【完結】愛する人を殺さなければならないので離れていただいてもよろしいですか? 〜呪われた不幸皇女と無表情なイケメン公爵〜

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第89話 秘密を打ち明ける

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「落ち着いたかしら」
「………………」

 ベッド脇の椅子に座るヴィルヘルムに問いかけると、彼は顔を林檎色に染め口元を押さえていた。一応落ち着いたようだが、年甲斐もなく泣いてしまったことが恥ずかしいようで、羞恥心に悶え苦しんでいる。彼の頬の火照りが治まるまで待つか、と息を吐いた時。

「第四皇女殿下。目覚めたばかりで申し訳ないのですが……俺たちを爆発から守ったあれは、一体なんだったのですか?」

 頬はまだほんのりと赤いものの、真剣な面持ちだ。

「皇女殿下は、魔法師、魔術師なのですか?」
「……私もよく分からないわ。助けてと祈ったら叶ったの」

 嘘は言っていない。呪術を唱える時間がなかったため自らの体を盾にして、頼むからヴィルヘルムたちを助けてと祈ったのだ。
 ヴィルヘルムの眉間に深い皺ができる。

「誤魔化さないでください。皇女殿下、本当のことを教えていただけませんか?」
「何? 私が嘘をついているとでも言うの?」
「俺には、本当のことを知る権利があると思います。それに、〝新月ヌーヴェルリュンヌ〟の魔術師たちの結界を破壊したのは第四皇女殿下ですよね?」

 アリアリーナは平然と瞬きをして見せた。
 見られていたのだ。大広間の二階、魔術師たちによって天井を突き抜けるほどの巨大な結果を破壊したのは、彼女だったということを。
 ヴィルヘルムに真実を話してもいいのだろうか。引かれたり非難されたりしないだろうか。

(私はなんでそんなことを気にしてるのよ……。悪用されるかもしれないとかそういったことを気にするならまだしも……グリエンド公爵に嫌われるかもしれないなんて……)

 溜息をついて、より一層真面目な目つきとなる。

「グリエンド公爵。あなたを信頼して話をするわ。他言無用。悪用禁止。もし、その約束を破り信頼を断ち切ろうとするなら、残念だけどあなたの記憶を消さなければならないし、秘密を知った人間は殺さなければならないかもしれないわ。守れるかしら」
「聞くまでもありません。以前にも申し上げた通り、第四皇女殿下を見捨てることも裏切ることも絶対にしません」

 心がときめく。勘違いさせることを簡単に言ってのけてしまうから、タチの悪い男だ。一切相手にされない過去も辛かったが、思わせぶりな言動をされるのも辛い。
 深呼吸を繰り返し、自身を落ち着かせる。

「私は、魔法師でも魔術師でもない」

 オパールグリーンの目が燦然と輝く。

「呪術師よ」

 迷いのない声色で告げる。アリアリーナの秘密を知ったヴィルヘルムは、驚愕した。

「呪術は〝死んだ概念〟と言われているけど、私はその概念を扱える呪術師なの。公爵家当主のあなたなら一度は聞いたことがあるかもしれないけど、かつて名を馳せた呪術師一族、リンドル家の直系よ」

 リンドル家。今は忘れ去られた呪術師の一族である。ほかの公爵家と共に皇族の側近として仕えるも、悲劇的な事件を境に滅亡したと記録されている。細々と生活し、なんとか命を繋いできたが、滅亡しているも同然だろう。

「あのリンドル家の……。滅亡していなかったのですね」
「まぁ、滅亡していないと言っても、私しか残されていないけど」
「俺たちを守ったあれは、皇女殿下が作り出したものだったのですね。助けてくださり、本当にありがとうございます」
「礼はいらないわ。それに、私が作り出した結界だと言いたいけど、それも定かではないの」
「……どういうことですか?」

 訝しげな表情のヴィルヘルムに、笑いかける。

「さっきも言ったでしょう? 助けてと祈ったら叶ったって」

 悪戯が成功した時の少年のような笑みを浮かべるアリアリーナ。ヴィルヘルムは瞠若した。顎に手を添え、目を逸らす。何かを考える仕草だ。

「呪術は……呪力ももちろんですが、何より対象に向けた感情、気持ちが重要だと何かの文献で拝見した記憶があります。魔法や魔術に比べ、祈りの力が現実に具現化されやすいということでしょうか?」
「その通りだけど、今回の件は確かめる術もないから分からないわ。でも私の祈りが届いたのであれば、グリエンド公爵を助けたい気持ちが相当大きかったのね」

 破顔一笑。咲き誇り、風に吹かれて散りゆく一輪の花の露命ろめいのように、儚い。ヴィルヘルムに見惚れらているとも知らずに、アリアリーナは微笑み続けていた。
 三十秒後、我を取り戻したヴィルヘルムは何かを話さなければと口を開く。

「……第四皇女殿下が使われていた体術は、呪術によるものだったのですか? 帝国の皇女だとは思えないほど……俊敏しゅんびんな動きだった気がしますが」
「いいえ、それは呪術ではないわ。教えてもらったの」
「師匠のような存在がいらっしゃったと?」

 アリアリーナは首を傾げたあと、かぶりを振りヴィルヘルムの言葉を否定した。

「師匠ではないわ。エルンドレ家に教えてもらったのよ」
「……今、なんと?」
「エルンドレ家よ」

 ヴィルヘルムは目を見張る。コロッと美しい目玉がこぼれてしまうのではないかと危惧するが、すぐに引っ込んだためその心配は必要ないみたいだ。

「あの……暗殺に特化した一族に……」
「そうよ。私の母方の祖母がエルンドレの末端の生まれなの。幼い頃から暗殺の技術を教え込まれたのだけど、残念ながら私には才能がないわ。呪術師としてもそうだけど、潜在的な力があまりないの。必死に努力して今があるだけ」
「もしや、意識を失ってひと月も眠っていたのは……」
「そう。呪術を使うと極度の疲労感や頭痛、眠気といった副作用が……」

 アリアリーナは突然黙り込む。ヴィルヘルムが彼女の顔色を窺った。

「ひと月ですって?」
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