【完結】愛する人を殺さなければならないので離れていただいてもよろしいですか? 〜呪われた不幸皇女と無表情なイケメン公爵〜

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第77話 愛する人を殺すということ

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 記念すべき双子の皇族の誕生パーティーにて起きた悲劇的な事件。四人の皇族が命を落とし、皇太女であるシルヴィリーナまでも暗殺未遂に遭った。パーティーは急遽中止され、皇城を出るための検問もより一層厳しくなったらしい。
 アリアリーナは騎士たちによる聞き取り調査を終え、自身の宮へ戻っていた。難しいことは明日考えればいい。疲労困憊している心身を休ませることが最優先だ。宮を守る騎士たちに出迎えられた時、隣に気配を感じる。レイだ。

「ご苦労様、レイ」
「いいえ……。私より姫様のほうがお疲れでしょう。既に侍女には湯張りをしておくよう伝えております」
「ありがとう」

 暗殺者としてはもちろんのこと、執事としても優秀なレイに、アリアリーナは今一度感心した。
 行き交う侍女や執事が頭を下げていく。レイはアリアリーナにそっと近寄り、小声で話し始めた。

「怪しい動きをしていた者がいた」
「誰かしら」
「……ディオレントの第一王子だ」

 アリアリーナは静かに息を呑んだ。

「東の庭園でほかの貴族と話をしていた。声が小さくて会話の内容までは聞き取れなかったけど……組織がどうのこうのって言ってた」

 アードリアンが怪しい動きをしていたとは。アリアリーナは会場で会った彼を思い浮かべる。相変わらずふしだらな目つきをしていたが、それ以外には特に不審な点は見当たらなかったはず。そう、彼が途中で立ち去ったこと以外には。その際は何も気にならなかったが、貴族と一体なんの話をしていたのか。庭園、それも会場であった間から最も遠い東の庭園にて話さなければならないほど、誰にも聞かれてはいけない内容だったのだろうか。

「明日にでも反逆者から情報を聞き出すよ」
「えぇ、お願い」

 アリアリーナが返事をすると同時に、大浴場に到着する。彼女の部屋に備えつけてあるバスルームではない。レイは、疲れきった彼女を癒すためには浴場のほうが良いと判断したのだろう。できる執事だ。

「行ってらっしゃいませ」

 レイが頭を下げる。アリアリーナは大勢の侍女たちに連れられ、大浴場に足を踏み入れたのであった。


 一時間。体の隅々まで磨き上げ、じっくり体を温めたアリアリーナは、真っ白のレースの寝間着を纏い、自室への道を歩いていた。既に調査に向かったのか、レイの姿は見当たらなかった。
 自室に着き、侍女たちに下がるよう伝える。扉を開けると、ベッドの近く、子猫のように丸まった塊を発見する。ふわふわと揺れるビスケット色の髪。ロイヤルブルーの瞳は瞼の向こうに隠れているため、残念ながら拝めない。愛しの奴隷、アンゼルムを見たアリアリーナは、破顔する。寝ている姿を目撃して癒されるくらいには、アンゼルムのことを好いている。愛している。その事実に安心する。

「ゼル……」

 呼びかけるが返答はない。ベッドで眠っても構わないのに、カーペットの上で眠っている辺り、自らが奴隷であることを弁えているようだ。どこまでも忠実な人。そんなアンゼルムを、殺そうとしている――。

「無防備ね」

 足音を殺し、アンゼルムに近寄る。彼の細い首に指先で触れる。脈を圧迫して殺すか。それとも今から彼を殺すための呪術を唱えようか。アンゼルム自身を、または彼の体液を捧げ、肉体を葬り去ってやろうか。人を呪い殺す呪術は、アリアリーナの命にも危険が及ぶ。呪い殺すほどの対象ではない。そう考えると、やはり首を絞めるか。短剣で首を掻き切るか。いずれにせよ、苦しまないよう逝かせてやらなければならない。意識を朦朧とさせる呪術を使い、ひと思いに殺すべきだろうか。
 アンゼルムが死んでも、悲しむ家族や友人はいない。少年ひとり死ぬくらい、ツィンクラウン帝国では「どうでもいいこと」。そう、アリアリーナと同じだ。

「っ……!?」

 アンゼルムの首に圧迫していた手を引く。考え事に気を取られ、知らぬうちに彼を殺そうとしていた。震える右手を左手で押さえつける。

(今さらよ、今さらじゃない。殺さなければ、死ぬのだから……。なんのためにアンゼルムを買ったの? グリエンド公爵の身代わりにするためでしょう? 最初からそのつもりだったじゃない、アリアリーナ)

 自分に言い聞かせるが、震えはなかなか止まらない。呪術師でもなく狂人でもなく、徐々に人間味を取り戻していく自分にアリアリーナは唇を噛みしめた。

「ん、ご主人様……?」

 アンゼルムが目を覚ます。紫を帯びた濃い青色の眼。あんなに見たかったのに、今はその目に見つめられることが居心地悪く感じる。

「おかえりなさい」

 頬を赤く染め、ふにゃりと笑う。穢れのない、汚い思惑もない、優しい笑み。アンゼルムの笑顔は、アリアリーナをより惨めにさせた。

「夢を、見たんです。ご主人様に首を絞められる夢を」
「………………」

 顔を背ける。
 それは夢ではないと、本当にあなたを殺そうとしたのだと。訴えたかった。誰にも打ち明けていない呪いを全て暴露してしまいたかった。だがアリアリーナは弱かった。
 アンゼルムは起き上がると、正座する主人の膝に擦り寄る。もちっとした柔らかな頬を膝に当てる。

「僕、ご主人様になら殺されてもいいです」

 あまり呂律が回っていない寝起きの声でそう言った。アリアリーナの手が再び震え出す。アンゼルムは彼女の手を自身の頬に押し当てた。

「ご主人様の綺麗な手で命を終わらせられるなら、本望です……」

 アリアリーナの心臓が大きく跳ねる。寝惚けているだけ。ただの戯言。そうは分かっていても、無性に泣きたくなった。赤子顔負けに泣きじゃくって汚い自分を曝け出したかった。ぐっと衝動を呑み込み、アンゼルムの頬を両手で包み込む。

「ありがとう、可愛いゼル」

 頬を熱い涙が流れる。アンゼルムが恐る恐る涙を拭ってくれた。彼の額に愛のキスを落とす。
 愛する人を殺さなければならない。それがどれほど、苦しく重い呪いなのか、アリアリーナは初めて理解した。
 大して愛していなければ、殺しても呪いは解けない。だからと言って深入りしすぎると、情が入ってしまって殺せない。以前の彼女ならばできたかもしれないが、今の彼女には無理だった。
 それを誤魔化すように、優しく微笑んでいるアンゼルムの唇、その横に口付けたのであった。
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