【完結】愛する人を殺さなければならないので離れていただいてもよろしいですか? 〜呪われた不幸皇女と無表情なイケメン公爵〜

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第74話 情報収集くらいは許されるはず

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 卒然と、頬を叩かれる。何度も、何度も。決して強い力ではない。弱く、そして控えめだ。アリアリーナはその衝撃で目を覚ます。霜が降りかかったかのような睫毛が目下に影を刻み、その奥から柔らかな緑色の瞳が現れる。目を開けた矢先、ぼやけた視界に飛び込んできたのは、美の暴力であった。

「っ……!」

 アリアリーナは声にならない叫び声を上げ、急いで身を引いた。水飛沫みずしぶきが上がる。足元を見ると、見慣れた湖が広がっていた。

「また、あなたたちね……」

 嘆息しながらゆっくりと立ち上がる。アリアリーナの目の前には、彼女に二度目の人生を歩ませた張本人であるルイドと、一度だけ雪白の世界で対面したことのあるツィンクラウン皇族の血を引いた謎の美男子がいた。
 アリアリーナはまた、生と死の狭間の世界にやって来てしまったのだろうか。

「元気だったみたいだね」
「元気そうに見える? あなたの目は節穴ね」

 腕を組んで堂々とそう言うと、ルイドは目を瞬かせる。そしてふわりと微笑んだ。懐かしい誰かを見つめるかのようなその目に、アリアリーナは言い表すことのできない居心地の悪さを感じた。

「簡単に意識を失うとはな。あいつに似ているかと思っていたが、足元にも及ばぬのかもしれぬ。俺の過大評価だったようだ」

 ルイドの隣に立っていた美丈夫が肩を竦めて首を左右に振った。クリーミーブロンドの髪と、首元のふたつのリングが吊るされたネックレスが揺れる。神経を逆撫さかなでる男の言葉に、アリアリーナは激昂しそうになった。

「呪術を使えばすぐに疲れてしまう体と、そう大して強くはないその呪力で勝てるのか、俺は不安だ。アリアリーナ」
「……気軽に名を呼ばないでくれる? 不愉快だわ」

 男に向かって容赦のない怒りをぶつけると、ルイドが狼狽える。

「そ、そこまでにしておこうか、ね?」

 ルイドは両手を前に出し、アリアリーナを宥める。いつもはすました顔をしている彼の焦り方に、アリアリーナは引っかかった。
 金髪の男は怒らせてはいけないタイプか。雪白の世界にいて、生者であるアリアリーナに接触を図ることができるということは、もう既に彼は死んでいるのだろう。ルイドと同じく、この世のものではない異物の雰囲気があるため、亡くなったのはもう何年も前ではないか。生前、ツィンクラウン皇族の中でもそれなりに地位の高い場所にいたのだろう。
 だからと言って、今の世界を生きるアリアリーナには関係ない。どれほど金髪の男の位が高かったとしても、彼女には及ばない。彼女は金髪の男を睨みつけた。

「ほ、ほら、もうやめにしよう! 違う話をしようか!?」

 ルイドは火花散る空間に身を投じて、アリアリーナに引き攣った笑みを向けた。アリアリーナは大息をつく。
 二度目の人生を歩み始めてから、雪白の世界へ呼ばれるようになった。この世界の創造者であろうルイドは、必要な時に彼女を呼んでいるのだろう。アリアリーナに二度目の人生を歩ませる選択をさせたくらいだ。それなりの目的があるのか、それとも可哀想な彼女に慈悲をくれてやっただけなのか。その両方かもしれない。
 そこでアリアリーナは気がついた。人ではない、神の領域に達している創造者ルイドと謎の金髪の男ならば、彼女の状況をどうにかできるのではないか、と。二度目の人生を歩むアリアリーナに新たな呪いがかけられていることを知らせたのはルイドだが、解呪まではできなかった。ツィンクラウン皇族を狙う黒幕とその思惑が愛する人を殺さなければ自らが死ぬというアリアリーナの呪いに何かしらの関連があるのか、そして愛する人を殺す以外に解呪の方法はないのか、また呪いが発動するタイムリミットはいつまでか。ルイドと金髪の男の力を直接借りることはできなくとも、情報を入手することくらいは可能だろう。

「聞きたいことがあるの」
「………………」
「私を……いいえ、私たち皇族を殺そうと目論んでいる輩は誰なの? 何が目的?」

 あくまでも冷静に問いかける。取り乱してはいけない。隙を見せてはいけない。背筋を冷や汗が流れるが、アリアリーナは気にせずルイドたちを見つめ続けた。

「皇族を……アリアリーナを殺そうと企む闇は、思いのほか深く、色濃い。目的はリンドル家に呪いをかけた君の先祖と同じ理由だ」

 言葉を濁すルイドに、アリアリーナは内心舌打ちする。今はまだ言うべきでないと判断したのか。彼自身ももしかしたらまだ分かっていないのかもしれない。皇族を殺そうとする目的は、リンドル家に呪いをかけた先祖と同じ理由。つまり、「皇族を滅ぼしたい」という単純明快な理由だ。

「アリアリーナの身にかけられた呪いと皇族が狙われる件に関連があるかと聞かれれば、たぶんある。保険はかけとくよ。ちなみに解呪方法は愛する人を殺す以外、ない。だけど呪いをかけた張本人に呪文を書き換えさせたら解呪できると思うけど、これは現実的ではないと伝えておくよ。それで、呪いが発動するタイムリミットだっけ? これは正直僕も分からない。一度目の人生で君が自殺した日までか、それとも術者の気分か……」

 ルイドの淡々とした説明に、アリアリーナは息を呑む。

(呪いのことに関しては、まだ聞いていないのに……。心の中を読んだの? この男)

 気味悪いものを見るかのような目でルイドを凝視する。アリアリーナの態度の変化に、ルイドは苦笑したのであった。

「もうそろそろ時間みたいだね……」

 ルイドが名残惜しそうに告げる。彼の言う通り、アリアリーナの意識が段々と朦朧になっていく。眼前に金髪の男が立った。

「ツィンクラウンとリンドルの血を引く皇女よ。必ず生き残れ。何かあったら俺とルイドが助けてやる。助けられる範囲で、だが。光栄に思うことだな。この俺の助けを借りることが……おいっ! 貴様っ! 不敬な! まだ話の途中だ! 眠るでないっ!」

 遠のいていく金髪の男の声。ゆりかごで揺られるかの如く、気持ちいい眠気に誘われ、アリアリーナは目を閉じたのであった。
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