【完結】愛する人を殺さなければならないので離れていただいてもよろしいですか? 〜呪われた不幸皇女と無表情なイケメン公爵〜

I.Y

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第53話 あの子が欲しい

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 意を決して門を通り抜ける。その瞬間、門の中央に設置されていた水晶が赤く染まる。ローブの下で何かが弾ける。強制的に呪術が解かれ、アリアリーナ本来の姿が現れてしまったのだ。白銀色の長髪が見えないよう、ローブのフードをグイッと引っ張る。

「おや?」
「あぁ、忘れていた。この女の奴隷の首輪には位置情報の魔法が施してある」
「そうだったのですね。それにしてもそんな高価な首輪を……」
「……俺を誰だと思っている」

 ヴィルヘルムが門番の男を静かに見つめる。ブルーダイヤモンド色の瞳に怒りを垣間見た門番の男は、咳払いしながら急いで笑顔を作った。

「し、失礼いたしました! とりあえずそちらの首輪を外していただいて、」
「この女は逃亡魔なんだ。お前は俺に奴隷を逃がせと抜かすか」

 機嫌が急降下したヴィルヘルムに対し、門番の男は狼狽える。
 
「た、大変失礼いたしました……。客席はあちらの入口からどうぞ……」

 門番の男に促されるまま、ヴィルヘルムとアリアリーナ、レイは観客席に向かった。新規客だというのに、ランクの高い観客席に案内される。やはりグリエンド公爵家という名だけで、待遇も違うらしい。ヴィルヘルムに続き、観客席に腰掛ける。アリアリーナは大きく息を吐いた。
 ひとまずは入場という難関を突破することができた。ところどころ予想だにしなかった事件も起きたが、今こうして無事でいるのが何よりの幸運だろう。
 激しく脈打つ心臓を落ち着かせていると、ヴィルヘルムが小声で話しかけてくる。

「皇女殿下、大丈夫ですか?」
「まぁ、大丈夫よ……」

 アリアリーナは素っ気なく答える。
 ヴィルヘルムには、今日のためにわざわざ魔法師を雇って姿を変えたと伝えてある。彼は、まさかアリアリーナが自身の力で姿を変化できるとは知らないのだ。再び姿が変わったら驚くかもしれない。しかし背に腹は変えられない。もう一度姿を変えるのが得策ではないか、と思案した時、レイが立ち上がる。

「情報を集めに行ってくる」
「分かったわ、気をつけてね」

 レイは頷き、ひとり席を離れた。直後、奴隷たちによる闘技が幕を開けた。観客たちは大歓声を上げ、奴隷を鼓舞こぶする。見窄みずぼらしい格好をした奴隷たちが武器を交え、戦う。何が面白いのかも分からない光景を冷めた目で眺めながら、アリアリーナは思考を巡らす。
 レイはたった今、情報収集に向かった。アリアリーナの命を狙う暗殺組織の情報を集めにいったのだ。奴隷闘技大会に出席するという暗殺組織の幹部に直接接触しにいったのだろうか。アリアリーナも何かしら怪しい動きを見せる者を見つけなければならない。
 フードを押さえながら、周囲を見渡した。アリアリーナがヴィルヘルムを諦めたという話は既に広まっているだろうが、嘘なのではないかと疑う者が一定数いるのも事実。よってヴィルヘルムの隣には、今回の大会に出席予定のアリアリーナもいるだろうと予測して、ヴィルヘルムに視線を送っている者は何人かいる。その中で、怪しい動きをしている者はいない。興味があって眺めているというだけだ。

(焦れったいわね。さっさと姿を現してくれたら楽なのに)

 アリアリーナは大息をつく。

(もしかして……そもそも来ていないの?)

 心の中に浮かんだ可能性に、先程よりも大きな溜息をついた。
 奴隷闘技大会に第四皇女が出席する。その情報を流せば、彼女の命を狙う暗殺組織も追いかけてくると思ったのに。公の場でアリアリーナの命を完全に奪うことは不可能だと考えたか。意外にもだいぶ慎重派の謎の暗殺者たちに、アリアリーナは怒りを覚えた。わざわざ今回の奴隷闘技大会のために、距離を置きたいヴィルヘルムと出席したというのに、それが全て台無しではないか。悪態を突きたくなるが、感情的になってはいけない。そもそもの目的は、奴隷闘技大会に出席するという噂のそれなりに名の通った暗殺組織の幹部と接触を図ること、そして裏世界の情報を収集することだ。決して欲張りになってはいけない。

「いっそのこと、今回出席する暗殺組織が私の命を狙う黒幕だったら楽なのに」

 十分にある可能性。アリアリーナは思わず口から本音をこぼした。ヴィルヘルムが物凄い形相でこちらを凝視してくるが特に気にしない。
 どうか自分を殺そうとしている者が、今回出席する有名な暗殺組織でありますように。そう祈りを込めて、奴隷たちの闘技を見つめる。大柄で大斧を肩に担いだ男が目に入る。今大会最も凶暴な奴隷だ。そんな化け物と対峙するのは、いかにも小柄な男。波打ちながら腰下まで滴り落ちる白髪が目に入る。地毛の白髪ではない。過度なストレスの影響で、本来の髪色から白髪へとなってしまったかのような色味だ。瞳の色は見えない。どんな顔をしているのかも見えない。それなのに、アリアリーナはやけにその小柄な奴隷が気になった。会場の熱気は、最高潮さいこうちょうに達する。大柄の男が白髪の小柄な男を蹴り飛ばした。吹き飛ばされた小柄な奴隷は、簡単に地面へと沈んでしまった。

「欲しいわ」
「……え?」
「あの子が欲しいの」

 アリアリーナの一言に、ヴィルヘルムが瞠目する。
 どうやったら、あの小柄な奴隷を手に入れることができるだろうか。考えを巡らせたアリアリーナは、とあるひとつの解決策に辿りつく。驚きを隠せていないヴィルヘルムを注視する。そしていやしく口角を上げた。

「お願いがあるの」
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