89 / 185
第89話 秘密を打ち明ける
しおりを挟む
「落ち着いたかしら」
「………………」
ベッド脇の椅子に座るヴィルヘルムに問いかけると、彼は顔を林檎色に染め口元を押さえていた。一応落ち着いたようだが、年甲斐もなく泣いてしまったことが恥ずかしいようで、羞恥心に悶え苦しんでいる。彼の頬の火照りが治まるまで待つか、と息を吐いた時。
「第四皇女殿下。目覚めたばかりで申し訳ないのですが……俺たちを爆発から守ったあれは、一体なんだったのですか?」
頬はまだほんのりと赤いものの、真剣な面持ちだ。
「皇女殿下は、魔法師、魔術師なのですか?」
「……私もよく分からないわ。助けてと祈ったら叶ったの」
嘘は言っていない。呪術を唱える時間がなかったため自らの体を盾にして、頼むからヴィルヘルムたちを助けてと祈ったのだ。
ヴィルヘルムの眉間に深い皺ができる。
「誤魔化さないでください。皇女殿下、本当のことを教えていただけませんか?」
「何? 私が嘘をついているとでも言うの?」
「俺には、本当のことを知る権利があると思います。それに、〝新月〟の魔術師たちの結界を破壊したのは第四皇女殿下ですよね?」
アリアリーナは平然と瞬きをして見せた。
見られていたのだ。大広間の二階、魔術師たちによって天井を突き抜けるほどの巨大な結果を破壊したのは、彼女だったということを。
ヴィルヘルムに真実を話してもいいのだろうか。引かれたり非難されたりしないだろうか。
(私はなんでそんなことを気にしてるのよ……。悪用されるかもしれないとかそういったことを気にするならまだしも……グリエンド公爵に嫌われるかもしれないなんて……)
溜息をついて、より一層真面目な目つきとなる。
「グリエンド公爵。あなたを信頼して話をするわ。他言無用。悪用禁止。もし、その約束を破り信頼を断ち切ろうとするなら、残念だけどあなたの記憶を消さなければならないし、秘密を知った人間は殺さなければならないかもしれないわ。守れるかしら」
「聞くまでもありません。以前にも申し上げた通り、第四皇女殿下を見捨てることも裏切ることも絶対にしません」
心がときめく。勘違いさせることを簡単に言ってのけてしまうから、タチの悪い男だ。一切相手にされない過去も辛かったが、思わせぶりな言動をされるのも辛い。
深呼吸を繰り返し、自身を落ち着かせる。
「私は、魔法師でも魔術師でもない」
オパールグリーンの目が燦然と輝く。
「呪術師よ」
迷いのない声色で告げる。アリアリーナの秘密を知ったヴィルヘルムは、驚愕した。
「呪術は〝死んだ概念〟と言われているけど、私はその概念を扱える呪術師なの。公爵家当主のあなたなら一度は聞いたことがあるかもしれないけど、かつて名を馳せた呪術師一族、リンドル家の直系よ」
リンドル家。今は忘れ去られた呪術師の一族である。ほかの公爵家と共に皇族の側近として仕えるも、悲劇的な事件を境に滅亡したと記録されている。細々と生活し、なんとか命を繋いできたが、滅亡しているも同然だろう。
「あのリンドル家の……。滅亡していなかったのですね」
「まぁ、滅亡していないと言っても、私しか残されていないけど」
「俺たちを守ったあれは、皇女殿下が作り出したものだったのですね。助けてくださり、本当にありがとうございます」
「礼はいらないわ。それに、私が作り出した結界だと言いたいけど、それも定かではないの」
「……どういうことですか?」
訝しげな表情のヴィルヘルムに、笑いかける。
「さっきも言ったでしょう? 助けてと祈ったら叶ったって」
悪戯が成功した時の少年のような笑みを浮かべるアリアリーナ。ヴィルヘルムは瞠若した。顎に手を添え、目を逸らす。何かを考える仕草だ。
「呪術は……呪力ももちろんですが、何より対象に向けた感情、気持ちが重要だと何かの文献で拝見した記憶があります。魔法や魔術に比べ、祈りの力が現実に具現化されやすいということでしょうか?」
「その通りだけど、今回の件は確かめる術もないから分からないわ。でも私の祈りが届いたのであれば、グリエンド公爵を助けたい気持ちが相当大きかったのね」
破顔一笑。咲き誇り、風に吹かれて散りゆく一輪の花の露命のように、儚い。ヴィルヘルムに見惚れらているとも知らずに、アリアリーナは微笑み続けていた。
三十秒後、我を取り戻したヴィルヘルムは何かを話さなければと口を開く。
「……第四皇女殿下が使われていた体術は、呪術によるものだったのですか? 帝国の皇女だとは思えないほど……俊敏な動きだった気がしますが」
「いいえ、それは呪術ではないわ。教えてもらったの」
「師匠のような存在がいらっしゃったと?」
アリアリーナは首を傾げたあと、かぶりを振りヴィルヘルムの言葉を否定した。
「師匠ではないわ。エルンドレ家に教えてもらったのよ」
「……今、なんと?」
「エルンドレ家よ」
ヴィルヘルムは目を見張る。コロッと美しい目玉がこぼれてしまうのではないかと危惧するが、すぐに引っ込んだためその心配は必要ないみたいだ。
「あの……暗殺に特化した一族に……」
「そうよ。私の母方の祖母がエルンドレの末端の生まれなの。幼い頃から暗殺の技術を教え込まれたのだけど、残念ながら私には才能がないわ。呪術師としてもそうだけど、潜在的な力があまりないの。必死に努力して今があるだけ」
「もしや、意識を失ってひと月も眠っていたのは……」
「そう。呪術を使うと極度の疲労感や頭痛、眠気といった副作用が……」
アリアリーナは突然黙り込む。ヴィルヘルムが彼女の顔色を窺った。
「ひと月ですって?」
「………………」
ベッド脇の椅子に座るヴィルヘルムに問いかけると、彼は顔を林檎色に染め口元を押さえていた。一応落ち着いたようだが、年甲斐もなく泣いてしまったことが恥ずかしいようで、羞恥心に悶え苦しんでいる。彼の頬の火照りが治まるまで待つか、と息を吐いた時。
「第四皇女殿下。目覚めたばかりで申し訳ないのですが……俺たちを爆発から守ったあれは、一体なんだったのですか?」
頬はまだほんのりと赤いものの、真剣な面持ちだ。
「皇女殿下は、魔法師、魔術師なのですか?」
「……私もよく分からないわ。助けてと祈ったら叶ったの」
嘘は言っていない。呪術を唱える時間がなかったため自らの体を盾にして、頼むからヴィルヘルムたちを助けてと祈ったのだ。
ヴィルヘルムの眉間に深い皺ができる。
「誤魔化さないでください。皇女殿下、本当のことを教えていただけませんか?」
「何? 私が嘘をついているとでも言うの?」
「俺には、本当のことを知る権利があると思います。それに、〝新月〟の魔術師たちの結界を破壊したのは第四皇女殿下ですよね?」
アリアリーナは平然と瞬きをして見せた。
見られていたのだ。大広間の二階、魔術師たちによって天井を突き抜けるほどの巨大な結果を破壊したのは、彼女だったということを。
ヴィルヘルムに真実を話してもいいのだろうか。引かれたり非難されたりしないだろうか。
(私はなんでそんなことを気にしてるのよ……。悪用されるかもしれないとかそういったことを気にするならまだしも……グリエンド公爵に嫌われるかもしれないなんて……)
溜息をついて、より一層真面目な目つきとなる。
「グリエンド公爵。あなたを信頼して話をするわ。他言無用。悪用禁止。もし、その約束を破り信頼を断ち切ろうとするなら、残念だけどあなたの記憶を消さなければならないし、秘密を知った人間は殺さなければならないかもしれないわ。守れるかしら」
「聞くまでもありません。以前にも申し上げた通り、第四皇女殿下を見捨てることも裏切ることも絶対にしません」
心がときめく。勘違いさせることを簡単に言ってのけてしまうから、タチの悪い男だ。一切相手にされない過去も辛かったが、思わせぶりな言動をされるのも辛い。
深呼吸を繰り返し、自身を落ち着かせる。
「私は、魔法師でも魔術師でもない」
オパールグリーンの目が燦然と輝く。
「呪術師よ」
迷いのない声色で告げる。アリアリーナの秘密を知ったヴィルヘルムは、驚愕した。
「呪術は〝死んだ概念〟と言われているけど、私はその概念を扱える呪術師なの。公爵家当主のあなたなら一度は聞いたことがあるかもしれないけど、かつて名を馳せた呪術師一族、リンドル家の直系よ」
リンドル家。今は忘れ去られた呪術師の一族である。ほかの公爵家と共に皇族の側近として仕えるも、悲劇的な事件を境に滅亡したと記録されている。細々と生活し、なんとか命を繋いできたが、滅亡しているも同然だろう。
「あのリンドル家の……。滅亡していなかったのですね」
「まぁ、滅亡していないと言っても、私しか残されていないけど」
「俺たちを守ったあれは、皇女殿下が作り出したものだったのですね。助けてくださり、本当にありがとうございます」
「礼はいらないわ。それに、私が作り出した結界だと言いたいけど、それも定かではないの」
「……どういうことですか?」
訝しげな表情のヴィルヘルムに、笑いかける。
「さっきも言ったでしょう? 助けてと祈ったら叶ったって」
悪戯が成功した時の少年のような笑みを浮かべるアリアリーナ。ヴィルヘルムは瞠若した。顎に手を添え、目を逸らす。何かを考える仕草だ。
「呪術は……呪力ももちろんですが、何より対象に向けた感情、気持ちが重要だと何かの文献で拝見した記憶があります。魔法や魔術に比べ、祈りの力が現実に具現化されやすいということでしょうか?」
「その通りだけど、今回の件は確かめる術もないから分からないわ。でも私の祈りが届いたのであれば、グリエンド公爵を助けたい気持ちが相当大きかったのね」
破顔一笑。咲き誇り、風に吹かれて散りゆく一輪の花の露命のように、儚い。ヴィルヘルムに見惚れらているとも知らずに、アリアリーナは微笑み続けていた。
三十秒後、我を取り戻したヴィルヘルムは何かを話さなければと口を開く。
「……第四皇女殿下が使われていた体術は、呪術によるものだったのですか? 帝国の皇女だとは思えないほど……俊敏な動きだった気がしますが」
「いいえ、それは呪術ではないわ。教えてもらったの」
「師匠のような存在がいらっしゃったと?」
アリアリーナは首を傾げたあと、かぶりを振りヴィルヘルムの言葉を否定した。
「師匠ではないわ。エルンドレ家に教えてもらったのよ」
「……今、なんと?」
「エルンドレ家よ」
ヴィルヘルムは目を見張る。コロッと美しい目玉がこぼれてしまうのではないかと危惧するが、すぐに引っ込んだためその心配は必要ないみたいだ。
「あの……暗殺に特化した一族に……」
「そうよ。私の母方の祖母がエルンドレの末端の生まれなの。幼い頃から暗殺の技術を教え込まれたのだけど、残念ながら私には才能がないわ。呪術師としてもそうだけど、潜在的な力があまりないの。必死に努力して今があるだけ」
「もしや、意識を失ってひと月も眠っていたのは……」
「そう。呪術を使うと極度の疲労感や頭痛、眠気といった副作用が……」
アリアリーナは突然黙り込む。ヴィルヘルムが彼女の顔色を窺った。
「ひと月ですって?」
1
お気に入りに追加
306
あなたにおすすめの小説

竜王の花嫁は番じゃない。
豆狸
恋愛
「……だから申し上げましたのに。私は貴方の番(つがい)などではないと。私はなんの衝動も感じていないと。私には……愛する婚約者がいるのだと……」
シンシアの瞳に涙はない。もう涸れ果ててしまっているのだ。
──番じゃないと叫んでも聞いてもらえなかった花嫁の話です。

たとえ番でないとしても
豆狸
恋愛
「ディアナ王女、私が君を愛することはない。私の番は彼女、サギニなのだから」
「違います!」
私は叫ばずにはいられませんでした。
「その方ではありません! 竜王ニコラオス陛下の番は私です!」
──番だと叫ぶ言葉を聞いてもらえなかった花嫁の話です。
※1/4、短編→長編に変更しました。

魔法のせいだから許して?
ましろ
恋愛
リーゼロッテの婚約者であるジークハルト王子の突然の心変わり。嫌悪を顕にした眼差し、口を開けば暴言、身に覚えの無い出来事までリーゼのせいにされる。リーゼは学園で孤立し、ジークハルトは美しい女性の手を取り愛おしそうに見つめながら愛を囁く。
どうしてこんなことに?それでもきっと今だけ……そう、自分に言い聞かせて耐えた。でも、そろそろ一年。もう終わらせたい、そう思っていたある日、リーゼは殿下に罵倒され頬を張られ怪我をした。
──もう無理。王妃様に頼み、なんとか婚約解消することができた。
しかしその後、彼の心変わりは魅了魔法のせいだと分かり……
魔法のせいなら許せる?
基本ご都合主義。ゆるゆる設定です。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中

三度目の嘘つき
豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」
「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」
なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる