【完結】愛する人を殺さなければならないので離れていただいてもよろしいですか? 〜呪われた不幸皇女と無表情なイケメン公爵〜

I.Y

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第114話 またあなたに

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 皇帝の執務室をあとにしたアリアリーナは、突如として立ち止まる。そして後ろを歩いていたヴィルヘルムのほうに向き直った。

「私を困らせることは言わないって言ってたわよね? その誓いはどこへ行ったの?」

 ヴィルヘルムに詰め寄る。心底申し訳なさそうな面様の彼は、恐る恐る口を開く。

「申し訳ございません」

 一言の謝罪だけ。アリアリーナは激情に駆られる。

『皇女殿下を困らせることは言いません。ですから、俺をあなたのお傍に置いてください。協力者として、俺にできることなら全てやります』

 先日、ヴィルヘルムはそんなことを言っていた。言ったそばから約束を破った彼に怒りをぶつけたくなる。アリアリーナは腕を組みながら首を左右に振った。がっかりされたと受け取ったヴィルヘルムは、急いで弁解を図る。

「皇女殿下を困らせないと言っておきながら……申し訳ございません。皇女殿下と共に在りたいという気持ちを抑えることができなかったのです」
「………………」
「どうか、お許しください。今後はそういったことがないよう気をつけます」

 ヴィルヘルムは胸に手を当て、頭を下げた。彼の旋毛つむじが目の前に晒される。アリアリーナは旋毛を人差し指でグッと押す。髪に触れられたことに驚いたヴィルヘルムは、肩を跳ね上げた。

「今度困らせたら、容赦しないわ」

 アリアリーナの一言に、ヴィルヘルムは頷いた。
 ヴィルヘルムは、掴めない人間だ。はっきり言って、常識人ではない。ヒステリックな悪女として有名だったアリアリーナでさえ、彼の突拍子もない言動には愕然としてしまうくらいなのだから。一度目の人生では知り得なかった彼の姿に、また、恋をしてしまっている。

「はい、皇女殿下」

 花が綻ぶように笑う。今の季節にぴったりの優しい微笑みに、アリアリーナは息を呑む。


(あなたが、好き)


 違う。


(あなたを、愛してる)


 淡い恋心はいつの間にか、深い愛情に姿を変えていた。
 結局、嫌いにはなれなかった。愛することを止められなかった。どこまでいっても、アリアリーナの一番はヴィルヘルムだ。
 どうして彼なのか。アリアリーナ自身も分からない。ただどうしようもなく、心が惹かれてしまうのだ。

「皇女殿下?」
「……なんでもないわ。行きましょう」

 アリアリーナは平常心を保ちながら背を向ける。
 呪いから解き放たれ、全てが解決した暁には、ヴィルヘルムと共になりたいと思っている自分がいる。そんな大それた願い、叶うわけがないのに――。
 自然と緩む涙腺。涙が溢れそうになるのを堪えて、歩く速度を上げた。



 春の匂いが漂う夜。夜空には無数の星が輝いている。
 ツィンクラウン帝国南部のダゼロラ公爵城のバルコニーから夜空を眺めるのは、新たにダゼロラ公爵家当主となったユーリだった。

「どうしてでしょうか、アリアリーナ皇女殿下」

 夜空に向かって呟く。ユーリの心を占めるのは、ただひとり、愛しのアリアリーナだった。
 先日、ユーリのもとに皇帝から直筆の手紙が届いた。その手紙には、アリアリーナとの婚約、結婚は一生認めないといった趣旨が書かれていた。
 奈落の底へ突き落とされた気分に陥ったユーリは、もう一週間もこうして空を見上げながら感傷に浸っているのである。
 突如として怒りに苛まれた彼は、頭を両手で抱え込んで蹲る。

「うわああああああぁぁぁ!!!」

 叫び声は、夜の城に不気味に響く。
 完全に精神を病んでしまっているユーリの脳内は、殺意に支配されていた。アリアリーナを殺したい、ヴィルヘルムを殺したい、アンゼルムを殺したい。アリアリーナに関わりのある人間を滅ぼし尽くしたい衝動に駆られた。
 ユーリは、アリアリーナを愛している。一目惚れなのだ。一年前に彼女と対面する前にも一度、アリアリーナを一方的に見かけたことがある。その際に、この世のものとは思えない美貌を誇る彼女に心惹かれた。第四皇女だとは知らなかったが、一年前に再会して自分たちは運命なのだと悟ったのだ。

「私たちは運命なのに……なぜ上手くいかないっ!?」

 目を血走らせながら怒りを爆発させる。
 ユーリとアリアリーナの関係が上手くいかないのは、アリアリーナの周囲にいる人間の、ヴィルヘルムのせいではないか。しかし彼は、残念ながらアリアリーナに愛されていない。愛想を尽かされた可哀想な男だ。ならば一体誰が――。そこまで考えたところで、ユーリは顔を上げる。口端をヒクヒクと震わせて下衆の笑みを浮かべる。

「あぁ……いるじゃないか……。一番邪魔な人間が……」
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