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第82話 直談判
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後日。アリアリーナはヴィルヘルムと共に、皇帝に謁見を申し込んだ。正直、ヴィルヘルムも一緒に来るとは思っていなかったのだが、皇帝に好き勝手言わせないためにも、彼という存在はそれなりに良い役割を果たしてくれるのかもしれない。
ヴィルヘルムの腕に手を添えたアリアリーナは、呑気にそんなことを考えていた。
「心の準備はよろしいですか?」
「誰に聞いてるのよ。自分の心配をしなさい」
素っ気なく返答する。皇帝の第一執務室の前、見張りの騎士たちは重厚な雰囲気を醸し出す扉を開けた。アリアリーナとヴィルヘルムは、一礼して入室する。
「皇帝陛下に拝謁いたします」
ヴィルヘルムから離れたアリアリーナは、丁寧に挨拶する。夏らしく涼やかな水色のドレス。ハートカットのデザインは、彼女の立派な胸を際立たせている。胸元からスカートにかけて施された銀色の繊細な刺繍。スリットの部分から垣間見える長い脚が艶かしい。首元のネックレスとイヤリング、髪飾りはいつもよりゴージャスだ。
彼女を前にした皇帝は、静かに息を呑んだ。娘の成長に愕然としているかに思われたが、それは違った。皇帝の目の前には、生涯で最も愛した女性アイーダの姿が映っていた。彼は、アリアリーナにアイーダの面影を感じていた。
「皇帝陛下、皇太女殿下に拝謁いたします」
ヴィルヘルムの挨拶により、皇帝の前から幻影が消え去った。
「なんの用だ。……まさか、婚約の話だと言うまいな?」
皇帝はアリアリーナとヴィルヘルムを睨みつける。皇帝の言葉を受けたヴィルヘルムはハッと何かに気がつく様子を見せた。考え込む仕草をする彼に、アリアリーナは嫌な予感を察知する。
「はい、こんや、」
「此度の事件の犯人である暗殺組織について、皇帝陛下とシルヴィリーナお姉様にお許しをいただきに参りました」
ヴィルヘルムが発しようとした恐ろしい言葉を遮り、アリアリーナは堂々と告げた。
ヴィルヘルムは、皇帝の前で「婚約のお許しをいただきにきました」と宣言してしまえば、外堀から埋めることができると思考を働かせたのかもしれない。なぜその考えに至ったのか謎だが、そこを聞いてしまえば負けな気がする。
婚約の許しではないことに一安心した皇帝は、溜息混じりに問いかける。
「なんの許しだ、言ってみろ」
「〝新月〟の本拠地の処理を私に一任していただけないでしょうか?」
皇帝の眉間に皺が寄る。ファイアーオパール色の瞳が爛々と輝きを放った。
「皇族を四人も殺害し、挙句の果てにシルヴィリーナの命までも奪おうとした反逆者の尋問をお前に一任したという報告は、シルヴィリーナから受けている。だが、反逆者が属する裏組織の拠点、それも本拠地の処理までも任せろと言うか」
「同じことを何度も言わせないでくださいな」
舐め腐ったアリアリーナの態度に、皇帝はより一層皺を深く刻み込む。炎の獅子のような風貌だ。
「何か、企んでいるのか、娘よ」
こちらを探る目。娘よ、と言われたことにアリアリーナは不快感をあらわにする。既に皇帝には嫌われているのだ。これ以上株が下がったところで、心底どうでもいい。開き直った彼女は、長嘆息した。
「企んでいなければわざわざ陛下とお顔を合わせるなんてこといたしません」
「………………」
「近頃、ツィンクラウン皇族の命が狙われていることは、陛下もご存じですね? このまま放っておけば、皇族は滅びます。そうなる前に対処しようとしているのです。あなた方を助ける義理はありませんが、私が死にたくないので」
相手が皇帝であろうとも決して怯まない。まさしく、気高き覇者。見たことのないアリアリーナの姿を目撃した皇帝は、唖然としていた。
ツィンクラウン皇族の命が狙われている。愛する人を殺さなければ自らが死ぬという呪いを解くためにも、命を脅かす芽はできるだけ摘んでおかなければならない。
しかしながら、愛する人を殺すことに成功し無事に解呪できたとしても、死なない保証がどこにあるのか。呪いが解けたとしても、アリアリーナが人である限り死の危険はいつも存在する。冥界の使者は、一瞬のうちに現れるのだから。
それに、アリアリーナの生死に関与したルイドはこう言っていた。
『アリアリーナの身にかけられた呪いと皇族が狙われる件に関連があるかと聞かれれば、たぶんある』
保険はかけられたが、呪いと皇族を狙う黒幕に関連がある可能性が高いのだ。どちらもとことん追い求めれば、絡みに絡まった糸も、いずれは一本の美しい糸になる――。
「そこまで言うのなら分かった。お前に一任しよう」
「陛下、よろしいのですか? アリアリーナには危険なのでは……」
シルヴィリーナはアリアリーナを心配する面持ちとなる。皇帝は彼女の心配を鼻で笑い飛ばした。
「なんのためにグリエンド公爵がいると思っている。アリアリーナを守るためだろう?」
「その通りです、皇帝陛下。皇太女殿下、第四皇女殿下は必ず守り抜きますのでご安心ください」
ヴィルヘルムは自信満々にそう言ったのであった。彼の発言に振り回されるのも大概にしたい、とアリアリーナは思った。
ヴィルヘルムの腕に手を添えたアリアリーナは、呑気にそんなことを考えていた。
「心の準備はよろしいですか?」
「誰に聞いてるのよ。自分の心配をしなさい」
素っ気なく返答する。皇帝の第一執務室の前、見張りの騎士たちは重厚な雰囲気を醸し出す扉を開けた。アリアリーナとヴィルヘルムは、一礼して入室する。
「皇帝陛下に拝謁いたします」
ヴィルヘルムから離れたアリアリーナは、丁寧に挨拶する。夏らしく涼やかな水色のドレス。ハートカットのデザインは、彼女の立派な胸を際立たせている。胸元からスカートにかけて施された銀色の繊細な刺繍。スリットの部分から垣間見える長い脚が艶かしい。首元のネックレスとイヤリング、髪飾りはいつもよりゴージャスだ。
彼女を前にした皇帝は、静かに息を呑んだ。娘の成長に愕然としているかに思われたが、それは違った。皇帝の目の前には、生涯で最も愛した女性アイーダの姿が映っていた。彼は、アリアリーナにアイーダの面影を感じていた。
「皇帝陛下、皇太女殿下に拝謁いたします」
ヴィルヘルムの挨拶により、皇帝の前から幻影が消え去った。
「なんの用だ。……まさか、婚約の話だと言うまいな?」
皇帝はアリアリーナとヴィルヘルムを睨みつける。皇帝の言葉を受けたヴィルヘルムはハッと何かに気がつく様子を見せた。考え込む仕草をする彼に、アリアリーナは嫌な予感を察知する。
「はい、こんや、」
「此度の事件の犯人である暗殺組織について、皇帝陛下とシルヴィリーナお姉様にお許しをいただきに参りました」
ヴィルヘルムが発しようとした恐ろしい言葉を遮り、アリアリーナは堂々と告げた。
ヴィルヘルムは、皇帝の前で「婚約のお許しをいただきにきました」と宣言してしまえば、外堀から埋めることができると思考を働かせたのかもしれない。なぜその考えに至ったのか謎だが、そこを聞いてしまえば負けな気がする。
婚約の許しではないことに一安心した皇帝は、溜息混じりに問いかける。
「なんの許しだ、言ってみろ」
「〝新月〟の本拠地の処理を私に一任していただけないでしょうか?」
皇帝の眉間に皺が寄る。ファイアーオパール色の瞳が爛々と輝きを放った。
「皇族を四人も殺害し、挙句の果てにシルヴィリーナの命までも奪おうとした反逆者の尋問をお前に一任したという報告は、シルヴィリーナから受けている。だが、反逆者が属する裏組織の拠点、それも本拠地の処理までも任せろと言うか」
「同じことを何度も言わせないでくださいな」
舐め腐ったアリアリーナの態度に、皇帝はより一層皺を深く刻み込む。炎の獅子のような風貌だ。
「何か、企んでいるのか、娘よ」
こちらを探る目。娘よ、と言われたことにアリアリーナは不快感をあらわにする。既に皇帝には嫌われているのだ。これ以上株が下がったところで、心底どうでもいい。開き直った彼女は、長嘆息した。
「企んでいなければわざわざ陛下とお顔を合わせるなんてこといたしません」
「………………」
「近頃、ツィンクラウン皇族の命が狙われていることは、陛下もご存じですね? このまま放っておけば、皇族は滅びます。そうなる前に対処しようとしているのです。あなた方を助ける義理はありませんが、私が死にたくないので」
相手が皇帝であろうとも決して怯まない。まさしく、気高き覇者。見たことのないアリアリーナの姿を目撃した皇帝は、唖然としていた。
ツィンクラウン皇族の命が狙われている。愛する人を殺さなければ自らが死ぬという呪いを解くためにも、命を脅かす芽はできるだけ摘んでおかなければならない。
しかしながら、愛する人を殺すことに成功し無事に解呪できたとしても、死なない保証がどこにあるのか。呪いが解けたとしても、アリアリーナが人である限り死の危険はいつも存在する。冥界の使者は、一瞬のうちに現れるのだから。
それに、アリアリーナの生死に関与したルイドはこう言っていた。
『アリアリーナの身にかけられた呪いと皇族が狙われる件に関連があるかと聞かれれば、たぶんある』
保険はかけられたが、呪いと皇族を狙う黒幕に関連がある可能性が高いのだ。どちらもとことん追い求めれば、絡みに絡まった糸も、いずれは一本の美しい糸になる――。
「そこまで言うのなら分かった。お前に一任しよう」
「陛下、よろしいのですか? アリアリーナには危険なのでは……」
シルヴィリーナはアリアリーナを心配する面持ちとなる。皇帝は彼女の心配を鼻で笑い飛ばした。
「なんのためにグリエンド公爵がいると思っている。アリアリーナを守るためだろう?」
「その通りです、皇帝陛下。皇太女殿下、第四皇女殿下は必ず守り抜きますのでご安心ください」
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