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第52話 あなたの奴隷
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待ちに待った奴隷闘技大会当日。
身分を隠さずあえて第四皇女として奴隷闘技大会の運営に掛け合ったアリアリーナは、出席簿に名を連ねることができた。身元を確認しにきた運営側の人間も彼女の姿を見て、驚愕していた。商人や一介の貴族の新規客であれば、徹底的な調査がなされるというのに、ツィンクラウンの皇女という肩書きを持つ彼女は、予想通り調査の必要性が皆無だったのだ。そしてレイの力を借り、アリアリーナが奴隷闘技大会に出席するという情報を裏世界に流しておいた。ちなみにヴィルヘルムも無事に許可証を入手できたらしい。
ツィンクラウン皇都。中心街から若干北に外れた場所に、大会の会場である巨大な闘技場は存在している。出入口には多くの人々が並ぶ。奴隷闘技大会にやってきた人々だ。そんな列の中、か弱な少女に変装したレイと呪術で姿形を変えたアリアリーナは、質素な服を纏い、ヴィルヘルムの後ろに立っていた。ふたりの首元には、太い首輪がつけられている。
(よりにもよって、グリエンド公爵の奴隷なんて……)
アリアリーナは心の中で溜息を吐いた。
彼女とレイは、ヴィルヘルムの奴隷として奴隷闘技大会に入場しようとしているのだ。皇女の尊厳が失われそうであるが、はなからそんなものはなかったと気がつく。ローブのフードを目深に被ったアリアリーナは、屈辱的な思いをしていた。この世で最も愛する人の奴隷になるなんて、彼女からしたら冒涜でしかない。むしろヴィルヘルムを奴隷にしてやりたいくらいだ。
『ご主人様……。今夜は俺に、お世話をさせてください』
奴隷姿のヴィルヘルムがアリアリーナの足先に尊いキスを落としながら上目遣いをする。バスローブから剥き出しになった長い脚に擦り寄るヴィルヘルムの顎を掴み、淡い色味の唇に喰らい尽こうとしたその時、腕を取られたまま押し倒される。自分はお前の主人なのだと訴える間もなく、両腕を頭上で纏められてしまった。ヴィルヘルムの手がゆっくりとバスローブの紐を解いていく。あらわになった肌に手を這わせ、ブルーダイヤモンド色の瞳が熱を孕む。
『お前は俺の奴隷だ』
「は、はい……」
甘い声で囁かれ、アリアリーナは呆気なく敗北してしまった。
「なんで返事してるんだ?」
レイの声で現実世界に引き戻される。パッと顔を上げると、レイとヴィルヘルムに凝視されていた。アリアリーナは両手で口を押さえ、目を泳がせる。どうやら現実世界のほうでも返事をしてしまっていたらしい。ヴィルヘルムに制圧される妄想をしていたとも言えず、彼女は咳払いして目を逸らしたのであった。
「妄想でもしてたのか?」
「うるさいわね、黙りなさい」
同じ奴隷という設定のため、レイは敬語を使っていない。アリアリーナからしたら普段通りだが、ヴィルヘルムにとっては聞き慣れないらしく落ち着かない様子でレイを見つめていた。
「次の方、許可証をお願いいたします」
いつの間にか入口までやってきていたらしい。ヴィルヘルムは検問の男に言われた通り、許可証を取り出した。検問の男は許可証をチェックする。
「グリエンド公爵様でいらっしゃ……グリエンド公爵様っ!?」
男の声が響き渡る。周囲の人々の視線が一斉にヴィルヘルムに集まった。
奴隷を飼う趣味は、ヴィルヘルムにはない。それは社交界でも共通の認識だ。しかし突如として、彼がふたりの奴隷を連れて登場したことに、周囲の人々は仰天していた。恐らく、明後日頃には噂が広まっているだろう。ヴィルヘルムには申し訳ないが、奴隷のひとりやふたり連れて奴隷闘技大会に入場したからと言って、彼の株が下がるわけではない。むしろ貴族の女性方は、彼の奴隷にならなってもいいと自ら志願し始めるだろう。
「し、し、ししし失礼いたしましたっ。確認いたしますっ、少々お待ちをっ!」
大声を出してしまったことを詫びた検問の男は、すぐさま確認を始める。その間もヴィルヘルムは彼をずっと睨み続けていた。
「お、おや……おひとりで来られるはずでは……。我々運営は、同行者の奴隷に関しても必ず届け出をするようお願いしております……。そのため、」
「聞こえなかった。最初から言ってくれ」
「で、ですから、同行者の奴隷でも、」
「もう一度、最初から言え」
「………………」
ヴィルヘルムの圧力に屈した検問の男は、ガクブルと震える。肉食獣と対峙する草食動物のような光景。アリアリーナは男に同情を寄せた。震え続ける男に、ヴィルヘルムは歩み寄る。
「分からないか? 人の家門を大声で叫んだ責任を取れと言っている」
ヴィルヘルムの全身から溢れる殺気に怯えた検問の男は、ゴクリと喉を鳴らし、口を開く。
「も、申し訳、ございません……。今すぐ、上の者に、確認をさせていただきます……!」
男はそう言うと、脱兎の如く背を向けて走り去っていったのであった。
しばらくして、男が戻ってくる。長い距離を全速力で往復したからか、息が上がってしまっていた。
「許可が、下りました。奴隷と一緒に入場していただいて構いません……。先程のご無礼、何卒お許しください……!」
肩で息をしながら頭を下げる検問の男に、ヴィルヘルムは「次はない」と告げた。なんとか死刑を免れた男は、彼に対し何度も礼を言い続けた。恐らく上の者、大会運営の幹部たちに、「あのグリエンド公爵様に無礼を働いたのかっ!? この馬鹿者っ!」とでも叱責を食らったのだろう。
「お、奥にお進みください」
無事に何事もなく(?)検問を突破できた三人は、男の案内を受け歩き出す。さらに奥に進むと、門のような形状の何かが目に入った。どうやらそれを潜らないと闘技場の観客席には行けない仕組みになっているようだ。
「闘技場内にて、お客様が武器を扱うことは禁止されております。魔法や魔術なども使用禁止です。こちらの門をお通りください」
「これは……」
「あらゆる魔法や魔術、呪術も検知する優れ物です。魔法での変化をして入場を試みるお客様があとを絶たなかったことから、秘密裏に開発されました」
「呪術だと?」
「はい。魔法や魔術に比べ、呪術は扱える人間が少ないことから〝死んだ概念〟と言われていますが……万が一、ということもありますので」
笑顔で説明を続ける門番の男。アリアリーナは焦りを覚える。
(ま、待って……。これ、私、まずいんじゃ……)
ヴィルヘルムは無表情で門を潜り抜ける。門の中央に設置された水晶玉が青く光る。何も検知しなかったらしい。レイもそれに続く。呪術を使わずして単純に変装しているだけの彼も、もちろん検知はされない。門の奥で待つふたりを見つめ、息を呑む。意を決して、アリアリーナは踏み出した。
身分を隠さずあえて第四皇女として奴隷闘技大会の運営に掛け合ったアリアリーナは、出席簿に名を連ねることができた。身元を確認しにきた運営側の人間も彼女の姿を見て、驚愕していた。商人や一介の貴族の新規客であれば、徹底的な調査がなされるというのに、ツィンクラウンの皇女という肩書きを持つ彼女は、予想通り調査の必要性が皆無だったのだ。そしてレイの力を借り、アリアリーナが奴隷闘技大会に出席するという情報を裏世界に流しておいた。ちなみにヴィルヘルムも無事に許可証を入手できたらしい。
ツィンクラウン皇都。中心街から若干北に外れた場所に、大会の会場である巨大な闘技場は存在している。出入口には多くの人々が並ぶ。奴隷闘技大会にやってきた人々だ。そんな列の中、か弱な少女に変装したレイと呪術で姿形を変えたアリアリーナは、質素な服を纏い、ヴィルヘルムの後ろに立っていた。ふたりの首元には、太い首輪がつけられている。
(よりにもよって、グリエンド公爵の奴隷なんて……)
アリアリーナは心の中で溜息を吐いた。
彼女とレイは、ヴィルヘルムの奴隷として奴隷闘技大会に入場しようとしているのだ。皇女の尊厳が失われそうであるが、はなからそんなものはなかったと気がつく。ローブのフードを目深に被ったアリアリーナは、屈辱的な思いをしていた。この世で最も愛する人の奴隷になるなんて、彼女からしたら冒涜でしかない。むしろヴィルヘルムを奴隷にしてやりたいくらいだ。
『ご主人様……。今夜は俺に、お世話をさせてください』
奴隷姿のヴィルヘルムがアリアリーナの足先に尊いキスを落としながら上目遣いをする。バスローブから剥き出しになった長い脚に擦り寄るヴィルヘルムの顎を掴み、淡い色味の唇に喰らい尽こうとしたその時、腕を取られたまま押し倒される。自分はお前の主人なのだと訴える間もなく、両腕を頭上で纏められてしまった。ヴィルヘルムの手がゆっくりとバスローブの紐を解いていく。あらわになった肌に手を這わせ、ブルーダイヤモンド色の瞳が熱を孕む。
『お前は俺の奴隷だ』
「は、はい……」
甘い声で囁かれ、アリアリーナは呆気なく敗北してしまった。
「なんで返事してるんだ?」
レイの声で現実世界に引き戻される。パッと顔を上げると、レイとヴィルヘルムに凝視されていた。アリアリーナは両手で口を押さえ、目を泳がせる。どうやら現実世界のほうでも返事をしてしまっていたらしい。ヴィルヘルムに制圧される妄想をしていたとも言えず、彼女は咳払いして目を逸らしたのであった。
「妄想でもしてたのか?」
「うるさいわね、黙りなさい」
同じ奴隷という設定のため、レイは敬語を使っていない。アリアリーナからしたら普段通りだが、ヴィルヘルムにとっては聞き慣れないらしく落ち着かない様子でレイを見つめていた。
「次の方、許可証をお願いいたします」
いつの間にか入口までやってきていたらしい。ヴィルヘルムは検問の男に言われた通り、許可証を取り出した。検問の男は許可証をチェックする。
「グリエンド公爵様でいらっしゃ……グリエンド公爵様っ!?」
男の声が響き渡る。周囲の人々の視線が一斉にヴィルヘルムに集まった。
奴隷を飼う趣味は、ヴィルヘルムにはない。それは社交界でも共通の認識だ。しかし突如として、彼がふたりの奴隷を連れて登場したことに、周囲の人々は仰天していた。恐らく、明後日頃には噂が広まっているだろう。ヴィルヘルムには申し訳ないが、奴隷のひとりやふたり連れて奴隷闘技大会に入場したからと言って、彼の株が下がるわけではない。むしろ貴族の女性方は、彼の奴隷にならなってもいいと自ら志願し始めるだろう。
「し、し、ししし失礼いたしましたっ。確認いたしますっ、少々お待ちをっ!」
大声を出してしまったことを詫びた検問の男は、すぐさま確認を始める。その間もヴィルヘルムは彼をずっと睨み続けていた。
「お、おや……おひとりで来られるはずでは……。我々運営は、同行者の奴隷に関しても必ず届け出をするようお願いしております……。そのため、」
「聞こえなかった。最初から言ってくれ」
「で、ですから、同行者の奴隷でも、」
「もう一度、最初から言え」
「………………」
ヴィルヘルムの圧力に屈した検問の男は、ガクブルと震える。肉食獣と対峙する草食動物のような光景。アリアリーナは男に同情を寄せた。震え続ける男に、ヴィルヘルムは歩み寄る。
「分からないか? 人の家門を大声で叫んだ責任を取れと言っている」
ヴィルヘルムの全身から溢れる殺気に怯えた検問の男は、ゴクリと喉を鳴らし、口を開く。
「も、申し訳、ございません……。今すぐ、上の者に、確認をさせていただきます……!」
男はそう言うと、脱兎の如く背を向けて走り去っていったのであった。
しばらくして、男が戻ってくる。長い距離を全速力で往復したからか、息が上がってしまっていた。
「許可が、下りました。奴隷と一緒に入場していただいて構いません……。先程のご無礼、何卒お許しください……!」
肩で息をしながら頭を下げる検問の男に、ヴィルヘルムは「次はない」と告げた。なんとか死刑を免れた男は、彼に対し何度も礼を言い続けた。恐らく上の者、大会運営の幹部たちに、「あのグリエンド公爵様に無礼を働いたのかっ!? この馬鹿者っ!」とでも叱責を食らったのだろう。
「お、奥にお進みください」
無事に何事もなく(?)検問を突破できた三人は、男の案内を受け歩き出す。さらに奥に進むと、門のような形状の何かが目に入った。どうやらそれを潜らないと闘技場の観客席には行けない仕組みになっているようだ。
「闘技場内にて、お客様が武器を扱うことは禁止されております。魔法や魔術なども使用禁止です。こちらの門をお通りください」
「これは……」
「あらゆる魔法や魔術、呪術も検知する優れ物です。魔法での変化をして入場を試みるお客様があとを絶たなかったことから、秘密裏に開発されました」
「呪術だと?」
「はい。魔法や魔術に比べ、呪術は扱える人間が少ないことから〝死んだ概念〟と言われていますが……万が一、ということもありますので」
笑顔で説明を続ける門番の男。アリアリーナは焦りを覚える。
(ま、待って……。これ、私、まずいんじゃ……)
ヴィルヘルムは無表情で門を潜り抜ける。門の中央に設置された水晶玉が青く光る。何も検知しなかったらしい。レイもそれに続く。呪術を使わずして単純に変装しているだけの彼も、もちろん検知はされない。門の奥で待つふたりを見つめ、息を呑む。意を決して、アリアリーナは踏み出した。
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