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第118話 余裕などハナからない
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エルドレッドを静かに睥睨する。エルドレッドは小さく息を呑みアリアリーナの胸倉を掴んだまま後退った。
「悪魔だ……」
エルドレッドが小声で呟く。悪女ではなく、悪魔と呼ばれたことに、アリアリーナは胸が抉られる思いをした。
「人が、兄上が死んでも、なんとも思わない。人の心を持たない悪魔だ!」
今のアリアリーナは、エルドレッドやエナヴェリーナの目には冷酷に映っているのだろう。心の中は、この場の誰よりも荒れ狂っているというのに。それを前世や過去みたいに表に出さないよう、必死に耐えているのだ。そんな努力を無下にされた気分に陥ったアリアリーナは、エルドレッドの手首を掴んで捻り上げた。エルドレッドの顔が苦痛に歪む。
「私が悪魔なら、真っ先にあなたを殺してるわ」
冷然たる態度。悪魔と罵られようがどうでもいいと言いたげなアリアリーナの無表情は、エルドレッドを黙らせるには十分だった。エルドレッドはアリアリーナに手首を掴まれたまま、その場で腰を抜かした。強者に屈した弱者。自分は尊く強いのだと自負していた心を根本からへし折られたのだ。所詮は、井の中の蛙だったと認めざるを得ない。
戦々恐々としながら見上げてくるエルドレッドの手首を離す。
「次、この城で死ぬのは、あなたかもしれないわね」
憤怒に支配されるまま、アリアリーナはそう口にした。脅しにしてはタチが悪いが、ここまで言わないとエルドレッドは自粛しないだろうから。
「アリア、落ち着いて……! 今は家族で争ってる場合じゃないでしょう? お兄様が亡くなったのよ……!」
「家族? そう思ってるのはあなただけよ。脳内お花畑な皇女を気取るのも大概にしたら?」
アリアリーナは歩を進める。肩を震わせて怯えるエナヴェリーナの隣を通りすぎる。彼女の背後に佇んでいた侍女ハンナと目が合う。フクシャピンクの目は、エナヴェリーナよりも凛と輝いていた。ハンナから目を逸らし、前を見据える。ハンナの口角が微かに上がったことに気づかず、アリアリーナは外に出た。と、そこで立ち止まる。
(なぜ、エナヴェリーナお姉様がここにいるの?)
エナヴェリーナは、ヴィルヘルムに対して無体を働いたとして、皇后と共に皇帝より一ヶ月間の謹慎を言い渡されていたはずだ。
(いやでも、ちょうど一ヶ月経ってるわね……)
一ヶ月経過しているため、謹慎は解かれている。エナヴェリーナが城を出歩いていても不可解な点は特にない。納得したアリアリーナは、再び歩き始める。
「アリアリーナ」
前方から名を呼ばれて足を止める。
「シルヴィリーナお姉様」
白いシャツに黄土色のボトムス。腰にはシルヴィリーナの愛剣が。汗を流していることから、早朝の訓練を行っていたのだろうと推測できる。
「ここはアルベルトの宮だろう。どうしてここに……。騒がしいな……。何かあったのか?」
「私の口から話せることは何もございません。ご自身の目でお確かめになったほうがよろしいかと」
アリアリーナは矢継ぎ早にそう言うと、シルヴィリーナの隣を過ぎ去る。しかし、パシッと手を掴まれてしまった。
「アリアリーナ、顔色が悪いぞ」
「っ!」
「いつものお前らしくない。今は、余裕がないように見える。嫌なことでもあったのか?」
シルヴィリーナは憂慮の面持ちをしている。
顔には出ていないはずなのに、余裕がないことを見抜かれてしまった。アリアリーナは彼女の手を振り払った。
「嫌なことなら毎日あるわよ」
怒りに任せて吐き捨てて、背を向ける。そのまま宮を飛び出した。背後から、シルヴィリーナの呼び止める声は聞こえなかった。
第一皇子アルベルトが暗殺された現場を目に焼き付けたアリアリーナは、急ぎ足で自身の宮に続く道を歩く。
クライドに真実を確かめなければならない。何がなんでも彼と会わなければならないのだ。
皇城に招待してくれと頼んだのは、皇城の中を見て回りたいと頼んだのは、第一皇子アルベルトの暗殺を成功させるためだったのか。
ディオレント王国の元第一王子アードリアンを偽の黒幕として吊るさせ、なおかつ〝新月〟を壊滅させたのは、クライドたち〝愛の聖人〟の陰謀が関わっているのか。アードリアンや〝新月〟は、皇族殺しの罪を擦りつけられたのだろうか。それならばなぜ、〝新月〟のボスや幹部は、アードリアンに指示されたと訴え、アードリアンも最終的に皇族殺害を依頼したことを認めたのだ? アードリアンたちもクライドたち〝愛の聖人〟も、皇族の命を狙っていたのか?
クライドたちが彼らに皇族を殺すよう誑かした可能性もある。エナヴェリーナとエルドレッドの誕生パーティーでの四人の皇族殺害事件は、クライドたちに誑かされたアードリアンたちによって起こされた事件。そのほかの皇族殺害は、〝愛の聖人〟が起こした事件なのでは……。
「だとしても、どうして……元第一王子たち反逆者は、自分たちは誑かされたと供述して黒幕の名を売らなかったの? そこまで忠誠心があるようには見えない……。それなら本当に、反逆者たちもクライドたちも、両者が皇族の命を狙って……」
考えれば考えるほど、路頭に迷っていく。
杞憂に終わるなら、それに越したことはない。そう、確かめたいだけなのだ。
心のどこかで、クライドではないのだと信じている自分がいる。どうか、杞憂であってほしいと強く願った。
「悪魔だ……」
エルドレッドが小声で呟く。悪女ではなく、悪魔と呼ばれたことに、アリアリーナは胸が抉られる思いをした。
「人が、兄上が死んでも、なんとも思わない。人の心を持たない悪魔だ!」
今のアリアリーナは、エルドレッドやエナヴェリーナの目には冷酷に映っているのだろう。心の中は、この場の誰よりも荒れ狂っているというのに。それを前世や過去みたいに表に出さないよう、必死に耐えているのだ。そんな努力を無下にされた気分に陥ったアリアリーナは、エルドレッドの手首を掴んで捻り上げた。エルドレッドの顔が苦痛に歪む。
「私が悪魔なら、真っ先にあなたを殺してるわ」
冷然たる態度。悪魔と罵られようがどうでもいいと言いたげなアリアリーナの無表情は、エルドレッドを黙らせるには十分だった。エルドレッドはアリアリーナに手首を掴まれたまま、その場で腰を抜かした。強者に屈した弱者。自分は尊く強いのだと自負していた心を根本からへし折られたのだ。所詮は、井の中の蛙だったと認めざるを得ない。
戦々恐々としながら見上げてくるエルドレッドの手首を離す。
「次、この城で死ぬのは、あなたかもしれないわね」
憤怒に支配されるまま、アリアリーナはそう口にした。脅しにしてはタチが悪いが、ここまで言わないとエルドレッドは自粛しないだろうから。
「アリア、落ち着いて……! 今は家族で争ってる場合じゃないでしょう? お兄様が亡くなったのよ……!」
「家族? そう思ってるのはあなただけよ。脳内お花畑な皇女を気取るのも大概にしたら?」
アリアリーナは歩を進める。肩を震わせて怯えるエナヴェリーナの隣を通りすぎる。彼女の背後に佇んでいた侍女ハンナと目が合う。フクシャピンクの目は、エナヴェリーナよりも凛と輝いていた。ハンナから目を逸らし、前を見据える。ハンナの口角が微かに上がったことに気づかず、アリアリーナは外に出た。と、そこで立ち止まる。
(なぜ、エナヴェリーナお姉様がここにいるの?)
エナヴェリーナは、ヴィルヘルムに対して無体を働いたとして、皇后と共に皇帝より一ヶ月間の謹慎を言い渡されていたはずだ。
(いやでも、ちょうど一ヶ月経ってるわね……)
一ヶ月経過しているため、謹慎は解かれている。エナヴェリーナが城を出歩いていても不可解な点は特にない。納得したアリアリーナは、再び歩き始める。
「アリアリーナ」
前方から名を呼ばれて足を止める。
「シルヴィリーナお姉様」
白いシャツに黄土色のボトムス。腰にはシルヴィリーナの愛剣が。汗を流していることから、早朝の訓練を行っていたのだろうと推測できる。
「ここはアルベルトの宮だろう。どうしてここに……。騒がしいな……。何かあったのか?」
「私の口から話せることは何もございません。ご自身の目でお確かめになったほうがよろしいかと」
アリアリーナは矢継ぎ早にそう言うと、シルヴィリーナの隣を過ぎ去る。しかし、パシッと手を掴まれてしまった。
「アリアリーナ、顔色が悪いぞ」
「っ!」
「いつものお前らしくない。今は、余裕がないように見える。嫌なことでもあったのか?」
シルヴィリーナは憂慮の面持ちをしている。
顔には出ていないはずなのに、余裕がないことを見抜かれてしまった。アリアリーナは彼女の手を振り払った。
「嫌なことなら毎日あるわよ」
怒りに任せて吐き捨てて、背を向ける。そのまま宮を飛び出した。背後から、シルヴィリーナの呼び止める声は聞こえなかった。
第一皇子アルベルトが暗殺された現場を目に焼き付けたアリアリーナは、急ぎ足で自身の宮に続く道を歩く。
クライドに真実を確かめなければならない。何がなんでも彼と会わなければならないのだ。
皇城に招待してくれと頼んだのは、皇城の中を見て回りたいと頼んだのは、第一皇子アルベルトの暗殺を成功させるためだったのか。
ディオレント王国の元第一王子アードリアンを偽の黒幕として吊るさせ、なおかつ〝新月〟を壊滅させたのは、クライドたち〝愛の聖人〟の陰謀が関わっているのか。アードリアンや〝新月〟は、皇族殺しの罪を擦りつけられたのだろうか。それならばなぜ、〝新月〟のボスや幹部は、アードリアンに指示されたと訴え、アードリアンも最終的に皇族殺害を依頼したことを認めたのだ? アードリアンたちもクライドたち〝愛の聖人〟も、皇族の命を狙っていたのか?
クライドたちが彼らに皇族を殺すよう誑かした可能性もある。エナヴェリーナとエルドレッドの誕生パーティーでの四人の皇族殺害事件は、クライドたちに誑かされたアードリアンたちによって起こされた事件。そのほかの皇族殺害は、〝愛の聖人〟が起こした事件なのでは……。
「だとしても、どうして……元第一王子たち反逆者は、自分たちは誑かされたと供述して黒幕の名を売らなかったの? そこまで忠誠心があるようには見えない……。それなら本当に、反逆者たちもクライドたちも、両者が皇族の命を狙って……」
考えれば考えるほど、路頭に迷っていく。
杞憂に終わるなら、それに越したことはない。そう、確かめたいだけなのだ。
心のどこかで、クライドではないのだと信じている自分がいる。どうか、杞憂であってほしいと強く願った。
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