【完結】愛する人を殺さなければならないので離れていただいてもよろしいですか? 〜呪われた不幸皇女と無表情なイケメン公爵〜

I.Y

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第71話 次から次へと

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 ユーリとアードリアンの間で熱い火花が散る。今にも殴り合いが勃発しそうな空気だ。

「アリアリーナ皇女殿下は私とお話をしていたのですが、会話の途中で口を挟んでくるなど無礼ではありませんか?」

 ユーリは微笑する。ブルームーンストーン色の瞳は、まったく笑っていなかった。

「お前こそ、第四皇女殿下の名を軽々しく口にするとは極刑だろう」

 アードリアンも黙ってはいない。すかさず反撃する。レベルの低い言い争いを前に、アリアリーナは現実逃避をし始めた。周囲の貴族たちは、ユーリとアードリアンの喧嘩を見物している。注目を集める前にさっさとここを去りたい。どうこの状況を抜け出そうか、思案していると、何者かがアリアリーナの前に立った。いつの間にか嗅ぎ慣れてしまった匂いが香る。ゆっくりと見上げると、そこにいたのはヴィルヘルムだった。豪奢なシャンデリアの光を後光のように携え、その美しい顔に甘い笑みを湛えていた。見惚れる。目が、離せない。やはり彼がまだ好きなのだと、嫌でも実感させられる。
 現実を突きつけられたアリアリーナはそっと視線を落とした。刹那、彼女の目が点になる。

「第四皇女殿下、今日の装いも、とてもよくお似合いです」
「………………」
「やはり緑にして正解でしたね。あなたの瞳の色と合っていて綺麗です」

 アリアリーナは愕然としていた。それはなぜか。簡単だ。ヴィルヘルムの衣装が、彼女とお揃いだったから。
 ヴィルヘルムは断りもなく、アリアリーナの手をすくい取り、手袋越しにキスを落とした。その拍子に、氷山の一角を削り取ったかのような色味の目に、確かな熱が宿される。

「あなた……またやったのね」
「……なんのことでしょうか」
「惚けないでちょうだい。……本当に懲りない人ね」

 アリアリーナはヴィルヘルムに握られた手を振り払う。ヴィルヘルムは弾かれた手を見つめた。
 ディオレント王国に滞在した際にも、彼がわざとアリアリーナと衣装を合わせてきたことがあった。王国だからまだ大目に見れたものの、ここはツィンクラウン帝国の心臓部分である皇城。それも、双子の皇族エナヴェリーナとエルドレッドの誕生祭という場だ。さすがに今回は、許容できない。
 思い返せば、朝からヴィルヘルムの姿を一度も見ていなかった。これまでの突拍子もない行動を鑑みればアリアリーナの宮に押しかけてきそうなのに、気配はなかったのだ。その時点で気がつくべきだった。何かがおかしい、と。ヴィルヘルムは、アリアリーナに着替えの時間を与えないため、そして誤魔化しが利かないよう、大勢の目がある会場の間で対面することを選んだのだ。ツィンクラウン帝国での自身の人気と評価を利用して、アリアリーナに何も言わせないようにしたのだ……。なんという策略家か。
 アリアリーナは憤怒と呆れを通り越して、舌を巻いた。ヴィルヘルムの背後にいたアードリアンがほかの貴族に話しかけられ、その場を立ち去り会場から出ていく。厄介者がひとりいなくなったことに清々する。

「第四皇女殿下、俺と、ダンスを踊ってくれませんか?」

 先程のユーリの台詞を、今度はヴィルヘルムが口にした。アリアリーナの心臓が分かりやすく跳ね上がる。
 ヴィルヘルムからダンスに誘われる日を、どれくらい夢に見たことか。エナヴェリーナと優雅に踊る彼に熱い視線を送り続けた。視線が交われば淡い期待を抱いたが、彼はすぐにアリアリーナから目を逸らした。何度も何度も生まれた期待と想いは、彼により打ち砕かれた。それも、数え切れないほど。
 アリアリーナはエナヴェリーナを横目で見た。エナヴェリーナは、自分以外の女性、それも異母妹をダンスに誘うヴィルヘルムを見て、信じられないとでも言いたげな面持ちをしていた。

「お断りします」

 迷いのない声で告げる。繋がりかけた赤い糸を自ら断ち切った。ブレのない、美しい太刀筋で。
 周囲の貴族は、衝撃的な光景を前にして絶句してしまっていた。

「なぜか、お聞きしても?」

 ユーリやアードリアンも瞠目しているのに、ダンスを拒絶された張本人であるヴィルヘルムだけは平静だった。

「逆に聞くわ。なぜあなたとダンスを踊らなければならないの?」
「第四皇女殿下と時間を共にしたいという気持ちに、理由が必要とは思えません」
「そう。私も同じ気持ちよ」
「……え?」

 ヴィルヘルムが僅かな期待を抱く。アリアリーナが彼に一歩近寄る。バターブロンドの髪をさらりと撫で、背伸びする。何かを察したヴィルヘルムは腰を屈めた。アリアリーナは彼のうなじに手を這わせ、引き寄せる。口紅で彩られたら赤い唇が言の葉を紡いだ。

「私と時間を共にしたいというあなたの意志をへし折るのに、理由はいらないわ」

 甘い声色なのに、言葉はちっとも甘くない。銅像のように固まってしまったヴィルヘルムを置いて、アリアリーナは歩き出す。南部の次期領主、ディオレントの第一王子だけでなく、天下の公爵までも蔑ろにした彼女に、招待客たちは今にも意識を失いそうだった。未婚の令嬢方に関しては、絶叫していたが。
 思いのほか良い気分だと内心ほくそ笑むアリアリーナの行く手を阻んだのは、エナヴェリーナであった。上昇していた気分は、一気に降下。「面倒」と顔に書いたアリアリーナに構わず、本日のパーティーの主役は口を開いた。

「酷いわ、アリア……」
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