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第112話 もう十分困らせてるから
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アリアリーナは堪忍袋の緒が切れそうになるのを堪える。深呼吸して、体内の熱を外へ逃がしていく。
皇后がヴィルヘルムに対して、エナヴェリーナと婚約しないのなら、アリアリーナをユーリのもとにと嫁がせると脅したらしい。ヴィルヘルムがアリアリーナに想いを寄せていることを知った上で、強引な手段に出たのだろう。一筋縄ではいかないヴィルヘルムだからこそ、彼の弱点であろうアリアリーナを引き合いに出したのだ。
今思い返せば、ガゼボでの家族会にて、皇后は意味深に呟いていた。
『まだ正式には決まってないけれど、グリエンド公爵もきっと了承してくださるだろうから』
疑問に思ったその時点で、言及しておけばよかった。皇后のことだ。少し刺激すれば簡単に白状しただろうに。
アリアリーナという切り札を使って脅せば、さすがのヴィルヘルムも折れると判断したのだ。「きっと」と口にしている辺り保険はかけていたが、十中八九受け入れてもらえると踏んでいたはず。
アリアリーナは大息をつく。ヴィルヘルム以外に愛する人を作らなければならないと躍起になって、前世の婚約者であったユーリを利用しようと彼に飛びついた。ユーリがどんな人間かを深く知ろうとしないで、「ユーリでいいや」と簡単に結論を出してしまった。そう、もとはと言えば、アリアリーナが招いた結果なのだ。少しの希望も抱かせることなく、最低な人間を演じればよかった。ユーリに期待を抱かせてしまったことにも、彼を利用しようとしたことにも、そして彼を選んだ自分自身にも憤りを感じた。
「それを私に直接言いにきたということは、あなたはエナヴェリーナお姉様との縁談を受け入れたの?」
だから、ヴィルヘルムとエナヴェリーナがいずれ愛し合うという考えに変わりはないのか、それを問うたのか。振り向いてくれる余地のないアリアリーナに淡い恋心を寄せ続けるのではなく、早いところエナヴェリーナに切り替えたということか。世間一般的に見たら、叶わない相手との未来を夢見ることを早々に諦め、ほかの人と幸せに結ばれる未来を選択するというのは、得策と言える。諦められれば、の話だが。
ヴィルヘルムは、アリアリーナのことを容易に諦めてしまえるはずだ。前世と同様、エナヴェリーナに絆されてしまえば、一瞬だろう。アリアリーナという存在すら最初からなかったかのように、忘れてしまえる――。
アリアリーナは手のひらに爪が食い込むほど、強く拳を握った。その時、そっと手を包み込まれる。顔を上げると、ヴィルヘルムがいた。いつの間にか隣に移動してきたみたいだ。
「お断りしました」
「え?」
「お断りしましたよ、普通に」
あっけらかんと答えたヴィルヘルムをジト目で見つめる。
「…………私が、あの気持ち悪い勘違い男に嫁いでもいいってわけ?」
(それはそれで複雑なんだけど)
アリアリーナの追求に、ヴィルヘルムは首を左右に振って否定する。
「皇女殿下をあんな男のもとへは嫁がせません、絶対に」
ブルーダイヤモンド色の眸子が煌めく。燦然と輝く星々よりも眩く、そして美しい。
「皇帝陛下に直談判します。最近の陛下のご様子を見る限り、陛下は聡明な皇女殿下に関心と期待を寄せておられます。ですから、きっと聞き入れてくださるでしょう」
「……それを見据えて、皇后陛下の脅しを跳ね除けたの?」
「それもありますが、一番の理由は、俺が第三皇女殿下と婚約したくなかったからです」
手を強く握ってくる。よく見ると手袋をしていない。アリアリーナの手を握るために、わざわざ外したのだ。汗の出方や体温の変化まで、容易に分かってしまう。互いの熱が混じり合い、溶けていく。
「俺は、第四皇女殿下との婚約、結婚を望んでいるのですから、ほかの女性との縁談を断るのは当然でしょう」
「…………そ、そう」
声が震えてしまった。恥ずかしくなったアリアリーナは、顔を背ける。後ろから伸びてきた手が、彼女の自慢の白銀髪をさらりと退ける。あらわになった耳に、吐息がかかった。
「皇女殿下を困らせることは言いません。ですから、俺をあなたのお傍に置いてください。協力者として、俺にできることなら全てやります」
「も、もう既に困らせてるのよ……」
ヴィルヘルムから距離を取ろうとするが、腰を掴まれてしまい身動きが取れない。耳元に直接かかる息と、アンゼルムを彷彿とさせる甘くか弱い声に、頭がどうにかなってしまいそうだ。
(ダメよ、ダメ。私……グリエンド公爵には弱いんだから……)
「考えておくから、とりあえず今は離れて!」
投げやりに叫んだのであった。
皇后がヴィルヘルムに対して、エナヴェリーナと婚約しないのなら、アリアリーナをユーリのもとにと嫁がせると脅したらしい。ヴィルヘルムがアリアリーナに想いを寄せていることを知った上で、強引な手段に出たのだろう。一筋縄ではいかないヴィルヘルムだからこそ、彼の弱点であろうアリアリーナを引き合いに出したのだ。
今思い返せば、ガゼボでの家族会にて、皇后は意味深に呟いていた。
『まだ正式には決まってないけれど、グリエンド公爵もきっと了承してくださるだろうから』
疑問に思ったその時点で、言及しておけばよかった。皇后のことだ。少し刺激すれば簡単に白状しただろうに。
アリアリーナという切り札を使って脅せば、さすがのヴィルヘルムも折れると判断したのだ。「きっと」と口にしている辺り保険はかけていたが、十中八九受け入れてもらえると踏んでいたはず。
アリアリーナは大息をつく。ヴィルヘルム以外に愛する人を作らなければならないと躍起になって、前世の婚約者であったユーリを利用しようと彼に飛びついた。ユーリがどんな人間かを深く知ろうとしないで、「ユーリでいいや」と簡単に結論を出してしまった。そう、もとはと言えば、アリアリーナが招いた結果なのだ。少しの希望も抱かせることなく、最低な人間を演じればよかった。ユーリに期待を抱かせてしまったことにも、彼を利用しようとしたことにも、そして彼を選んだ自分自身にも憤りを感じた。
「それを私に直接言いにきたということは、あなたはエナヴェリーナお姉様との縁談を受け入れたの?」
だから、ヴィルヘルムとエナヴェリーナがいずれ愛し合うという考えに変わりはないのか、それを問うたのか。振り向いてくれる余地のないアリアリーナに淡い恋心を寄せ続けるのではなく、早いところエナヴェリーナに切り替えたということか。世間一般的に見たら、叶わない相手との未来を夢見ることを早々に諦め、ほかの人と幸せに結ばれる未来を選択するというのは、得策と言える。諦められれば、の話だが。
ヴィルヘルムは、アリアリーナのことを容易に諦めてしまえるはずだ。前世と同様、エナヴェリーナに絆されてしまえば、一瞬だろう。アリアリーナという存在すら最初からなかったかのように、忘れてしまえる――。
アリアリーナは手のひらに爪が食い込むほど、強く拳を握った。その時、そっと手を包み込まれる。顔を上げると、ヴィルヘルムがいた。いつの間にか隣に移動してきたみたいだ。
「お断りしました」
「え?」
「お断りしましたよ、普通に」
あっけらかんと答えたヴィルヘルムをジト目で見つめる。
「…………私が、あの気持ち悪い勘違い男に嫁いでもいいってわけ?」
(それはそれで複雑なんだけど)
アリアリーナの追求に、ヴィルヘルムは首を左右に振って否定する。
「皇女殿下をあんな男のもとへは嫁がせません、絶対に」
ブルーダイヤモンド色の眸子が煌めく。燦然と輝く星々よりも眩く、そして美しい。
「皇帝陛下に直談判します。最近の陛下のご様子を見る限り、陛下は聡明な皇女殿下に関心と期待を寄せておられます。ですから、きっと聞き入れてくださるでしょう」
「……それを見据えて、皇后陛下の脅しを跳ね除けたの?」
「それもありますが、一番の理由は、俺が第三皇女殿下と婚約したくなかったからです」
手を強く握ってくる。よく見ると手袋をしていない。アリアリーナの手を握るために、わざわざ外したのだ。汗の出方や体温の変化まで、容易に分かってしまう。互いの熱が混じり合い、溶けていく。
「俺は、第四皇女殿下との婚約、結婚を望んでいるのですから、ほかの女性との縁談を断るのは当然でしょう」
「…………そ、そう」
声が震えてしまった。恥ずかしくなったアリアリーナは、顔を背ける。後ろから伸びてきた手が、彼女の自慢の白銀髪をさらりと退ける。あらわになった耳に、吐息がかかった。
「皇女殿下を困らせることは言いません。ですから、俺をあなたのお傍に置いてください。協力者として、俺にできることなら全てやります」
「も、もう既に困らせてるのよ……」
ヴィルヘルムから距離を取ろうとするが、腰を掴まれてしまい身動きが取れない。耳元に直接かかる息と、アンゼルムを彷彿とさせる甘くか弱い声に、頭がどうにかなってしまいそうだ。
(ダメよ、ダメ。私……グリエンド公爵には弱いんだから……)
「考えておくから、とりあえず今は離れて!」
投げやりに叫んだのであった。
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