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第120話 死の空間へ招かれる
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〝愛の聖人〟への接触の仕方はいくつか方法があるらしい。しかしレイによると、パラディカジノでの接触が最も手っ取り早いんだとか。
一番右の扉の検問にて、メンバーズカードも身分を証明できる物も持っていないことを伝える。メンバーズカードに登録しろと言われたら、強制かと問う。そして最終的に、「ルーレットだけをしに来た」と伝える。その流れこそ、カジノに入るための最初の段階を突破する方法だ。
アリアリーナはルーレットがある場所に向かう。ルーレットのテーブルは四つある。左から二番目のテーブルに足を運び、手を挙げて男性のディーラーに合図をする。男性のディーラーは、小さく頷き目の前の席に座るよう促した。アリアリーナを何者か、把握しているみたいだ。先程の検問の男から、魔法具などで瞬時に報告を受けているのだろう。
ディーラーの目の前に腰掛け、現金を緑色のチップに変換。ほかの客が次々と賭けていく中、アリアリーナは何も賭けない。ディーラーの男と目配せしたあと、最後の最後、緑色のチップ十枚を全て「4」に賭ける。ほかの客が一斉にアリアリーナを注視してくる。アリアリーナは色気たっぷりに微笑んだ。
「この賭けはもらったわ。4は死を意味するもの」
ディーラーの男が瞬きをひとつ。そして、ホイールにボールを投入する。ホイールをクルクルと回るボールの行方をアリアリーナ含め、ほかの客も凝視する。アリアリーナの予測通り、ボールは「4」の窪みに入った。
「おめでとうございます」
ディーラーの男が大量のチップをアリアリーナに差し出した。
「続けますか?」
「いいえ。聖人はここでリタイアするのが鉄則よ」
ほかの客の視線を集めるアリアリーナは、艶めかしく立ち上がる。
「承知いたしました。またお待ちしております」
チップを片手で抱え、華麗に手を振り、立ち去る。ディーラーの男が話しかけてきたこと、そして「またお待ちしております」という言葉は、合格を意味する。使用するルーレットテーブル、賭けるチップの色や数、賭ける数字、ゲーム中や後の台詞、全てが〝愛の聖人〟に会うための手順だ。レイの指示通り、今のところ上手くいっている。
アリアリーナは階段を上る。二階、階段の傍に立っているスタッフにチップを四枚手渡した。
「案内してくれる?」
スタッフは首肯すると、歩き始める。スタッフの背中を追うと、最奥の部屋に到着した。扉が開かれる直前。
「よろしいですか?」
「あなた方に愛を」
最後の手順を踏むと、スタッフが一気に扉を開いた。アリアリーナが入室すると、背後で扉が閉められる。部屋の中には、何人かの気配を感じた。
「ようこそ、〝愛の聖人〟へ」
ソファーに深く腰掛けていた人物は、見覚えのある人間だった。
「あなた……」
「おや、どこかでお会いしたことがありますか?」
首を傾げたのは、確かエリクという名だった気がする。クライドの側近だ。セルリアンブルーの長髪。レンズの向こうに輝くライトレモンの瞳は鋭い。アリアリーナをじっと眺めている。
「クライドという男に会いたいのだけど、彼は不在かしら?」
「……っ……。貴様、何者だ?」
クライドの名を出したことに、エリクは驚愕する。眉間に皺を寄せ、低い声で問うてきた。アリアリーナは指を鳴らし、呪術を解く。色気溢れる美女から、一瞬で本来の姿に戻った。白銀色の長髪、オパールグリーンの瞳は、エリクも見覚えがあるはずだ。
「久しぶりね、エリクと言ったかしら。私のことは覚えてる?」
「っ!? あなたはっ……」
「アリアリーナ・コルデリア・リゼス・ツィンクラウン。ツィンクラウン第四皇女よ。クライドに会いに来たの。彼を呼んでくれる?」
莞爾として笑う。エリクはただただ瞠目していた。
「ちょっと聞こえてるの? クライドを呼んでほしいのだけど」
「……それは、できません」
「どうして? クライドと私が顔見知りなことくらい、側近のあなたなら知ってるでしょう? 彼と仲良い私を無下に扱っていいとでも?」
アリアリーナは腕を組み、エリクを睨みつける。脅しとも取れる彼女の言葉に、エリクは冷や汗を流した。しかしなかなか彼女の頼みに応じようとしない。
(どうして、そんなに尻込みしてるの?)
周章狼狽するエリクを前に、疑念を抱く。
もしかして、クライドに止められているのだろうか。黒幕は別にいるのではないか、クライドが提供してきた情報に誤りがあったのではないかと言及されないため、アリアリーナとの接触を避けているのかもしれない。クライドは、アリアリーナが訪問してくることを見込んで既に手を打っていた可能性が高い。つまり、エリクにクライドを呼んでほしいと頼んでも無駄だということ。やられた、とアリアリーナは額を押さえる。
どうすれば、この絶望的な現状を打開できるのか。〝愛の聖人〟が真の黒幕である、もしくは真の黒幕と繋がっている可能性が高まった今、彼らを真っ先に滅ぼすべきか。まずは情報を持ち帰って皇帝たちに報告すべきか。そうこうしているうちに、自分の命が危うくなってしまうのではないか。いや、その前にひとまず「愛する人を殺さなければ自らが死ぬ」という呪術を解呪するべきなのか。アリアリーナは何を優先すべきなのか、どれを選び取ることが正解なのか、分からなくなる。切羽詰まった状況こそ、真っ先に手をつけるべきものが唐突に見当たらなくなるのだ。目の前が真っ暗になり、呼吸もままならなくなる感覚に、アリアリーナは恐怖を覚えた。
(待って。私が外出している今、もしかしたら城が危ないのでは……)
アリアリーナは踵を返し、扉の取っ手に手をかける。しかし扉は開かない。
「お前さえ、お前の存在さえなければ、クライド様は……」
背後から聞こえたのは、エリクの怨念。背筋に寒気が走った。
一番右の扉の検問にて、メンバーズカードも身分を証明できる物も持っていないことを伝える。メンバーズカードに登録しろと言われたら、強制かと問う。そして最終的に、「ルーレットだけをしに来た」と伝える。その流れこそ、カジノに入るための最初の段階を突破する方法だ。
アリアリーナはルーレットがある場所に向かう。ルーレットのテーブルは四つある。左から二番目のテーブルに足を運び、手を挙げて男性のディーラーに合図をする。男性のディーラーは、小さく頷き目の前の席に座るよう促した。アリアリーナを何者か、把握しているみたいだ。先程の検問の男から、魔法具などで瞬時に報告を受けているのだろう。
ディーラーの目の前に腰掛け、現金を緑色のチップに変換。ほかの客が次々と賭けていく中、アリアリーナは何も賭けない。ディーラーの男と目配せしたあと、最後の最後、緑色のチップ十枚を全て「4」に賭ける。ほかの客が一斉にアリアリーナを注視してくる。アリアリーナは色気たっぷりに微笑んだ。
「この賭けはもらったわ。4は死を意味するもの」
ディーラーの男が瞬きをひとつ。そして、ホイールにボールを投入する。ホイールをクルクルと回るボールの行方をアリアリーナ含め、ほかの客も凝視する。アリアリーナの予測通り、ボールは「4」の窪みに入った。
「おめでとうございます」
ディーラーの男が大量のチップをアリアリーナに差し出した。
「続けますか?」
「いいえ。聖人はここでリタイアするのが鉄則よ」
ほかの客の視線を集めるアリアリーナは、艶めかしく立ち上がる。
「承知いたしました。またお待ちしております」
チップを片手で抱え、華麗に手を振り、立ち去る。ディーラーの男が話しかけてきたこと、そして「またお待ちしております」という言葉は、合格を意味する。使用するルーレットテーブル、賭けるチップの色や数、賭ける数字、ゲーム中や後の台詞、全てが〝愛の聖人〟に会うための手順だ。レイの指示通り、今のところ上手くいっている。
アリアリーナは階段を上る。二階、階段の傍に立っているスタッフにチップを四枚手渡した。
「案内してくれる?」
スタッフは首肯すると、歩き始める。スタッフの背中を追うと、最奥の部屋に到着した。扉が開かれる直前。
「よろしいですか?」
「あなた方に愛を」
最後の手順を踏むと、スタッフが一気に扉を開いた。アリアリーナが入室すると、背後で扉が閉められる。部屋の中には、何人かの気配を感じた。
「ようこそ、〝愛の聖人〟へ」
ソファーに深く腰掛けていた人物は、見覚えのある人間だった。
「あなた……」
「おや、どこかでお会いしたことがありますか?」
首を傾げたのは、確かエリクという名だった気がする。クライドの側近だ。セルリアンブルーの長髪。レンズの向こうに輝くライトレモンの瞳は鋭い。アリアリーナをじっと眺めている。
「クライドという男に会いたいのだけど、彼は不在かしら?」
「……っ……。貴様、何者だ?」
クライドの名を出したことに、エリクは驚愕する。眉間に皺を寄せ、低い声で問うてきた。アリアリーナは指を鳴らし、呪術を解く。色気溢れる美女から、一瞬で本来の姿に戻った。白銀色の長髪、オパールグリーンの瞳は、エリクも見覚えがあるはずだ。
「久しぶりね、エリクと言ったかしら。私のことは覚えてる?」
「っ!? あなたはっ……」
「アリアリーナ・コルデリア・リゼス・ツィンクラウン。ツィンクラウン第四皇女よ。クライドに会いに来たの。彼を呼んでくれる?」
莞爾として笑う。エリクはただただ瞠目していた。
「ちょっと聞こえてるの? クライドを呼んでほしいのだけど」
「……それは、できません」
「どうして? クライドと私が顔見知りなことくらい、側近のあなたなら知ってるでしょう? 彼と仲良い私を無下に扱っていいとでも?」
アリアリーナは腕を組み、エリクを睨みつける。脅しとも取れる彼女の言葉に、エリクは冷や汗を流した。しかしなかなか彼女の頼みに応じようとしない。
(どうして、そんなに尻込みしてるの?)
周章狼狽するエリクを前に、疑念を抱く。
もしかして、クライドに止められているのだろうか。黒幕は別にいるのではないか、クライドが提供してきた情報に誤りがあったのではないかと言及されないため、アリアリーナとの接触を避けているのかもしれない。クライドは、アリアリーナが訪問してくることを見込んで既に手を打っていた可能性が高い。つまり、エリクにクライドを呼んでほしいと頼んでも無駄だということ。やられた、とアリアリーナは額を押さえる。
どうすれば、この絶望的な現状を打開できるのか。〝愛の聖人〟が真の黒幕である、もしくは真の黒幕と繋がっている可能性が高まった今、彼らを真っ先に滅ぼすべきか。まずは情報を持ち帰って皇帝たちに報告すべきか。そうこうしているうちに、自分の命が危うくなってしまうのではないか。いや、その前にひとまず「愛する人を殺さなければ自らが死ぬ」という呪術を解呪するべきなのか。アリアリーナは何を優先すべきなのか、どれを選び取ることが正解なのか、分からなくなる。切羽詰まった状況こそ、真っ先に手をつけるべきものが唐突に見当たらなくなるのだ。目の前が真っ暗になり、呼吸もままならなくなる感覚に、アリアリーナは恐怖を覚えた。
(待って。私が外出している今、もしかしたら城が危ないのでは……)
アリアリーナは踵を返し、扉の取っ手に手をかける。しかし扉は開かない。
「お前さえ、お前の存在さえなければ、クライド様は……」
背後から聞こえたのは、エリクの怨念。背筋に寒気が走った。
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