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第90話 報告
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「ひと月ですって?」
アリアリーナは耳を疑った。ヴィルヘルムが深刻な顔つきをしていることから、ひと月眠っていたというのは嘘ではないと理解した。
「先日、建国記念祭が執り行われました。第三皇女殿下と第二皇子殿下の誕生パーティーでの事件もあったので、昨年よりは小規模でしたが……。何事もなかったのでご安心ください」
〝新月〟の本拠地を攻め落としてから既にひと月も経ってしまっていたのだ。建国記念祭が行われたことは、アリアリーナが過去に戻ってきて一年という月日が経ったことを意味する。
痛む頭を押さえる。
「呪術の使用は最低限にしてください。皇女殿下が倒れて、俺は一ヶ月も気が気ではなかったのです……」
「今回のは仕方がないでしょう? 私が守らなきゃ、あなたは……分からないけど、少なくともあなたの部下の方々は木端微塵だったわ」
痛いところを突かれたヴィルヘルムは、申し訳なさそうな面様となる。彼が口を開きかけた時、扉がノックされた。入室の許可を出すと同時に、勢いよく扉が開かれる。
「ご、ご主人様っ!!!」
レイの背後から顔を出したアンゼルムが号泣しながら、駆け寄ってくる。両手を広げてあげると、迷わず胸の中へと飛び込んできた。
「ご主人様っ……」
「ごめんね、ゼル」
ふわふわの髪を撫でる。聖母の如くアンゼルムを包み込む。ヴィルヘルムの鋭い視線が痛いが、今は愛するアンゼルムを安心させるべきだ。もぞもぞと顔を上げるアンゼルム。泣き腫らしたのか、目元は赤く染まっている。ロイヤルブルーの瞳が涙をたっぷりと溜め込んでいるのを見て、相当心配と負担をかけてしまったのだと認識した。少しでも彼の不安を取り除くために、額から目元、頬、唇の横に口付けた。
「なっ……」
小さく声を上げたのは、ヴィルヘルムだった。それに無視を決め込みながら、アンゼルムの後頭部を引き寄せて撫でる。呆然とするヴィルヘルムの隣、佇むレイに目を向けた。
「レイにも、心配をかけたわね。ごめんなさい」
「……いいえ。目覚められて本当によかったです」
レイの言葉に頷く。
「姫様。目覚められたばかりでこんなことをお伝えするのも恐縮なのですが……いくつかご報告があります」
「えぇ、話してちょうだい」
レイは何度か咳払いする。
「〝新月〟の本拠地から、意識を朦朧とさせる効力のあるお香が大量に発見されました」
僅かに、瞠目した。
意識を朦朧とさせる作用のあるお香が発見された。ディオレント王国に滞在中、名の知れた暗殺者を使ってアリアリーナの命を狙った組織〝踊る夜〟でも使用されていた物だ。つまり、〝新月〟が〝踊る夜〟の上層部であるということ。アリアリーナをはじめとした皇族を滅ぼそうとしているのは、〝新月〟で間違いない。
「また、ボスと幹部七人を捕らえ皇城の地下牢に幽閉しております。皇族の殺害は、ディオレント王国第一王子殿下に依頼されたと……全員が自白しました」
衝撃の事実。上下左右も分からなくなってしまうような、濁流の中に呑み込まれたような感覚に襲われる。
ディオレント王城でのアリアリーナの暗殺未遂、先代皇帝の弟ロルフの暗殺、ラフィオール王国ゲードル公爵夫君レモンド・ルフ・レート・ゲードル、ドロシア公国大公夫人アネット・ガイナ・ドロシアの暗殺、四人の皇族殺害、シルヴィリーナ皇太女暗殺未遂、その全てがディオレント王国第一王子アードリアンによって企てられたものだというのか。
双子の誕生パーティー、アードリアンが怪しい動きをしていたことは知っている。だがまさか、彼が黒幕だったとは。
「ディオレント第一王子殿下は、数年前から裏組織と深い交流があったそうです。今回の事件で反逆者として捕らえたのですが……賭博を幾度となく行っていた、違法薬物を使用していたと自白。ディオレント国王夫妻並びに第二王子殿下の殺害計画を立てていたことも明らかになりました。また、皇族殺害への関与も最初は否定していましたが……最終的には皇族殺害への関与を認めました。支配下に置かれることのない、自分だけの国が欲しかった、と」
「……最初は否定していたのね」
「はい。吐かせるのに苦労しました。今回の事件により、〝新月〟は滅亡。ただ今残党狩りを行っているところですが、それもあと数日で終了するでしょう」
「ご苦労だったわ」
平常心を保ちながら、労いの言葉をかける。
「ところで、ディオレント王妃殿下はご無事かしら?」
レイの瞳の光が揺れる。良い答えは期待しないほうが良さそうだ。
反逆者の一族がどんな結末を迎えるか分からないほど、アリアリーナも馬鹿ではない。全員断頭台に上がり、血に染まる最期を迎えるのだ。
「ディオレント王族の方々は、ひとり残らず捕らえられました。処刑されるか否かは、まだ分かりません」
ディオレント国王、王妃、第二王子も捕らえられてしまった。彼らも反逆者に命を狙われていた被害者ではあるが、反逆者の家族であるため処刑は免れないだろう。アリアリーナの脳内に、王妃アデリンの姿が鮮明に浮かび上がる。ディオレント王族をひとり残らず処刑するのは、危険なのではないか。そんな考えが生まれる。
「……今すぐ皇帝陛下に謁見しないといけないわね」
そう呟いたと同時に、再び扉がノックされた。やけに訪問客が多い。アリアリーナはアンゼルムを宥め、離れるよう促した。
レイが扉に向かい、そっとドアノブを捻った。
アリアリーナは耳を疑った。ヴィルヘルムが深刻な顔つきをしていることから、ひと月眠っていたというのは嘘ではないと理解した。
「先日、建国記念祭が執り行われました。第三皇女殿下と第二皇子殿下の誕生パーティーでの事件もあったので、昨年よりは小規模でしたが……。何事もなかったのでご安心ください」
〝新月〟の本拠地を攻め落としてから既にひと月も経ってしまっていたのだ。建国記念祭が行われたことは、アリアリーナが過去に戻ってきて一年という月日が経ったことを意味する。
痛む頭を押さえる。
「呪術の使用は最低限にしてください。皇女殿下が倒れて、俺は一ヶ月も気が気ではなかったのです……」
「今回のは仕方がないでしょう? 私が守らなきゃ、あなたは……分からないけど、少なくともあなたの部下の方々は木端微塵だったわ」
痛いところを突かれたヴィルヘルムは、申し訳なさそうな面様となる。彼が口を開きかけた時、扉がノックされた。入室の許可を出すと同時に、勢いよく扉が開かれる。
「ご、ご主人様っ!!!」
レイの背後から顔を出したアンゼルムが号泣しながら、駆け寄ってくる。両手を広げてあげると、迷わず胸の中へと飛び込んできた。
「ご主人様っ……」
「ごめんね、ゼル」
ふわふわの髪を撫でる。聖母の如くアンゼルムを包み込む。ヴィルヘルムの鋭い視線が痛いが、今は愛するアンゼルムを安心させるべきだ。もぞもぞと顔を上げるアンゼルム。泣き腫らしたのか、目元は赤く染まっている。ロイヤルブルーの瞳が涙をたっぷりと溜め込んでいるのを見て、相当心配と負担をかけてしまったのだと認識した。少しでも彼の不安を取り除くために、額から目元、頬、唇の横に口付けた。
「なっ……」
小さく声を上げたのは、ヴィルヘルムだった。それに無視を決め込みながら、アンゼルムの後頭部を引き寄せて撫でる。呆然とするヴィルヘルムの隣、佇むレイに目を向けた。
「レイにも、心配をかけたわね。ごめんなさい」
「……いいえ。目覚められて本当によかったです」
レイの言葉に頷く。
「姫様。目覚められたばかりでこんなことをお伝えするのも恐縮なのですが……いくつかご報告があります」
「えぇ、話してちょうだい」
レイは何度か咳払いする。
「〝新月〟の本拠地から、意識を朦朧とさせる効力のあるお香が大量に発見されました」
僅かに、瞠目した。
意識を朦朧とさせる作用のあるお香が発見された。ディオレント王国に滞在中、名の知れた暗殺者を使ってアリアリーナの命を狙った組織〝踊る夜〟でも使用されていた物だ。つまり、〝新月〟が〝踊る夜〟の上層部であるということ。アリアリーナをはじめとした皇族を滅ぼそうとしているのは、〝新月〟で間違いない。
「また、ボスと幹部七人を捕らえ皇城の地下牢に幽閉しております。皇族の殺害は、ディオレント王国第一王子殿下に依頼されたと……全員が自白しました」
衝撃の事実。上下左右も分からなくなってしまうような、濁流の中に呑み込まれたような感覚に襲われる。
ディオレント王城でのアリアリーナの暗殺未遂、先代皇帝の弟ロルフの暗殺、ラフィオール王国ゲードル公爵夫君レモンド・ルフ・レート・ゲードル、ドロシア公国大公夫人アネット・ガイナ・ドロシアの暗殺、四人の皇族殺害、シルヴィリーナ皇太女暗殺未遂、その全てがディオレント王国第一王子アードリアンによって企てられたものだというのか。
双子の誕生パーティー、アードリアンが怪しい動きをしていたことは知っている。だがまさか、彼が黒幕だったとは。
「ディオレント第一王子殿下は、数年前から裏組織と深い交流があったそうです。今回の事件で反逆者として捕らえたのですが……賭博を幾度となく行っていた、違法薬物を使用していたと自白。ディオレント国王夫妻並びに第二王子殿下の殺害計画を立てていたことも明らかになりました。また、皇族殺害への関与も最初は否定していましたが……最終的には皇族殺害への関与を認めました。支配下に置かれることのない、自分だけの国が欲しかった、と」
「……最初は否定していたのね」
「はい。吐かせるのに苦労しました。今回の事件により、〝新月〟は滅亡。ただ今残党狩りを行っているところですが、それもあと数日で終了するでしょう」
「ご苦労だったわ」
平常心を保ちながら、労いの言葉をかける。
「ところで、ディオレント王妃殿下はご無事かしら?」
レイの瞳の光が揺れる。良い答えは期待しないほうが良さそうだ。
反逆者の一族がどんな結末を迎えるか分からないほど、アリアリーナも馬鹿ではない。全員断頭台に上がり、血に染まる最期を迎えるのだ。
「ディオレント王族の方々は、ひとり残らず捕らえられました。処刑されるか否かは、まだ分かりません」
ディオレント国王、王妃、第二王子も捕らえられてしまった。彼らも反逆者に命を狙われていた被害者ではあるが、反逆者の家族であるため処刑は免れないだろう。アリアリーナの脳内に、王妃アデリンの姿が鮮明に浮かび上がる。ディオレント王族をひとり残らず処刑するのは、危険なのではないか。そんな考えが生まれる。
「……今すぐ皇帝陛下に謁見しないといけないわね」
そう呟いたと同時に、再び扉がノックされた。やけに訪問客が多い。アリアリーナはアンゼルムを宥め、離れるよう促した。
レイが扉に向かい、そっとドアノブを捻った。
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