【完結】愛する人を殺さなければならないので離れていただいてもよろしいですか? 〜呪われた不幸皇女と無表情なイケメン公爵〜

I.Y

文字の大きさ
上 下
112 / 185

第112話 もう十分困らせてるから

しおりを挟む
 アリアリーナは堪忍袋の緒が切れそうになるのを堪える。深呼吸して、体内の熱を外へ逃がしていく。
 皇后がヴィルヘルムに対して、エナヴェリーナと婚約しないのなら、アリアリーナをユーリのもとにと嫁がせると脅したらしい。ヴィルヘルムがアリアリーナに想いを寄せていることを知った上で、強引な手段に出たのだろう。一筋縄ではいかないヴィルヘルムだからこそ、彼の弱点であろうアリアリーナを引き合いに出したのだ。
 今思い返せば、ガゼボでの家族会にて、皇后は意味深に呟いていた。

『まだ正式には決まってないけれど、グリエンド公爵もきっと了承してくださるだろうから』

 疑問に思ったその時点で、言及しておけばよかった。皇后のことだ。少し刺激すれば簡単に白状しただろうに。
 アリアリーナという切り札を使って脅せば、さすがのヴィルヘルムも折れると判断したのだ。「きっと」と口にしている辺り保険はかけていたが、十中八九受け入れてもらえると踏んでいたはず。
 アリアリーナは大息をつく。ヴィルヘルム以外に愛する人を作らなければならないと躍起になって、前世の婚約者であったユーリを利用しようと彼に飛びついた。ユーリがどんな人間かを深く知ろうとしないで、「ユーリでいいや」と簡単に結論を出してしまった。そう、もとはと言えば、アリアリーナが招いた結果なのだ。少しの希望も抱かせることなく、最低な人間を演じればよかった。ユーリに期待を抱かせてしまったことにも、彼を利用しようとしたことにも、そして彼を選んだ自分自身にも憤りを感じた。

「それを私に直接言いにきたということは、あなたはエナヴェリーナお姉様との縁談を受け入れたの?」

 だから、ヴィルヘルムとエナヴェリーナがいずれ愛し合うという考えに変わりはないのか、それを問うたのか。振り向いてくれる余地のないアリアリーナに淡い恋心を寄せ続けるのではなく、早いところエナヴェリーナに切り替えたということか。世間一般的に見たら、叶わない相手との未来を夢見ることを早々に諦め、ほかの人と幸せに結ばれる未来を選択するというのは、得策と言える。諦められれば、の話だが。
 ヴィルヘルムは、アリアリーナのことを容易に諦めてしまえるはずだ。前世と同様、エナヴェリーナに絆されてしまえば、一瞬だろう。アリアリーナという存在すら最初からなかったかのように、忘れてしまえる――。
 アリアリーナは手のひらに爪が食い込むほど、強く拳を握った。その時、そっと手を包み込まれる。顔を上げると、ヴィルヘルムがいた。いつの間にか隣に移動してきたみたいだ。

「お断りしました」
「え?」
「お断りしましたよ、普通に」

 あっけらかんと答えたヴィルヘルムをジト目で見つめる。

「…………私が、あの気持ち悪い勘違い男に嫁いでもいいってわけ?」

(それはそれで複雑なんだけど)

 アリアリーナの追求に、ヴィルヘルムは首を左右に振って否定する。

「皇女殿下をあんな男のもとへは嫁がせません、絶対に」

 ブルーダイヤモンド色の眸子が煌めく。燦然と輝く星々よりも眩く、そして美しい。

「皇帝陛下に直談判します。最近の陛下のご様子を見る限り、陛下は聡明な皇女殿下に関心と期待を寄せておられます。ですから、きっと聞き入れてくださるでしょう」
「……それを見据えて、皇后陛下の脅しを跳ね除けたの?」
「それもありますが、一番の理由は、俺が第三皇女殿下と婚約したくなかったからです」

 手を強く握ってくる。よく見ると手袋をしていない。アリアリーナの手を握るために、わざわざ外したのだ。汗の出方や体温の変化まで、容易に分かってしまう。互いの熱が混じり合い、溶けていく。

「俺は、第四皇女殿下との婚約、結婚を望んでいるのですから、ほかの女性との縁談を断るのは当然でしょう」
「…………そ、そう」

 声が震えてしまった。恥ずかしくなったアリアリーナは、顔を背ける。後ろから伸びてきた手が、彼女の自慢の白銀髪をさらりと退ける。あらわになった耳に、吐息がかかった。

「皇女殿下を困らせることは言いません。ですから、俺をあなたのお傍に置いてください。協力者として、俺にできることなら全てやります」
「も、もう既に困らせてるのよ……」

 ヴィルヘルムから距離を取ろうとするが、腰を掴まれてしまい身動きが取れない。耳元に直接かかる息と、アンゼルムを彷彿とさせる甘くか弱い声に、頭がどうにかなってしまいそうだ。

(ダメよ、ダメ。私……グリエンド公爵には弱いんだから……)

「考えておくから、とりあえず今は離れて!」

 投げやりに叫んだのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました

さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。 私との約束なんかなかったかのように… それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。 そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね… 分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

初恋の兄嫁を優先する私の旦那様へ。惨めな思いをあとどのくらい我慢したらいいですか。

梅雨の人
恋愛
ハーゲンシュタイン公爵の娘ローズは王命で第二王子サミュエルの婚約者となった。 王命でなければ誰もサミュエルの婚約者になろうとする高位貴族の令嬢が現れなかったからだ。 第一王子ウィリアムの婚約者となったブリアナに一目ぼれしてしまったサミュエルは、駄目だと分かっていても次第に互いの距離を近くしていったためだった。 常識のある周囲の冷ややかな視線にも気が付かない愚鈍なサミュエルと義姉ブリアナ。 ローズへの必要最低限の役目はかろうじて行っていたサミュエルだったが、常にその視線の先にはブリアナがいた。 みじめな婚約者時代を経てサミュエルと結婚し、さらに思いがけず王妃になってしまったローズはただひたすらその不遇の境遇を耐えた。 そんな中でもサミュエルが時折見せる優しさに、ローズは胸を高鳴らせてしまうのだった。 しかし、サミュエルとブリアナの愚かな言動がローズを深く傷つけ続け、遂にサミュエルは己の行動を深く後悔することになる―――。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

竜王の花嫁は番じゃない。

豆狸
恋愛
「……だから申し上げましたのに。私は貴方の番(つがい)などではないと。私はなんの衝動も感じていないと。私には……愛する婚約者がいるのだと……」 シンシアの瞳に涙はない。もう涸れ果ててしまっているのだ。 ──番じゃないと叫んでも聞いてもらえなかった花嫁の話です。

三度目の嘘つき

豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」 「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」 なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。

たとえ番でないとしても

豆狸
恋愛
「ディアナ王女、私が君を愛することはない。私の番は彼女、サギニなのだから」 「違います!」 私は叫ばずにはいられませんでした。 「その方ではありません! 竜王ニコラオス陛下の番は私です!」 ──番だと叫ぶ言葉を聞いてもらえなかった花嫁の話です。 ※1/4、短編→長編に変更しました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

初恋の相手と結ばれて幸せですか?

豆狸
恋愛
その日、学園に現れた転校生は私の婚約者の幼馴染で──初恋の相手でした。

処理中です...