【完結】愛する人を殺さなければならないので離れていただいてもよろしいですか? 〜呪われた不幸皇女と無表情なイケメン公爵〜

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第84話 好き

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 ヴィルヘルムに抱きついたのは、エナヴェリーナだった。突然大胆な行動を取った彼女に、その場は騒然とする。

「第三皇女殿下。誤解されるような行動はお控えください」

 冷徹な忠告。ヴィルヘルムはエナヴェリーナの肩を押し退けた。拒絶されたのだと理解したエナヴェリーナの顔には、焦燥が滲み出た。眉は顰められ、目尻は吊り上がっている。初めて見る彼女の表情。アリアリーナは無言でそれを見つめる。

(優しいエナヴェリーナお姉様。まさか、あなたがそんな顔もできるなんて知らなかったわ。前世であなたのその顔を拝むことがなくてよかった……。あの時の私だったら、憤慨していただろうから)

 エナヴェリーナの顔貌を拝みながら、心の中で語りかけた。
 ヴィルヘルムの関心がアリアリーナに向けられてから、エナヴェリーナの様子がおかしい。見せたことのない醜い人間らしい表情を浮かべたり、またガゼボでの家族会議にて場違いにも声を出して笑って見せたり……。それも仕方ないのかもしれない。自分のものになると思い込んでいたヴィルヘルムが、突如私生児の妹に興味を示したのだから。狂いたくなるのもよく分かる。

「エナヴェリーナお姉様、高熱で寝込んでいたと聞きましたが、もうご体調はよろしいのですか?」
「……コホッ、実はまだ、あんまり体調が良くなくて……。心配かけてごめんなさい、アリア……」

 エナヴェリーナはわざとらしく咳き込み謝罪した。直後、額に手を当てながら、ふらりとする。その場で倒れそうになったが、ヴィルヘルムが瞬時に支える。

「ご、ごめんなさいっ、ヴィルヘルム様……」

 ヴィルヘルムの腕を掴み、彼の相貌を見上げる。エナヴェリーナの顔が赤い。まだ微熱があるのか、それとも単に照れているだけなのか、恐らく後者だろう。

「あの、ヴィルヘルム様……。わたしの宮まで送ってくださいませんか? このままでは歩けそうになくて……」

 エナヴェリーナがヴィルヘルムに持たれかかる。ヴィルヘルムは相変わらず何を考えているか分からない顔をしている。だが彼が纏う雰囲気からは、どことなく嫌悪感が感じられた。
 寄り添うふたりを凝視する。これが、本来あるべき形だ。ヴィルヘルムの隣にいるべき人間は、アリアリーナではない。

「グリエンド公爵。お姉様を送っていってさしあげて」
「しかし、」
「それが終わったらもう帰っていいから」

 そう吐き捨てると、背を向けて足早に去る。
 今、自分がどんな顔をしているのか、誰にも見られたくなかった――。



 ひとり去っていくアリアリーナの背中を刮目する。白銀色の長髪が風になびく。段々と小さくなっていく彼女の背中に手を伸ばそうとするが、エナヴェリーナに掴まれているせいで叶わなかった。グッと唇を噛み、彼女から距離を取る。

「参りましょう」
「待って……。このままじゃ上手く歩けないから、支えてくれますか?」
「………………」

 顔色ひとつ変えずして腕を差し出すと、エナヴェリーナに抱きつかれる。アリアリーナとは違う感覚に、ヴィルヘルムは大きな不快感を覚えた。
 第三皇女が住まう宮に向かって歩を進める。往来する人々は、仲睦まじい……とは言えないがやたら距離感の近いヴィルヘルムとエナヴェリーナに対して、好奇な目を向ける。

「アリアと、随分仲が良いのですね。おふたりが羨ましいです。わたしも、ヴィルヘルム様と仲良くしたいですわ」
「……俺と、ですか? 第四皇女殿下ではなく?」
「っ……!?」

 エナヴェリーナは口元を押さえる。失言してしまったようだ。
 ヴィルヘルムがアリアリーナに付き纏われていた頃。エナヴェリーナは唯一の妹ともっと仲良くなりたいと口にしていた。目の敵にされているから難しいが、半分は血が繋がった姉妹なのだから分かり合えるはずだとも。そんな彼女に感心したのは、記憶に新しい。
 だがエナヴェリーナは今、アリアリーナではなくヴィルヘルムと仲良くしたいと口にしたのだ。腹違いの妹と良い関係を育むことをあれだけ望んでいたのに。

「も、もちろんアリアとも仲良くしたいと思っています。ただ最近は、ヴィルヘルム様がわたしとふたりで会ってくださらないから……」

 エナヴェリーナは目尻に涙を滲ませて俯いた。いつもなら、泣かないでくださいと慰めつつ目元の涙を拭う、またはハンカチを差し出すはず。以前のヴィルヘルムならば、彼女に紳士としての振る舞いをしていただろう。しかし今では、その振る舞いすら憚られるのだ。涙には気づかないフリをして、顔を背ける。

「だから今度からは、」
「体調が回復されたようですね。ここからは俺がいなくとも問題ないでしょう」

 ヴィルヘルムは近くにいたふたりの騎士を呼びつけ、エナヴェリーナを宮まで送るよう頼んだ。

「では、これで失礼します」

 唖然とするエナヴェリーナを置いて、踵を巡らす。

「ヴィルヘルム様は、アリアのことが好きなの?」

 その問いかけに、足を止めた。先程も聞いた質問。エナヴェリーナのせいでその質問に答えることはできなかったが、今度はしっかり答えられそうだ。
 窓から射し込んだ光に反射し、バターブロンドの髪が輝く。

「はい。俺はアリアリーナ皇女殿下をお慕い申し上げております」

 強い意志のこもった言葉。衝撃の事実に愕然とするエナヴェリーナを置き去りに、ヴィルヘルムは颯爽と立ち去ったのであった。
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