【完結】愛する人を殺さなければならないので離れていただいてもよろしいですか? 〜呪われた不幸皇女と無表情なイケメン公爵〜

I.Y

文字の大きさ
上 下
118 / 185

第118話 余裕などハナからない

しおりを挟む
 エルドレッドを静かに睥睨する。エルドレッドは小さく息を呑みアリアリーナの胸倉を掴んだまま後退った。

「悪魔だ……」

 エルドレッドが小声で呟く。悪女ではなく、悪魔と呼ばれたことに、アリアリーナは胸が抉られる思いをした。

「人が、兄上が死んでも、なんとも思わない。人の心を持たない悪魔だ!」

 今のアリアリーナは、エルドレッドやエナヴェリーナの目には冷酷に映っているのだろう。心の中は、この場の誰よりも荒れ狂っているというのに。それを前世や過去みたいに表に出さないよう、必死に耐えているのだ。そんな努力を無下にされた気分に陥ったアリアリーナは、エルドレッドの手首を掴んで捻り上げた。エルドレッドの顔が苦痛に歪む。

「私が悪魔なら、真っ先にあなたを殺してるわ」

 冷然たる態度。悪魔と罵られようがどうでもいいと言いたげなアリアリーナの無表情は、エルドレッドを黙らせるには十分だった。エルドレッドはアリアリーナに手首を掴まれたまま、その場で腰を抜かした。強者に屈した弱者。自分は尊く強いのだと自負していた心を根本からへし折られたのだ。所詮は、井の中の蛙だったと認めざるを得ない。
 戦々恐々としながら見上げてくるエルドレッドの手首を離す。

「次、この城で死ぬのは、あなたかもしれないわね」

 憤怒に支配されるまま、アリアリーナはそう口にした。脅しにしてはタチが悪いが、ここまで言わないとエルドレッドは自粛しないだろうから。

「アリア、落ち着いて……! 今は家族で争ってる場合じゃないでしょう? お兄様が亡くなったのよ……!」
「家族? そう思ってるのはあなただけよ。脳内お花畑な皇女を気取るのも大概にしたら?」

 アリアリーナは歩を進める。肩を震わせて怯えるエナヴェリーナの隣を通りすぎる。彼女の背後に佇んでいた侍女ハンナと目が合う。フクシャピンクの目は、エナヴェリーナよりも凛と輝いていた。ハンナから目を逸らし、前を見据える。ハンナの口角が微かに上がったことに気づかず、アリアリーナは外に出た。と、そこで立ち止まる。

(なぜ、エナヴェリーナお姉様がここにいるの?)

 エナヴェリーナは、ヴィルヘルムに対して無体を働いたとして、皇后と共に皇帝より一ヶ月間の謹慎を言い渡されていたはずだ。

(いやでも、ちょうど一ヶ月経ってるわね……)

 一ヶ月経過しているため、謹慎は解かれている。エナヴェリーナが城を出歩いていても不可解な点は特にない。納得したアリアリーナは、再び歩き始める。

「アリアリーナ」

 前方から名を呼ばれて足を止める。

「シルヴィリーナお姉様」

 白いシャツに黄土色のボトムス。腰にはシルヴィリーナの愛剣が。汗を流していることから、早朝の訓練を行っていたのだろうと推測できる。

「ここはアルベルトの宮だろう。どうしてここに……。騒がしいな……。何かあったのか?」
「私の口から話せることは何もございません。ご自身の目でお確かめになったほうがよろしいかと」

 アリアリーナは矢継ぎ早にそう言うと、シルヴィリーナの隣を過ぎ去る。しかし、パシッと手を掴まれてしまった。

「アリアリーナ、顔色が悪いぞ」
「っ!」
「いつものお前らしくない。今は、余裕がないように見える。嫌なことでもあったのか?」

 シルヴィリーナは憂慮の面持ちをしている。
 顔には出ていないはずなのに、余裕がないことを見抜かれてしまった。アリアリーナは彼女の手を振り払った。

「嫌なことなら毎日あるわよ」

 怒りに任せて吐き捨てて、背を向ける。そのまま宮を飛び出した。背後から、シルヴィリーナの呼び止める声は聞こえなかった。



 第一皇子アルベルトが暗殺された現場を目に焼き付けたアリアリーナは、急ぎ足で自身の宮に続く道を歩く。
 クライドに真実を確かめなければならない。何がなんでも彼と会わなければならないのだ。
 皇城に招待してくれと頼んだのは、皇城の中を見て回りたいと頼んだのは、第一皇子アルベルトの暗殺を成功させるためだったのか。
 ディオレント王国の元第一王子アードリアンを偽の黒幕として吊るさせ、なおかつ〝新月ヌーヴェルリュンヌ〟を壊滅させたのは、クライドたち〝愛の聖人サンタムール〟の陰謀が関わっているのか。アードリアンや〝新月ヌーヴェルリュンヌ〟は、皇族殺しの罪を擦りつけられたのだろうか。それならばなぜ、〝新月ヌーヴェルリュンヌ〟のボスや幹部は、アードリアンに指示されたと訴え、アードリアンも最終的に皇族殺害を依頼したことを認めたのだ? アードリアンたちもクライドたち〝愛の聖人サンタムール〟も、皇族の命を狙っていたのか?
 クライドたちが彼らに皇族を殺すよう誑かした可能性もある。エナヴェリーナとエルドレッドの誕生パーティーでの四人の皇族殺害事件は、クライドたちに誑かされたアードリアンたちによって起こされた事件。そのほかの皇族殺害は、〝愛の聖人サンタムール〟が起こした事件なのでは……。

「だとしても、どうして……元第一王子たち反逆者は、自分たちは誑かされたと供述して黒幕の名を売らなかったの? そこまで忠誠心があるようには見えない……。それなら本当に、反逆者たちもクライドたちも、両者が皇族の命を狙って……」

 考えれば考えるほど、路頭に迷っていく。
 杞憂に終わるなら、それに越したことはない。そう、確かめたいだけなのだ。
 心のどこかで、クライドではないのだと信じている自分がいる。どうか、杞憂であってほしいと強く願った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

たとえ番でないとしても

豆狸
恋愛
「ディアナ王女、私が君を愛することはない。私の番は彼女、サギニなのだから」 「違います!」 私は叫ばずにはいられませんでした。 「その方ではありません! 竜王ニコラオス陛下の番は私です!」 ──番だと叫ぶ言葉を聞いてもらえなかった花嫁の話です。 ※1/4、短編→長編に変更しました。

竜王の花嫁は番じゃない。

豆狸
恋愛
「……だから申し上げましたのに。私は貴方の番(つがい)などではないと。私はなんの衝動も感じていないと。私には……愛する婚約者がいるのだと……」 シンシアの瞳に涙はない。もう涸れ果ててしまっているのだ。 ──番じゃないと叫んでも聞いてもらえなかった花嫁の話です。

私の名前を呼ぶ貴方

豆狸
恋愛
婚約解消を申し出たら、セパラシオン様は最後に私の名前を呼んで別れを告げてくださるでしょうか。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

魔法のせいだから許して?

ましろ
恋愛
リーゼロッテの婚約者であるジークハルト王子の突然の心変わり。嫌悪を顕にした眼差し、口を開けば暴言、身に覚えの無い出来事までリーゼのせいにされる。リーゼは学園で孤立し、ジークハルトは美しい女性の手を取り愛おしそうに見つめながら愛を囁く。 どうしてこんなことに?それでもきっと今だけ……そう、自分に言い聞かせて耐えた。でも、そろそろ一年。もう終わらせたい、そう思っていたある日、リーゼは殿下に罵倒され頬を張られ怪我をした。 ──もう無理。王妃様に頼み、なんとか婚約解消することができた。 しかしその後、彼の心変わりは魅了魔法のせいだと分かり…… 魔法のせいなら許せる? 基本ご都合主義。ゆるゆる設定です。

三度目の嘘つき

豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」 「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」 なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...