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第60話 今もあなたが

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 ツィンクラウン家の血を引き、ツィンクラウン姓を名乗ったことのある皇族が、またひとり亡くなった。
 暗殺された皇族は、現皇帝の異母弟であり、婿入りする前は帝国の皇子であった者。名は、レモンド・ルフ・レート・ゲードル。帝国と同盟を築くラフィオール王国ゲードル女公爵に婿入りした公爵夫君だ。アリアリーナの叔父に当たる皇族だった。
 死因は、持病の悪化。慢性的な病気であったが、死に至るほど重症ではなかったらしい。ところが、急死してしまった。病死と片付けたいが、残念ながらそうはいかない。医者による過度な薬の投与があったらしい。「公爵様でもないのに偉そうな態度を取るあの男が目障りだった。私の愛娘をめかけにしようとしたあの男を殺せて満足だ」とあっさり自白した医者は、ゲードル公爵により処分された。
 間違いなく、アリアリーナをはじめとしたツィンクラウン皇族が狙われている。
 ディオレント王国で過ごした夜以来、アリアリーナは幸いにも命を狙われていない。暗殺者を返り討ちにしたことが効果的だったのだろうか。暗殺組織や彼らに依頼した人間からしたら、自分たちの情報を探ろうとしている者こそ即刻消したいはずなのに。泳がしているのか、探られていることに気がついていないのか、それとも、アリアリーナを殺せない別の事情でもできたのか……。
 現時点で分からないことを考えていても仕方がない。今言えるのは、ゲードル公爵夫君は〝他殺〟で帰らぬ人になったいうこと。

「………………」

 開眼する。正面に座っていたヴィルヘルムは心配げな面持ちをしていた。アリアリーナの隣に座る奴隷のアンゼルムをチラリと見た。

「大丈夫よ。私の奴隷になったのなら……情報を漏らすことなんてしないはずだから」

 感情の灯らない瞳でアンゼルムを見つめる。彼は肩を震わせて怯えながらも、何度も首を縦に振った。

「第四皇女殿下が狙われた件、先代皇弟殿下が亡くなった件、今回の訃報も……全て繋がっているのでしょうか」
「前に、あなたに言われた通りね。私たち皇族を狙っている者がいるわ」

 そう告げると、事の重大さを痛感したのか、ヴィルヘルムは小さく深呼吸した。悩ましげな姿も無駄に美麗だ。

「助けますか?」
「助ける? なぜ? そんな義理がどこにあるの」

 アリアリーナは冷然れいぜんと答える。彼女の気骨稜々きこつりょうりょうとした態度に、ヴィルヘルムは圧倒された。

「助ける余裕はないわ。皇族を滅ぼそうと目論む黒幕を吊るせば、ほかの皇族も命を狙われずに済むのだからそれでも十分助けになるはずよ」

 アリアリーナは長い脚を組む。ドレスの裾がふわりと上がる。
 アデリンは別だが、ほかの皇族をいちいち気にかけている余裕はない。助けられるほど、アリアリーナに力もないのだから。自分の身を守ること、この身にかけられた呪いを解くこと、そして暗殺組織やその裏にいる元凶を暴こうとすることで精一杯。よって、自らの命は自分で守ってもらうしかない。
 あまりにも冷酷非道な人間だと幻滅して離れていってくれないか、と淡い期待を込めてヴィルヘルムの顔色を窺う。相変わらず何を考えているか分からない。そんな彼を前にして、アリアリーナはほくそ笑む。

「皇族と言えば……エナヴェリーナお姉様も危険ね」

 声を大にして言ったアリアリーナに、ヴィルヘルムは首の角度を数度だけ傾けた。

「グリエンド公爵がエナヴェリーナお姉様のことを守ってさしあげたらいかが?」
「………………」
「エナヴェリーナお姉様は帝国の宝よ。そんなお姉様が亡くなったとなれば、皇帝陛下並びに皇后陛下、帝国民の怒りは底知れないわ。それに、グリエンド公爵はエナヴェリーナお姉様の嫁ぎ先の最有力候補なのだし……」

 アリアリーナの容貌からわざとらしい笑顔が消える。最初は意気揚々いきようようと語っていた彼女だが、なぜか失速してしまった。その理由は彼女にも分からなかった。無表情で聞いているヴィルヘルムのせいか、隣で不思議そうに彼女の顔を見上げているアンゼルムのせいか。どちらのせいでもない。アリアリーナのせいだ。
 自分で言っていて虚しくなったのだ。一度目の人生にてヴィルヘルムがエナヴェリーナを娶り彼女だけを愛したように、今世もそうなるだろう。分かっていること、分かっていることなのに、アリアリーナはそれを口に出したくはなかった。

(私がまだ、ヴィルヘルム、あなたを愛しているから)

 唇を噛む。陶酔とうすいするくらいに愛した男を見つめる。
 叶うはずもないのに、バカみたいに愛して。
 少し目が合ったくらいで、両思いだと勘違いして。
 エナヴェリーナと婚約、結婚した時には、彼女とヴィルヘルムを恨んで。
 ふたりの仲睦まじい噂を聞く度に、嫉妬して。
 エナヴェリーナだけではなく、ヴィルヘルムも手にかけてしまいたくなった。
 でも結局、灰色の世界の唯一の光がヴィルヘルムだけだった。
 アリアリーナは憂いに満ちた笑みを浮かべた。

「あなたたちはいずれ、愛し合うの」

 宣言する。ヴィルヘルムは驚いていた。雪のように消えてなくなってしまいそうな主人を心配したアンゼルムが、アリアリーナに寄り添う。健気な姿を見せてくれた彼の髪をそっと撫でた。
 少し開いた窓から迷い込んだ風が、痛かった。
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