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第91話 皇帝に忠告
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扉の向こうから現れたのは、皇帝とシルヴィリーナだった。彼らはベッドに座るアリアリーナを見つめ、目を見開く。
「アリアリーナ……! 目が覚めたのか!?」
シルヴィリーナは我を忘れ、アリアリーナに駆け寄った。その目には、涙が浮かんでいる。心の底から異母妹のことを心配していたようだ。
「グリエンド公爵以外席を外してくれるか?」
皇帝の言葉に深く頷いたレイは、未だ涙を流すアンゼルムを連れて部屋を出ていった。
アリアリーナ、皇帝、シルヴィリーナ、ヴィルヘルムという異色の四人が揃う。
「大口を叩いたかと思いきや、無様な状態で帰還するとは。実力に見合っていないことをやろうとするでない」
「病人に向かって説教ですか? 成功したから良いではありませんか」
アリアリーナは溜息混じりに告げた。
「そもそも魔術師たちがいたのですから、彼らに勝利できただけでも喜ぶべきです」
「ま、魔術師たちだと!?」
「……ご存じなかったのですか?」
普段の皇帝からは想像もできない驚きように、アリアリーナは鼻で笑う。
〝新月〟に魔術師たちがいたことが想定外だったのだろうか。確かに双子の誕生パーティーの会場に皇帝はいなかった。だが、シルヴィリーナはいた。間にいた人々が一斉に意識を失ったという報告は彼女やほかの者から受けているはずだが。もしかしたら、多少魔術を使えるまがい物はいたとしても、「魔術師」と呼べるほどの実力者たちが〝新月〟に属しているとは信じられなかったのかもしれない。
「……予想はしていたが、驚いただけだ」
空咳して平常を装う皇帝に、一発お見舞いしたいと率直に感じた。慎重派な皇帝を脅して、宮廷魔法師を現地に駆り出せばよかった。「高貴で希少な彼らを帝国の命運を分ける戦場ではなく、たかが裏組織との抗争に駆り出すとは……」なんとかと、反対されていただろうが。アリアリーナ自身、大嫌いな父親の力を借りること自体、あまりしたくない。
「皇帝陛下。第四皇女殿下をお守りできなかった処罰を……お受けいたします」
ヴィルヘルムの言葉を聞いた皇帝が瞑目した。アリアリーナは驚いた目でヴィルヘルムを見る。
『第四皇女殿下は必ず守り抜きますのでご安心ください』
裏組織の処理を一任してくれと直談判した日、ヴィルヘルムはアリアリーナを守ると口にした。実際その約束を守れたか、と問われると疑念が残る。確かに〝新月〟は壊滅し、皇帝の支持も回復しつつあるだろう。しかし、〝新月〟の本拠地に乗り込んだアリアリーナが抗争の末に一ヶ月も意識を失っていたのだ。それはヴィルヘルムからしたら「守った」とは言えないのだろう。
「ひと月前、アリアリーナが目を覚ましてから処罰を受けると言っていたが……覚悟はできておるのだろうな?」
「はい」
ヴィルヘルムは強く頷く。彼の返事に、偽りはない。処罰を受けるのは、アリアリーナではない。それなのに彼女は、腸が煮えくり返る思いを抱いていた。
「ふざけないで。何よ、処罰って」
シーツを握りしめ、皇帝を睥睨する。オパールグリーンの眼は、憤怒に染められていた。
「現場にも行っていない人間が偉そうなことを言うなんて、恥ずかしいと思わないわけ?」
皇帝への最低限の礼儀も忘れ、問い詰める。もとから皇帝に対して忠誠を誓っているわけではなかったが、ここまで嫌悪感をあらわにすることはなかった。しかしアリアリーナも知らない状況下で、ヴィルヘルムへの処罰が下されようとしているならば、易々見逃すわけにはいかない。
「グリエンド公爵に処罰を下すということは、自爆を図った魔術師たちから彼や彼の部下を守った私の選択が間違ってたと言いたいの?」
「アリアリーナ……」
「名を呼ばないで。虫唾が走る」
アリアリーナの全身から殺気が放たれた。ツィンクラウンの君主が、娘である皇女に気圧されている。その状況に、シルヴィリーナとヴィルヘルムは息を呑んだ。
「グリエンド公爵に処罰を下そうなんてバカなこと考えないことね。分かったら、彼の協力のおかげで皇族を殺害した不届き者をひとり残らず始末できたと公表してちょうだい」
(あぁ、なんで私は、グリエンド公爵のためにこんなことを口走っているの?)
ヴィルヘルムを庇う自分に、嫌気が差す。今さら後退りはできない。
アリアリーナはベッドから下りて、唖然とする皇帝に詰め寄る。
「ディオレント国王殿下、王妃殿下、第二王子殿下、それから王族の方々の処罰もやめて。破ったら、お父様の首が飛ぶ羽目になるわ」
単なる「嫌な予感がする」を「皇帝の首が飛ぶ羽目になる」と大袈裟に言い換えて脅す。
「まだその立場にいたいのなら、の話だけど」
はっきりと忠告した。それに従うも、従わないのも皇帝の自由だが、前者を選び取るはずだとアリアリーナは確信していたのであった。
こうして、皇族殺しの暗殺組織〝新月〟は滅亡し、ボスや幹部、黒幕であったディオレント王国第一王子アードリアンは後日、民衆の面前で処刑された。
彼らの穢れた血が青空に飛び散っていくと共に、アリアリーナの中にあった違和感は消せないほど大きくなっていったのであった。
「アリアリーナ……! 目が覚めたのか!?」
シルヴィリーナは我を忘れ、アリアリーナに駆け寄った。その目には、涙が浮かんでいる。心の底から異母妹のことを心配していたようだ。
「グリエンド公爵以外席を外してくれるか?」
皇帝の言葉に深く頷いたレイは、未だ涙を流すアンゼルムを連れて部屋を出ていった。
アリアリーナ、皇帝、シルヴィリーナ、ヴィルヘルムという異色の四人が揃う。
「大口を叩いたかと思いきや、無様な状態で帰還するとは。実力に見合っていないことをやろうとするでない」
「病人に向かって説教ですか? 成功したから良いではありませんか」
アリアリーナは溜息混じりに告げた。
「そもそも魔術師たちがいたのですから、彼らに勝利できただけでも喜ぶべきです」
「ま、魔術師たちだと!?」
「……ご存じなかったのですか?」
普段の皇帝からは想像もできない驚きように、アリアリーナは鼻で笑う。
〝新月〟に魔術師たちがいたことが想定外だったのだろうか。確かに双子の誕生パーティーの会場に皇帝はいなかった。だが、シルヴィリーナはいた。間にいた人々が一斉に意識を失ったという報告は彼女やほかの者から受けているはずだが。もしかしたら、多少魔術を使えるまがい物はいたとしても、「魔術師」と呼べるほどの実力者たちが〝新月〟に属しているとは信じられなかったのかもしれない。
「……予想はしていたが、驚いただけだ」
空咳して平常を装う皇帝に、一発お見舞いしたいと率直に感じた。慎重派な皇帝を脅して、宮廷魔法師を現地に駆り出せばよかった。「高貴で希少な彼らを帝国の命運を分ける戦場ではなく、たかが裏組織との抗争に駆り出すとは……」なんとかと、反対されていただろうが。アリアリーナ自身、大嫌いな父親の力を借りること自体、あまりしたくない。
「皇帝陛下。第四皇女殿下をお守りできなかった処罰を……お受けいたします」
ヴィルヘルムの言葉を聞いた皇帝が瞑目した。アリアリーナは驚いた目でヴィルヘルムを見る。
『第四皇女殿下は必ず守り抜きますのでご安心ください』
裏組織の処理を一任してくれと直談判した日、ヴィルヘルムはアリアリーナを守ると口にした。実際その約束を守れたか、と問われると疑念が残る。確かに〝新月〟は壊滅し、皇帝の支持も回復しつつあるだろう。しかし、〝新月〟の本拠地に乗り込んだアリアリーナが抗争の末に一ヶ月も意識を失っていたのだ。それはヴィルヘルムからしたら「守った」とは言えないのだろう。
「ひと月前、アリアリーナが目を覚ましてから処罰を受けると言っていたが……覚悟はできておるのだろうな?」
「はい」
ヴィルヘルムは強く頷く。彼の返事に、偽りはない。処罰を受けるのは、アリアリーナではない。それなのに彼女は、腸が煮えくり返る思いを抱いていた。
「ふざけないで。何よ、処罰って」
シーツを握りしめ、皇帝を睥睨する。オパールグリーンの眼は、憤怒に染められていた。
「現場にも行っていない人間が偉そうなことを言うなんて、恥ずかしいと思わないわけ?」
皇帝への最低限の礼儀も忘れ、問い詰める。もとから皇帝に対して忠誠を誓っているわけではなかったが、ここまで嫌悪感をあらわにすることはなかった。しかしアリアリーナも知らない状況下で、ヴィルヘルムへの処罰が下されようとしているならば、易々見逃すわけにはいかない。
「グリエンド公爵に処罰を下すということは、自爆を図った魔術師たちから彼や彼の部下を守った私の選択が間違ってたと言いたいの?」
「アリアリーナ……」
「名を呼ばないで。虫唾が走る」
アリアリーナの全身から殺気が放たれた。ツィンクラウンの君主が、娘である皇女に気圧されている。その状況に、シルヴィリーナとヴィルヘルムは息を呑んだ。
「グリエンド公爵に処罰を下そうなんてバカなこと考えないことね。分かったら、彼の協力のおかげで皇族を殺害した不届き者をひとり残らず始末できたと公表してちょうだい」
(あぁ、なんで私は、グリエンド公爵のためにこんなことを口走っているの?)
ヴィルヘルムを庇う自分に、嫌気が差す。今さら後退りはできない。
アリアリーナはベッドから下りて、唖然とする皇帝に詰め寄る。
「ディオレント国王殿下、王妃殿下、第二王子殿下、それから王族の方々の処罰もやめて。破ったら、お父様の首が飛ぶ羽目になるわ」
単なる「嫌な予感がする」を「皇帝の首が飛ぶ羽目になる」と大袈裟に言い換えて脅す。
「まだその立場にいたいのなら、の話だけど」
はっきりと忠告した。それに従うも、従わないのも皇帝の自由だが、前者を選び取るはずだとアリアリーナは確信していたのであった。
こうして、皇族殺しの暗殺組織〝新月〟は滅亡し、ボスや幹部、黒幕であったディオレント王国第一王子アードリアンは後日、民衆の面前で処刑された。
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