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第93話 綻びから
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アリアリーナは皇都の酒場にやって来ていた。三階の一番奥の個室、クライドとの会合の場所だ。
「今日はひとりか?」
「執事が外にいるわ」
「……実質、ふたりきりってことか」
クライドがニヤリと笑う。悪い男の笑みに、心が擽られた。これ以上クライドに好き勝手言わせないためにも、アリアリーナは口を開いた。
「あなたのおかげで私の命を……皇族を狙っていた暗殺組織と黒幕を吊るすことができたわ。ありがとう」
「……噂には聞いてるぜ? 黒幕はディオレントの第一王子だったんだってな」
クライドはふたつのグラスに酒を注ぎながらそう言った。透明のグラスが酒の色に染められていくのを見つめながら、アリアリーナは胸の蟠りの正体を探り始めた。
皇族を殺害した黒幕は、アードリアンだった。しかし皇族の命を狙う目的がよく分からない。確かに皇帝になりたいという気持ちが強かったのは理解できる。だが本当に皇帝になりたいのであれば、ディオレント王国第一王子という身分を利用して堂々と皇城に侵入、現皇帝を即刻殺害して玉座を奪ったほうが良いのではないか。それに、一度目の人生では皇族の命を狙ってなかったはずだが。
暗殺組織と結託して順番に皇族を殺害し、着実に玉座に近づいたほうが良策だと判断したのだろうか……。
「こんなにいい男が目の前にいるっていうのに、呑気に考え事か?」
「いい男かどうかは知らないけど、考え事をしていたのは事実よ」
アリアリーナはクライドからグラスを受け取り、そっと酒を飲む。
「第一王子がなぜ反逆を起こしたのか、よく分からないの」
「皇帝の座が欲しかったんだろ? あの第一王子らしい理由じゃねぇか」
「……着実に玉座を狙うなら誕生パーティーの間で大々的に皇族を殺す必要性はなかったはずよ。間にいなかった皇族を隠密で殺せばよかったのに……」
そこまで喋ったところでアリアリーナは不審な点に気がついた。
皇太女を殺害しようと試みた騎士、暗殺者が四人の皇族を殺したとレイから聞いている。暗殺者は四人の皇族を殺害した時点で止めておくべきだったのに、間にいる人々が目を覚まし始めた時に、皇太女を殺そうとしたのだ。そう、見てくださいと言わんばかりに――。
「あの暗殺者、まるで、わざと捕まったみたい……」
ぽろりとこぼした本音。二杯目の酒を注いでいたクライドは手を止める。アリアリーナの呟きに驚いた様子だった。
「それは考えすぎだ、姫様。オレたち暗殺者は獲物を一掃する絶好のチャンスを逃すわけにはいかない。四人殺害したからと言って、皇太女が目の前にいたらさっさと片付けたくなるもんだ」
「焦っていたということ? 一番初めにシルヴィリーナお姉様を手にかけたら良かったのに……。それにあの場にはエナヴェリーナお姉様もエルドレッドお兄様も、私もいたのよ? 普通なら私たちから殺害するでしょうに……」
命を狙ってきた暗殺組織を壊滅させることに意識が集中していたが、ひとつ綻びが生じると次々と不審な点が見つかっていく。
会場にいた大勢の人々が眠りについたということにも引っかかる。あれだけの人数と広範囲に魔術を施すのは高難易度だ。それに加えて魔術師たちは現場ではない場所で呪文を詠唱したはず。
そこまで考えたところで、アリアリーナはかぶりを振る。
〝新月〟の魔術師もそれなりの人数がいたし、かなりの実力者だったため、高難易度の魔術、条件であったとしても可能だっただろう。
あらゆる術を無効化する魔術もかけられていたため、アリアリーナの結界の呪術も効果をなくした。宮廷魔法師も間の異変には気がつかなかったらしい。それだけ敵の魔術師たちの才能が長けていたということだろう。裏世界では、奴隷闘技場に実在するあらゆる術を無効化する門が秘密裏に開発されるほど、能力に長けた者がいることは十二分に理解している。それなのに、なぜだか納得いかない。
「直系じゃない皇族から片付けたかったんじゃないか? これまでも、殺されたのは直系じゃないしな。それにディオレント王妃が殺されなかったのも黒幕の母親だからじゃねぇのか?」
「………………」
アリアリーナは黙り込んだ。
皇帝の弟妹の中で生き残っているのは、僅かふたり。皇帝を合わせると三人しかいない。その中に反逆者アードリアンの母親であるアデリンも含まれている。アデリンもパーティーの間にいたはず。だが彼女は殺害されなかった。黒幕の、依頼主の母親だからというクライドの説明は、納得がいく。
「冷静になれ、姫様」
「至って冷静よ」
「そうは見えねぇけどな」
クライドは酒を呷りながら、席を立つ。アリアリーナの隣に腰掛けると、彼女の肩に腕を回した。馴れ馴れしいクライドに、アリアリーナは眉を顰める。
「オレも引き続き、裏世界の動きに警戒しておいてやる。また怪しい動きを察知したら教えてやるから。今は、一件落着、それでいいじゃねぇか」
クライドの大きな手が頭に乗せられる。乱暴に髪を撫で回され、アリアリーナは肩を落としたのであった。
「今日はひとりか?」
「執事が外にいるわ」
「……実質、ふたりきりってことか」
クライドがニヤリと笑う。悪い男の笑みに、心が擽られた。これ以上クライドに好き勝手言わせないためにも、アリアリーナは口を開いた。
「あなたのおかげで私の命を……皇族を狙っていた暗殺組織と黒幕を吊るすことができたわ。ありがとう」
「……噂には聞いてるぜ? 黒幕はディオレントの第一王子だったんだってな」
クライドはふたつのグラスに酒を注ぎながらそう言った。透明のグラスが酒の色に染められていくのを見つめながら、アリアリーナは胸の蟠りの正体を探り始めた。
皇族を殺害した黒幕は、アードリアンだった。しかし皇族の命を狙う目的がよく分からない。確かに皇帝になりたいという気持ちが強かったのは理解できる。だが本当に皇帝になりたいのであれば、ディオレント王国第一王子という身分を利用して堂々と皇城に侵入、現皇帝を即刻殺害して玉座を奪ったほうが良いのではないか。それに、一度目の人生では皇族の命を狙ってなかったはずだが。
暗殺組織と結託して順番に皇族を殺害し、着実に玉座に近づいたほうが良策だと判断したのだろうか……。
「こんなにいい男が目の前にいるっていうのに、呑気に考え事か?」
「いい男かどうかは知らないけど、考え事をしていたのは事実よ」
アリアリーナはクライドからグラスを受け取り、そっと酒を飲む。
「第一王子がなぜ反逆を起こしたのか、よく分からないの」
「皇帝の座が欲しかったんだろ? あの第一王子らしい理由じゃねぇか」
「……着実に玉座を狙うなら誕生パーティーの間で大々的に皇族を殺す必要性はなかったはずよ。間にいなかった皇族を隠密で殺せばよかったのに……」
そこまで喋ったところでアリアリーナは不審な点に気がついた。
皇太女を殺害しようと試みた騎士、暗殺者が四人の皇族を殺したとレイから聞いている。暗殺者は四人の皇族を殺害した時点で止めておくべきだったのに、間にいる人々が目を覚まし始めた時に、皇太女を殺そうとしたのだ。そう、見てくださいと言わんばかりに――。
「あの暗殺者、まるで、わざと捕まったみたい……」
ぽろりとこぼした本音。二杯目の酒を注いでいたクライドは手を止める。アリアリーナの呟きに驚いた様子だった。
「それは考えすぎだ、姫様。オレたち暗殺者は獲物を一掃する絶好のチャンスを逃すわけにはいかない。四人殺害したからと言って、皇太女が目の前にいたらさっさと片付けたくなるもんだ」
「焦っていたということ? 一番初めにシルヴィリーナお姉様を手にかけたら良かったのに……。それにあの場にはエナヴェリーナお姉様もエルドレッドお兄様も、私もいたのよ? 普通なら私たちから殺害するでしょうに……」
命を狙ってきた暗殺組織を壊滅させることに意識が集中していたが、ひとつ綻びが生じると次々と不審な点が見つかっていく。
会場にいた大勢の人々が眠りについたということにも引っかかる。あれだけの人数と広範囲に魔術を施すのは高難易度だ。それに加えて魔術師たちは現場ではない場所で呪文を詠唱したはず。
そこまで考えたところで、アリアリーナはかぶりを振る。
〝新月〟の魔術師もそれなりの人数がいたし、かなりの実力者だったため、高難易度の魔術、条件であったとしても可能だっただろう。
あらゆる術を無効化する魔術もかけられていたため、アリアリーナの結界の呪術も効果をなくした。宮廷魔法師も間の異変には気がつかなかったらしい。それだけ敵の魔術師たちの才能が長けていたということだろう。裏世界では、奴隷闘技場に実在するあらゆる術を無効化する門が秘密裏に開発されるほど、能力に長けた者がいることは十二分に理解している。それなのに、なぜだか納得いかない。
「直系じゃない皇族から片付けたかったんじゃないか? これまでも、殺されたのは直系じゃないしな。それにディオレント王妃が殺されなかったのも黒幕の母親だからじゃねぇのか?」
「………………」
アリアリーナは黙り込んだ。
皇帝の弟妹の中で生き残っているのは、僅かふたり。皇帝を合わせると三人しかいない。その中に反逆者アードリアンの母親であるアデリンも含まれている。アデリンもパーティーの間にいたはず。だが彼女は殺害されなかった。黒幕の、依頼主の母親だからというクライドの説明は、納得がいく。
「冷静になれ、姫様」
「至って冷静よ」
「そうは見えねぇけどな」
クライドは酒を呷りながら、席を立つ。アリアリーナの隣に腰掛けると、彼女の肩に腕を回した。馴れ馴れしいクライドに、アリアリーナは眉を顰める。
「オレも引き続き、裏世界の動きに警戒しておいてやる。また怪しい動きを察知したら教えてやるから。今は、一件落着、それでいいじゃねぇか」
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