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第83話 あなたは私が好きなの?
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皇帝の許可をもらいにわざわざ皇帝へ謁見を申し込んだのだが、まさかこんなにも簡単に許可を出してくれるとは思っていなかった。
皇后や皇子たちにアリアリーナが虐められていたとしても、我関せずだった皇帝。哀れな私生児。ヒステリックな性格で教養がない。頭脳明晰とは程遠い。そんなふうにアリアリーナを評価していたはず。そのおかげで一度目の人生で、立て続けに皇族が亡くなったとしても彼女が疑われることはなかった。頭が悪く醜い皇女だから、そもそもの話、彼女にそんな度胸はないと思われていたのだ――。
しかし今世では違う。アリアリーナ自ら、四人の皇族を葬り次期女帝シルヴィリーナまでも手にかけようとした反逆者たちを壊滅させたいと申し出たのだ。皇帝は彼女が「役に立つかもしれない」と考えているのだろう。結果的に忌々しい父親の役に立ってしまうことは気に入らないが、仕方がない。一肌脱ぐしかないだろう。
「それにしても大事な仕事を私に任せても大丈夫なのかしら……」
今回の事件で殺害されたのは、四人の皇族。
アナ・ロッテ・リアド・グロー公爵夫人。
リアン・デズート・レピオル・ドルシア公爵夫君。
ショルス・ルートヴク・カーラ・ボーンチェスト王配。
メイベル・アシュリー・レルーナ・マルレーン王妃。
名だたる皇族が、ツィンクラウン皇城に招待された日に殺された。彼らはそれぞれの国、あるべき家へと帰るらしいが、ツィンクラウン皇帝は巨額の賠償金を四家に支払わなければならないだろう。皇帝への信用度が低迷している今、やるべきことはひとつ。四人の皇族を葬り去った組織を大々的に壊滅させることだ。慈悲の欠片もなく徹底的に叩き潰すことで、故人への弔いとなり、遺族らへの償いとなるだろう。つまり、絶対に失敗は許されないのだ。皇帝は、そんな大事な仕事を信用できるシルヴィリーナや騎士たちではなく、アリアリーナに任せた。何か別の目的でも、と思案する。
「大事な仕事、だからこそ、ではないでしょうか?」
「……まさか、私諸共組織を滅ぼすつもりなの?」
「それは考えすぎです。そのつもりなら俺の同行は許可されないでしょうから」
ヴィルヘルムの冷静な分析に、アリアリーナは納得する。ヴィルヘルムがそっと近づいてきた。耳元で、彼の美しい声が響く。
「第四皇女殿下の成長を、見たいのではないですか?」
「………………皇帝陛下が?」
「皇帝陛下が、です」
馬鹿らしい。そう思った。娘の、それも最も厭われている娘の成長をわざわざ見たいというのか。気に入らない、とアリアリーナは息を吐いた。
「例えば、俺に娘がいたとしましょう。手に負えないほど傲慢で面倒な性格だった娘が改心して家門のために努力している姿を見たら、父親としてできることならなんでもすると思います」
「あなたは以前の私のことを傲慢で面倒な性格と思っていたのね」
「……前の話です。今はそんなこと思っていません。それに俺に娘や息子が生まれるのであれば……母親は第四皇女殿下ですから」
アリアリーナは足を止める。彼女だけではない。行き交っていた侍女や執事、騎士、それに貴族までも立ち止まった。
「今、なんて?」
「前の話です。今はそんなこと思っていません、と」
「そこじゃないわ。そのあとよ」
ヴィルヘルムは首を傾げた。憎たらしいくらいにサラサラな髪が風に揺れる。
「俺に娘や息子が生まれるのであれば母親は第四皇女殿下だと、申し上げました」
戦慄が走る。貴族は卒倒し、侍女や執事、騎士たちは口をあんぐりと開けている。自身の発言が元凶だとは微塵も思っていないのか、ヴィルヘルムはひとり涼しい顔をしていた。
ヴィルヘルムの言動に振り回されるのは、初めてではない。なんなら以前までは、アリアリーナが彼を振り回していた立場なのだから……。しかしさすがのアリアリーナも「ヴィルヘルムとの間に赤ちゃんが欲しい♡(直訳)」などという爆弾発言を口にした覚えはない。ヴィルヘルムはそんな爆弾発言を口にしてしまったのだ。
アリアリーナは拳を握る。
「あなた、私との子が欲しいと思うくらい、私が好きなの?」
なぜ、そんなことを聞いてしまったのか、アリアリーナ自身も分からなかった。
ヴィルヘルムを少しでも諦めるためには、恋心を思い出さないためには、彼からの好意をのらりくらりと躱し続け、決定的な言葉を避けたほうが絶対に良いのに。それなのに、わざわざ自分から地雷を踏んでしまうなんて。
アリアリーナが小さく首を左右に振り、ヴィルヘルムの隣を通り過ぎようとする。
「俺は――」
「ヴィルヘルム様っ!」
ヴィルヘルムが何かを言おうとした時、黒い影が現れる。彼の腕の中にすっぽりと収まるそれを見たアリアリーナは、生気のない表情を浮かべた。
皇后や皇子たちにアリアリーナが虐められていたとしても、我関せずだった皇帝。哀れな私生児。ヒステリックな性格で教養がない。頭脳明晰とは程遠い。そんなふうにアリアリーナを評価していたはず。そのおかげで一度目の人生で、立て続けに皇族が亡くなったとしても彼女が疑われることはなかった。頭が悪く醜い皇女だから、そもそもの話、彼女にそんな度胸はないと思われていたのだ――。
しかし今世では違う。アリアリーナ自ら、四人の皇族を葬り次期女帝シルヴィリーナまでも手にかけようとした反逆者たちを壊滅させたいと申し出たのだ。皇帝は彼女が「役に立つかもしれない」と考えているのだろう。結果的に忌々しい父親の役に立ってしまうことは気に入らないが、仕方がない。一肌脱ぐしかないだろう。
「それにしても大事な仕事を私に任せても大丈夫なのかしら……」
今回の事件で殺害されたのは、四人の皇族。
アナ・ロッテ・リアド・グロー公爵夫人。
リアン・デズート・レピオル・ドルシア公爵夫君。
ショルス・ルートヴク・カーラ・ボーンチェスト王配。
メイベル・アシュリー・レルーナ・マルレーン王妃。
名だたる皇族が、ツィンクラウン皇城に招待された日に殺された。彼らはそれぞれの国、あるべき家へと帰るらしいが、ツィンクラウン皇帝は巨額の賠償金を四家に支払わなければならないだろう。皇帝への信用度が低迷している今、やるべきことはひとつ。四人の皇族を葬り去った組織を大々的に壊滅させることだ。慈悲の欠片もなく徹底的に叩き潰すことで、故人への弔いとなり、遺族らへの償いとなるだろう。つまり、絶対に失敗は許されないのだ。皇帝は、そんな大事な仕事を信用できるシルヴィリーナや騎士たちではなく、アリアリーナに任せた。何か別の目的でも、と思案する。
「大事な仕事、だからこそ、ではないでしょうか?」
「……まさか、私諸共組織を滅ぼすつもりなの?」
「それは考えすぎです。そのつもりなら俺の同行は許可されないでしょうから」
ヴィルヘルムの冷静な分析に、アリアリーナは納得する。ヴィルヘルムがそっと近づいてきた。耳元で、彼の美しい声が響く。
「第四皇女殿下の成長を、見たいのではないですか?」
「………………皇帝陛下が?」
「皇帝陛下が、です」
馬鹿らしい。そう思った。娘の、それも最も厭われている娘の成長をわざわざ見たいというのか。気に入らない、とアリアリーナは息を吐いた。
「例えば、俺に娘がいたとしましょう。手に負えないほど傲慢で面倒な性格だった娘が改心して家門のために努力している姿を見たら、父親としてできることならなんでもすると思います」
「あなたは以前の私のことを傲慢で面倒な性格と思っていたのね」
「……前の話です。今はそんなこと思っていません。それに俺に娘や息子が生まれるのであれば……母親は第四皇女殿下ですから」
アリアリーナは足を止める。彼女だけではない。行き交っていた侍女や執事、騎士、それに貴族までも立ち止まった。
「今、なんて?」
「前の話です。今はそんなこと思っていません、と」
「そこじゃないわ。そのあとよ」
ヴィルヘルムは首を傾げた。憎たらしいくらいにサラサラな髪が風に揺れる。
「俺に娘や息子が生まれるのであれば母親は第四皇女殿下だと、申し上げました」
戦慄が走る。貴族は卒倒し、侍女や執事、騎士たちは口をあんぐりと開けている。自身の発言が元凶だとは微塵も思っていないのか、ヴィルヘルムはひとり涼しい顔をしていた。
ヴィルヘルムの言動に振り回されるのは、初めてではない。なんなら以前までは、アリアリーナが彼を振り回していた立場なのだから……。しかしさすがのアリアリーナも「ヴィルヘルムとの間に赤ちゃんが欲しい♡(直訳)」などという爆弾発言を口にした覚えはない。ヴィルヘルムはそんな爆弾発言を口にしてしまったのだ。
アリアリーナは拳を握る。
「あなた、私との子が欲しいと思うくらい、私が好きなの?」
なぜ、そんなことを聞いてしまったのか、アリアリーナ自身も分からなかった。
ヴィルヘルムを少しでも諦めるためには、恋心を思い出さないためには、彼からの好意をのらりくらりと躱し続け、決定的な言葉を避けたほうが絶対に良いのに。それなのに、わざわざ自分から地雷を踏んでしまうなんて。
アリアリーナが小さく首を左右に振り、ヴィルヘルムの隣を通り過ぎようとする。
「俺は――」
「ヴィルヘルム様っ!」
ヴィルヘルムが何かを言おうとした時、黒い影が現れる。彼の腕の中にすっぽりと収まるそれを見たアリアリーナは、生気のない表情を浮かべた。
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