68 / 185
第68話 ガゼボでの家族会
しおりを挟む
ツィンクラウン皇城前に広がる茫漠たる庭園。色彩豊かな花々が自らを主張するかの如く可憐に咲き誇り、鳥たちは美しい舞台で合唱する。様々な生き物が伸び伸びと暮らす庭園の一角、澄んだエメラルドグリーンの湖の上に巨大なガゼボが佇んでいた。吹き抜けの構造のため、涼やかな風が通りやすい。まるで妖精たちの遊び場、秘密基地のような雰囲気は、見る者全てを魅了する。
そのガゼボは、来賓をもてなす際にも使用しているのだが、今回はアリアリーナをはじめ、皇族直系の面々が揃っていた。温和な空気が流れる庭園とは違い、ガゼボには殺伐とした空気があった。
「はぁ」
アリアリーナは思わず溜息をこぼしてしまった。あまりの重々しい空気に、息が詰まったからだ。彼女の溜息に過剰に反応したのは、第二皇子エルドレッド。鋭い睨みを利かせている。
「父上と母上の御前で溜息をつくとは……無礼だろう!」
「あまり大きな声を出さないでいただけますか? ただでさえ息苦しいのに、さらに息ができなくなってしまいます」
エルドレッドの顔を少しも見ずに冷々とした声で告げる。エルドレッドが逆上し、席を立った。しかし彼の隣に座っていた男が止めに入る。
「まぁまぁ、エルドレッド。落ち着きな。すぐにカッとなるのはお前の良くないところだ」
「ですが兄上っ!」
「第四皇女はお前の反応を見て完全に楽しんでるんだよ。遊ばれてるってわけだ」
肩を竦めてそう言ったのは、アルベルト・ギル・リゼス・ツィンクラウン。ツィンクラウン帝国第一皇子。年齢は、24歳。皇后の実子ではなく、第一皇妃の嫡男だ。
アマリリス色の柔い癖毛に、アイオライト色の瞳の見目麗しい青年。婿入りすることも公務に励むこともせず、毎日毎日遊びに明け暮れている救いようのない皇子だ。
「悪女に遊ばれている気分はどうよ、エルドレッド」
「……最悪の気分に決まっています!」
エルドレッドは怒りを鎮め、大人しく椅子に座った。それを見届けた皇帝がようやく口火を切る。
「本題に入ろう」
皇帝の威厳ある一言に、ガゼボは静まり返る。
皇帝が皇子や皇女を招集した理由。アリアリーナには、なんとなく予想がついていた。
「先日、我がツィンクラウン帝国の友好国ドロシア公国の大公夫人が亡くなった」
戦慄が走った。アリアリーナは伏せていた目を緩慢に開く。
アネット・ガイナ・ドロシア。ドロシア公国の大公夫人。ツィンクラウン皇帝の異母妹であり、かつてのツィンクラウン皇女。過去にツィンクラウン姓を名乗った人物だ。さらに言うとディオレント王国王妃アデリンの双子の妹に当たり、アリアリーナの叔母である。
「死因は……不運にも滑落死、だそうだ」
アネットの死因を聞いた一同はどう反応していていいか分からず、戸惑いの面持ちとなった。無理もない。アリアリーナ含め、ほかの皇子や皇女も彼女に会ったことがないはず。アネットは、ツィンクラウン皇族そのものを嫌っており、誰よりも早く他国に嫁いで帝国から逃げ出したのだから。帝国の行事には一切参加しない。いくら招待状を送ろうとも、帝国に姿を現すことはなかった。
アリアリーナはアネットを賢い女性だと評価した。一度目の人生では彼女はアリアリーナにより暗殺されたが、今回の人生では滑落死してしまったらしい。滑落死、という名の暗殺だろうが。
アネットを心の中で弔う。今さら、弔っても遅いのに。
「ふふっ」
瞬刻、小さな笑い声が聞こえた。声がした方向に、一斉に目を向ける。アリアリーナは周囲よりも数秒遅れて、そちらを見遣った。
「あっ……ごめんなさい……」
空気を読まずして笑ったのは、なんとエナヴェリーナだった。親戚の訃報を聞いて、一番に涙を流すはずの純粋な彼女が、笑ったのだ。
「申し訳ございません……。エルの寝癖が可愛くてつい……」
エナヴェリーナの指摘に、エルドレッドは頬を真っ赤に染め上げて寝癖を直そうとする。しかし何度手で押さえても、ブロンズグレイの髪はぴょこん、と自我を主張した。
(私のゼルのほうがずっと可愛いわ)
レイと共に宮で待っているであろうアンゼルムを思い浮かべる。彼のもちもちの頬を見つめていると、食べたくなる衝動に駆られるのだ。エルドレッドとは違い、アンゼルムからしか得られない栄養がある。早く自室に帰って彼に会いたい。そう思った自分自身に、アリアリーナは喫驚する。「会いたい」ということは、徐々にアンゼルムに惹かれているのかもしれない。怪しかった雲行きが段々と晴れてくる感覚に、アリアリーナは笑みを浮かべた。
「最近、我々直系と近しい人間が次々に亡くなっている。ツィンクラウンの皇族としての役目、威厳を忘れぬよう、各自心がけよ」
皇帝の忠告にアリアリーナ以外の全員が頷いた。アリアリーナは素知らぬ顔をしている。誰にも見られていないと高を括っていたが、こういう時こそあの女が見ているというものだ。
「陛下のありがたきお言葉に頷かぬとは……なんて不敬な……!」
そのガゼボは、来賓をもてなす際にも使用しているのだが、今回はアリアリーナをはじめ、皇族直系の面々が揃っていた。温和な空気が流れる庭園とは違い、ガゼボには殺伐とした空気があった。
「はぁ」
アリアリーナは思わず溜息をこぼしてしまった。あまりの重々しい空気に、息が詰まったからだ。彼女の溜息に過剰に反応したのは、第二皇子エルドレッド。鋭い睨みを利かせている。
「父上と母上の御前で溜息をつくとは……無礼だろう!」
「あまり大きな声を出さないでいただけますか? ただでさえ息苦しいのに、さらに息ができなくなってしまいます」
エルドレッドの顔を少しも見ずに冷々とした声で告げる。エルドレッドが逆上し、席を立った。しかし彼の隣に座っていた男が止めに入る。
「まぁまぁ、エルドレッド。落ち着きな。すぐにカッとなるのはお前の良くないところだ」
「ですが兄上っ!」
「第四皇女はお前の反応を見て完全に楽しんでるんだよ。遊ばれてるってわけだ」
肩を竦めてそう言ったのは、アルベルト・ギル・リゼス・ツィンクラウン。ツィンクラウン帝国第一皇子。年齢は、24歳。皇后の実子ではなく、第一皇妃の嫡男だ。
アマリリス色の柔い癖毛に、アイオライト色の瞳の見目麗しい青年。婿入りすることも公務に励むこともせず、毎日毎日遊びに明け暮れている救いようのない皇子だ。
「悪女に遊ばれている気分はどうよ、エルドレッド」
「……最悪の気分に決まっています!」
エルドレッドは怒りを鎮め、大人しく椅子に座った。それを見届けた皇帝がようやく口火を切る。
「本題に入ろう」
皇帝の威厳ある一言に、ガゼボは静まり返る。
皇帝が皇子や皇女を招集した理由。アリアリーナには、なんとなく予想がついていた。
「先日、我がツィンクラウン帝国の友好国ドロシア公国の大公夫人が亡くなった」
戦慄が走った。アリアリーナは伏せていた目を緩慢に開く。
アネット・ガイナ・ドロシア。ドロシア公国の大公夫人。ツィンクラウン皇帝の異母妹であり、かつてのツィンクラウン皇女。過去にツィンクラウン姓を名乗った人物だ。さらに言うとディオレント王国王妃アデリンの双子の妹に当たり、アリアリーナの叔母である。
「死因は……不運にも滑落死、だそうだ」
アネットの死因を聞いた一同はどう反応していていいか分からず、戸惑いの面持ちとなった。無理もない。アリアリーナ含め、ほかの皇子や皇女も彼女に会ったことがないはず。アネットは、ツィンクラウン皇族そのものを嫌っており、誰よりも早く他国に嫁いで帝国から逃げ出したのだから。帝国の行事には一切参加しない。いくら招待状を送ろうとも、帝国に姿を現すことはなかった。
アリアリーナはアネットを賢い女性だと評価した。一度目の人生では彼女はアリアリーナにより暗殺されたが、今回の人生では滑落死してしまったらしい。滑落死、という名の暗殺だろうが。
アネットを心の中で弔う。今さら、弔っても遅いのに。
「ふふっ」
瞬刻、小さな笑い声が聞こえた。声がした方向に、一斉に目を向ける。アリアリーナは周囲よりも数秒遅れて、そちらを見遣った。
「あっ……ごめんなさい……」
空気を読まずして笑ったのは、なんとエナヴェリーナだった。親戚の訃報を聞いて、一番に涙を流すはずの純粋な彼女が、笑ったのだ。
「申し訳ございません……。エルの寝癖が可愛くてつい……」
エナヴェリーナの指摘に、エルドレッドは頬を真っ赤に染め上げて寝癖を直そうとする。しかし何度手で押さえても、ブロンズグレイの髪はぴょこん、と自我を主張した。
(私のゼルのほうがずっと可愛いわ)
レイと共に宮で待っているであろうアンゼルムを思い浮かべる。彼のもちもちの頬を見つめていると、食べたくなる衝動に駆られるのだ。エルドレッドとは違い、アンゼルムからしか得られない栄養がある。早く自室に帰って彼に会いたい。そう思った自分自身に、アリアリーナは喫驚する。「会いたい」ということは、徐々にアンゼルムに惹かれているのかもしれない。怪しかった雲行きが段々と晴れてくる感覚に、アリアリーナは笑みを浮かべた。
「最近、我々直系と近しい人間が次々に亡くなっている。ツィンクラウンの皇族としての役目、威厳を忘れぬよう、各自心がけよ」
皇帝の忠告にアリアリーナ以外の全員が頷いた。アリアリーナは素知らぬ顔をしている。誰にも見られていないと高を括っていたが、こういう時こそあの女が見ているというものだ。
「陛下のありがたきお言葉に頷かぬとは……なんて不敬な……!」
1
お気に入りに追加
306
あなたにおすすめの小説

たとえ番でないとしても
豆狸
恋愛
「ディアナ王女、私が君を愛することはない。私の番は彼女、サギニなのだから」
「違います!」
私は叫ばずにはいられませんでした。
「その方ではありません! 竜王ニコラオス陛下の番は私です!」
──番だと叫ぶ言葉を聞いてもらえなかった花嫁の話です。
※1/4、短編→長編に変更しました。

竜王の花嫁は番じゃない。
豆狸
恋愛
「……だから申し上げましたのに。私は貴方の番(つがい)などではないと。私はなんの衝動も感じていないと。私には……愛する婚約者がいるのだと……」
シンシアの瞳に涙はない。もう涸れ果ててしまっているのだ。
──番じゃないと叫んでも聞いてもらえなかった花嫁の話です。

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた
菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…?
※他サイトでも掲載中しております。


魔法のせいだから許して?
ましろ
恋愛
リーゼロッテの婚約者であるジークハルト王子の突然の心変わり。嫌悪を顕にした眼差し、口を開けば暴言、身に覚えの無い出来事までリーゼのせいにされる。リーゼは学園で孤立し、ジークハルトは美しい女性の手を取り愛おしそうに見つめながら愛を囁く。
どうしてこんなことに?それでもきっと今だけ……そう、自分に言い聞かせて耐えた。でも、そろそろ一年。もう終わらせたい、そう思っていたある日、リーゼは殿下に罵倒され頬を張られ怪我をした。
──もう無理。王妃様に頼み、なんとか婚約解消することができた。
しかしその後、彼の心変わりは魅了魔法のせいだと分かり……
魔法のせいなら許せる?
基本ご都合主義。ゆるゆる設定です。

三度目の嘘つき
豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」
「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」
なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる