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第72話 誰が死ぬのか見物

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「酷いわ、アリア……」

 口元を押さえ、痛々しい顔貌となる。皇帝譲りのファイアーオパール色の目は、涙で潤んでいた。

「わたしに内緒でヴィルヘルム様と揃いの衣装を着るなんて……。ヴィルヘルム様、わたしがあなた様に誕生パーティーのパートナーになっていただきたいと頼んだ時、断ったのは……アリアにわたしのパートナーになるのを断ってほしいと言われたからなのですね」

 消え入りそうな声。そのまま誰の耳にも届くことなく、虚空へ消え去ったのならどれほどよかったことか。アリアリーナは大して取り乱さず冷静沈着に周囲を見渡す。貴族たちはエナヴェリーナの言葉をしっかりと聞いていたようで、各々反応を示していた。
 もちろん、エナヴェリーナが言ったことは事実無根だ。アリアリーナがヴィルヘルムに「私とお揃いの衣装を着て誕生パーティーに出席しなさい。もちろん、エナヴェリーナお姉様のパートナーは断っていただくわ」なんて脅迫じみたことは言っていない。そもそも、相当巨大な弱みでも握られていない限り、素直に従うヴィルヘルムではない。
 アリアリーナは背後に立つ彼を見遣る。

「………………」

 バツが悪そうに顔を背けた。どうやら、エナヴェリーナからパートナーに誘われ、それを拒絶したのは事実だそうだ。まったく面倒なことをしてくれた。アリアリーナはここ最近で一番の溜息を吐いた。

「お前……またエナを泣かせたのか!?」

 エルドレッドが駆け寄ってきた。今にも泣き崩れそうなエナヴェリーナを支える。片割れの妹を泣かされたことが大層許せないようだ。
 一度目の人生から、何も変わっていない。誰ひとりとしてアリアリーナの声を聞いてくれる者はいない。それも当たり前だ。救いようのないヒステリックな悪女の言葉と皇帝の愛娘であり天使のような姫君の言葉、人々がどちらを信じるかなど分かりきっている。そこに、真実や信憑性しんぴょうせいは必要ない。「エナヴェリーナがそう言ったから」。これで完結する話である。
 皇族を殺さなければならない呪いと一族の怨念を背負い、必死に努力した。皇族に怪しまれないよう、レイの力を借りて緻密な計画を立てて、対策を施した。暗殺の腕や呪術の腕前は別として、一応優秀と言える部類には入るだろう。ただ、冷静さが足りなかっただけで――。
 一度目の反省を踏まえ、一族の怨念から解放された二度目の人生では、比較的上手く振る舞えていると思うのだが。それでもなお、面倒事に巻き込まれてしまう。それはヴィルヘルムやユーリ、アードリアンの影響もあるが。賢く振る舞っているのがなんだか馬鹿らしく思えてきたアリアリーナは、今度は特大の溜息をついた。わざとらしく、そして周りに聞こえるように。

「勝手に勘違いして突っかかってひとりで泣いているのはどこのお姫様かしら」

 空気が、凍りつく。あまりの寒さに、身震いする者までいた。それくらい、アリアリーナの周囲の温度が下がっていた。

「被害妄想も大概にしたら? 私、エナヴェリーナお姉様のそういうところ、反吐へどが出るくらい嫌いなの。お願いだからいちいち話しかけないでくれる?」

 言葉の刃を投げる。先は尖り、切れ味は鋭い。それはエナヴェリーナの心臓を捉えた。彼女の瞳からとうとう涙がこぼれ落ちる。その瞬間……。

「この小娘っ!!! 黙って聞いていればなんてことを言うのですか!?」

 金切り声を上げて走ってきたのは、皇后だった。アリアリーナにとってエナヴェリーナは疫病神やくびょうがみだ。どこまでいっても不幸体質の自分に呆れ果てると共に、それは呪術で払えるものなのだろうかと思考を巡らせた。

「皇室の光に対して聞くにも堪えない暴言を吐くとは、さすがは平民の子。教育がなっていませんわね」
「どうしたらこんな悪魔の子が生まれるのか……。皇族の今後のためにも第四皇女は皇族から除名すべきでは?」

 多くの取り巻きを連れた皇后の背後には、見覚えのある人物が数名いた。
 アナ・ロッテ・リアド・グロー。ツィンクラウン帝国グロー公爵夫人にして、かつての皇女。皇帝の実妹だ。
 もうひとりは、リアン・デズート・レピオル・ドルシア。ツィンクラウン帝国と友好国であるボーンチェスト王国ドルシア公爵夫君。グロー公爵夫人と同様、かつての皇子であり、皇帝の異母弟だ。

「どなたの恩恵があって、その地位に居座ることができるのか、もう一度よく考えるべきだな」

 ショルス・ルートヴク・カーラ・ボーンチェスト。ボーンチェスト王国女王の王配。元皇子、皇帝の異母弟だ。

「まぁまぁ、そんなに責めないでもよろしいではありませんか。生粋の皇族ではないのですから、まだまだ未熟なのは当たり前ですわ」

 メイベル・アシュリー・レルーナ・マルレーン。ツィンクラウン帝国の傘下国マルレーン王国王妃。元皇女、皇帝の異母妹だ。
 グロー公爵夫人に、ドルシア公爵夫君、ボーンチェスト王配からマルレーン王妃まで。名だたる王族、貴族が揃う中、容赦なく批判を浴びるアリアリーナは、平然としていた。

(あなたたちが犯している罪をこの場で暴露してあげったっていいのに。馬鹿な人たち。今夜、あなたたちの誰が死ぬのか、見物ね)

 威圧に屈することはない。むしろ笑って見せるアリアリーナに、皇族たちは驚いた。
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