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第55話 複雑に絡み合って
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「あなたが暗殺組織の幹部だということを知った上で問うわ」
闘技場の観客席から歓声が聞こえてくる中、アリアリーナは芯のある声でそう言った。
「帝国の第四皇女を殺そうとしている組織があるという話を聞いたことはない?」
アリアリーナ自身が姿を現わすというリスクを犯すことによって、目の前の男が彼女を殺そうと目論む輩かどうかはっきりと分かる。今現在ここには、目撃者がいない。殺そうと思えば躊躇なく殺せるはず。だが現時点で、男は動こうとしない。つまり、アリアリーナの命を狙っているのは〝愛の聖人〟ではないということだ。その事実に、一番手っ取り早く楽だと考えていた可能性が消え失せる。アリアリーナは心中で舌打ちした。
「ちょっと、聞いてるの?」
口を開け惚けている男に、アリアリーナは問う。男は我に返り、狼狽える。ツィンクラウン帝国の女性を全員抱きましたと言わんばかりの色男の雰囲気はどこへやら。目線も泳いでいることから、戸惑っているのだろう。
「無駄な時間は嫌いよ。質問に答えて」
詰め寄ると、男はさらに目線を逸らした。アリアリーナを直視できないらしい。直視すると目でも潰れるのか、とアリアリーナは長嘆息する。
「お前、第四皇女……アリアリーナか?」
「だったら何? 殺す?」
「……んなことはしねぇよ」
男は肩を落とすと、首の後ろに手を回しうなじを掻く。
ツィンクラウン帝国の第四皇女が出席するという情報は流れていたはずだが、まさか本当に出席するとは思っていなかったのだろうか。度肝を抜かれた様相だった。
「情報が欲しくて大会に出席するっていう情報を面倒な手続きを踏んでまで流したのか……」
男は納得したのか、何度か頷きを見せる。アリアリーナは眉間に皺を寄せ、男を睥睨する。ひとりで納得されても困る。
「で、情報を知っている可能性があるオレに接触を図ったってことか。タダではやらねぇぜ」
男は一歩、一歩と近づいてくる。アリアリーナの髪に触れ、髪先にキスを落とした。あまりにも自然な流れに、アリアリーナは特に驚かなかった。男は彼女の耳元で、甘美な声を出す。
「お前の体で払ってくれるなら、考えてやる」
体で払う。つまりは、目の前の男とまぐわうということ。経験豊富、数々の女性を味わい尽くしてきた風貌の彼と、一晩を過ごすのだ。アリアリーナの初めての夜と引き換えに得られる情報がどれほど価値のあるものなのか。
アリアリーナは男のはだけた胸元に指先を這わせる。
「先に情報を寄越しなさい。私の体で払う価値があると判断したら、特別に抱かせてあげる」
譲歩はしない。強気に出るアリアリーナに圧倒された男は、無表情のあと乾いた笑いをこぼした。
「ヒステリックな悪女とは思えない賢さだ」
男は、アリアリーナの頭に手を乗せる。そして優しく撫でた。からかわれたのだと即座に理解したアリアリーナは、僅かに頬を赤らめ彼を突き飛ばした。突き放された男は、静かな笑みを浮かべる。
「残念ながら、お前が知りたい情報は持ってない。第四皇女を狙っている話も聞いたことはねぇし、怪しい動きをしている組織も知らねぇ。そもそも裏世界は怪しい輩しかいねぇからな」
どうやら嘘はついていないみたいだ。男に嘘をつくメリットはない。そう判断したアリアリーナは、「そう」と短く返事をした。
わざわざ大変な思いをしてまで奴隷闘技大会に出席したというのに、収穫はゼロ。あの〝愛の聖人〟の幹部でも情報を持っていないとなると、ほかの組織も同様の可能性が出てくる。思いのほか、ことは厄介なのかもしれない。
大叔父に当たる先代皇弟ロルフが亡くなった件と、アリアリーナの殺害未遂が密接な関係にある確率は高くなるのではないか。アリアリーナを殺そうと目論む暗殺組織がほかの皇族の殺害計画も企てているのであれば……。強大な力が背後で動いているのかもしれない。愛する人を殺さなければ自らが死ぬという呪いも、万が一関連しているのであれば、三つの糸が複雑に絡み合って解けなくなっているということだ。
アリアリーナは痛む頭を押さえる。正直、ほかの皇族が死のうと、殺されようとどうでもいい。しかし自分が殺されるのは到底受け入れられない。
呪いの解呪のため愛する人を殺すという目的を達成しなければならないのは大前提。そのためにヴィルヘルムの代替を探すのと同時に、少しでも火種となりえるものを消す必要性があるのだが、その結果、殺されるはずだった下衆な皇族が助かることになるというのがだいぶ癪に障る。
(まぁ、私は私のことだけ気にかけていればいいわ。あと……ディオレント王妃殿下のことも、一応は気にしておくべきね)
アリアリーナがそう冷静に分析した時、男の手が再びこちらに伸びてくるのが見えた。それを振り払おうとすると、体を思いっきり後ろに引かれる。いつの間にか、嗅ぎ慣れてしまった匂い。懐かしいと感じてしまうほど、ここ最近傍にいすぎたようだ。アリアリーナは自分を引き寄せた人を見上げる。
「この方に触るな」
下から眺めるあなたもかっこいい。
場違いにもそんなことを考えたのであった。
闘技場の観客席から歓声が聞こえてくる中、アリアリーナは芯のある声でそう言った。
「帝国の第四皇女を殺そうとしている組織があるという話を聞いたことはない?」
アリアリーナ自身が姿を現わすというリスクを犯すことによって、目の前の男が彼女を殺そうと目論む輩かどうかはっきりと分かる。今現在ここには、目撃者がいない。殺そうと思えば躊躇なく殺せるはず。だが現時点で、男は動こうとしない。つまり、アリアリーナの命を狙っているのは〝愛の聖人〟ではないということだ。その事実に、一番手っ取り早く楽だと考えていた可能性が消え失せる。アリアリーナは心中で舌打ちした。
「ちょっと、聞いてるの?」
口を開け惚けている男に、アリアリーナは問う。男は我に返り、狼狽える。ツィンクラウン帝国の女性を全員抱きましたと言わんばかりの色男の雰囲気はどこへやら。目線も泳いでいることから、戸惑っているのだろう。
「無駄な時間は嫌いよ。質問に答えて」
詰め寄ると、男はさらに目線を逸らした。アリアリーナを直視できないらしい。直視すると目でも潰れるのか、とアリアリーナは長嘆息する。
「お前、第四皇女……アリアリーナか?」
「だったら何? 殺す?」
「……んなことはしねぇよ」
男は肩を落とすと、首の後ろに手を回しうなじを掻く。
ツィンクラウン帝国の第四皇女が出席するという情報は流れていたはずだが、まさか本当に出席するとは思っていなかったのだろうか。度肝を抜かれた様相だった。
「情報が欲しくて大会に出席するっていう情報を面倒な手続きを踏んでまで流したのか……」
男は納得したのか、何度か頷きを見せる。アリアリーナは眉間に皺を寄せ、男を睥睨する。ひとりで納得されても困る。
「で、情報を知っている可能性があるオレに接触を図ったってことか。タダではやらねぇぜ」
男は一歩、一歩と近づいてくる。アリアリーナの髪に触れ、髪先にキスを落とした。あまりにも自然な流れに、アリアリーナは特に驚かなかった。男は彼女の耳元で、甘美な声を出す。
「お前の体で払ってくれるなら、考えてやる」
体で払う。つまりは、目の前の男とまぐわうということ。経験豊富、数々の女性を味わい尽くしてきた風貌の彼と、一晩を過ごすのだ。アリアリーナの初めての夜と引き換えに得られる情報がどれほど価値のあるものなのか。
アリアリーナは男のはだけた胸元に指先を這わせる。
「先に情報を寄越しなさい。私の体で払う価値があると判断したら、特別に抱かせてあげる」
譲歩はしない。強気に出るアリアリーナに圧倒された男は、無表情のあと乾いた笑いをこぼした。
「ヒステリックな悪女とは思えない賢さだ」
男は、アリアリーナの頭に手を乗せる。そして優しく撫でた。からかわれたのだと即座に理解したアリアリーナは、僅かに頬を赤らめ彼を突き飛ばした。突き放された男は、静かな笑みを浮かべる。
「残念ながら、お前が知りたい情報は持ってない。第四皇女を狙っている話も聞いたことはねぇし、怪しい動きをしている組織も知らねぇ。そもそも裏世界は怪しい輩しかいねぇからな」
どうやら嘘はついていないみたいだ。男に嘘をつくメリットはない。そう判断したアリアリーナは、「そう」と短く返事をした。
わざわざ大変な思いをしてまで奴隷闘技大会に出席したというのに、収穫はゼロ。あの〝愛の聖人〟の幹部でも情報を持っていないとなると、ほかの組織も同様の可能性が出てくる。思いのほか、ことは厄介なのかもしれない。
大叔父に当たる先代皇弟ロルフが亡くなった件と、アリアリーナの殺害未遂が密接な関係にある確率は高くなるのではないか。アリアリーナを殺そうと目論む暗殺組織がほかの皇族の殺害計画も企てているのであれば……。強大な力が背後で動いているのかもしれない。愛する人を殺さなければ自らが死ぬという呪いも、万が一関連しているのであれば、三つの糸が複雑に絡み合って解けなくなっているということだ。
アリアリーナは痛む頭を押さえる。正直、ほかの皇族が死のうと、殺されようとどうでもいい。しかし自分が殺されるのは到底受け入れられない。
呪いの解呪のため愛する人を殺すという目的を達成しなければならないのは大前提。そのためにヴィルヘルムの代替を探すのと同時に、少しでも火種となりえるものを消す必要性があるのだが、その結果、殺されるはずだった下衆な皇族が助かることになるというのがだいぶ癪に障る。
(まぁ、私は私のことだけ気にかけていればいいわ。あと……ディオレント王妃殿下のことも、一応は気にしておくべきね)
アリアリーナがそう冷静に分析した時、男の手が再びこちらに伸びてくるのが見えた。それを振り払おうとすると、体を思いっきり後ろに引かれる。いつの間にか、嗅ぎ慣れてしまった匂い。懐かしいと感じてしまうほど、ここ最近傍にいすぎたようだ。アリアリーナは自分を引き寄せた人を見上げる。
「この方に触るな」
下から眺めるあなたもかっこいい。
場違いにもそんなことを考えたのであった。
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