彼女の言葉に、エリクは冷や汗を流した。しかしなかなか彼女の頼みに応じようとしない。

(どうして、そんなに尻込みしてるの?)

 周章狼狽するエリクを前に、疑念を抱く。
 もしかして、クライドに止められているのだろうか。黒幕は別にいるのではないか、クライドが提供してきた情報に誤りがあったのではないかと言及されないため、アリアリーナとの接触を避けているのかもしれない。クライドは、アリアリーナが訪問してくることを見込んで既に手を打っていた可能性が高い。つまり、エリクにクライドを呼んでほしいと頼んでも無駄だということ。やられた、とアリアリーナは額を押さえる。
 どうすれば、この絶望的な現状を打開できるのか。〝愛の聖人サンタムール〟が真の黒幕である、もしくは真の黒幕と繋がっている可能性が高まった今、彼らを真っ先に滅ぼすべきか。まずは情報を持ち帰って皇帝たちに報告すべきか。そうこうしているうちに、自分の命が危うくなってしまうのではないか。いや、その前にひとまず「愛する人を殺さなければ自らが死ぬ」という呪術を解呪するべきなのか。アリアリーナは何を優先すべきなのか、どれを選び取ることが正解なのか、分からなくなる。切羽詰まった状況こそ、真っ先に手をつけるべきものが唐突に見当たらなくなるのだ。目の前が真っ暗になり、呼吸もままならなくなる感覚に、アリアリーナは恐怖を覚えた。

(待って。私が外出している今、もしかしたら城が危ないのでは……)

 アリアリーナは踵を返し、扉の取っ手に手をかける。しかし扉は開かない。

「お前さえ、お前の存在さえなければ、クライド様は……」

 背後から聞こえたのは、エリクの怨念。背筋に寒気が走った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。

112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。 愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。 実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。 アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。 「私に娼館を紹介してください」 娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

この傷を見せないで

豆狸
恋愛
令嬢は冤罪で処刑され過去へ死に戻った。 なろう様でも公開中です。

なんで私だけ我慢しなくちゃならないわけ?

ワールド
恋愛
私、フォン・クラインハートは、由緒正しき家柄に生まれ、常に家族の期待に応えるべく振る舞ってまいりましたわ。恋愛、趣味、さらには私の将来に至るまで、すべては家名と伝統のため。しかし、これ以上、我慢するのは終わりにしようと決意いたしましたわ。 だってなんで私だけ我慢しなくちゃいけないと思ったんですもの。 これからは好き勝手やらせてもらいますわ。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

ある王国の王室の物語

朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。 顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。 それから 「承知しました」とだけ言った。 ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。 それからバウンドケーキに手を伸ばした。 カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

処理中です...