71 / 185
第71話 次から次へと
しおりを挟む
ユーリとアードリアンの間で熱い火花が散る。今にも殴り合いが勃発しそうな空気だ。
「アリアリーナ皇女殿下は私とお話をしていたのですが、会話の途中で口を挟んでくるなど無礼ではありませんか?」
ユーリは微笑する。ブルームーンストーン色の瞳は、まったく笑っていなかった。
「お前こそ、第四皇女殿下の名を軽々しく口にするとは極刑だろう」
アードリアンも黙ってはいない。すかさず反撃する。レベルの低い言い争いを前に、アリアリーナは現実逃避をし始めた。周囲の貴族たちは、ユーリとアードリアンの喧嘩を見物している。注目を集める前にさっさとここを去りたい。どうこの状況を抜け出そうか、思案していると、何者かがアリアリーナの前に立った。いつの間にか嗅ぎ慣れてしまった匂いが香る。ゆっくりと見上げると、そこにいたのはヴィルヘルムだった。豪奢なシャンデリアの光を後光のように携え、その美しい顔に甘い笑みを湛えていた。見惚れる。目が、離せない。やはり彼がまだ好きなのだと、嫌でも実感させられる。
現実を突きつけられたアリアリーナはそっと視線を落とした。刹那、彼女の目が点になる。
「第四皇女殿下、今日の装いも、とてもよくお似合いです」
「………………」
「やはり緑にして正解でしたね。あなたの瞳の色と合っていて綺麗です」
アリアリーナは愕然としていた。それはなぜか。簡単だ。ヴィルヘルムの衣装が、彼女とお揃いだったから。
ヴィルヘルムは断りもなく、アリアリーナの手をすくい取り、手袋越しにキスを落とした。その拍子に、氷山の一角を削り取ったかのような色味の目に、確かな熱が宿される。
「あなた……またやったのね」
「……なんのことでしょうか」
「惚けないでちょうだい。……本当に懲りない人ね」
アリアリーナはヴィルヘルムに握られた手を振り払う。ヴィルヘルムは弾かれた手を見つめた。
ディオレント王国に滞在した際にも、彼がわざとアリアリーナと衣装を合わせてきたことがあった。王国だからまだ大目に見れたものの、ここはツィンクラウン帝国の心臓部分である皇城。それも、双子の皇族エナヴェリーナとエルドレッドの誕生祭という場だ。さすがに今回は、許容できない。
思い返せば、朝からヴィルヘルムの姿を一度も見ていなかった。これまでの突拍子もない行動を鑑みればアリアリーナの宮に押しかけてきそうなのに、気配はなかったのだ。その時点で気がつくべきだった。何かがおかしい、と。ヴィルヘルムは、アリアリーナに着替えの時間を与えないため、そして誤魔化しが利かないよう、大勢の目がある会場の間で対面することを選んだのだ。ツィンクラウン帝国での自身の人気と評価を利用して、アリアリーナに何も言わせないようにしたのだ……。なんという策略家か。
アリアリーナは憤怒と呆れを通り越して、舌を巻いた。ヴィルヘルムの背後にいたアードリアンがほかの貴族に話しかけられ、その場を立ち去り会場から出ていく。厄介者がひとりいなくなったことに清々する。
「第四皇女殿下、俺と、ダンスを踊ってくれませんか?」
先程のユーリの台詞を、今度はヴィルヘルムが口にした。アリアリーナの心臓が分かりやすく跳ね上がる。
ヴィルヘルムからダンスに誘われる日を、どれくらい夢に見たことか。エナヴェリーナと優雅に踊る彼に熱い視線を送り続けた。視線が交われば淡い期待を抱いたが、彼はすぐにアリアリーナから目を逸らした。何度も何度も生まれた期待と想いは、彼により打ち砕かれた。それも、数え切れないほど。
アリアリーナはエナヴェリーナを横目で見た。エナヴェリーナは、自分以外の女性、それも異母妹をダンスに誘うヴィルヘルムを見て、信じられないとでも言いたげな面持ちをしていた。
「お断りします」
迷いのない声で告げる。繋がりかけた赤い糸を自ら断ち切った。ブレのない、美しい太刀筋で。
周囲の貴族は、衝撃的な光景を前にして絶句してしまっていた。
「なぜか、お聞きしても?」
ユーリやアードリアンも瞠目しているのに、ダンスを拒絶された張本人であるヴィルヘルムだけは平静だった。
「逆に聞くわ。なぜあなたとダンスを踊らなければならないの?」
「第四皇女殿下と時間を共にしたいという気持ちに、理由が必要とは思えません」
「そう。私も同じ気持ちよ」
「……え?」
ヴィルヘルムが僅かな期待を抱く。アリアリーナが彼に一歩近寄る。バターブロンドの髪をさらりと撫で、背伸びする。何かを察したヴィルヘルムは腰を屈めた。アリアリーナは彼のうなじに手を這わせ、引き寄せる。口紅で彩られたら赤い唇が言の葉を紡いだ。
「私と時間を共にしたいというあなたの意志をへし折るのに、理由はいらないわ」
甘い声色なのに、言葉はちっとも甘くない。銅像のように固まってしまったヴィルヘルムを置いて、アリアリーナは歩き出す。南部の次期領主、ディオレントの第一王子だけでなく、天下の公爵までも蔑ろにした彼女に、招待客たちは今にも意識を失いそうだった。未婚の令嬢方に関しては、絶叫していたが。
思いのほか良い気分だと内心ほくそ笑むアリアリーナの行く手を阻んだのは、エナヴェリーナであった。上昇していた気分は、一気に降下。「面倒」と顔に書いたアリアリーナに構わず、本日のパーティーの主役は口を開いた。
「酷いわ、アリア……」
「アリアリーナ皇女殿下は私とお話をしていたのですが、会話の途中で口を挟んでくるなど無礼ではありませんか?」
ユーリは微笑する。ブルームーンストーン色の瞳は、まったく笑っていなかった。
「お前こそ、第四皇女殿下の名を軽々しく口にするとは極刑だろう」
アードリアンも黙ってはいない。すかさず反撃する。レベルの低い言い争いを前に、アリアリーナは現実逃避をし始めた。周囲の貴族たちは、ユーリとアードリアンの喧嘩を見物している。注目を集める前にさっさとここを去りたい。どうこの状況を抜け出そうか、思案していると、何者かがアリアリーナの前に立った。いつの間にか嗅ぎ慣れてしまった匂いが香る。ゆっくりと見上げると、そこにいたのはヴィルヘルムだった。豪奢なシャンデリアの光を後光のように携え、その美しい顔に甘い笑みを湛えていた。見惚れる。目が、離せない。やはり彼がまだ好きなのだと、嫌でも実感させられる。
現実を突きつけられたアリアリーナはそっと視線を落とした。刹那、彼女の目が点になる。
「第四皇女殿下、今日の装いも、とてもよくお似合いです」
「………………」
「やはり緑にして正解でしたね。あなたの瞳の色と合っていて綺麗です」
アリアリーナは愕然としていた。それはなぜか。簡単だ。ヴィルヘルムの衣装が、彼女とお揃いだったから。
ヴィルヘルムは断りもなく、アリアリーナの手をすくい取り、手袋越しにキスを落とした。その拍子に、氷山の一角を削り取ったかのような色味の目に、確かな熱が宿される。
「あなた……またやったのね」
「……なんのことでしょうか」
「惚けないでちょうだい。……本当に懲りない人ね」
アリアリーナはヴィルヘルムに握られた手を振り払う。ヴィルヘルムは弾かれた手を見つめた。
ディオレント王国に滞在した際にも、彼がわざとアリアリーナと衣装を合わせてきたことがあった。王国だからまだ大目に見れたものの、ここはツィンクラウン帝国の心臓部分である皇城。それも、双子の皇族エナヴェリーナとエルドレッドの誕生祭という場だ。さすがに今回は、許容できない。
思い返せば、朝からヴィルヘルムの姿を一度も見ていなかった。これまでの突拍子もない行動を鑑みればアリアリーナの宮に押しかけてきそうなのに、気配はなかったのだ。その時点で気がつくべきだった。何かがおかしい、と。ヴィルヘルムは、アリアリーナに着替えの時間を与えないため、そして誤魔化しが利かないよう、大勢の目がある会場の間で対面することを選んだのだ。ツィンクラウン帝国での自身の人気と評価を利用して、アリアリーナに何も言わせないようにしたのだ……。なんという策略家か。
アリアリーナは憤怒と呆れを通り越して、舌を巻いた。ヴィルヘルムの背後にいたアードリアンがほかの貴族に話しかけられ、その場を立ち去り会場から出ていく。厄介者がひとりいなくなったことに清々する。
「第四皇女殿下、俺と、ダンスを踊ってくれませんか?」
先程のユーリの台詞を、今度はヴィルヘルムが口にした。アリアリーナの心臓が分かりやすく跳ね上がる。
ヴィルヘルムからダンスに誘われる日を、どれくらい夢に見たことか。エナヴェリーナと優雅に踊る彼に熱い視線を送り続けた。視線が交われば淡い期待を抱いたが、彼はすぐにアリアリーナから目を逸らした。何度も何度も生まれた期待と想いは、彼により打ち砕かれた。それも、数え切れないほど。
アリアリーナはエナヴェリーナを横目で見た。エナヴェリーナは、自分以外の女性、それも異母妹をダンスに誘うヴィルヘルムを見て、信じられないとでも言いたげな面持ちをしていた。
「お断りします」
迷いのない声で告げる。繋がりかけた赤い糸を自ら断ち切った。ブレのない、美しい太刀筋で。
周囲の貴族は、衝撃的な光景を前にして絶句してしまっていた。
「なぜか、お聞きしても?」
ユーリやアードリアンも瞠目しているのに、ダンスを拒絶された張本人であるヴィルヘルムだけは平静だった。
「逆に聞くわ。なぜあなたとダンスを踊らなければならないの?」
「第四皇女殿下と時間を共にしたいという気持ちに、理由が必要とは思えません」
「そう。私も同じ気持ちよ」
「……え?」
ヴィルヘルムが僅かな期待を抱く。アリアリーナが彼に一歩近寄る。バターブロンドの髪をさらりと撫で、背伸びする。何かを察したヴィルヘルムは腰を屈めた。アリアリーナは彼のうなじに手を這わせ、引き寄せる。口紅で彩られたら赤い唇が言の葉を紡いだ。
「私と時間を共にしたいというあなたの意志をへし折るのに、理由はいらないわ」
甘い声色なのに、言葉はちっとも甘くない。銅像のように固まってしまったヴィルヘルムを置いて、アリアリーナは歩き出す。南部の次期領主、ディオレントの第一王子だけでなく、天下の公爵までも蔑ろにした彼女に、招待客たちは今にも意識を失いそうだった。未婚の令嬢方に関しては、絶叫していたが。
思いのほか良い気分だと内心ほくそ笑むアリアリーナの行く手を阻んだのは、エナヴェリーナであった。上昇していた気分は、一気に降下。「面倒」と顔に書いたアリアリーナに構わず、本日のパーティーの主役は口を開いた。
「酷いわ、アリア……」
11
お気に入りに追加
306
あなたにおすすめの小説

たとえ番でないとしても
豆狸
恋愛
「ディアナ王女、私が君を愛することはない。私の番は彼女、サギニなのだから」
「違います!」
私は叫ばずにはいられませんでした。
「その方ではありません! 竜王ニコラオス陛下の番は私です!」
──番だと叫ぶ言葉を聞いてもらえなかった花嫁の話です。
※1/4、短編→長編に変更しました。

竜王の花嫁は番じゃない。
豆狸
恋愛
「……だから申し上げましたのに。私は貴方の番(つがい)などではないと。私はなんの衝動も感じていないと。私には……愛する婚約者がいるのだと……」
シンシアの瞳に涙はない。もう涸れ果ててしまっているのだ。
──番じゃないと叫んでも聞いてもらえなかった花嫁の話です。


愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中

魔法のせいだから許して?
ましろ
恋愛
リーゼロッテの婚約者であるジークハルト王子の突然の心変わり。嫌悪を顕にした眼差し、口を開けば暴言、身に覚えの無い出来事までリーゼのせいにされる。リーゼは学園で孤立し、ジークハルトは美しい女性の手を取り愛おしそうに見つめながら愛を囁く。
どうしてこんなことに?それでもきっと今だけ……そう、自分に言い聞かせて耐えた。でも、そろそろ一年。もう終わらせたい、そう思っていたある日、リーゼは殿下に罵倒され頬を張られ怪我をした。
──もう無理。王妃様に頼み、なんとか婚約解消することができた。
しかしその後、彼の心変わりは魅了魔法のせいだと分かり……
魔法のせいなら許せる?
基本ご都合主義。ゆるゆる設定です。

三度目の嘘つき
豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」
「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」
なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる