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第107話 届かない想い
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アリアリーナを追いかけて、彼女の宮までやって来たヴィルヘルム。見張りの騎士たちに声をかけた。
「第四皇女殿下と話がしたい。通してくれ」
「……皇女殿下は現在、どなたとの面会も許可されておりません。申し訳ありませんが、お通しすることはできません」
門前払いを食らってしまった。どうにか取り合ってもらおうと思考していると、宮から出てきた執事の存在に気がつく。
「おや……グリエンド公爵様」
アリアリーナの専属執事レイだ。
「皇女殿下と話がしたいのだが……」
「申し訳ございません。姫様のお許しが出ておりませんので、どうかお引き取りください」
レイが頭を下げる。帰るよう促されるが、ヴィルヘルムは納得いかない。諦めるつもりが毛頭ない彼は、立ち去ろうとするレイを引き止める。レイは困り果てた表情をしながらも、何かを考え込む仕草を見せる。
「少しだけ、お時間よろしいですか?」
その問いかけに、ヴィルヘルムは頷く。歩き出すレイの背中を追い、人目のつかない場所に向かう。やって来たのは、宮の裏側、人にも太陽にも見つからない隠れた名所だ。
「グリエンド公爵様。申し訳ありませんが、姫様にお会いさせることはできません。本当は私も、公爵様の願いを叶えてさしあげたいのですが、何よりも姫様がそれを望んでおられませんので……」
レイの心苦しそうな謝罪を受けたヴィルヘルムは、静かに頷く。
レイの気持ちも分かる。彼はヴィルヘルムではなく、アリアリーナに仕える執事だ。主人の命令を守るのは、配下として当然のことだろう。
だからと言って、そう簡単に諦めるわけにはいかない。どうにかしてアリアリーナに会わなければ……。そう思った時、レイが口を開く。
「公爵様。姫様にも譲れないものがあるのです。……いいえ、もしかしたらそれも間違っているかもしれませんね……。姫様にとっては、譲れないものしかないのです」
まっすぐな目に見つめられ、ヴィルヘルムは俯く。
アリアリーナは、強い信念を持っている。他人に何かを言われたくらいでは揺らがない心が、彼女にはあるのだ。しかしそれと共に、少し強引な手を使えば、受け入れてくれる優しさも持ち合わせている。ヴィルヘルムはこれまで何度か強引な手段を使い、彼女に接近してきたのだから。だがこればかりは、どうにもならないのかもしれない。
想いを伝えた今、アリアリーナに会いたいからと、彼女と結婚したいからと、強引な手段を使ったら最後、彼女はもう二度と、ヴィルヘルムを視界にすら入れてくれなくなる。確信はない。だが不思議と、そんな予感がしていた。
「姫様のご意志は固いです。恐らく、グリエンド公爵様になんと言われても、首を縦には振らないでしょう。しかしそれは現時点の話です。いずれはもしかしたら、という可能性もあります。余程のことがあれば……例えばグリエンド公爵様の想いが通じるとか、そういったことがあれば、姫様も頷くやもしれません。難しいかもしれませんが……」
レイは長嘆息した。
「姫様は公爵様を突き放していますが、それは公爵様のためを思ってのことです。姫様の中に、公爵様に幸せになってほしいという気持ちがあることだけは、どうか忘れないでいただきたいのです」
アリアリーナと会えない今、彼女を傍で支えてきた執事からの言葉は、ヴィルヘルムの焦りを落ち着かせていく。
アリアリーナが自分のことを少しでも考えてくれている。そして、幸せになってほしいとも思ってくれている。彼女の口から語られる言葉は全て、ヴィルヘルムの心を抉る作用を持つが、もしかしたら彼女の本音は違うのかもしれない。違うと、信じたいのだ――。
「詳しいことは、私からは話せません。いつか時が来たら、姫様に直接問いかけてみると良いでしょう」
アドバイスを素直に受け入れたヴィルヘルムは、小さく首を縦に振る。
「ひとつ、頼まれ事を引き受けてくれないか?」
「なんでしょうか」
「皇女殿下に、誕生日おめでとうございますと、伝えてほしい」
「……承りました」
レイは深く一礼する。淡い心を託したことに、ヴィルヘルムは自己満足した。直接言えないことが心苦しいが、アリアリーナの意識が少しでも自分の心に向くのであれば、それでいい。
ヴィルヘルムは宮を見上げる。どこかの部屋にいるであろうアリアリーナに、思いを馳せた。
(俺に幸せになってほしいと本気で思っているなら、皇女殿下が、俺の想いに応えてください)
「第四皇女殿下と話がしたい。通してくれ」
「……皇女殿下は現在、どなたとの面会も許可されておりません。申し訳ありませんが、お通しすることはできません」
門前払いを食らってしまった。どうにか取り合ってもらおうと思考していると、宮から出てきた執事の存在に気がつく。
「おや……グリエンド公爵様」
アリアリーナの専属執事レイだ。
「皇女殿下と話がしたいのだが……」
「申し訳ございません。姫様のお許しが出ておりませんので、どうかお引き取りください」
レイが頭を下げる。帰るよう促されるが、ヴィルヘルムは納得いかない。諦めるつもりが毛頭ない彼は、立ち去ろうとするレイを引き止める。レイは困り果てた表情をしながらも、何かを考え込む仕草を見せる。
「少しだけ、お時間よろしいですか?」
その問いかけに、ヴィルヘルムは頷く。歩き出すレイの背中を追い、人目のつかない場所に向かう。やって来たのは、宮の裏側、人にも太陽にも見つからない隠れた名所だ。
「グリエンド公爵様。申し訳ありませんが、姫様にお会いさせることはできません。本当は私も、公爵様の願いを叶えてさしあげたいのですが、何よりも姫様がそれを望んでおられませんので……」
レイの心苦しそうな謝罪を受けたヴィルヘルムは、静かに頷く。
レイの気持ちも分かる。彼はヴィルヘルムではなく、アリアリーナに仕える執事だ。主人の命令を守るのは、配下として当然のことだろう。
だからと言って、そう簡単に諦めるわけにはいかない。どうにかしてアリアリーナに会わなければ……。そう思った時、レイが口を開く。
「公爵様。姫様にも譲れないものがあるのです。……いいえ、もしかしたらそれも間違っているかもしれませんね……。姫様にとっては、譲れないものしかないのです」
まっすぐな目に見つめられ、ヴィルヘルムは俯く。
アリアリーナは、強い信念を持っている。他人に何かを言われたくらいでは揺らがない心が、彼女にはあるのだ。しかしそれと共に、少し強引な手を使えば、受け入れてくれる優しさも持ち合わせている。ヴィルヘルムはこれまで何度か強引な手段を使い、彼女に接近してきたのだから。だがこればかりは、どうにもならないのかもしれない。
想いを伝えた今、アリアリーナに会いたいからと、彼女と結婚したいからと、強引な手段を使ったら最後、彼女はもう二度と、ヴィルヘルムを視界にすら入れてくれなくなる。確信はない。だが不思議と、そんな予感がしていた。
「姫様のご意志は固いです。恐らく、グリエンド公爵様になんと言われても、首を縦には振らないでしょう。しかしそれは現時点の話です。いずれはもしかしたら、という可能性もあります。余程のことがあれば……例えばグリエンド公爵様の想いが通じるとか、そういったことがあれば、姫様も頷くやもしれません。難しいかもしれませんが……」
レイは長嘆息した。
「姫様は公爵様を突き放していますが、それは公爵様のためを思ってのことです。姫様の中に、公爵様に幸せになってほしいという気持ちがあることだけは、どうか忘れないでいただきたいのです」
アリアリーナと会えない今、彼女を傍で支えてきた執事からの言葉は、ヴィルヘルムの焦りを落ち着かせていく。
アリアリーナが自分のことを少しでも考えてくれている。そして、幸せになってほしいとも思ってくれている。彼女の口から語られる言葉は全て、ヴィルヘルムの心を抉る作用を持つが、もしかしたら彼女の本音は違うのかもしれない。違うと、信じたいのだ――。
「詳しいことは、私からは話せません。いつか時が来たら、姫様に直接問いかけてみると良いでしょう」
アドバイスを素直に受け入れたヴィルヘルムは、小さく首を縦に振る。
「ひとつ、頼まれ事を引き受けてくれないか?」
「なんでしょうか」
「皇女殿下に、誕生日おめでとうございますと、伝えてほしい」
「……承りました」
レイは深く一礼する。淡い心を託したことに、ヴィルヘルムは自己満足した。直接言えないことが心苦しいが、アリアリーナの意識が少しでも自分の心に向くのであれば、それでいい。
ヴィルヘルムは宮を見上げる。どこかの部屋にいるであろうアリアリーナに、思いを馳せた。
(俺に幸せになってほしいと本気で思っているなら、皇女殿下が、俺の想いに応えてください)
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