【完結】愛する人を殺さなければならないので離れていただいてもよろしいですか? 〜呪われた不幸皇女と無表情なイケメン公爵〜

I.Y

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第68話 ガゼボでの家族会

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 ツィンクラウン皇城前に広がる茫漠ぼうばくたる庭園。色彩豊かな花々が自らを主張するかの如く可憐に咲き誇り、鳥たちは美しい舞台で合唱する。様々な生き物が伸び伸びと暮らす庭園の一角、澄んだエメラルドグリーンの湖の上に巨大なガゼボが佇んでいた。吹き抜けの構造のため、涼やかな風が通りやすい。まるで妖精たちの遊び場、秘密基地のような雰囲気は、見る者全てを魅了する。
 そのガゼボは、来賓らいひんをもてなす際にも使用しているのだが、今回はアリアリーナをはじめ、皇族直系の面々が揃っていた。温和な空気が流れる庭園とは違い、ガゼボには殺伐とした空気があった。

「はぁ」

 アリアリーナは思わず溜息をこぼしてしまった。あまりの重々しい空気に、息が詰まったからだ。彼女の溜息に過剰に反応したのは、第二皇子エルドレッド。鋭い睨みを利かせている。

「父上と母上の御前で溜息をつくとは……無礼だろう!」
「あまり大きな声を出さないでいただけますか? ただでさえ息苦しいのに、さらに息ができなくなってしまいます」

 エルドレッドの顔を少しも見ずに冷々とした声で告げる。エルドレッドが逆上し、席を立った。しかし彼の隣に座っていた男が止めに入る。

「まぁまぁ、エルドレッド。落ち着きな。すぐにカッとなるのはお前の良くないところだ」
「ですが兄上っ!」
「第四皇女はお前の反応を見て完全に楽しんでるんだよ。遊ばれてるってわけだ」

 肩を竦めてそう言ったのは、アルベルト・ギル・リゼス・ツィンクラウン。ツィンクラウン帝国第一皇子。年齢は、24歳。皇后の実子ではなく、第一皇妃の嫡男だ。
 アマリリス色の柔い癖毛に、アイオライト色の瞳の見目麗しい青年。婿入りすることも公務に励むこともせず、毎日毎日遊びに明け暮れている救いようのない皇子だ。

「悪女に遊ばれている気分はどうよ、エルドレッド」
「……最悪の気分に決まっています!」

 エルドレッドは怒りを鎮め、大人しく椅子に座った。それを見届けた皇帝がようやく口火を切る。

「本題に入ろう」

 皇帝の威厳ある一言に、ガゼボは静まり返る。
 皇帝が皇子や皇女を招集した理由。アリアリーナには、なんとなく予想がついていた。

「先日、我がツィンクラウン帝国の友好国ドロシア公国の大公夫人が亡くなった」

 戦慄が走った。アリアリーナは伏せていた目を緩慢に開く。
 アネット・ガイナ・ドロシア。ドロシア公国の大公夫人。ツィンクラウン皇帝の異母妹であり、かつてのツィンクラウン皇女。過去にツィンクラウン姓を名乗った人物だ。さらに言うとディオレント王国王妃アデリンの双子の妹に当たり、アリアリーナの叔母である。

「死因は……不運にも滑落死、だそうだ」

 アネットの死因を聞いた一同はどう反応していていいか分からず、戸惑いの面持ちとなった。無理もない。アリアリーナ含め、ほかの皇子や皇女も彼女に会ったことがないはず。アネットは、ツィンクラウン皇族そのものを嫌っており、誰よりも早く他国に嫁いで帝国から逃げ出したのだから。帝国の行事には一切参加しない。いくら招待状を送ろうとも、帝国に姿を現すことはなかった。
 アリアリーナはアネットを賢い女性だと評価した。一度目の人生では彼女はアリアリーナにより暗殺されたが、今回の人生では滑落死してしまったらしい。滑落死、という名の暗殺だろうが。
 アネットを心の中で弔う。今さら、弔っても遅いのに。

「ふふっ」

 瞬刻、小さな笑い声が聞こえた。声がした方向に、一斉に目を向ける。アリアリーナは周囲よりも数秒遅れて、そちらを見遣った。

「あっ……ごめんなさい……」

 空気を読まずして笑ったのは、なんとエナヴェリーナだった。親戚の訃報を聞いて、一番に涙を流すはずの純粋な彼女が、笑ったのだ。

「申し訳ございません……。エルの寝癖が可愛くてつい……」

 エナヴェリーナの指摘に、エルドレッドは頬を真っ赤に染め上げて寝癖を直そうとする。しかし何度手で押さえても、ブロンズグレイの髪はぴょこん、と自我を主張した。

(私のゼルのほうがずっと可愛いわ)

 レイと共に宮で待っているであろうアンゼルムを思い浮かべる。彼のもちもちの頬を見つめていると、食べたくなる衝動に駆られるのだ。エルドレッドとは違い、アンゼルムからしか得られない栄養がある。早く自室に帰って彼に会いたい。そう思った自分自身に、アリアリーナは喫驚する。「会いたい」ということは、徐々にアンゼルムに惹かれているのかもしれない。怪しかった雲行きが段々と晴れてくる感覚に、アリアリーナは笑みを浮かべた。

「最近、我々直系と近しい人間が次々に亡くなっている。ツィンクラウンの皇族としての役目、威厳を忘れぬよう、各自心がけよ」

 皇帝の忠告にアリアリーナ以外の全員が頷いた。アリアリーナは素知らぬ顔をしている。誰にも見られていないと高を括っていたが、こういう時こそあの女が見ているというものだ。

「陛下のありがたきお言葉に頷かぬとは……なんて不敬な……!」
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