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第111話 大事な話
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体を芯から温めたアリアリーナは、白いレースのドレスを身に纏い、ヴィルヘルムが待つ客間に向かった。
「待たせたわね」
「………………」
「グリエンド公爵?」
アリアリーナに呼ばれたヴィルヘルムは、我に返り咳払いする。
「肌着のような格好では、寒くないですか?」
「肌着じゃないもの。寒くないわ」
半分意識を飛ばしていたのは、透け感のあるレースのドレスの影響か、と納得しながらそう答えた。
一年前、ディオレント王城に滞在中に、ヴィルヘルムが投下した爆弾発言を思い出す。
『第四皇女殿下、俺はあなたを、妄想の中で何度も抱いています』
今でもはっきりと覚えている。どこか落ち着かない様子でソワソワとしているヴィルヘルムを見つめながら、アリアリーナは口端を上げた。
「もしかして……妄想しちゃったの?」
「っ!?」
瞳孔が開かれる。アリアリーナでなかったら見逃してしまうほど、小さな変化だった。僅かな動揺から図星なのだと察したアリアリーナは、ヴィルヘルムをさらにいじめてやろうと企む。しかしそんな彼女よりも先に、ヴィルヘルムが本題を切り出した。
「第四皇女殿下に会いに来たのには、理由があります」
「……理由?」
「はい。どうしてもお話したいことがあり、皇城まで来ました」
先程の甘い雰囲気とは打って変わり、重々しい空気に包まれる。ヴィルヘルムの「どうしても話したいこと」とは、なんなのか。アリアリーナは彼を雨の中に放置しておかなくて正解だったと安堵する。
「実は先日、皇后陛下より皇城に招待されまして、足を運んだのです」
「皇后陛下に? ただの招待ではなかったでしょうに」
「仰る通りです。その場には、第三皇女殿下もいらっしゃいました」
そこまでは、想定内だろう。アリアリーナが二度目の人生を歩む前、まだ彼女がヴィルヘルムに執着していた時には、皇后やエナヴェリーナがヴィルヘルムと面会することは多かったから。まぁ、ヴィルヘルムがエナヴェリーナと距離を取ってしまってからは、正式な面会の機会も減ってしまっただろうが。
「それで? 何があったの?」
「……皇后陛下より、第三皇女殿下とのご婚約を催促されました」
ヴィルヘルムの口から語られた内容に、アリアリーナは静かに瞑目した。特に驚きもしなかった。彼女が既に知っていた話だったからだ。
春先に行われた家族揃っての食事会。皇后はエナヴェリーナとヴィルヘルムの婚約が間近であると話していた。ヴィルヘルムの意志が最優先されなければならないため慎重に判断すべきだとアリアリーナは忠告したが、皇后はそれを聞かなかったようだ。皇帝は納得していたため、きっと皇帝に相談もしないまま、ヴィルヘルムに接触を図ったのだろう。
「第四皇女殿下は以前、俺と第三皇女殿下がいずれ愛し合うと仰っておられましたが、今も、その考えは変わっていませんか?」
思いもよらぬ問いかけに、アリアリーナは熟考する。
ヴィルヘルムとエナヴェリーナは、いずれ結ばれる運命にあると。一度目の人生と同様に愛し合う未来なのだと思っていた。しかし今では、そんな未来とは逆方向に突っ走ってしまっている。アリアリーナが前世とは違う行動を取っているからこそ、本来在るべきはずの未来も形を変えているのだ。
アリアリーナは長嘆息した。
「変わっていないわ。あなたとエナヴェリーナお姉様はきっと結ばれるはずだもの」
「………………」
「でも、それはあなたが決めることよね。過去も今も、そして未来も、どうするかはあなたが決めること。だから、エナヴェリーナお姉様との婚約は、あなたの意志が尊重されなければならない。そう思ってるわ」
ヴィルヘルムは小さく息を呑んだ。
ヴィルヘルムという人間を知って、愛したからこそ、今では彼に幸せになってほしいと心から思っている。だからこそ、その幸せにエナヴェリーナが不必要なのであれば、それはそれで良いのかもしれない。決して、自分を好いてくれているヴィルヘルムがエナヴェリーナと結ばれてほしくないと、思っているわけではない。そう、信じたい……。
(呪いなんてなかったら、過去の行いも全てなかったことにできたら、私とあなたは、結ばれていたのかしら)
頬を赤色に染めて恥じらうヴィルヘルムを見つめながら、そう思った。
「それで、皇后陛下やお姉様に何を言われたの?」
「……婚約の話を引き受けないのなら、第四皇女殿下をダゼロラ公爵に嫁がせる、と」
アリアリーナは愕然としながら、ヴィルヘルムを凝視する。彼の様相からして嘘は言っていない。
自分の中でふつふつと怒りのゲージが溜まっていくのを感じながら、拳を握った。
「待たせたわね」
「………………」
「グリエンド公爵?」
アリアリーナに呼ばれたヴィルヘルムは、我に返り咳払いする。
「肌着のような格好では、寒くないですか?」
「肌着じゃないもの。寒くないわ」
半分意識を飛ばしていたのは、透け感のあるレースのドレスの影響か、と納得しながらそう答えた。
一年前、ディオレント王城に滞在中に、ヴィルヘルムが投下した爆弾発言を思い出す。
『第四皇女殿下、俺はあなたを、妄想の中で何度も抱いています』
今でもはっきりと覚えている。どこか落ち着かない様子でソワソワとしているヴィルヘルムを見つめながら、アリアリーナは口端を上げた。
「もしかして……妄想しちゃったの?」
「っ!?」
瞳孔が開かれる。アリアリーナでなかったら見逃してしまうほど、小さな変化だった。僅かな動揺から図星なのだと察したアリアリーナは、ヴィルヘルムをさらにいじめてやろうと企む。しかしそんな彼女よりも先に、ヴィルヘルムが本題を切り出した。
「第四皇女殿下に会いに来たのには、理由があります」
「……理由?」
「はい。どうしてもお話したいことがあり、皇城まで来ました」
先程の甘い雰囲気とは打って変わり、重々しい空気に包まれる。ヴィルヘルムの「どうしても話したいこと」とは、なんなのか。アリアリーナは彼を雨の中に放置しておかなくて正解だったと安堵する。
「実は先日、皇后陛下より皇城に招待されまして、足を運んだのです」
「皇后陛下に? ただの招待ではなかったでしょうに」
「仰る通りです。その場には、第三皇女殿下もいらっしゃいました」
そこまでは、想定内だろう。アリアリーナが二度目の人生を歩む前、まだ彼女がヴィルヘルムに執着していた時には、皇后やエナヴェリーナがヴィルヘルムと面会することは多かったから。まぁ、ヴィルヘルムがエナヴェリーナと距離を取ってしまってからは、正式な面会の機会も減ってしまっただろうが。
「それで? 何があったの?」
「……皇后陛下より、第三皇女殿下とのご婚約を催促されました」
ヴィルヘルムの口から語られた内容に、アリアリーナは静かに瞑目した。特に驚きもしなかった。彼女が既に知っていた話だったからだ。
春先に行われた家族揃っての食事会。皇后はエナヴェリーナとヴィルヘルムの婚約が間近であると話していた。ヴィルヘルムの意志が最優先されなければならないため慎重に判断すべきだとアリアリーナは忠告したが、皇后はそれを聞かなかったようだ。皇帝は納得していたため、きっと皇帝に相談もしないまま、ヴィルヘルムに接触を図ったのだろう。
「第四皇女殿下は以前、俺と第三皇女殿下がいずれ愛し合うと仰っておられましたが、今も、その考えは変わっていませんか?」
思いもよらぬ問いかけに、アリアリーナは熟考する。
ヴィルヘルムとエナヴェリーナは、いずれ結ばれる運命にあると。一度目の人生と同様に愛し合う未来なのだと思っていた。しかし今では、そんな未来とは逆方向に突っ走ってしまっている。アリアリーナが前世とは違う行動を取っているからこそ、本来在るべきはずの未来も形を変えているのだ。
アリアリーナは長嘆息した。
「変わっていないわ。あなたとエナヴェリーナお姉様はきっと結ばれるはずだもの」
「………………」
「でも、それはあなたが決めることよね。過去も今も、そして未来も、どうするかはあなたが決めること。だから、エナヴェリーナお姉様との婚約は、あなたの意志が尊重されなければならない。そう思ってるわ」
ヴィルヘルムは小さく息を呑んだ。
ヴィルヘルムという人間を知って、愛したからこそ、今では彼に幸せになってほしいと心から思っている。だからこそ、その幸せにエナヴェリーナが不必要なのであれば、それはそれで良いのかもしれない。決して、自分を好いてくれているヴィルヘルムがエナヴェリーナと結ばれてほしくないと、思っているわけではない。そう、信じたい……。
(呪いなんてなかったら、過去の行いも全てなかったことにできたら、私とあなたは、結ばれていたのかしら)
頬を赤色に染めて恥じらうヴィルヘルムを見つめながら、そう思った。
「それで、皇后陛下やお姉様に何を言われたの?」
「……婚約の話を引き受けないのなら、第四皇女殿下をダゼロラ公爵に嫁がせる、と」
アリアリーナは愕然としながら、ヴィルヘルムを凝視する。彼の様相からして嘘は言っていない。
自分の中でふつふつと怒りのゲージが溜まっていくのを感じながら、拳を握った。
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